今日こそ言ってやりましょう
「今日こそ!」
公爵令嬢ソアラーヌ・マックシュタインはそう独り言を言いながら、婚約者のもとへ向かっている。
「そうよ、こ、こん、婚約者だからって、毎日王宮に来るのはおかしいんだから」
どもりながら、顔を真っ赤にしているが、ソアラーヌは、言葉にすることで、自分を奮い立たせていた。
「私が嫌いなのか?」
ソアラーヌの言葉に第二王子ミリエルトは悲しい表情を浮かべる。
「そうではありません。毎日王宮に上がるのがおかしいと申し上げただけです」
ミリエルトは悲しげな顔のまま、
「私は毎日ソアに会いたい。だが、警備の問題があるから、毎日公爵家には行けない。ソアにこちらに来てもらうしかないんだ」
そう言って、ミリエルトはソアラーヌの同情を引こうとする。
「だってまだ、王宮での妃教育は始まってませんし、婚約者だからって毎日会う人なんていませんよ、殿下」
ミリエルトはすぐに言い返した。
「ソア、他の人たちなんてどうだっていいんだ。ソアと私には今しかないんだ。
妃教育が始まったら、時間がなくなるし、私だって専門の教育を受ける。その上ふたりとも学園に通わねばならない。
12歳のこの一年しか自由はない。
私はソアとずっと一緒にいたい。好きだから」
出た、とソアラーヌは思う。ミリエルトはこう言えば、ソアラーヌが自分の言うことを聞いてくれると思ってる。
でも、負けちゃダメ、絶対。
このままじゃ、ミリエルトの思うままの人生になっちゃう。
ソアラーヌはミリエルトのことを嫌いなわけではない。同じように愛情があるかと言われたら困るが、婚約者であることに不満はない。金髪碧眼のソアラーヌは色こそ華やかであるものの、顔立ちはごく平凡で、なぜ、ミリエルトがそこまで執着するのかわからない。
ミリエルトは銀髪紫眼の王子様らしい王子様だ。ソアラーヌが関わらなければ。
「ソア、今日は珍しい国の菓子を取り寄せたんだ。もう来ちゃったんだから、一緒にいてくれるね?」
ソアラーヌは今日も自分の敗北を悟った。
「どうしたの?何があったの?」
ミリエルトの執事から緊急事態だと呼び出されたソアラーヌはわけがわからなかった。
殿下の宮殿に着くと、侍女たちはみんな泣いている。
いったい何があったのか?
「ミリエルト殿下は無事なの?」
「それが‥」
ミリエルトの執事ヤーンは、困った顔をする。
「せっかく来ていただいたんだ。詳しく話した方がいいですよ。殿下を説得できるのは、ソアラーヌ様だけです」
ミリエルトの側近、トルン侯爵の次男、氷の君が、ソアラーヌをひたと見つめる。
無表情の彼が珍しく慌てているのが、なんとなく伝わってくる。
「ミリエルト殿下は髪をざっくり切るおつもりなんです」
ヤーンが説明を始めた。
「え?髪を?なんで?」
ミリエルトの銀髪はかなり長く美しくトレードマークと言っても差し支えないほどだ。正直に言えば、ソアラーヌもきれいな髪だと思っていた。
「それが、先週の武闘会で、優勝した冒険者をソアラーヌ様が憧れの瞳で見ていた、とおっしゃるんです」
「え?そうだったかしら?強いなあとはもちろん思ったけど」
「ミリエルト殿下は、男らしくなってソアラーヌ様に憧れられたいと」
「まさかそれが髪を切る理由なの?」
誰も頷かないけど、正解のようだ。
「ミリエルト殿下はどこにいるの?」
「寝室に」
「私、バカな殿下を教育してくるわ」
側近も執事も使用人も心から応援した。
「ミリエルト、ちょっと話があるんだけど」
「ソア!!」
がちゃりとノックを無視して扉を開けると、鋏を持ったミリエルトが泣いていた。
「泣くほど嫌ならやめなさい」
ソアラーヌはいつもより、自然に強気だった。
「だって、ソアに愛されたいんだ」
「別に髪の長さなんて、どうだっていいわ」
「え?」
そこから、ソアラーヌは、別に優勝者のことは覚えてないくらいで、憧れてなどいないことを滔々と説明した。
「じゃあ、ソアはこの髪を嫌いじゃないんだね?」
さっきまで泣いてたくせに、もう笑顔になってる。
「そうね。ミリトの髪、きれいだと思うわ」
めったに呼んでくれない愛称。
その上、ソアラーヌはミリエルトの髪を一房手にして軽くキスしてくれた。
ミリエルトは死にそうにうれしい。
いや、もう死んでもいいと思った。
「あー、そんなこともあったわね」
金髪碧眼のどこから見ても美しい、まるで妖精のような美人が、真っ白なウェディングドレスを身に纏い、微笑んだ。
ただのウェディングドレスではない、レースも真珠も惜しみなく使われていて、着ている美人をさらに美しく見せた。
彼女はこれから、結婚式を挙げる。最愛の人と。
「ソアラーヌ様。時間です」
迎えがやって来てソアラーヌはミリエルトの待つ大聖堂に移動する。
ソアラーヌは大人になるほど美しくなるタイプだったらしく、ミリエルトの嫉妬からくる暴走にはかなり悩まされた。
「まあ、きっと今後もそうね」
極上の笑顔を見た周囲の人々は時が止まったらいいと思った。
これほど美しいものは知らない。
噂には聞いていたが、殿下が独り占めして、あまり外に出したがらないため、殿下の美姫については、噂ばかりが先行していた。
しかし、迎えに来た侍女も神官も護衛騎士も息を呑んだ。
美しすぎる。
男女を超えて全員が殿下の気持ちを理解した。
(たしかに、こんなに美しい人がいたら、危険がいっぱいだ)
誘拐、誘惑、一目惚れ。
ミリエルト殿下の美しさも尋常ではないが、ソアラーヌのイメージは幼い頃のままだった。だから、驚いたのだ。
(こんなに美しく成長されるとは)
もうすぐ大聖堂のミリエルトの隣に立つ。
生涯を共に生きる為に。
ミリエルトはソアラーヌのことになると大変だ。結婚式の準備も。
「ソアには、この色じゃない、こっちだ」
普通は花嫁と花嫁の母が決めそうな諸々をミリエルトが決めた。
ソアラーヌはずっと笑いをこらえていた。
「ミリトは本当に私が好きね」
「当然だ。君は昔から迂闊だからね。最近は人数が増えてるし」
「えっ?」
「あ、なんでもない」
なんとなく不自然なミリエルトをソアラーヌは追求しなかった。
「ソア」
結婚式、パレード、ご挨拶、イベントごとが終わり、2人はふたりの寝室で正座で向かい合った。
「ミリト」
ミリエルトの瞳が輝く。ずっと焦がれていた大事な人と結ばれる。
ソアラーヌは一生をミリエルトと生きると決めた。
ふたりは少しぎこちなく微笑みあった。
ずっと一緒にいたから、線引きが難しい。
けれど、ミリエルトは線を超えて、ソアラーヌを強く抱きしめた。
ずっとずっと一緒にいると心の中で誓いながら。
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