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異世界たちと探し人  作者: みあし
一章 土獣星編
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十四話 おにといぬ

 

 うどんもどきを食べ終わってから、ゆづりは眠気に襲われ、そのまま昼寝に突入した。

 全く未知の星で監禁されているというのに、よく悠長に昼寝出来るなと思う人もいるだろう。

 しかし、やることがないのだ。ゆづりは自力ではここを出られないし、あの鬼とも怖くて会話は出来ない。だから、睡眠の世界に逃げて現実逃避をする他ない。


「……ちょっと寝過ぎたか」


 この部屋に唯一ある鉄格子からは、オレンジ色の光が差し込んでいる。

 寝る前は確かお昼くらいだったはずなのに、今は日が落ちかけて夕日が空を支配している。

 つまり、ゆづりはこの得体の知れない場所で二時間程度寝てしまったのだろう。

 いくら不死の身で安全だといっても、流石に寝すぎだ。ゆづりはもしかして神経が図太くなっているのかなと思いつつ、毛布を蹴飛ばす。


「外、どうなってんだろ」


 現在、土獣星は夕方のようだが、地球もそのくらいの時間帯なのだろうか。

 星同士で時系列が異なり、すでに地球では三日程度経過していますとなったら厄介だ。ゆづりは学校があるのだから、無断欠勤することになってしまう。


 そんな不安を抱えつつ、ゆづりが格子を通して夕陽を眺めていると、不意にバンという音を立てて扉が開けられた。

 現れたのは叛逆者と名乗った、あの鬼だ。


「おい居場所バレた。さっさと逃げんぞ」

「いや、自分には逃げる理由ないんですけど…」

「あ?」

「なんでもないです逃げましょう」


 鬼の形相で睨む鬼に圧されて、ゆづりは引き下がる。

 本当はもう勘弁してして下さい、解放して下さいと訴えたかったが、とても声に出せる雰囲気では無い。ゴクリと飲み込み腹にしまっておくことにする。

 鬼はゆづりの葛藤なんぞ気にかけていないようで、とっとと動けと一喝すると部屋を出ていった。

 

「早くしろって言われても、枷がついて……ん?」


 ゆづりは自分の腕を見下ろす。が、そこにあったはずの枷がいつの間にか消えていた。どうやら、ゆづりが寝ている間に鬼が外していたらしい。

 よく考えれば、ゆづりは寝る前には毛布を掛けてなかったのに、目が覚めたら体に掛かっていた。あれもおそらく鬼が掛けてくれたのだろう。

 もしかして、ゆづりがぐうすか寝ている間に、鬼が色々と手を回してくれていたのか。そんなことなら寝てないで、起きていればよかった。


「いや、そんなことより逃げないとなのか…」


 今頃、過去のことを思い返しても仕方ない。それよりもゆづりをここに閉じ込めていた拘束が解けた今、ゆづりはここから逃げることを考えないといけないだろう。


「枷は外れた…外にも出れる…」


 今、逃げるなら、絶好のチャンスだ。しかし、ゆづりには逃走の意思が芽生えてこない。

 まず一つに、ゆづりが無事にあの鬼から逃げ出せたとしても、中継場までの道程を把握していない。だから、逃走した後にゆづりは土獣星を右往左往しつつ、自力で帰り道を探さないといけないのだ。かなり骨が折れることは容易に推測される。


 それに何より、あの鬼から逃げられる未来が全く見えないのだ。下手に逃げようとしても、鬼に見つかり、監視の目がより厳しくなるような気しかしない。


 悔しいが、まだ空気を読んで完全に鬼が油断仕切っている隙を狙った方がよさそうだ。

 ゆづりはそんな不甲斐ない心情のまま、鬼の後を追う。鬼はゆづりを気にかける気はないようで、こちらを振り替えることもなく、前へ進んで行った。

 歩幅が大きく、足を動かすのも早い鬼の歩きに、ゆづりは小走りでついていく。すると、目の前から眩しい光が射してきた。


「おぉ」


 久しぶりの外の空気と太陽だ。

 ゆづりはたまらず万歳をして、新鮮な空気を存分に吸う。しかし、鬼にとっては不愉快だったのか、ジロリと鋭い目をこちらに向けてきた。


「てめぇは随分悠長だな」

「えっ、すみません」

「怒ってるわけじゃねぇよ」


 じゃあ何でそんなに鋭い目付きをするんだよ。

 ゆづりは一言反論したくなったが、そんな恐ろしいこと出来るわけもない。すみませんと謝り、顔を伏せるのが関の山だ。


「こっちだ。ついてこい」

「は、はい」


 鬼は手に握りしめていたベールのようなものを被る。そして、確かな足取りで洞窟を出ていった。

 ゆづりも急いで後を追う。しかし、先程と比べて鬼の歩みは緩くなったため、走る必要は無くなった。


「…………」


 歩みに合わせて揺れる、鬼のざんばら髪と精巧なベール。

 その組み合わせによって、儚さとは全く無縁のはずの鬼が、繊細でか細いものだと錯覚してしまう。まぁ体はがっしりしていて、態度が偉そうなのは変わっていないため、本当に一瞬だけなのだが。

 ゆづりはなんで鬼がベール被ってるのか気になり、鬼の後ろから観察する。すると、彼が何度も上を忌々しく見上げては、ベールを引っ張っていることが分かった。


「太陽、嫌いなんですか」

「嫌いだな。肌に悪いだろ」

「へぇ」


 それなら太陽のない夜に行動すればいいのにと、ゆづりは提案しそうになる。しかし、現在この鬼はいすずに追われている身だ。夜を大人しく待つほど、悠長にしていられないのだろう。


 それ以降、ゆづりと鬼の間への会話は一切なくなった。ゆづりから鬼へと話し掛ける勇気は滅法沸いてこなかったし、鬼はゆづり自身には興味がないようで、何も聞いてはこなかったのだ。


 お互い無言で歩みを進めること、十分程度。

 ゆづりの目の前には、バチバチと電気がほとばしるような音とともに、透明な壁が立ち塞がっていた。


「これは……」

「結界」

「へぇ」

 

 ゆづりは叛逆者の手記に、結界の文字があったことを思い出す。そして、結界は土獣人たちの間で喧嘩が発生するのを防ぐために貼られていることも、思い出した。

 おそらくこの結界とやらに土獣人が触れると、電流か何かで制裁が下るのだろう。

 なら、地球人であるゆづりが結界に触れたらどうなるのだろうと、好奇心に赴かれるまま手を伸ばす。

 すると、鬼がアホがと怒鳴り、ゆづりの手を塞いできた。そして、彼はおもむろにもう片方の手を自分の口に運ぶと、そのまま噛みつく。


「開けろ」


 鬼の鋭い歯が肉を傷付けて溢れた鮮血が、手の甲を通って指先へと伝う。そして、鬼の導くままに結界に向けてポツリポツリと落ちていく。

 すると、透明なガラス色だった結界の色が濁っていき、最終的にはドロドロに溶けて穴が空いた。

 鬼はその穴に血まみれの手を入れると、ゴリゴリと穴を広げていく。そして人一人が通れるぐらいの大きさになると、鬼は首を捻ってこちらを振り返った。


「通れ。結界が閉じる前に」

「はいっ」

「あと結界に触んな。大怪我すんぞ」

「は、はい、すみません」


 ゆづりは身を屈めると、結界にぶつからないように穴を潜り抜ける。鬼はベトベトに張り付いた血を着物で拭うと、付いてこいと再び前を向いた。


 これから何処に行くのだろうか。ゆづりはチラチラと来た道を振り返り、一応自分が来た道を頭にいれておく。万が一、逃げるチャンスが来たら逃げるためだ。

 そんな調子で紅玉に着いていくこと数分。

 ちょっと道筋覚えきれないなと思い始めた頃、不意に変化が起こった。


「紅玉様!」


 こうぎょくさまと、拙い発音がゆづりの近くから聞こえてきたのだ。

 何事だとゆづりが反応するより先に、その声の主は側の茂みから何か飛び出してくる。急に現れた何かに、ゆづりは驚いて情けない声を出すと地面に倒れた。


「カケルか」

「はい!」


 ゆづりの低くなった視界には、犬のような少年が鬼に抱きついている姿が映る。少年は子犬のようにキラキラした目で鬼を見上げていた。鬼はまんざらでも無いのか、素直に犬の頭を撫でている。心なしか表情も柔らかい。

 親子みたいだ。というか、鬼は紅玉という名前なのか。

 ゆづりは不意に見せつけられた親密な関係と、鬼の本名が明かされたことに呆気にとられ、二人の空間を傍観するしかなかった。


「おい、てめぇ、この怪我どうした」


 しばらく仲良くしていた犬と鬼。しかし、それは鬼の一喝により、あえなく崩れる。

 何事かとゆづりが顔をしかめれば、鬼が掴んでいる犬の腕から、血が出ていることに気付く。

 葉っぱや紙で擦るなどしてついたものじゃない。何か鋭いものに故意に引っ掛かれたような、赤い線が二線刻まれている。

 もしかして、この犬の少年は苛められてでもいるのだろうか。ゆづりが身を案じてやれば、犬は全く想定外のことを言い出す。


「いすず様を襲ったら、やり返されちゃいました!」

「………は?」


 この犬人がいすずを襲ったという、とても聞き逃せないことを。

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