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異世界たちと探し人  作者: みあし
一章 土獣星編
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十七話 ざくろ


 まさかの紅玉が叛逆者説が浮上し、ごちゃごちゃになっているゆづりの頭。

 それでもツキに促されるまま、ゆづりは食事を再開したのだが、やはり意識は逸れてしまう。


 紅玉が叛逆者。そうだとすれば、他の星について知っていることは当然になるが、色々おかしな点も生まれてくる。


 その筆頭は、叛逆者はいすずに殺されたはずなのに、なぜ生きているのかだ。

 

 もしかして叛逆者が神座剥奪の儀を乗り越えていたのかと過ったが、それならいすずはどうなる。前神を殺さないと、いすずは神になれないはずだろう。


 知らないことが多すぎて、どれだけ考えても考えは纏まらない。

 すると、ゆづりが上の空なのにツキは気付いたらしい。彼女は箸を置くとゆづりに向き合った。


「何か悩み事?」

「うん、まぁ…」

「言ってみて。解決できるかも知れないわよ」

「……紅玉って叛逆者なんですか?」

「…?違うわよ。叛逆者は五十年前に死んでるでしょう」

「やっぱそうですよね」


 ツキは突然どうしたと言わんばかりの顔をする。自分でも意味わかんないこと言っている自覚はある。貴女の知り合い、神様ですかと聞いているようなもんなのだから。

 可笑しなことを口走るゆづりを、ツキは見捨てることはしない。むしろ、少し考えた後に助け舟を出してくれた。

 

「何か気になるなら、紅玉様に直接聞いた方が早いんじゃない?」

「うん、それはそうだけど…」

「いやなの?」

「だって…ちょっと怖いし…」


 紅玉は怖い。口は悪いし、目も鋭いし、力も強いし。何せここにいるのも紅玉に拉致されたからなのだ。できる限り、近寄りたくはない。


「大丈夫よ、根は優しいから」

「は、はぁ……」

「それにあの狐娘のことも気になってるでしょ。彼女を見に行くついでに聞けばいいわ」

「……なるほど」

 

 それなら何とかなりそうだ。

 最悪紅玉から話は聞けなくとも構わないが、いすずの容態は確認しておきたいし。

 ゆづりはごちそうさまと手を合わせる。そして、食器を片付けると部屋を出た。



****



 ギシギシと鈍い音を立てて階段を上がり、二階の廊下に出る。

 少し襖が開いているのか、一筋の光が廊下に差し掛かっていた。ゆづりはそっと光を踏み、部屋を覗く。すると。


「いすず!」


 部屋の中央に敷かれた布団の上で、いすずが寝ているのが見えた。ゆづりは慌てて駆け寄る。すると、いすずのあどけない寝顔が目の前に来た。汚れていた顔が綺麗に取り除かれ、すーすーと聞こえる寝息も穏やかだ。目立った怪我もない。

 大丈夫そうだ。この目でしっかりといすずの安否を確認できて、ゆづりの口からほっとため息が漏れる。そこでようやく余裕ができ、部屋の様相を確認した。


「誰もいない」


 そういえば、紅玉とカケルの姿がない。いすずの面倒を見てたはずなのに、何処に行ってしまったのだろう。

 二人の姿を探すため、部屋を出ようとしたゆづりの視界に、気になるものが入った。


「写真…」


 物がごった返しに並んでいる棚の上、埋もれるような形で一枚の写真が見えた。

 好奇心から手を伸ばして何の写真か伺えば、二匹の鬼が並んでいるのが見えた。虫に喰われたのか少し欠けていたり、黄色ばんでいたりしたりするが、二人の顔はしっかり見える。

 その内の一人は紅玉だ。彼はいつものしかめっ面で、ボサボサの髪に手を添えている。

 今の紅玉と完全一致する態度と若さだ。かなり昔に取られた写真であるはずなのに、何一つ変わらない紅玉に違和感を覚える。


 そして、もう一人の鬼はゆづりの知らない顔だった。紅玉とそっくりな白髪と赤い目、赤い角。背丈や体つき。表情は柔和で穏やかで、無骨な紅玉とは全く異なるものの、なんとなく雰囲気は似ていた。


「ざくろ?」


 写真の裏に二人の名前だろう、紅玉と柘榴と書いてある。だから、一人が紅玉のわけだから、もう一人の鬼の名は柘榴だ。

 しかし、それ以上の情報はない。二人がどういう関係なのか、柘榴がどういう人なのかは結局分からず仕舞いだ。


 さあ、これからどうしようか。

 ゆづりは滞った現状を打破する方法を、いすずの耳に触れながら考える。

 今後の大雑把な目標は勿論、さっさと土獣星を去ることだ。いすずの命が危ないし、自分も長時間ここに居続けるわけにも行かないから。

 しかし、何故かそれも少し名残惜しいと感じている自分もいる。ツキのような人もいるし、普通にこの騒動の結末を見届けたい気持ちがあることも認めざるを得ない。というか。


「そもそも逃げられないし…」


 今は監視がいない絶好の逃走日和だが、いすずは起きそうにない。それに彼女が起きたとしても、すぐ戦闘に入れる体でなければ他の人間に捕まって終わりだろう。逃げるなら万全の状態であるべきだ。

 比較的監視が手薄なこの家でいすずの体を癒して、隙を見て逃げるの一択か。

 とりあえず今は保留して置こうと、ゆづりは一回一階に降りた。そして食事を取った部屋に戻る。


「あら、もう帰ってきたの?」

「うん、今はそっとして置こうと思って…。その、紅玉とカケルは…」

「外じゃないかしら?そう遠くには行ってないはずよ」

「……またですか?」


 外は相変わらずどしゃ降りで、家の中にいても雨音が聞こえてきている。とても出掛ける気にはならない天候だ。それなのに二人は何しているのだろう。

 そわそわと障子越しに外を観察するゆづりに、ツキは行ってきたらいいわと微笑んだ。


「傘は玄関にあるヤツを使ってね。もう夜遅いから遠くには行かないこと」

「はい」


 ゆづりは紅の番傘を手に取り、外に出た。そして、しばらく歩いた先に紅玉はいた。

 雨が酷く夜も相まって視界は大変だが、紅玉の赤い角がほんのり光っていて後ろ姿だけ確認できる。

 ゆづりは傘を握り直すと、そっと紅玉に近づいた。声を掛けてもよかったのだが、雨の音を掻き消すような声は出ないし、それになんとなく声を掛けづらい雰囲気を醸し出していため出来なかった。


 紅玉は何をしているわけでもない。ただぼんやりと遠くを見つめて佇んでいた。傘はやはり差していない。雨を全身で浴び、着物やら髪の毛やらから水を垂らしていた。

 寒いだろうに、なんで傘を差さないのだろう。ゆづりがあんぐり口を開けて立ち尽くしていると、不意に紅玉がこちらを振り返った。


「何してんだよ、てめぇは」

「あっ」


 紅玉の血のような瞳が鋭く光り、ゆづりを捉える。

 ゆづりは見つかったのなら仕方ないと、素直につかつか歩み寄った。そして差していた傘を傾ける。当然覆いきれる訳がないが、気休めになればいい。


「その、何してるんですか」

「うるせぇ。あと帰れ」


 紅玉はぶっきらぼうに言い捨てると、犬を追い払うように手を払う。興味が失せたというように、もうこちらを見さえしない。木刀をやけに強い力で握りしめ、鋭い目で遠くを見ていた。

 ゆづりも近くに誰かいるのかと目を凝らすも、雨が弾ける光景しか見えなかった。紅玉の目には一体何が見えているのだろうか。


「あの、誰かい」

「黙れ、逃げろ!」


 誰かいるのかとゆづりの声を遮って、紅玉の怒声が響く。

 急な変貌に驚いたゆづりが番傘を落とすと同時、バキリと何か木材が折れる音が鳴る。

 まさか傘を落として壊してしまったのかと青ざめたが、そんな生易しい衝撃の音じゃない。もっと太く固いものが、とんでもない力でへし折られたような破壊音だった。


「ちんたらしてんじゃねぇ!」


 何がなんだか分からずあたふたするゆづりの背中を、紅玉が乱暴に突き飛ばす。ゆづりがぐらりとバランスを崩し、ぐちゃぐちゃな地面に倒れこむ直前に、紅玉がなにしてんだよと腕を掴んだ。


「カケル呼んでこい。見つからないならツキに言え」


 ゆづりは大人しくコクコクと頷きながら体勢を戻して、紅玉に背を向けた。もう雨でびしょ濡れだし、状況も全く理解出来ないが、反論を許さない紅玉の気迫に押されてしまう。


 カケルの居場所は知らない。なら、最初からツキの元に行ってしまった方がいいだろう。

 ゆづりは急いで家に流れ込み、靴を脱ぎ捨てて台所へ向かう。ペタペタと濡れた足が跡を残し、服から水も垂れて大惨事になっている廊下。ツキが見たら卒倒しそうだが、構っている余裕がない。


「ツキ!」

「ゆづり?なにがあって…」

「カケルを呼べって、その、紅玉が!」


 らしくもなく喉を潰す勢いで叫んだゆづりに、ツキはすぐに振り返った。その手には洗濯物の片付けをしていたらしく、数多の布が包まれている。が、ゆづりを一瞥すると全て畳に投げつけ、どうしたのと駆け寄ってきた。


「その、なんか、襲撃です、多分」

「そう。わかった。すぐに行く」


 ツキは一枚タオルを拾うとゆづりに手渡す。ゆづりは遠慮なく受け取ると、豪快に頭から被り髪の毛を拭いた。その間にもツキの声はどんどん遠退いていく。


「ゆづりはここで待っていて」

「はい」

「もし濡れてるのが気になるなら、お風呂に入って…」

 

 不意にツキの声が途切れる。あまりにも中途半端な終わり方だ。まさか家の中に襲撃者が来てしまったのか。

 ゆづりはまさかの予感にゾッとしつつ、襖の方を振り返った。しかしそこに敵の姿はなく、代わりに豪奢な着物を纏った少女が立っていた。


「いすず?!」


 大胆に開けられた襖の下に寝転ぶツキ。その近くに佇む人は見間違うことなく、いすずだ。どうやら起きたらしい。

 いすずが目を覚ましたことに対しての安心感。意識のないツキへの心配と罪悪感。その背反する感情が一気に襲い、ゆづりの頭はスリーズする。もちろん口からも良かったや何するのといった言葉も出てこなかった。


「………」


 いすずの方も何も言わない。いつもの能面のような面で鋭い目で見つめてくるだけ。

 しかし、それは彼女もゆづりと同じようにフリーズしているからではない。むしろ彼女は至って冷静に、この場の最善手を打った。

 即座にゆづりの手を取ってこの家を出るという、当たり前の一手を。

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