一泡吹かせる計画
親父さんと2人だけで山を下り始める。最初の目的地はエレベーターのある崖上だ。この位置からだと……まず30分歩き、最初の山下りの際にも通った幅の広い轍の残った山道に出る。そこから2時間くらいかな……段々と麓の景色が開けて来て、突き当たりになって道が途切れる。そこがエレベーターの崖上地点だ。
そして突き当たった道は……直角に右へ折れて崖を降りる階段混じりの九十九折れの人工的なスロープとなる。俺や親父さんはエレベーターに乗ってショートカットする部分だな。
エレベーターを下りれば、後は村まで馬が牽く荷車に乗せて送ってくれる予定になっているので……俺としてはとにかく、「崖上」まで歩けば今日の予定は半分達成したようなものだ。村に着く頃までにまだ空が明るければ、親父さんの家で休憩して……暗くなってから川向うの広場に行って原木を一気に置いて来るつもりである。
「昨夜俺が話した……アンテラ商人が村からの搬出口周辺を人夫達のテントで埋め尽くす理由の事、憶えてますか?」
「え……?あ、ああ……『実利と嫌がらせが半々』っちゅう……?」
「ははは。そうです。『半々』と表現しましたが、実はこの2つ……『コインの表と裏』みたいな関係なんですよ」
「え?コイン……?『実利』と『嫌がらせ』が裏で繋がってるって事ですか?」
驚いた事に、親父さんは俺の喩えを正確に理解していた。ちょっと前にシウロをジョッキで1杯引っ掛けたとは思えない程の明晰さだ。
「そうですねぇ……親父さんは『造船』について詳しいですか?まあ、造船だけじゃなくて『建築』についても……ですが」
「造船……?船を造るんですよね?それと建築は家を建てるとか?」
「ええ。まあ、厳密には造船『業』と建築『業』の話です」
「ああ……ウチの村から出た木がミランドの方にある船会社で使われてるのは聞いとりますよ。それと建材にしてもそうだ。まあ、建築の方はミランド側じゃなくてアンテラ側でも売れてるって聞いとりますがね」
「木材と言うのは伐り出してから建材として機能するまでに数年間の『乾燥』が必要となる……ここが多分アンテラ商人達の狙いなんですよ」
俺は笑いながら、元の世界で色々と動画を見たりネットサーフィンで知ったり、こっちの世界に来てからも「ライブラリ」で得た知識を基に自分なりに立てた推測を開陳した。
「『木材』を乾燥させて『建材』とする事にも時間が掛かるんですが、そもそも『造船業』や『建築業』にしたって……それと同じくらい長い時間的間隔で考えないといけない業種なんですよ」
「ほお?」
「考えてもみて下さい。船を造って欲しい人……まぁ『どっかの国』でもいいですが、『船が欲しいからすぐに造ってくれ!金ならあるぞ!』と息巻いたところで船なんてすぐには出来ないんです」
「あ……。ま、まぁそうでしょうな」
「既に完成進水済の船体なら……まぁ艤装整備とかも必要でしょうけど、比較的すぐに引き渡せるかもしれませんけどね。つまりは『古着屋で他人の古着を買う』ようなもんです。セリ村には古着を売る店が無かったようですが……」
「わはは。そうでしたか。ユキオ様は面白い喩えをしなさる」
「俺の服だってそうです。古着屋が無かったから『布地屋』から布生地を買って、今それを使ってアリサ様が服にしてくれています。まだ暫く掛かりそうですけどね……」
「な、なるほど……」
「服なら……まぁ、1カ月もあれば完成するでしょうが、大型船だの大商人や他国の貴族の屋敷なんてものは、そんなすぐには造れません。大袈裟じゃなく数年かかるもんなんです」
「あ……なるほど。言われてみればそうですわな……」
「じゃ、今年……この時期になっても『最高級建材』と名高いアンゴゴ産の木材が一本も出てない。これがどう言う事か判りますか?」
「え……?で、でも……木が乾いて使い物になるのは何年も先でしょう?」
「そうです。つまりそれは言い換えると……『何年か先に出来上がる船の注文が受けられない』って事になりませんか?そもそも船ってのは完成する何年も前に注文して設計を始めて……それが終わって初めて『建造』を始められるんですよ?その時に使える木材が、まだ1本も存在していない。ですから……現在、今日の時点で恐らく東の海沿いにある大小様々な造船会社は『新規注文を受けられる見通しが立っていない』と考えられます」
親父さんは、俺の話を聞いて暫く難しい顔をして考え込み……そしてやにわに立ち止まって「ああっ!」と叫んだ。あまりに大声をいきなり出されたので、俺の方がビクっとしてしまった。
「本当だぁっ!ユキオ様っ!そりゃどエライ事じゃないですかい!?」
「後は何となく想像がつきますよね……?つまり現在の状況としては『今年のアンゴゴ産木材は誰が持って行っても東海岸で高値が付く』ってことです。そしてこれから起こる事ですが……」
親父さんは俺の説明を聞いて絶句した顔になっている。そして足が動いていない。俺はとりあえず「まぁ、歩きながら話しましょう」と苦笑しながら声を掛けると、彼は漸く思い出したかのように足を動かし始めた。
「180本と言う村長が『最優先で伐り出して来い』と言っていた木材だけですと、結局は春の『空セリ』でその大半を落札したミランド商人側に、まだそれ程の『痛手』は生じていないのです。例え村の搬出口をアンテラ商人達が占拠していてもです。何しろアンテラ商人側に渡される木材は微々たるものですからね」
「そっ、そうですな……多分アンテラの奴らがあのセリで落とせたのは20本分やそこらかと……あの時、ミランドの奴らは『だまし討ち』のように、奴らだけでセリを開いて……最初のセリからアンテラの奴らを締め出したんですわ。セリは全部で3回に分けて開かれて……『村長とミランド商人が仕組んだカラクリ』に気付いたアンテラ商人側が強硬的に村長に抗議して、漸く3回目のセリを開いてアンテラ側が辛うじて20本くらいを落とした……そんな感じでしたわ」
「うへっ……村長はそんなあからさまにミランド商人の肩を持ったんですか?」
「ええ。だからあの若造はアンテラ商人達から信用されなくなったんですわ。実はね……『ミランド商人が村に来て、まだ山開きする目処も立ってない今年の木材を、セリに掛けてる』とアンテラ側に知らせたのは俺なんですわ。あの当時は既に山も閉じられていたから『今年の伐採は無い』って考えたアンテラの奴らは殆ど村に来なくなってましたからね」
「ほぉ……。親父さんはアンテラ側に付いたと?」
「いや、そう言うつもりじゃなかったんですがね。山も峠も閉じられて、ミランド側からの物資が来なくなってからは、アンテラの商人達の方が頑張って村を支えてくれていたんですわ。それなのにアンテラ側に後脚で泥を浴びせるような真似をあの村長がした事に、俺は腹が立ったんですよ」
「で……今もアンテラ商人は村長とミランド商人に対しての不信感が拭い去れていないと?」
「まあ、そうでしょうなぁ。村長からしてみりゃ、迂闊にアンテラ商人達を追っ払う事も出来んでしょう。村に国策物資では賄いきれないようなものを入れてくれているし、実際に猟師達が山でオオカミにやられた時に、薬やら札を急いで持って来てくれたのも……アンテラ商人達でしたし」
「なるほど。だからか……あれだけ大通りを昼間歩き回っているアンテラ商人達に対して、村人達は殆ど気にしていない様子がちょっと不思議だったんですよ」
「そりゃそうでしょう。村人からすりゃ『アンテラの商人達が来てくれているからパンや塩が手に入る』って事が解ってますからな」
ふーむ。この後、ミランドから大商人達が到着する事で……セリ村の中は「村長・ミランド派」と「村人・アンテラ派」に分かれて騒動が起きる可能性もあるのか。
俺の見立てでは今日……8月5日の昼過ぎに村へ帰り、それから暗くなるまで休息した後……夜の間に、製材所の川向いにある広場……と言うか「木材倉庫跡」の空き地に主副合わせて600本の原木を置く。恐らく夜が明けて明るくなったら村中は商人も含めて蜂の巣を突いたような大騒ぎになるだろう。
しかしその中でも事情を知る親父さんが上手い事指図して、製材所を経営する実弟・ウォーレンに製材実施を要請して製材所ではフル回転で製材作業に入る。この件については既にウォーレンとハボには話を通しているので、向こうでも従業員を呼集して待っているはずだ。
「そして……親父さん。アナタがアンテラ側に肩入れするならば、今日中にやっておく事がいくつかあります」
「俺がですかい……?俺が何かやるんですかい?」
「お忘れですか?俺が今『抱えている』原木は『空セリで落とされた180本分』だけじゃないでしょう?」
「え……?あっ!」
「そう。まだ120本分あるんです。そして……ミランド商人達が村までやって来るには、まだ数日掛かるんでしょう……?」
「え、ええ……奴ら、どんなに急いでも……馬車と人夫を連れた状態で峠を越えてここまでやって来るのは10日過ぎになるでしょうな。いや、半年も閉鎖して放置してたんなら峠道は『木材運搬車』が通れる状態になっていないかもしれない。もしかしたらもっと掛かるかもしれやせん……」
「そうですか。ならば明日にでも『現物』を見せてセリ市が開かれてもミランドの商人達は参加出来そうにないですなぁ」
俺が笑いを堪えながらそれを指摘すると……親父さんは、また立ち止まって考え込み……やがて顔を上げて驚愕の表情を浮かべた。
「あっ……なっ!……ユキオ様……!あっ、アナタ様は……!」
「ミランド商人達が村に来るまで最短で見積もって5日くらいですか。ではこの5日間が勝負ですよ」
俺はまだその場に立ち止まって呆然としている親父さんの肩に手を置いた。
「俺は明日の朝……明るくなるまでに、あの空き地に原木を300本分……主材と副材合わせて600本を積み置きます。もちろんそのうち……何本かは予め製材所の原木置き場へ移して、すぐに製材作業に入れるようにしておきましょう。なので、まずは180本分の『空セリ分』のうちアンテラ商人達が落札した分の引き渡しを、川を使って始めてしまって下さい。俺がハボに確認させたところ、アンテラ商人達は落札した分の原木は全て製材所での加工に回したそうです。なので恐らくその連中は川の荷揚げ場所近辺に場所を確保しているはずです」
「あ、ああ……なるほど……」
「製材が終わり次第……川にそのまま入れてしまえば村の大通りを車を使って大木戸門まで運ぶよりは手間も時間も節約出来ます。そしてその間に親父さんは……顔馴染みのアンテラ商人達に声を掛けてセリを開いて貰う。そうですね……可能ならば2日以内にでも」
「セリを……!?」
「そうです。2日以内にセリを開き、あの残り120本分を全部売約済にしてしまえばいいんです。そしてミランドの連中が来る前に出来るだけ搬出を終えて、彼らを送り出す。しかし送り出す先はアンテラではありません……お解りですね?」
「アンテラじゃない……まっ、まさか……!」
親父さんはもう立ち止まったまま動かなくなっている。俺はちょっと愉快そうに笑いながら話を続ける。
「くっくっく……そうです。木材の現物を手にしたアンテラ商人達を東海岸の造船所の街にどんどん送り込むわけです。造船会社の奴らは、恐らく今年の木材不足で新しい受注が取れない状態です。なので普段付き合いの無いアンテラ商人が持ち込んだとしても……ほぼ『言い値』で買い取ってもらえるでしょうなぁ」
「言い値で……」
「ええ。まぁ……東海岸の造船業界の全体的な年間当たりの木材需要がどれだけのものかは知りませんが、仮にアンゴゴ産の『主材』が今年は550本出荷の予定だったと考えれば、親父さんの言う『汚い手段』でミランド側が入手したのは160本ってところですか?それでも予定出荷量からすれば全体の3割弱だ」
親父さんは俺の話を聞いて何やら考え込んでいる。俺が言ったミランド商人達が春に競り落とした「購入権」の数の今年の伐採予定本数に対する割合を一生懸命、頭の中で計算しているのだろう。
「さっ、3割弱なんですね……?」
どうやら彼は計算を諦めたようだ。
「ええ……まぁ。しかし残りの120本のセリの結果……アンテラ商人がそれを全て落札すれば、彼らの出荷量は合わせて140本。これならミランド商人達の分に匹敵します。これだけの量の木材を彼らよりも先に東海岸へ放出出来るのです。これだけでもミランド商人達の『企み』を半分以上は潰せるでしょうね……ははは」
東海岸には大小併せて100近い造船会社と、それらが経営する300近い造船所があるそうだ。その中でも高品質との評判が高いアンゴゴ産木材の使用に拘った造船を行っているのは2割程度だそうで、そこに対して短期的に140本の「現物」が一気に納められれば……暴騰しているアンゴゴ産木材の価格は多少落ち着くはずだ。
つまり5日程度遅れてやって来るミランド商人達が慌てて自分達が落札した160本を動かそうと思っても、まず搬出で一悶着あるだろう。実際、まだ「180本……いや、それ以上の原木が一気に村に下りて来る」と言う状況に気付いていないアンテラ商人達は、正しくその「嫌がらせ」の為だけに村の正門や川の荷揚げ場付近の場所を人夫のテントで占拠しているわけだからな。
そんな状況で、アンテラ商人達から見ても望外な原木の量が村へ一気に下りて来て、更には木樵頭から「余剰分のセリ開催」を大至急開くように要請されれば……彼らも薄々は「その意図」に気付くはずだ。
アンテラ商人に遅れる事……恐らくは20日くらいしてから漸く東海岸にミランド商人達がアンゴゴ産木材を持ち込んだところで、その価格は……いいとこ「例年よりもちょい高い」程度には収束しているだろう。
まぁ、元々は安く買い叩いているので……彼らにも一応の利益は出るだろうが、当初企図していたものに比べれば、あまり旨味が無かった……と言う結果になるのではないだろうか。
親父さんは俺が示した「ミランド商人を出し抜く方法」を聞き、最早歩き出すのを忘れて……その場で考え込んでいる。
俺は仕方なく彼に歩くように促して、自分も足を動かす。自分がすっかり立ち止まっていた事に気付いた彼は慌てて俺を速足で追って来た。
「しっ、しかしユキオ様……。アナタ様はいつ、こんな『手』を考え付いたんですかい?」
「まぁ……俺の失敗を償う為に追加で『空セリ分』以外に120本分を村まで運び込む約束をしてから……何となくですが『どうせならこの120本を上手く使えないか』とは考えてました。最初は『アンテラの連中も引っ掛けてやれ』って思ってたんですがねぇ」
俺が笑いながら答えると、親父さんは目を丸くした。
「しかしその後、親父さんが『村長とミランド商人の癒着結託』について話してくれたでしょう?それが決定的だったかな。俺の生まれ育った国でもね……そういう『クズ』が結構居たんですよ」
「えっ……ユキオ様や……山神様が居たって国にですかい?」
「ええ。俺達がこの山の中に飛ばされて来る前に住み暮らしていた国って、ちょっと仕組みがこの国と似てましてね」
「仕組み……?」
「この国って、王様とか居ないんですよね?国の政はミランドの『議会』で決めてるんでしょう?法律だとか……まぁ、税金の使い方とか」
「ええ……まぁ……。俺はミランドには1回しか行った事は無ぇけど……そう言う風に教わりましたよ」
「俺達の国だって同じでした。王様は居ませんし、国の大事な事は都で開かれる議会で決められる……そんな大まかな仕組みです」
「ほぉぉ……でも山神様のようなエラい人が居て……実際にはユキオ様のように魔法がバンバン使える人だって居るんでしょう?」
「え……。あ、まっ、まぁ……アリサ様は別です。あの方は前の国でもちょっと特殊な方でして……」
俺は自分で設定して来た「アリサ様像」に危うく揚げ足を取られかけて狼狽してしまった。確かに……月野さんのような「魔法の天才」が前の世界に実在していたら、どエラい事になる。
とりあえず苦笑いしながら誤魔化して、話を続ける事にする。
「まぁ、国の『表向きの仕組み』は似ているんですけどね……。俺達の国では権力者……つまりはミランドで議会を動かしている大商人や、まぁ……アンゴゴ本村の村長家のような奴らでさえ『大っぴらに悪さは出来ない』って事になってましてね」
「悪い事……?」
「つまりは『空セリ』のような村の収益を毀損するような行為を、ミランド商人達と結託して行うような村長は、そんな所業がバレた時点でこの地域を開削した『勇者アンゴゴ』の直系子孫だろうが何だろうが、即座に拘禁されて都に送られて裁判を受ける羽目になるわけです」
「えっ!?あの若造をですか?」
「そうです。先日……村に滞在していた例の……冒険者達の一部が俺達の毛皮を盗もうとして牢にブチ込まれた話をしたでしょう?アレと同じ扱いを受けるのが当然なんですよ。俺達の居た国ではね」
「村長が……牢屋行き……」
「俺達の居た国は『そう言う国』だったんです。村長だろうが都のエラい大商人だろうが……何なら北の帝国に居る『皇帝』ですら、悪い事をすれば裁かれる。一応そう言う建前でやってた国でした。ですから、俺や……恐らくはアリサ様もですが、今回の件で村長やミランド商人達は『何らかの処罰』……社会的制裁を受けるべきだと思ってしまうんです」
「罰を……ですか?悪い事をしたから?」
「ええ。あの村長は国策物資を得る為とは言え、ミランド商人達と結託して『騙し討ち』のような空セリを開いて、結果的に今年伐採分の原木180本分をとんでもない安価で買い叩かせたんでしょう?だったらそれはさっきも言ったように『村の正当な財産を不当に毀損させた』と言う事になりますなぁ」
今話したセリ村の若村長の行為は……日本だったらどんな罪に相当するのだろうか。日本の刑法に、左程詳しくない理系の俺が思い付く限りでは、「官製談合」や「特別背任」とか……その辺に抵触しそうだが、日本とは違って「村長」と言う地位を公務員と規定するのかで大分解釈が異なって来そうだ。
「村の財産……た、確かに……」
「でも結局は今回の件で村長には罪も問えないし、地位も剥奪出来ないんでしょう?この国の法律ではね」
「そっ、そうですな……いくらなんでも村長を牢に入れるなんて……出来ませんなぁ」
「だったらもう『やり返す』しかないでしょう。同じようにミランド商人を騙し討ちにして、奴らの『儲け』を帳消しとは行かずとも……ある程度は潰すくらいはしないと」
「は……はぁ……」
「ミランドの連中にはそれなりに経済的な打撃を与えられるし、そんな連中に村長は突き上げを食らう事になる。バカな真似をして村人の財産と生活を脅かした『バカ村長』には良い薬になるでしょう。アンゴゴ村長の地位を笠に着て村人を苦しめようとすれば、とんだ『しっぺ返し』を食らうってね」
最後は笑いながら説明する俺の顔を見ながら、話を聞いていた親父さんは……驚愕の表情を浮かべていたが、不意に笑い出した。
「わっはっはっ!ユキオ様っ!アナタ様は……凄い……。よくもまぁ、そんな事を考え付くもんだ……。そんで……それを実際にやってのける力もおありになる……山神様も凄ぇけど……アナタ様も凄ぇわ……」
親父さんは大笑いしながら、俺に対して手放しの賞賛を贈って来た。そんなに褒められるような人生を送って来たわけじゃない俺は、ちょっとムズ痒い気分になりながら苦笑するしかない。
俺の「提案」を聞いた親父さんは大乗り気になり、「作戦」の実施を決断した。俺たちはクソ暇な山下りをしながら、作戦遂行の細部を詰めて行き……概要が立った頃になって折良くエレベーターのある崖上に到着した。
毎度股間がヒュンとする運搬用エレベーターで無事に下まで降りてから、親父さんはエレベーター付近に詰めて来ていた馬車運搬の者達やエレベーターへの積み下ろしを担当する作業員達を集め、エレベーターには最低限の保守要員を残して、後は全員自分達と共に村に引き上げる旨を命じた。
これから村に帰り、既に昨日一旦帰宅させた木樵達も動員して、製材所と向かいの「原木置場」で大規模な「緊急普請」を行う事になったからだ。
原木置場と製材所、それと川を下った村外搬出の荷揚げ場に「木材運搬用の簡易的なクレーン櫓」を設置する。これである程度の巨木移動に掛かる時間と労力を減らす算段だ。
この「作戦」は時間との勝負である。ミランドの商人達が先を競って峠を越え、セリ村に商隊を送り込んで来るまでに……先ずは「春の空セリ」でアンテラ商人達が落札したと言う20本前後の原木を速やかに製材し、川を介した搬出で引き渡す。
親父さんは、俺が原木を目立たないように広場へ置きたいので、暗くなるのを待っている間に……懇意にしているアンテラ商人達に片っ端から声を掛け、今回の「作戦」の一部を説明した上で……明後日にセリ市を立てる事を要請するそうだ。
セリには可能な限り多くのアンテラ商人を参加させる。勿論それは「落札価格の高騰」を狙っての事だが……あまり露骨にそこには言及せずに「ミランドの奴らをみんなで出し抜いてやろうじゃねぇか!」と言う感じで、彼らの鬱屈を煽る方向にする。
俺が原木を置く川向こうの広場は、いずれ大量に積まれた原木が村中から丸見えになるだろうが……木樵達に周囲を厳重に見張らせると共に、付近一帯を封鎖してもらう事にした。
村長が何か口を挟むかもしれないが、そこは「先日の『毛皮泥棒のような不届者』が現地に下見に入れないように」と言い抜けるつもりだ。
準備が全て整い……セリが終わったら、可及的速やかに製材するなり原木のままなり、川を介して落札者に現物をどんどん引き渡して、東の峠に向かって送り出す。アンテラ商人側も木材を長年取り扱っているだけあって、「今の状況で」東海岸に木材を持ち込めば大きな利益に与れる事を熟知しているはずだ。
多分途中でミランド商人達の一団とすれ違うだろうが、そこで一悶着起きても……人数ではアンテラ商人側が優っているだろうし、ミランド商人側としては余程の欲ボケしたバカじゃない限り……村への急行を優先するだろう。まぁ……村に着いた所で「積出しの順番待ち」で最後尾に並ぶ事になるだろうがね。
ここまで説明してから、俺は親父さんに「肝心要の大事な話」を切り出した。
「で……。今回の件ですが……。俺やアリサ様の名前は一切出さないで欲しいのです」
「えっ……?」
「俺達は元々『村外者』で、村に辿り着いてからまだ1月も経っていません。なので今回の一連の騒動で目立ってしまうと……この地域に居辛くなってしまいます。『虫がいい話』かと思われるかもしれませんが……この件にアリサ様を巻き込みたくないんです」
「まぁ、そんな事を言っても……先日の『毛皮泥棒』の件で我々は充分に目立ってしまってますし、これだけの量の原木が一気に村まで運び出されて来る時点で村長は当然、『俺の関与』を疑うでしょう。何しろ……俺は御前様に一度この『大荷物を自在に持ち運ぶ技術』を見せていますしね。寧ろ真っ先に『俺の仕業』だと思うでしょう」
「そっ、そうですか……」
「しかし村長家側は、そう簡単に俺達に対して行動を起こさないとは思います。一応『俺達の邪魔をしたら証拠無しでも報復する』と脅してありますから」
俺がニヤニヤしながら話すと、親父さんはちょっと引いたような表情で再度、「そっ、そうですか……」と応じた。
「しかし……今回の件で俺達の名前……と言うか存在が前面に出てしまうと、『利益とメンツ』を潰されたミランド商人が、何か難癖を付けて来るかもしれません。何しろ奴らは多分……『護衛』と称して武装集団を連れて来る可能性が高いですからね」
「なるほど……」
「いや、俺だけなら良いんですよ。護衛だろうが軍隊だろうが。殺さない程度に、ちょっとブチのめして全員の目を潰すくらいにすれば良いでしょうし。しかし……アリサ様に無礼を働いて、あの方を本気で怒らせたら……」
俺が意味深に黙り込むと、親父さんが恐る恐る聞き返して来た。
「どっ、どうなるのでしょう……」
「最悪……ミランドと言う『街』が、その住民ごとこの地上から消し飛びますねぇ。アンゴゴはそうならないよう、俺が全力でお諌めしますが……別に知り合いがいるわけでもないミランドの事までは……」
俺がニヤついた様子から一転して真顔で大層大袈裟な「嘘」を並べると、親父さんの顔色が明らかに変わった。今の俺達は、エレベーターの下から原木運搬の馬車……本来ならば前後端2台1組で、その間に原木自体を胴体として載せる構造の荷馬車だが、俺達はその後端部の荷車に乗せてもらい、この前も見た巨大な馬1頭で牽いている。本来であれば原木3本を載せて2頭の馬で牽くらしいのだが……あんな巨大な原木を3本も積んで2頭で済むのが驚異的だ。
しかし、今はある意味600本の原木を積んでいる事になるので、親父さんとしてはホクホクだろう。
馬車は巨馬に牽かれて轍に沿って軽快に進み、遂にセリ村の山木戸門に到着。時刻は13:09である。
俺達は門前で馬車を降り、徒歩でまずは木樵頭の家に向かった。
玄関から入ってマリに揃って帰宅の挨拶をしてから、借りていた食器や食材を返して俺は2階への階段を上った。
「小河内です。今戻りました」
客間の扉をノックしてから声を掛けると、前回のマルノ村を訪れて外泊した時よりも落ち着いた様子で月野さんが出て来た。
「おかえりなさい……」
「すみません。本当は昨日のうちに戻って来たかったのですが……例の『根っこ』を戻すのに時間が掛かってしまいまして……」
俺が苦笑しながら外泊になった言い訳をすると、彼女は驚いた顔をした。
「まぁ……!それで?戻せたんですか?」
「ええ……何とか。これでもう一度山に行かずに済みますよ……やれやれ」
「あはは!良かったですね!」
俺のボヤキを聞いて、月野さんは上機嫌な様子で笑った。良かった……前回は目に涙を溜めていたように見えて焦ったからなぁ。
「あ、そうそう。早速で申し訳ないんですが……風呂を沸かしたいんで〈ヒート〉をお願いしてもいいですか?」
昨晩は俺も親父さんも風呂に入っていない。なので早急に風呂へ入りたかった。
俺が月野さんを連れてリビングに出ると……親父さんは早速マリにシウロを要求し、出てきたジョッキを傾けている所だった。
リビングに入って来た月野さんを見た親父さんは……ジョッキを慌てて机に置き、改まった表情でわざわざ立ち上がり……帰宅の挨拶をして来た。どうやら馬車に乗っていた時の話を思い出して、山神様への畏敬を新たにしたのか。
俺が笑いを堪えながら月野さんに通訳すると、彼女はニコニコしながら、ペコリと頭を下げた。それを見た親父さんはマリも怪しむくらいに恐縮している。
俺はそんな親父さんが手を伸ばさなくなった、机の上のジョッキに氷をトプンと入れてやりながら……
「これから風呂を沸かそうと思っているのですが、親父さんも入りますよね?」
そう聞くと、親父さんはちょっと意外そうな顔をした。
「えっ?これから湯を沸かすんですかい?帰ったばかりでお疲れでしょう」
「アンタ……山神様にお願いすると空っぽの風呂が5分もしないうちに沸いちまうんだよぅ!」
マリが横から何故か小声で夫に説明すると、親父さんは目を剥いた。そう言えば俺達が風呂を沸かすようになった頃から、ちょうど彼は家を空けるようになっていたかもしれない。なので俺達が「魔法を使って風呂を沸かしていた」事に気付いてなかったかもしれない。
「なっ!?5分!?水汲みも釜焚きもやってですか?」
「まぁ……アリサ様の『お力』で沸かすので、薪も水も使いませんけどね」
親父さんは暫く呆然としてから我に帰ったらしく
「そ、そう言う事でしたら……俺はもうちょいコレをやってますんで……どうぞお先に入って下せえ……」
「え?いいんですか?こう言うのは家の主が先に入るもんでしょう?」
俺が申し出ると、親父さんは両手を突き出しながら首も激しく横に振った。
「とっ、とんでもねぇ!お客様が先に入るもんですだっ!」
「えっ……?そうですか?じゃあ先に使わせてもらいますね」
俺は不思議に思いながらも、月野さんにお願いして自分の〈ウォーター〉で水を満たした浴槽に彼女の〈ヒート〉で適温にしてもらった。
ちなみに俺は日本で独り暮らしをしていた頃も、長く湯船に浸かっていたかったので、のぼせないように38度くらいの「ぬるま湯」にしていた。月野さんにもそのようにお願いしていたのである。
「お昼ご飯を用意しておきますね」
そう言ってくれたマリに礼を言ってから俺は風呂に入り、山の中で溜まった垢を麻布で擦り落としてから毎度お馴染みの「う゛あ゛あ゛あ゛」と言うオッさんのキモい意味不明な長嘯を奏でながら1日ぶりの入浴を堪能して、マリが用意してくれた洗濯済の服に着替えてリビングに戻った。
既にベンチに腰掛けていた月野さんが
「オジ様の様子が変なんです。目が合うとすぐに逸らすと言うか……どこかお加減が悪いのでしょうか……」
と、やや不安な表情で尋ねてきたので……俺は慌て気味に
「親父さん……アリサ様が、『目を合わせてくれない』と悲しんでおいでです。もうちょい気さくに接して頂くとありがたいのですが……」
と苦言を呈した。もちろん俺は笑いを堪えるのに必死である。
「そっ、そ、そ、そ、そうですか……!これは失礼しましたわい……」
この老人は村の中では文句なく実力者なのだが……何しろ「山神様」に対する薬が効き過ぎているのである。
俺が事ある毎に恐怖を煽ったのも悪いのだが、実際に重傷を負って危篤状態だった親戚のアギナ親方の傷をアッサリと消し、それどころか自分が負った大怪我や持病になりかけていた両膝の痛みも消し去った。
もうそんな超常体験を何度も繰り返せば……どれ程頑迷な老人も畏れを抱かずにはいられないだろう。
親父さんは俺からのクレームを受け、無理くりに月野さんへ笑顔を向けた。
「どうやらこの前……身体中の大怪我を治してもらったので恐縮されているようですね」
俺は仕方なく嘘を伝えた。これが唯一、この世界にやって来てから俺の心……良心に呵責を感じている所だ。月野さんに「実情」を知られたら……俺は彼女に責め立てられるんだろうなぁ。
「そうですか……これだけお世話になっているので恐縮するのはは私の方ですのに……」
「そ、そのように伝えておきます。まぁ……ほら。月野さんだって色々と彼らの役に立っていらっしゃるわけですし……そこはね……『お互い様』って事でね……」
俺は何とか言葉尻を纏めながら、恐らくはお互いに向けている感情が噛み合っていないであろう……山神様と木樵頭夫妻の間をギリギリのところで取り持っているのである。
食事を終えると、親父さんは風呂に入ってから早速……懇意にしている何人かのアンテラ商人達に会ってくると言う。俺も部屋に戻って、月野さんに今後の行動予定を説明しようと思った。
部屋に入ってから俺がおもむろに、「暗くなったら例の弓練習場に原木を置きに行く」と説明しようとしたら……俺の顔をしげしげと眺めていた月野さんが、唐突に口を開いた。
「小河内さん……痩せました?」
「はぁ……?」
「いや!痩せてますよっ!何か……失礼ですけど、お顔がシュっとなってません?」
「えっ……?俺がですか?いや……それ程鏡を見ませんから……」
俺は日本で暮らしていた頃から、普段鏡を殆ど見ない人間だった。40代になってすぐに、ネットで知った「レーザー髭脱毛」を3年掛けて終わらせてからは、髭を剃る必要も無くなったので……余計に鏡を見なくなった。
俺が主に鏡で自分の不細工な面を見て失望感に苛まれる機会としては、理髪店で散髪をする時ぐらいか。
膨れた上半身に、太った首が生えており……その上にこれまた顎まで弛んで丸々とした不細工な面が載っている……。唯一の「救い」は、ストレスをストレスと感じないように「逃げた生活」を送っていたせいか、50を目前にしているのに薄毛や白髪とは無縁である事だ。
その代わり……逆流性食道炎にはずっと悩まされていたのだが。
こればっかりは毎度お世話になっていた老理容師にも珍しがられていた。俺の身体的特徴の中では唯一肯定出来る部位で、この特徴のせいか……「小河内さんて、アラフィフには見えませんよね!」などと冗談半分で言われる事がたまにあった。
「いえ!間違い無く痩せてます!ちょっとサイズを測り直しますね!」
何故か月野さんは興奮気味に薄革製の巻尺を取り出し、嫌がる俺を置き去りにして身体……主に胴体のサイズを測り始めた。
「ほらやっぱりっ!身体が一回り締まってますよっ!腿周りも細くなってますね!」
「そ、そうですか……」
「ちょっと裁断に手直しが必要ですねぇ。切る前に気付いてよかったです」
「すみません……。何か余計なお手間を取らせてしまいまして……」
「ふふふ……いいんですよ。小河内さんは痩せたらもっと素敵になりますよ!」
「ははは……この先も身体をコキ使うような真似をして、痩せるのが先か……身体がぶっ壊れるのが先か……」
俺は苦笑いを浮かべながら、しみじみと今の心境を語り……再び「暗くなってからの予定」を彼女に説明した。
「あの……私もご一緒していいですか?この前みたいに木を乾かせればと。魔法の練習にもなりますし……」
彼女の「控えめな申し出」を聞いて、俺は驚いた。そうか!この人に〈ヒート〉で乾燥を掛けてもらえば……さっき親父さんと散々話していた「木材の乾燥に数年……」の部分が一気に端折れる事になる。
その効果はこの前の木枠製作の際に、「製材の専門家」であるウォーレンも太鼓判を押していた。魔法による「内部からの乾燥」は自然乾燥よりも材木の品質が高まる可能性すら彼は言及していたのだ。
月野さんによる乾燥が施された原木は……その品質もさることながら、「今年伐採の木が即座に建材として利用出来る」と言うトンでもない付加価値が付いて……セリでの開始値が跳ね上がるかもしれない。
俺は月野さんの申し出を快諾し、更には急いで1階に降り……風呂上がりで着替えも済ませ、これからアンテラ商人に会いに出掛けようとしていた親父さんを玄関で捕まえて、リビングに引き戻した。
俺の説明を聞いた親父さんは、当然ながら仰天した。
「木の内側の水を脱いて、乾かすですって……!?」
厳密には水分を高熱で蒸発させるので違うのだが……まぁ、それを言っても理解してもらえそうにないので、俺は彼の勝手な解釈に任せた。
「ウォーレンさんはその品質を褒めてくれましたよ」
「アイツがですかい!?木に登れない癖に昔から木の事にはクソうるさいアイツが……?」
実弟を褒めているのか貶しているのか分からない言い様に、俺は噴き出しながらも話を続けた。
「どうですかね?多分これでセリ値が一気に上がりませんか?」
「そ、そりゃ……その話が本当なら……しかしですよ?商人達には何て説明します?そんなべらぼうな木をいきなり見せたら怪しまれませんかい?」
「うーん……。確かにそうですね。……!おっ!そうだっ!こう言うのはどうです?『今年はもう伐採が間に合わないから、こういう時の為に……山中で保管していた秘蔵の木を放出する事にした』って事でいいんじゃないですか?それなら『山開きした途端に一気に大量の原木が村の中に出現した』って言う事にも、ある程度の説明が付けられますけどねぇ」
俺はもう笑いを我慢する事が出来ずに腹を抱えながら話すと、親父さんは眼を瞠るようにしながら……俺の手を握ってブンブンと振り始めた。
「ユキオ様っ!アナタ様と言うお方は……どうしてそんなに後から後から凄ぇ考えが浮かぶんですかい!?山神様ももちろん凄ぇが……俺はアナタ様の方こそ拝みてぇくらいですわ!」
いやいや。拝むのは山神様の方だけにしてくれ。畏れるのは山神様であって俺じゃない。俺は狡い悪知恵だけはよく回る……自らの保身に能力を全振りしながら50年近く生きて来たオッさんだ。
こうして、木樵頭は「計画」の実現に向かって、意気揚々と自宅を後にして行ったのである。




