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ポチってみたら異世界情報システム  作者: うずめ
今度は職人の村?
82/84

侮れない技術力

 8月22日。今朝は6:00に起床して、顔を洗いに井戸へ行こうと外に出てみたら少し違和感を感じた。


この感じはなんだろう……?と、暫くその場で辺りを見回してみてから漸く気付いた。


……今日は曇っているんだ。空を見上げるとやや厚めな感じで雲が広がっている。そのせいで辺り一帯の風景がちょっと暗いのだ。


この世界に飛ばされてきてから1カ月。この間の天候は常に快晴だった……という印象がある。「山の天気は変わりやすい」という言葉をよく聞くが、この世界で天候の急変に遭った事はなかった。


 俺が玄関から外に出たところでボーッと空を眺めていると、いつの間にか月野さんも起き出して井戸に向かおうとしていたのか

 

「おはようございます。……どうかされましたか?」


と、突然背後から声を掛けられてびっくりした。オジさんがみっともなく驚きながら背後へ振り向くと、既に自分の白いツナギ姿に着替えている月野さんが立っている。


「おっ、おはようございます!いや、あの……曇り空なんて()()()の世界に来て初めてかなぁと思ったんです」


俺の言葉を聞いた彼女は空を見上げ、やはり驚きながら


「あっ!ホントですねっ!言われてみればこんなに雲が掛かっているのを見るのは初めてですね!」


珍しく大きな声を出してる。寝起きのはずなのによくもまぁ、そんな声が出せるなぁ。


「でも……特に空気が湿っている感じでもありませんし、雲の高さもありますから雨にはならない気がします」


「えっ?そんな事が判るんですか!?」


「うーん。この世界の気象データが全くないのではっきりとは言えませんけど……まず、この地域は南側に山が連なっていますが北側はそうでもなさそうじゃないですか」


「ま、まぁそうですね。北側はどちらかというと森林に覆われている……と言ったところですかね。但しこの辺り自体が海抜の高い地域と聞いてますけど」


このアンゴゴ地域は一見して平らな土地に大量の樹木が生い茂っているように見えるが、「システム」による地図や地元住民達の証言によれば山に囲まれているわけではないので「盆地」ではなく多分「台地」とか「段丘」なんて呼ばれるような地形なんじゃないかと思われる。


 俺は当然ながら地形や地質に対しての専門的な教育を受けていないので、確たる事は言えないが……分かりやすく言えばこの辺りは、南方のリヴァルス山地が形成される過程で「山に成りきれなかった部分」なのではなかろうか。


山が形成される要因としては色々と考えられるが……リヴァルス山地の形状や規模からすると山地形成の由来は、「陸地の衝突による隆起」なのではないかと思われる。


山地は結果として隆起したが、この辺りはそれ程大きく大地が突き上げられる事も無かった為に山地には成りきれず……しかしそれでも小規模の隆起によって海抜は上昇した……何となくそんな感じに思えたわけだ。


「盆地ならば年間を通して降水量は少ないと思うのですが、ここは北側が開けているのでしょう。なのでこれからの季節、海に近い北側から湿った空気が入り込んで……あちらの山にぶつかると……」


「ああ、なるほど!赤道方向からの温かく湿った風が山地に当たって上昇気流になるのか。それが山側に雨雲を作ると?」


俺が中学だか高校で理科の時間に習った「雨が降る仕組み」の話から拝借した知識を口にすると月野さんはちょっと笑った。


「よくご存知ですね。でも今日はまだこの辺りの気圧がそれ程低くないのでしょう。なので湿った空気の流入が抑えられて、雨雲は発達出来ない……私はそう見ています」


気象予報士でもある、「お天気姉さんの予想」では雨にはならないと。確かに、雲が掛かっているのは鉱山のある南の方向だ。それに山の様子を見ると、ここから見える範囲で山頂……というか山の峰?がしっかりと確認でき、雲はずっと高い位置にあるようだ。


なるほど……よく見てるなぁ。後は気圧さえある程度判ればもう少し精密な天候予測が出来ちゃうのかな。


雨になる心配は無いようなので良かった。今日はいくつかの工房に注文した品物を引き取りに行く予定なので、雨で道がぬかるむのは嬉しくない。ここは日本と違って村の中でも道は舗装されていない。雨の中を歩いたら泥塗れになりそうだ。


 顔を洗って朝食の用意をしていたら、ジュミが外から帰ってきた。どうやら師匠(タン)宅で朝食を済ませて来たらしい。


やはりこの地の住民は総じて朝が早い。俺だって今朝は6時に起き出して動いているし、実際今の時刻は6:27だ。彼女は既に月野さんに仕立ててもらった黄色いツナギ姿になっていて、この後すぐにでも作業を始めると言う。


「ご苦労さん。もう矢軸は削り終わってるのかい?」


「はい!ユキオさんに100本削ってもらいましたから私の分と併せて500本になりました」


 彼女はどうやら5日間で矢軸を400本削ったらしい。1日当たりの換算で80本か。大したものである。彼女くらいの年齢は作業の要領さえ理解出来れば技量の向上が最も見込める。


「矢軸の成型作業」を5日……同じ作業を繰り返しただけで相当な進歩だと言える。やはり流れ(ライン)作業のように一つの作業を集中的に体験する事で習得効率が格段に上がるのかなぁ。


矢軸を削り終えたのであれば、次の工程は恐らく「矢羽根の仮付け」になると思うが、数日前の彼女はこの作業も未熟な状況だった。しかし俺が何となく掴んだコツを聞いて数十本分の作業をこなした後は見違えるように見栄え良い出来になっていた。


正直、数十回繰り返しただけであれだけの水準になるのはやはり成長期の習熟力なのか、それとも……ジュミ個人の素質が少なくとも「矢の製作」()()向いているのかもしれない。


 ちなみにジュミを〈鑑定〉にかけてみると……「知能:G」、「巧緻:D」という能力評価になっている。これは……俺がこれまで見てきた、この地域の住民に比べて平均的に高いレベルだと思う。


そして彼女の場合は、今後まだまだ成長に伴って各能力評価値も上昇するのではないだろうか。


 タン爺さん達も〈鑑定〉にかけた事があるが彼の巧緻は「C」、長男オルキスも「C」、次男のトサンは「E」だった。こうして見ると長男は既に師でもある父親の水準に達していると言える。


タン爺さんもなんだかんだで弓職人としてこの道に入ってから25年程度だ。そう……時折忘れがちなのだが、彼はああ見えて壮年の頃まで違う職業に就いていたのだ。


しかし猟師(ユーザー)だった頃の経験がしっかりと生きている。「狩猟現場での扱いやすさ」という点では、もしかしたら師である双子の弓職人時代のものより上かもしれない。


そう言った意味で長男オルキスはまだまだ父親には及ばないのだろう。そして次男はジュミよりも成長が滞りがちだ。


もしかしたら……トサンは一度弓職人修行を中断して猟師を経験してみればいいかもしれない。彼は作業机を挟んで座っていると、ちょっと暑苦しいくらいに体格が良い。俺よりは立派だが、総じてこの地域の住民と比べれば中肉中背な印象を受けるタン一家の中でも、彼……トサンだけは身体が大きいのだ。


あの体格なら寧ろ猟師とか木樵……もしくは鉱夫の方が違和感が無い。トサンは体力、筋力ともに「C」評価であるので力仕事でも十分にこなせそうだし、確かまだ18歳だとか聞いたので10年くらい猟師をやらせれば、父親同様にユーザーとしての経験を活かした良い弓職人になりそうである。


元の世界で社会に適合出来ずに引き篭もって生きてきた50前のオッさんが何を偉そうに他人の生き様を考えてやがるんだと、不意に笑い出したくなったが……月野さんやジュミまでいるこの場で情緒不安定を疑われるのも嫌なので……俺はちょっと慌て気味に毎朝定番になりつつあるハムチーズレタスサンドを腹に詰め込んでから月野さんに本日の予定を告げた。


「今日は午後に入ってから鍛冶屋や金属加工職人の所に行って特注した弓の部品を受け取ってきます。他にもまぁ……フライパンとか、月野さんに説明してもらったダッチオーブンも出来ているかもしれませんねぇ」


「あ、そうなんですね?」


「あとは……あぁ、そうだ。金属製のスプーンやフォーク、ナイフも頼んでいたので、多分それらも出来上がっているかもしれません」


「随分と色々注文しましたね」


「ほら……例の騒動で山が閉じられていたせいで、この地域全体が失業……と言いますか、休業者が多くて職人達もかなり暇してたっぽいんです」


「あぁ、なるほど……」


「タン爺さんの弓工房は、山開きで猟師達が活動を再開したので忙しくなっているようですが、この村の工房の大半はまだまだ往時のような稼働には戻っていないんでしょうなぁ」


 このアンゴゴ地域において、「山の閉鎖」という事態は同地の開拓史上に残る大事件であり、地域のあらゆる産業に少なからず被害を与えたが、その中でもマルノ村の酪農と、ヨーイス村の鉱業は比較的軽微な影響で済んだ……と言える。


しかしながら両所にも全く影響が無かったわけではない。酪農場は閉鎖期間中に商人が訪れる機会が激減した為、セリ村の飲食店や宿泊施設からの需要が途絶えた上に一部輸入に頼っていた家畜の飼料、更には食塩や香辛料の供給量が激減して蓄養生産規模を減らさざるを得なかった。


鉱山は……地域の外貨収入を支えるべく、寧ろ鉄鉱石の採掘量と精製量を増やして輸出増加を図ったが、残念なことに……銅をはじめとする多くの非鉄金属鉱床が鉱山の裏側、つまりは閉鎖されたエリア側からしか採掘ルートが確保出来ない場所だった為に、結局のところ輸出額が減少してしまったのである。


しかし、そういう意味では俺がこの村の職人工房に色々と製作依頼を出したタイミングは悪く無かったと言える。これが……それこそあと数日遅れていたら、多忙を理由にオーダーメイドは受けてもらえなかったかもしれない。


 ハムサンドを腹に収めてから作業場に入り、昨日重石を乗せておいた牛大腿骨の様子を見る。


……おおっ!平らな板状になっている!板……というか冊状かな。長さ60センチ強、幅約4センチ、厚さ5ミリ程度の長方形だ。骨なので色は白いが、やや黄色味が付いた感じの白さだな。これが4枚出来上がっていた。


元々は中に骨髄が詰まった管状の骨幹部を縦に4当分にして切り割った状態のものから、サイズ的には靴ベラよりもちょっと長い平らな冊となった4本の骨材を、俺は隅々までチェックして、ヒビや傷が入っていないかを確認した。


本来の俺であれば、動物のものとは言え……こんな「脚の骨の成り果て」をじっくりと眺めたり、隅々まで撫で回すなんて真似をするような事はない。


昨日の作業中に骨髄を掻き出す俺を、ジュミが気味悪そうに見ていたが、あれが普通の反応だと思う。元の世界で暮らしていた頃の俺だって同じ感想を持っただろうし。


しかし今の俺はこの骨材に対して何の抵抗も感じずに触れていられる。いくらこれが加工後のものであったとしても、これ程何の違和感も無く触れていられるのは「弓製作術」は元より、「解体術」の技能も影響しているんだろうなぁ。


 今回作成する月野さんの弓、弓幹部分の幅はグリップ含めたハンドル部で概ね最大5センチ、両端のリム部分で3センチ程度になる。


ハンドル部分については接続金具を引き取ってから実際に組み立ててみて、その上で月野さんの意見を聞いてみないと分からないので、俺の脳内にある完成予想図はまだ不確定な状態であるが、リム部分については概ねサイズや形状、そして構造はイメージが固まっている。


両端のリム部分は各々長さ約60センチ……つまり先程仕上がった骨材とほぼ同じ長さになる。


そしてこの弓は……「ライブラリ」の「弓製作」の項にも記述のない「未知のもの」となるので、当たり前だが元々アーチェリーに関して門外漢であった俺にとっても「ちゃんと矢を飛ばせるのか?」という疑問アリアリの代物だ。


構造上は月野さんのよく知る「分割(テイクダウン)式」に似たものになりそうだが、実際の形状や「引き分け(ドローイング)」の感触は全く違ったものになるだろう。


月野さんの言う「ドローウェイト」も実際は主にリム部分の交換で調整するものだと聞いている。なので俺が考えている今回の弓の構造とはあまり差異が無い。


俺が「ライブラリ」を基にした技能(弓製作術)によって得ている弓幹は……そもそも全体の構造が「分割式(テイクダウン)」ではなく「一体型(ワンピース)」となった形状をしている。


そして「ドローウェイト」に当たる「弓幹の(たわ)み」が生み出す反発力は通常、両端のリム部分だけでなく。中央のハンドル部近辺でも発生させている。つまりは弓職人が弓を1(はり)作り上げた時点でドローウェイトは()()決まってしまうのだ。


()()()の世界の弓は一度出来上がってしまったら引く力(ドローウェイト)は変わらない……と言うか、変えるのはちょっと難しい。


それはある意味で「持ち主を選ぶ」と言うわけだ。これは逆に言い換えると……


「射手は数ある弓の中から自分に合ったものを選んで使う」


と言う事であり、射手自身の腕力等の成長に伴って投射力を高めたくなったら弓本体を変えるしかない。


 これが元の世界のアーチェリー競技では事情がちょっと異なり、弓自体は部品の交換でいくらでもスペックの調整が可能で、その代表的な例がリムの交換であり……リムの交換によって弓幹部分の長さやドローウェイトは元より……矢を射出した際の弦が戻る感覚までも変えられるそうだ。


月野さんは競技者としての類稀なる才能や経験、実績をお持ちだが……それはある意味、競技者としての成長やコンディションによってパーツの変更が可能な最先端の工業製品である競技弓を使ったものだ。


こっちの世界の弓のように容易にスペック変更が利かないものを使えば確実に違和感は出るだろう。


実際、彼女は女冒険者ジーヌが愛用していたものや、見習い職人のジュミが作った「こっちの世界の弓」で矢を放った時に「しっくりしない」と言う感想を述べていた。


まぁ……そもそも彼女が競技でやっていたアーチェリーと、こっちの世界の弓は矢を引き切る位置も違うし、ハンドルに対して放たれた矢が通って行く位置も違う。


彼女の言っていた「違和感」とは、主に自身が現役競技者の頃に使用していた弓のドローウェイトと、こっちの世界に来てから引いた弓のドローウェイトとのギャップから来たものだと本人から証言を得ているが……弓幹と矢の交叉点(クロスポイント)の違いも少なからず感じていたはずだ。


もちろん、これまでも何度か言及してきた……「射法の違い」もある。弓に矢を番えて弦を引く際に、俺が「ライブラリ」からの知識において得ている「矢の放ち方」や、高校生時代のうっすらとした区民体育館の弓道場で見た「弓道の動作」は競技アーチェリーの()()とはちょっと違うようなのだ。


俺がこれから作ろうとしている弓は、月野さんから教わったアーチェリー競技弓の構造を一部取り入れて、彼女の「違和感」を軽減出来ないかと試行錯誤した結果物である。


しかし材料的に元の世界の素材技術、精確な工業加工技術には遠く及ばない。これは製作加工する上での工具の質なども含まれる。


なので出来上がるものは月野さんにとって満足してもらうレベルにはならないだろうし、月野さん以外の「こっちの世界の住民」には逆に「変なもの」として見られるかもしれない。


何しろ俺自身にとっても「初めて作る弓」なのだ。そもそも俺は現時点で()()()()()に対して


「チートな手段で(にわ)か知識を得た門外漢」


である。そんな俺が「こっちの世界の基本的な弓」をスッ飛ばして「月野カスタム」とも言うべき特殊構造の弓を製作しようと企図している。考えてみれば随分とイカレた話だ。


こんな風に考えていたら……俺は今、自分がやっている事がちょっと怖くなってきた。「ライブラリ」で示された通りの内容で「こちらの世界における最新の弓」を作る選択だってあった。


この地域、いやアンテラ辺りでも使われていない「動物性素材を使用した非対称複合弓」ならば……彼女の体格に合った、それでいて射出威力も高いものが出来上がっていただろうし、俺の得ている弓製作技能は本職の弓職人(タン爺さん)ですら瞠目するものらしいので、完成品質も極めて高いものだっただろう。


しかし敢えて俺は自らの「初作品」を「ライブラリ」には記載がない技術様式で作り上げようとしている。……これってもしかして、この世界に来てから初めて「ライブラリ」の内容を超える「新たな技術の創造」になるのではないか?


まぁ、「創造」は大袈裟か。何しろ元の世界のアーチェリー競技弓を模倣した形にするわけだしな。


しかし……俺が作り出すこの弓を月野さんが使う事で、その性能の高さを立証出来れば……「新たな弓様式」として後世に伝わるかもしれないと思うと、なんだかロマンを感じてしまうなぁ。


 そんな他愛もない事を考えながら昨日のうちにある程度削り出していたリム部分に骨材を合わせる。ここからは「ライブラリ」においても結構未知の作業に属したものなのだが、驚いた事に俺の手は作業において些かもブレたり止まったりしない。


まるで「この作業を数十年やってきましたが?」的な感じで荒削りしたリムの内弧側に形状を整え、中央のハンドル部分までの連結部分まで加工し、弓幹全体のイメージを形作るのに午前中を費やした。


 3通りの形状をサンプル的に作ったグリップ(握り)を月野さんに見せると


「これ……全部小河内さんが作ったんですか!?」


と、かなり驚かれたのだが


「まぁ……こういう作業は得意なんですよ。趣味で模型とか作ってましたしね」


と言う感じで適当に誤魔化すと、彼女は「なるほど」と信用してくれ……3つのうち、一番太めに作ったものを選んだ。


「私……親指もちょっと長いみたいで。だからこういう()()の形の方が指が余らなくて持ちやすいんです」


そう説明を受けた。なるほど……今までそれほどじっくりと彼女の手を観察した事が無かったが、手の指が全体的に長く見える。特に彼女自身が言うように、親指は俺の()()よりも長いので驚いた。


 グリップの形状も決まったので、ひとまず他の部品と共に作業机の上に並べてみた。実際に組み立てるのは午後に鍛冶屋と金属加工職人から接続金具を受け取って来た後になるが、この状態でも「完成した状態」は何となくイメージ出来る。


実際に使用する際にはこの弓幹に対してリカーブ(逆反り)に弦を掛けるので形状は大きく変わるのだが、俺は「弓製作術」の影響か、その形状を朧げだが予想できるし、月野さんも元競技者として使用形状を想像するのが難しいわけではないだろう。


「ああ、いい感じですね」


彼女には机の上に並べられた部品を見ただけで完成予想図を頭の中に描き切れたのか、悪くない反応だ。


「そうですか。後はこの部品の繋ぎ目を金属部品で補強するので最終的にはもうちょっと違う印象になります」


正直、製作スキルを通した俺の「目」からすると、都合4分割となってしまったこの弓幹は、かなりゴツゴツとした印象を受ける。もちろんそれは俺自身で図面を起こして職人に特注した金属部品を装着した後の姿を想像したものなんだが……。


月野さんの意見はちょっと違っていた。


「元々、競技アーチェリーのボウには色々な補器類が装着されていますからゴッテリしてるんです。この形状ならベアボウよりもスッキリしてますよ」


彼女はそう言って笑った。なるほど……。確かに俺が前の世界で目にした競技用の弓には色々とゴテゴテした部品がくっ付いてた印象がある。それについてはこの前、月野さんから部品の機能面について説明を受けた。


あんなに色々付いてる部品一つ一つにちゃんと意味がある……まぁ、競技なんだから当たり前だわなぁ。


 とりあえず、弓幹がこの形状になる事を月野さんが了承してくれたところで昼飯を食うことにした。


作り置いて〈倉庫〉に入れておいたゆで卵を潰してマヨネーズと和え、パンに挟む。先日新たに定番に加わった、たまごサンドとスープを用意した。


ジュミは以前にも述べたように、普段は昼食を摂る習慣が無いのだが、我々だけが食べるのもアレなので……一応誘ってみると案外嬉しそうな顔で食卓に加わってきた。こんな調子で彼女は、俺達が居なくなった後に「1日2食の生活」に戻せるのだろうか。


まぁしかし……彼女はまだまだ「育ち盛り」という年齢だ。脳の発育にも悪くはないだろう。


今日もジュミはたまごサンドやハムサンドを「おいしい、おいしい」とパクパクと食べ、満足した様子だ。彼女は普段、タン爺さんの家でテナスの手料理を食べているわけだが、この前一度だけ夕飯をご馳走になった限りにおいて、テナスの手料理は普通に美味かった。


ジュミ自身は多分、普段の食事に不満は持ってないだろうから……やはりこれまで口にする機会の無かった卵やマヨネーズが余程彼女の口に合うのだろうか。


 そんな彼女の健啖ぶりが正直羨ましい。俺は以前にも述べたが……結構な偏食で、「香りの強いもの全般と唐辛子由来の辛いもの」が苦手だ。と言ってもその代表格であるニンニクやネギの類はそれほどでもない。


ショウガもギリギリいけるが、オオバとかミョウガやセロリ、パクチーなどは口にするのも厳しいし辛い料理も苦手なので、結局はアジア料理の大半が「食わず嫌い」となって今日(こんにち)に至っている。


こんなイイ歳になって恥ずかしいのだが……俺はそんな感じで「出て来たモノの中に食えない食材が含まれている可能性」に怯えてしまい、外食に足が向かなくなった。


自分がそんな性質の人間である為、初めて目にする料理にも恐れる事もなく口に入れているこの少女の勇気が眩しく見える……なんてのは少しばかり大袈裟過ぎるか。


幸い、このアンゴゴ地域ではまだ……「コレは食えない!」と言った食い物にはお目に掛かっていないが、ここは異世界である事を忘れてはならない。


今後訪れる場所で、明らかに食う前から「コレは……」と言う事案が発生する可能性は大いにあり得る。その場合はどう対応するべきか……色々と懸念が増えるばかりだ。


「異世界の食」についてあれこれ考えながら台所の小さな流しで食器を洗い終えた後、俺はジュミ宅を出て村の南側……中心部を目指して歩き始めた。


 朝方に少しだけ心配していた天気も、相変わらず曇り空ではあるが寧ろ朝よりは明るくなっている……ように感じる。やはりお天気お姉さんが言った通り、このまま雨が降り出す事はなさそうだ。


俺は一旦ジュミ宅から路地を一本跨ぐ形で村のメインストリートに出てから南に進み、昼下がりなのに閑散としている村長邸がある十字路を更に直進した。


 まずは「貧乏暇無しだな!」と言うフレーズでお馴染みのバルーム鍛冶工房が経営している金物屋から回る予定だ。あの工房には月野さんの記憶を基に図面に起こしたダッチオーブンと、それを設置する為の三脚(トライポッド)やオーブンを吊り下げる鎖、蓋を操作するための鈎棒のセットと、他にフライパンも注文している。


一応制作日数3日と言う事で受けてもらったが、バルームには弓の接続金具の母材を優先的に作って欲しいと依頼してある。なのでフライパンやオーブンの完成にはあまり期待していなかった。


 金物屋の中は今日も俺の他に客が居なかった。やはり「山が再び開いた」という好況を予感させる出来事の余波は、まだまだ本格的にはこの村に届いていないのだろうか。タン爺さんの弓工房はそれこそ「未熟弟子の手も借りたい」状況なのだが、その他の場所ではそのような活気は感じられない。


昼過ぎの時間帯とあって、金物屋のおかみさんは店に居た。俺が店に入るとカウンター越しに元気な声を浴びせてきたのだ。


「あぁ、いらっしゃい!」


「こんにちは。先日ご主人にお願いしたものは出来てますかね?」


「あ、この前話していたやつね!ちょっと待ってて!」


そう言い残して彼女は店の奥……工房の方へと消えた。工房からは今日も何やら槌音が聞こえてくる。あの音が聞こえているって事は、工房で何かしら制作……つまりは仕事があると言う事だ。まぁ、俺自身もここに仕事を依頼しているので、今も()()を作成している最中なのかもしれんが。


おかみさんが何やら大声を出しており、槌音が途絶えた。俺の耳には直接内容が入ってこない声の応酬が暫く続いた後に、少し騒々しい金属音が聞こえ、やがておかみさんと共に工房主であるバルームが何やら棒状のものを手に店内に姿を現した。


「おぅ!いらっしゃい!おかげさんでこの3日、久しぶりに暇無しだったよ!」


 作業を中断させてしまったようなので俺は多少恐縮しつつ愛想笑いで応じたが、彼の後ろには見覚えのある若者……この前訪れた時にバルームと一緒に作業をしていた彼の息子も一緒に出てきており、黒い物体を抱えている。


よく見るとそれは、俺が図面に起こして注文したフライパンとダッチオーブン、そしてオーブンを野外で設置利用する為に使う三脚だった。


正直、弓の部品の母材制作で3日を費やすだろうと思ってあまり期待していなかったが、この工房は3日で俺の依頼したものを全て作り上げていたようだ。嬉しい誤算である。


工房主が鎖で巻き束ねた形になっている三脚をカウンターの上に置きながら出来栄えを尋ねてきた。


「アンタの見せてくれた図面通りの出来だと思うが……こんなんでいいのかな?」


バリも綺麗に取り除かれ、黒錆加工までされているこれらの調理器具は、流石に鍛造は難しかったようで、2日掛けて鋳造したと言う。鍛造した弓部品の母材は意外にも半日程度で出来上がったので、既に金属加工職人のオデラに渡したそうだ。


「何しろオラには()()の使い道がトンと解らんでな。アンタにもらった()だけを頼りに作ってみたんだが……まぁ、アンタが描いたこの絵が凄く上手かったんだな」


工房主の息子がカウンターに並べてくれた直径30センチ、深さ4センチ程で棒状の柄がリベット打ちされたフライパンと、直径40センチ、深さ30センチ程で両手で持てるハンドルと吊り下げにも使う持ち手がしっかりと据え付けられたダッチオーブンの出来は素晴らしかった。


オーブンの要である特徴的な形状の蓋もピッタリと嵌るように作られており、とても工房主曰く「こんなもん、初めて作ったわ」と苦笑交じりに言う感じは見受けられない。


僅か3日でこれ程素晴らしい仕事をしてくれた事に繰り返し礼を述べながら俺は金物店を後にした。


うーん……あの工房の技術力を俺はちょっとナメていたな。まさか3日でこれだけのものを作り上げるとは。フライパンやダッチオーブン本体の出来も素晴らしいのだが、付属品である三脚や鎖の造りもしっかりしている。


店内で試しに三脚を立てて実際にオーブンを吊ってみたのだが、非常に安定していた。熱せられたオーブンの蓋を操作する為の鈎棒もちゃんと作られていたのは言うまでもない。


 金物屋で受け取ったものを両脇に抱え持って店を出た俺は、メインストリートを挟んだ向かい側の建物の裏へと続く路地で、やたらと嵩張る荷物を〈倉庫〉に収めてから裏路地に軒を連ねる……俺が勝手に命名した「金物横丁」へと向かった。


ちなみにバルーム工房(金物店)とメインストリートを挟んだ向かい側に立つちょっと大きめの平屋造りの建物はこの辺りに住む職人が集会所にしている場所だそうだ。


その集会所の裏側……日本の時代劇風に言えば「裏店(うらだな)」とも言うべき雰囲気の金物職人が集まっている裏路地からは、往時には聞こえていたであろう……金属を加工する作業音は聞こえてこない。先程も述べたが、この辺りの工房に色々と仕事が入って来るには、まだまだ時間が掛かりそうだ。


 先に訪れたタノーの工房は、約束通り3日で2組のカトラリーセットを作り上げてくれていた。「錆びにくいもので」と頼んでおいた白銅製のナイフとフォーク、スプーンは綺麗に仕上げられていてピカピカに光っている。2組のものを見比べても各々寸分違わぬ見た目で作られているのは流石だ。


礼を言いつつ品物を受け取り、最後は隣に建つ「特注品はここ」と言われるオデラ工房の開け放たれた入口から中を覗き込もうとしたところ、丁度工房主のオデラ本人が顔を出してきた。俺が隣のタノー工房で話をしている声が聞こえたのだそうだ。


「バルームさんのところから部品が届いていたと思うのですが……」


「ああ。もう加工は終わってるよ。あと、あのヘンテコな料理道具もね」


オデラはちょっと笑いながら俺を工房の中に招き入れてくれた。


「これでいいのかな?」


始めに見せてくれたのは木製の柄まで付けてくれたフライ返しと、先端を幅3センチ程に平べったく延ばした端に掴んだ食材が滑らないようにトゲのような加工までしてあるトングだ。自分で図面を描いておいて何だが……出来上がったこれらの調理器具は、俺が「元の世界」で暮らしていた時に目にしていたものとイメージ的には殆ど変わらない。


「素晴らしいです。俺が想像していた通りのものです」


と、思わず笑ってしまった。


「そうかい。アンタの期待に応えられてよかったよ。それと……これがバルさんから預かったやつを仕上げたもので、こっちが真鍮製の部品だね」


そう言って、奥にあった箱から取り出して来たのは長さ25センチくらいの全体的に黒い棒状の印象を受ける金属部品と、真鍮の鈍い金色をしたY字……いや、どちらかと言えばU字に一本足が付いたような形状の部品を渡された。棒状の部品がバルームによって鍛造された母材から仕上げた両端のリムとハンドルを接続する金具(ステー)で、足の付いたU字型の部品がハンドル部分に組み込む「レスト」と言われる部品だ。


レストについては、月野さんの話によると本来であれば他の部品とセットで組み付けるので形状は様々だし、素材もプラスチックで作られている事が多いらしいのだが、今回は「そんなに拘ったらキリがないので」と言うことでこの形状で試したいとの提案が彼女からされていた。


先日、改めて月野さんから半日くらいかけてアーチェリーボウの構造を可能な限り詳細に説明してもらったのだが、正直言って俺の持つ「ライブラリによる弓知識」の範疇を超える複雑さで、その半分も理解出来なかった。


彼女は現役当時に最高水準の座学知識を習得していただけあって、弓の引き方、その力の掛かり方、矢が飛び出す軌道と回転に対するメカニズムまで、彼女なりに俺に対して相当に分かりやすく説明してくれたのだが、結局その最後に


「今お話した事は所詮、競技の中における内容です。70メートル先の数センチを狙う為の知識なので……」


と、苦笑いしていた。驚くべき感覚だが、()()()の世界で、果たしてそのような精密射撃が必要になるのだろうか。


ちょっと怖い話だが、人間の急所である眉間を狙ったとして······それが数センチ外れたとしても確実に顔面は捉える。所謂「ヘッドショット」になるわけで、かなりの確率で標的は昏倒するだろう。これ程の射撃が本当に行えるのか……は別として、恐らくは銃器が存在しないこの世界において、70メートルと言うのは結構な射程距離ではないのか?


ましてや月野さんはタン爺さんの工房の裏庭にある試射場で約50メートルあると思われる弓的のほぼ中央を、ジュミの作った精度の悪い弓で射抜いている。彼女の持つ「射手としてのポテンシャル」が、俺の想像を大きく超えているのだ。


 今回、俺が作ろうとしている弓は俺自身が持つ「弓製作術」の知識からはみ出した代物であるが故に、この「レスト」として作られた部品に対する評価を俺個人としては下し難い。


いずれにしろ、俺にとっても、そして月野さんにとっても……この弓は完成してみないと評価しようが無いのだ。


出来栄えに対して何とも確信が持てないレストとは違い、鋼鉄製の接続(ジョイント)部品の出来は素晴らしかった。もう今日は注文品を受け取るたびに、俺の乏しいボキャブラリーでは「素晴らしい出来」としか言いようが無いくらいに……この村の職人技術の水準は高いのである。


やはり防錆の為か黒く薬品処理されている接続部品は、俺が月野さんの弓を製作する上で苦心して考え出した接続機構部の構造を完璧なまでに再現していた。そして、それが想定していたよりもずっと軽量なのだ。


(うーん……ここまで工作技術が高い世界なのか)


 俺はジュミ宅へと帰る道すがら、細部に渡って精密に削り込まれた接続部品を隅々まで観察しながら歩いた。

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