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アッチャー家の崩壊

作者: 小野遠里

E.A.Poeの「アッシャー家の崩壊」の二次創作で多少パロディにしています

 低く垂れ込めた暗い雲の下を、私はアッチャー家に向かって馬を進めていた。秋も半ばの頃であった。風はまだ生温かく、湿り気を帯びていた。木々の葉は濃く茶黒く染まっていた

 時々、わからなくなって、道ゆく人に「アッチャー家は?」と訊ねると、「あっちゃいけ」と指さしてくれた

 暗く侘しい田舎道を一日進んで、やっと黄昏迫る頃になって、アッチャー家の見える処までやって来た

 澱んだ沼の中に建ったその屋敷は、古めかしく、ボロボロで、今にも崩れ落ちそうで、屋根から石の土台まで斜めに続く細くひび割れの様なものまで見えた。こんな家に数日も泊まるのかと思うと言いようもない不安に心が塞いだ

 アッチャー家の主人であるロデリックとは、中学の寮で同室になって以来の友人である。繊細で博識で寡黙で、不気味なやつであったが、それ故に私と気が合ったようだ。一日中本を読み耽り、夜は夜の明ける頃まで、時に瞑想し、時に読んだ本について語り合ったりした

 そして、稀に、彼が自らの境遇について話す事もあった

 名家の末であること、自分と妹の二人だけが一族の最後に残された血筋であること、などである

 それから大学を卒業するまでの間、我らはずっと同室で親しくしていた


 卒業後、彼は故郷に帰り、交際は手紙のやり取りだけになった

 そんなある日、長文の手紙が来て

『助けてくれ。自分だけではどうにもならないのだ。鉈と鋸を買い、それを持ってすぐにでも来てくれ。お願いだ』

 と云った事が延々と書き連ねられていた

 

 鉈と鋸?

 意味がわからなかったが、とりあえずそれらを買い込んで、旅立った

 そして、数日後にアッチャー家の玄関にまで辿り着いたのだった

 アッチャーは憔悴しきった様子で、私を応接の椅子に座らせると、お茶の一杯も出さずに話し始めた

「急に呼び立ててすまなかったが、どうにも君の助けがいるのだ。僕だけではどうにもできない。勿論、本当は僕がやらねばならない事なのだが、僕にはできそうにないんだ。助けがいるんだ。君の助けが」

 そう言って、コップをふたつ取って、テーブルに置き、ウィスキーをドボドボと注いで、一気に飲み干した

「鉈と鋸を持って来てくれたのか?」

「勿論だ」

 と私は答え、鞄からいかにも切れ味の良さそうな鉈と鋸を取り出して見せた

「ありがとう。助かるよ」

 アッチャーはウイスキーをもう一杯呑んで続けた

「我が一族には遺伝的な病気があるんだ。僕の妹のマデリンは知っているね」

 うん、と私は頷いた

 一度会った事があるだけだが、忘れられないほどの美女だった

「マデリンが病気に罹って、死の床についている。明日をも知れない状態なんだ」

「その遺伝的病かい?」

 私がきくと、アッチャーは首を振った

「死の病だが、我が家系の呪われているとしか言いようのない病とは別だ。その呪われた病とは」

 そこで、アッチャーは身震いした

 小刻みに震えながら言葉を続けた

「我が家系の人間が死ぬと、暫くの後に復活するんだ」

「キリストの家系なのか?」

 驚いて私は言った

「違う。そんないいもんじゃない。死者でありながら復活するんだ。歩く死人、アンデット、悪鬼、その類になり、生きる者を襲って喰らうようになる。その宿命から脱れる方法はただひとつ、死体の首を切り落として、首と胴体を離れた場所に埋める、それだけなんだ」

 おい、待て! と私は思った

 マデリン姫が死ぬのは、まあ、いいとして、死んだら、まさか、その首を斬らせる為に私を呼んだのではあるまいな

 やだぞ、絶対に嫌だ

「おい」と私が言い掛けるのをアッチャーは手を上げて制した

「頼む」

 困る、断固として嫌だ、と言いかけた時、開いた扉の向こうを歩くマデリン姫の姿が見えた

 足取りもしっかりしている感じだ

「なんだ」と私はホッとして言った

「死の床についてるなんて言うから心配したが、なに、元気そうじゃないか」

「えっ」とアッチャーは言って、私の視線の先を見て凍りついた

「わかっていたんだ。君を待っている暇なんかない事を。わかってはいたが、マデリンの首を切り落とすなんて、僕にはできなかったんだ」

 アッチャーは立ち上がると、蒼白で生気の全く感じられないマデリン姫と顔を合わせた

 そして、余りのショックの故か、元々強くなかった心臓を抑えて倒れ込んだ

 その上にマデリン姫が覆い被さる

 私は一瞬鉈を構えたが、マデリン姫の目がちらりとこちらを見た瞬間に恐怖の余り鉈を投げつけ、そのまま屋敷の外に飛び出した

 必死に逃げる私の背から突然赤く強烈な明かりが差した

 そんな明かりはないはずと振り向けば、先にあった屋敷の割れ目が広がって、その間から赤く煌々と輝く満月の光が差しているのだった

 そして、屋敷はふたつに割れるとそのまま沼に沈んでいった

 沼は、アッチャー家の残骸を飲み込んだまま、水をたたえて、静まり返っているばかりだった



 我が家に戻って数ヶ月経ち、恐怖と悪夢からやっと回復した頃、アッチャー家のあった地方より噂が流れてきた

 男女の悪鬼が夜の闇にひそんで、人を襲っていると云うのである

 大変なことだが、まあ、私の知ったことではないと、気にしないことにした


ポーの雰囲気が多少でも出ていれば嬉しいのですが

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