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ポチってみたら異世界情報システム  作者: うずめ
目覚め、そしてサバイバル
13/85

殺すか赦すか

 「村人風」の男は、俺を見上げているが……明らかに怯えている。まぁ、この男が本当に「ただの村人」ならそれも解る。何故なら……俺自身が「前の世界」では、彼以上に「戦いと縁の無い」暮らしをしていたからだ。


彼の目には、どう映っているのだろうか。「デカ男」がバリケードを壊したら、その内側より小太りのオッさん……今目の前で自分を見下ろしている男が現れた。……と思ったら、他の4人が次々と打ち倒される。ついには目の前に居た「ゴリ女」さえ張り倒され、そのいずれもが「目にも止まらぬ速さ」だとしたら……。


俺なら「失禁する」まである。何が起きているのか判らないうちに暴力慣れしている屈強な仲間が次々とやられて行く光景は、「天狗様の仕業」とか……そんなレベルではあるまい。


そしてその「天狗様」が、こんな小太りのオッさんだと言うのだから……当の俺ですら困惑している。しかし、こいつらは口々に言い訳がましく「我々は山賊では無い」と主張している。「山賊のような真似」をしておいてだ。


俺は当初、問答無用で「皆殺し」にしてもいいと思っていた。以前までの俺なら「皆殺し」という行動など考えるわけもなく、ゲームの中のイベントでおいてさえ「殺す」「助ける」と言った類の選択肢では常に「助ける」を選ぶような人間だったが……このようなリアルに理不尽な暴力に晒される事によって、これはやはり「もう一人の自分」が出て来たんだろうな。


「さて……。まずはお前の名前を聞こうか」


 俺が尚も睨み付けながら名を尋ねると、男は尻餅を着いた状態から慌てて這い蹲るような姿勢になり舌も回らぬような怯えっぷりで答えた。


「お、おっ、オラの名前は……!はっ、ハボって言います!」


「ん……?何だって?『ハボ』でいいのか?」


俺が聞き直すと、既に「ハボ」は泣きそうになっている。話に聞くと、ハボはこの山の麓にある「セリ」と言う村の住人で、製材所で働いている……らしい。つまりは本物の「村人」だったわけだな。


そして、このハボ以外の4人は……ここから馬車で5日くらい離れた「アンテラ」と言う町から派遣された「冒険者」らしい。この山賊紛いの連中は「冒険者ギルド」に所属する「C級冒険者」……なのだそうだ。


 俺は「ゴリ女」の方に視線を移して糾弾する。


「冒険者ギルドってのは、略奪行為を容認しているのか。犯罪組織じゃねぇか?」


「ちっ、違いますっ!アタシらは山賊じゃないですっ!」


「ゴリ女」が叫ぶかのように反論して来た。


俺はこの女に殺されかけた。あの時……月野さんが声を掛けてくれなければ……振り向いて〈集中〉の発動が3秒……いや2秒遅れていたら、この女の放った矢の飛翔コースからして、俺の頭から胸にかけてのどこかに突き刺さっていただろう。実際、俺は文字通り「間一髪」のタイミングで生命を拾ったのだ。


そう考えると、月野さんに対して無礼行為を繰り返した「顔傷男」もブチ殺したいが、この女への殺意も収まらない。繰り返すが、こいつは俺を殺そうとした……と言うよりも実際に俺に向かって「殺すつもりで」矢を放ったのだ。宇宙人から授かった「システム」やら〈集中〉なんて言う「ブッ飛んだ技能」が無ければ、俺はあの時……アッサリと生命を落としていただろう。それを考えると、この女をこのまま許せるはずがない。


「まぁいい……。俺はお前を許すつもりは今のところ無い。下らん言い訳を聞くつもりも無い……」


 俺がわざと低い声で静かに告げると、彼女の顔色はみるみる青褪めてきた。


「下手な気を起こすなよ?そこから少しでも動いてみろ。即座に頭を叩き割るからな……。そこで伸びてる2人や……川に沈めているあいつらのようにな……」


 俺は村人……ハボの方に視線を戻し、この男の話を引き続き聞く事にした。


ハボは俺が「ゴリ女」を脅し付けた様子を見ていたせいか、這い蹲った姿勢のままで顔を上げることもせず、震えて舌がもつれるままに話し始めた。


ハボの暮らす麓の村「セリ」の一帯を含めた、この辺りの地域を「アンゴゴ」と呼ぶらしい。何でそんな名称が付いているのかと言うと、ハボ自身は正確な土地の歴史を知っているわけでも無いそうだが……少なくとも200年以上昔まで、この辺り一帯はかなり深い森と山地によって大陸南方地域との交流を阻む難所であった。


そこに冒険者を引退した「アンゴゴ」と言う人物が、冒険者時代に仲間だった者や、大怪我をして冒険者を続けられなくなった者達を率いて開拓団を組織し、それを率いてこの辺りの開拓……と言うか入植に乗り出したのだそうだ。


入植に当たり、この地域に3つの開拓拠点となる集落を設け、それが今は「セリ」、「マルノ」、「ヨーイス」と言う名前の村になっているらしい。結果的に、森が深すぎるのと耕作地としての見込みに乏しかった事もあり、産業を林業に絞り……豊富に繁茂している「ホダの木」や「テンビルの木」が、特に船材として評価を高め、この3村で生産される木材を総称して「アンゴゴ産木材」と言う一種のブランド化に成功しているようだ。


 問題は……この「アンゴゴ」において、今年の春……どうやら今の季節は「元の世界」では10月上旬、つまり初秋に当たるようで、半年程前から……この辺一帯で木材の伐採が難しくなっているようなのだ。


その原因は、アンゴゴ入植地民が林業を営む上で伐採と植林を行っている領域……周囲を囲む山々の中腹以下のエリアに、魔物である「クロスジオオカミ」が出没するようになった事で、既に3村の猟師や木樵(きこり)が何人か襲われて、犠牲者まで出ているらしい。


オオカミは「はぐれ」的な個別行動では無く、数頭のグループで行動していると言う。伐採作業は中断され、当然ながら製材所の稼働もストップした。入植地全体が経済的苦境に立たされているのだ。


 入植地を束ね、アンゴゴの子孫でもあるセリ村の村長が、入植地全体から「腕っ節に自信のある精鋭」を集め、オオカミ討伐の山狩りを行った結果……多くの怪我人を出しながらもオオカミ出没の真相が朧気ながらも判ってきた。


どうやら、山の更に上の方に棲息していたオオカミよりも力のある「別の魔物」が、オオカミの棲息領域にまで下りて来るようになり、玉突きの如くオオカミ達は止むを得ず「人間の領域」にまで下りて来ざるを得ない状況になったと……セリ村長は結論付けた。


 そこで、近隣最寄りの「冒険者ギルド支部」があるアンテラに使者を送って、「冒険者」を派遣して貰う事にした。ギルド側にとっても、近隣地域で経済に対する影響も大きい「アンゴゴブランド」の木材の供給が止まるのは、この国の流通経済に大きな損失を出し続ける為に引き受けざるを得ず……引き受けるからには「魔物討伐の専門家」として、「クロスジオオカミ」と言う魔物への評価査定を行ってC級を含む中堅パーティ3組、総勢16名の冒険者集団を入植地に送り込んで来た……と言う事であった。


そしてこの集団を率いて来た「主力」とも言える「C級冒険者」で構成されたパーティ……「デカ男」、「顔傷男」、「泥棒男」、「ゴリ女」の4人をハボが案内すると言う形でここまで2日掛けて上って来た……と言うのが目の前で這い蹲っている男から得られた情報であった。


「おい。こいつが言っている事は本当か?」


 俺は「ゴリ女」の方にまた視線を移して尋ねた。


「ほ、本当です……。アタシらは一番犠牲者を出しているこの山を担当する事になったんです……」


「それで略奪行為とは……どうしようもねぇな……」


しつこいと思うかもしれないが、「前の世界」で小心者のオッさんとして生きていた俺は、今回受けた「突然の理不尽な暴力」に対して、まだ怒りとショックが収まっていない。寝ていたらいきなりバリケードを壊され、奴隷と間違われ、同行者を侮辱され、最後は射殺されかけたのである。やはりショックだったのは、俺を殺すつもりで放った「矢」……目の前の「ゴリ女」の行為である。


俺がなまじ「反撃する能力」を持ってしまった為に、今の俺はもう……


(我慢する必要は無いぞ……)


と言う、「もう1人の自分」が解き放たれている。理不尽な暴力に対して、ハッキリとした抵抗が可能な「力」を持つと、「なんで我慢しなきゃならねぇんだよ!」とか「もう泣き寝入りするのは止めろ!」という「もう1人の自分の声」が聞こえてくるのだ。耳鳴りのように……。


 俺がまた険しい表情になり掛けた時……カランと音がして背後から声が掛けられた。月野さんが、バリケードを越えて来たのだ。


「あの……大丈夫ですか?小河内さん……」


俺は努めて憤りを隠して振り返り


「ええ……。大丈夫です。何となくですが……事情も聴けました」


そう答えると……月野さんは俺の頬に手を添えて来た。女性に……こんな事をされる日が来るとは……。


「小河内さん……震えてます……やはりお辛いのでは?」


「先程は……月野さんに声を掛けてもらわなければ……俺はこのクソ女の放った矢で殺されていたかもしれません……お礼がまだでした。ありがとうございました……」


 俺は再び「ゴリ女」を睨み付けた。彼女は今や俺をまともに見る事も無く地面を見るかのように俯いている。俺は改めて、ハボから聞いた「事情」を月野さんに説明した。彼女は俺の話を黙って聞いていた。何も質問が無かったので、正直理解してもらえたのか?と思ったが……。


「それで……?小河内さんは、この女性をどうされたいのですか?」


月野さんは真っ直ぐに俺の目を見ている。俺は表情を歪めながら


「判りません……。この女は俺を殺そうとしました。さっきも話しましたが、あの時……月野さんが俺に注意を促してくれなければ……俺は頭を射抜かれて死んでいたのです。紙一重だったのです。ほんの2、3秒の差で……俺は死なずに済んだんです。怖かったです……。それを今考えても……とても怖いです……」


「この女に俺は報復すべきか迷ってます……俺を殺す為に弓を俺に向け、俺の頭に向かって矢を放ったこの女……。俺はこいつを……赦せない……です……」


「でも……小河内さんは生きているじゃないですか。今こうして……私の前にいらっしゃいます。小河内さんは死ななかった。ならば……一度だけ……この人を赦してあげられませんか?」


「え……!」


「小河内さんに……無暗に手を汚して欲しくないのです。さっきは多分……また私を護って下さったのでしょう?本当はこんな事をやりたくない……。小河内さんはそう言う方なんだと思ってます。そんな小河内さんに、この3日間無理をさせてしまい……今日もまた……しかも今度は人間相手に……」


彼女は目に涙を溜めている。きっと復讐心に満ちた顔をしている俺を見て、怯えて距離を取るんじゃなく……諭してくれているのだ。こんな20も年上のオッさんが、これ以上手を汚さないように……。


 俺は一瞬、言葉を失い……他の奴らも見ている手前、泣きそうになるのをグッと堪えて


「お心遣い……感謝します。そうですね。この世界に住む奴らはクズばかりかもしれませんが……俺までそれに染まる必要はありませんね。それでも俺は……この先も、俺達に『理不尽な暴力』を加える奴らには容赦するつもりはありません。アナタを……そして俺自身を護る為にね」


俺は再び振り返った。「ゴリ女」を改めて見下ろしながら


「おい。この方の慈悲で……今回だけは殺さずにいてやる。俺はまだお前らを赦すつもりは無いがな……。この方に感謝をするんだな……」


俺がそのように言い渡すと、「ゴリ女」は驚いた様子で顔を上げた。俺を見るその目はまだ怯えがあるが、俺から目線を逸らして後ろに立つ月野さんを見た途端に、怯えから「畏れ」に変わったように見えた。


―――目の前に立つ、自分達を皆殺しにしようとしている「化け物」に、それを止めさせた女性


そのように見ているようだ。まぁ……これは意図的に俺がそう仕向けているんだけどな。これでこのクズどもも、二度と月野さんに無礼な真似をしようとは思わないだろう。


「他の奴らを起こして集めろ。山を下りる」


「え……?あ、あの……?」


「いいから早くしろ。もう……お前らがここでやるべき事は無い。動けないのならば殺して行く。足手まといになられるのは嫌だからな」


 俺が脅かすと、女は慌てたように横で伸びている「デカ男」を起こし始めた。しかし、奴は完全に気絶しており目を覚ます気配が無い。


「あ、あの……」


「何だ」


「こ、この人達の怪我の手当てをしては……ダメでしょうか?」


この連中を負傷させたのは俺だ。自己防衛意識によって「行動力を奪う」ようにした結果なのだが、実際ちょっと痛め付け過ぎたような気もする。俺のような日常的な「暴力に慣れていない人間」は、こう言う場合の「手加減」が判らないのである。


「いいだろう。ならば全員、身に着けているものを外せ。指輪やネックレスも全てだ。山を下りるまで預かる。いいか?全部外しておけよ?」


そう言って俺は月野さんに


「この女に今……武装解除を命じました。多分これから、そこのバカ2人を起こして、傷の手当をしながら装備品やアクセサリなども外すと思うので、見張っていてもらえませんか?」


「わっ、私で大丈夫でしょうか……?」


「ええ。この女は……月野さんの事を『命の恩人』だと思っているはずです。俺が全員を処刑しようとするのを、アナタが止めた……と言う事にしてありますので」


俺が笑うと、彼女は目を丸くして


「え……!?そ、そんな事を……?」


「はい。ですから少なくとも、この女は月野さんに対して無礼を働く事は無いと思います。いや……実際再びアナタに対して無礼を働いたら『問答無用で殺す』と伝えてありますのでね。これだけ脅かしておけば、二度と逆らおうとは思わないでしょう。なので見張りだけお願い出来ますか?俺は川に行ってますので何かあったら大声で呼んで下さい。さっきも見たでしょう?1秒あればここに戻って来ますので」


「はっ、はい……分かりました」


 俺は月野さんの姿を見て、「ある事」に気付いて……再び「ゴリ女」に話し掛けた。


「おい。お前!」


「ゴリ女」は「デカ男」の顎の負傷箇所を診ていたようだが、俺に声を掛けられて慌てた素振りで顔を上げた。


「なっ、なんでしょう……あの……私は『ジーヌ』と呼んで頂ければ……」


意外にもこんなタイミングで自己紹介をして来たので、俺は少し虚を突かれた思いで


「ならばジーヌ。俺は『ユキオ』だ。それと……こちらの方は『アリサ』()だ。覚えておけ」


俺はわざとらしく月野さんの名前に「様」を付けて彼女に紹介した。あくまでも俺が「彼女に従っている」と言うスタンスにしておく。「俺すらも彼女を畏れている」と言う形にしておけば、後々やりやすいと判断したからだ。


「お前、替えの肌着とか……うーん……『鎧下』だっけか?そう言う衣類は持ってないか?アリサ()にとりあえず何か着て頂きたいのだ」


「あ……はい……。『下』だけなら持って来てますけど……」


そう言って、彼女は自分が背負って来ていたザックの口を開け、中に手を突っ込み……やがて1枚の肌着のようなもの……を取り出した。見た目は麻布で作られた「股引」に見える。


「これでしたら……あ、これはまだ一度も使っていないので、よければ……」


「そうか。悪いな。ではアリサ様にお渡しする」


 俺は「ゴリ女」……ジーヌから「股引」を受け取って、それをそのまま月野さんに渡した。


「これを履いて下さい。未使用品らしいです。これなら多少はマシでしょう」


苦笑する俺から股引を受け取った月野さんは顔を赤らめながら


「そ、そうですか……では遠慮なく……」


と、その場で履くのは流石に恥ずかしいのか……バリケードを乗り越えて、洞穴の中に入って行った。俺は苦笑したままで振り返り、ふと……足元に落ちている弓……ジーヌが俺を殺そうと使った長い弓に目が行った。


そう言えば……月野さんはアーチェリーの……それも五輪代表候補にまでなった経歴を持っていたんだったな。この弓を使えるんじゃないか……?


 そう思った俺は弓を拾い上げてジーヌに告げる。


「お前らの装備は全て俺が預からせてもらうが、この弓はアリサ様に預ける。いいな?」


「え……あ、はい……。分かりました」


「よし。矢も寄越せ」


「はい……」


ジーヌは背負っていた矢筒を外し、渡して来た。筒には矢が全部で……9本入っている。こんなに間近で「矢の実物」を見るのは俺の人生でも初めての経験だ。ついさっき、飛んで来たこの矢を掴み取ったんだけどな。


 俺が矢筒を受け取った直後に洞穴から月野さんが出て来た。どうやら腰布みたいなミニスカートの()に股引をそのまま履いたようだ。元より俺や月野さんよりも背が高いジーヌのものだけあって、股引の股下はかなり長いはずだが、それほど見た目に違和感は感じない。丈が足首辺りまで来ているが、ともすれば「生成り色のスウェットパンツ」くらいにしか見えない。足の太さの違いもあるのか、股引に見えたが腿回りにも少し余裕があるように見える。


よかった……これでこの異世界に転移して来た時から俺の頭の中で懸案事項のトップでありつづけた「月野さんの『チラ見え』問題」が解消された。これくらいの恰好であれば、人里に出ても多少は何とかなるのではないか。ならばもう……オオカミの皮を剥いで月野さんの衣服を作るという目的も破棄して構わんだろう。


「月野さん、あとこれ……お使いになれるかは分かりませんが、お持ちになっていて下さい。この女には了解をもらってます」


月野さんに弓と矢筒を差し出す。先日聞いたエピソードでは、アーチェリーに対して少しネガティブな思い出があったようだが……。


「これを……私に?」


少しだけ目を見開くように驚きながらも、彼女は長さ180センチくらいの弓を受け取り……しげしげと見つめている。


「リカーブですね……ワンピースですか。随分長い……でも和弓程じゃないのかなぁ」


彼女が呟いたので、思わず俺が「えっ?」と聞き直すと


「あ……すみません。弓の……形状ですね。ほら。弓身の先端のカーブに対して『逆側に反らせて』弦が張られているでしょう?」


「ああ!それで『リカーブ』ですか!」


「そうです。それと……この、『持ち手』部分と弓が『しなる』部分が……一体になっているでしょう?だから『ワンピース』です」


「え……一体って……これが普通なのでは?」


「うーん……どうでしょうね。競技のアーチェリーの場合、この『持ち手(ハンドル)』と『しなる(リム)』部分が分割出来るようになっているのが主流でした。私もそういう『テイクダウン』を使ってましたねぇ……」


 彼女は何か懐かしむかのように目を細めながら弦の張り具合を確かめている。そしておもむろに……自分の身長よりも長い弓を構えて弦を引いた。


その時……。俺がこれまで抱いていた目の前の「凄い美人さん」への印象がガラリと変わった。長い弓を構えて弦が顎に付くくらいまで引いている彼女の姿が……まるで得物を狙う本物の狩人のように見えたのだ。細められた目が……遠く彼方の何かを狙っている……。ヤバい……こりゃ本物だ。これが嘗て……五輪代表候補にまでなった「天才アーチャー」の姿なんだ……。


彼女は暫くその姿勢を保ってから、ゆっくりと……息を吐き出しながら弦を戻した。


「なかなか良い作りですね。これなら私でも引けそうです」


「そ、そうですか……ではこれもお渡ししておきますので」


俺は矢筒も渡した。彼女はそれを暫く眺めてから「ああ、なるほど」と言いながら、ベルトを持って背負った。


「一応、こいつらの所持品は俺が全て預かる予定です。これから山を下りると『セリ』と言う村があるそうなんですが、そこの手前で返す予定です」


「なるほど。ではそこまでお借りしておきますね」


「ええ。もしよければ練習でもしていて下さい」


 俺はそのように気軽に言ってから、同じく足元に落ちていた「デカ男」が腰に吊るしていた片刃の片手斧を拾い上げた。俺の力では片手で取り扱うのが厳しいくらいに重いのだが、柄の長さからして……恐らくは片手で取り回す事を前提にしているのだろう。重さは3キロ……いや5キロはありそうだ。


よく、アウトドア系の動画で薪を割るシーンが映るが、あれで見るよりは刃が大きい。まぁ、「冒険者」が武器として持ち歩いているんだから、目的は薪割りじゃないだろうしな。この「重さ」も敵へダメージを与えるために必要なんだろう。


斧を拾い上げた俺は、まだ這い蹲っている「村人男」に声を掛ける。


「おいハボ。お前は俺を手伝え。一緒に来い」


そう言って川の方に向き直ると、ジーヌが


「あ、あの……ユキオ様……。彼らの手当にアイテムを使ってもいいでしょうか……?」


そう申し出て来た。アイテム……?回復アイテム……?ゲームに出てくるようなアイテムが存在するのか?


「アイテムとは何だ?何を使いたいんだ?」


俺が怪訝な顔で尋ねると、彼女は先程月野さんに渡した股引が入っていた自分のザックから、小さな革製と見られるポーチを取り出し、中から「お札」みたいなものを取り出した。紙……?いや、紙には見えないな。しかしペラペラな感じの質感を持つ素材に、何か丸い絵が書かれている。


「これです……。安物なんで効果はそんなに期待出来ないのですが……」


「いいだろう。何だか知らんが、効果があるなら使ってやれ」


「ありがとうございます……!」


 彼女は他にもザックの中から巻かれて仕舞われていた包帯のような長い布切れを取り出し……まずは「デカ男」の右手に札を当てがった。あの右手は、奴が腰から斧を抜き出そうとした時に俺が「こんぼう」で引っぱたいた箇所だ。今は青く腫れあがっている。恐らくは骨もやっているだろう。


札を当てがってから包帯を巻く。湿布薬か?


「それは何なんだ?」


「え……?これですか?えっと……『回復札』です。知らないのですか?」


「いや、知らんな。薬でも塗られているのか?」


「え……いや、あの……これは魔法が掛けられているお札だったと思います。魔道具って言うんでしたっけ。使い捨てですけど」


「ん……?魔道具?それが魔道具なのか?」


「え……?違うのですか?」


「いや、知らんよ。俺は魔道具も初めて見るし」


「え!?そうなのですか?あ、あの……え!?」


何だ……?何か随分と驚かれているな。そんなに魔道具を知らない事が珍しいのか?


 俺は一応、「魔道具」の存在は知っている。その単語は「ライブラリ」資料の中であちこち登場するからな。特に「魔石関連」を調べた時にはかなりお目にかかった。何しろ、「魔石の主な使用用途」が「魔道具の作成、修理、補給」と、魔石は魔道具とは「切っても切れない存在」だからである。しかしそんな頻繁に文中に出現する「魔道具」の実物を見たのは、当然ながらこれが初めてだった。


「いや、魔道具の事は聞いた事があったが……見たのは初めてと言うだけだ」


「そ、そうですか。これは……あの、私も詳しく無いので道具屋に聞いただけなんですが、『回復の魔法』が込められているのだそうなんですよ」


「へぇ……。回復魔法か。直接魔法で治す事はしないのか?」


「え!?魔法で……!?いや、魔法で治すなんて……」


彼女はまた驚いている。何だ……?何か会話が噛み合ってないな……。


「魔法が何かおかしいのか?魔道具を使っているくらいなんだから、『魔法』は知ってるんだろ?」


「いえ、あの……知ってはいますけど……」


あれ……?明らかにおかしいな。何だこの反応は。いや、確かに俺が知ってる魔法……まぁ、「回復魔法」と呼べるものは〈ヒール〉しか知らんが、「光魔法」の初歩的な位置にあるんだから、もっと上級の回復魔法は存在していると思っていた。何しろ〈ヒール〉は外傷を塞ぐ程度にしか使えないからな。俺がこの連中に負わせた怪我の殆どは外傷を伴ったものでは無い。骨折だの……彼女の横っ面にも付いているアザ……と言うか内出血か。


俺の攻撃方法が基本は「こんぼう」による打撃なので外傷は殆ど生じない。なので〈ヒール〉の効果範囲の及ばないのは理解している。それでも「光魔法」に属する回復魔法系ではそういった怪我も治せる上位魔法くらいは存在していると思っていた。


「うーん。じゃ、『薬』はどうなんだ?薬品で治療とかはしないのか?飲み薬とか……まぁ、この場合は塗り薬か?」


「薬ですか……?まぁ、薬でもいいんですけど……時間が経つと効果が悪くなったり、そもそも液体の薬は持ち運びが面倒ですし、かさばりますし……」


なるほど……ゲームのようには行かない、大変にリアルな回答をされたな。そうか……薬も恐らくはそれなりに効果を発揮するのだろうが、このような旅先への携帯には適さないのか。使うとすれば薬剤師から入手して、その場で使うとか……もしくは薬石の知識を持った者が現地調達で薬材からその場で調合するとか……。


こりゃ、この世界の医療事情も良いのか悪いのか判断が出来ないな。俺はもっと魔法……特に「回復系魔法」の存在があるから「元居た世界」よりも病気や怪我による回復意識は高いのかと思っていた。


「まぁいい。治療手段を持っているなら使ってやれ。ハボ、行くぞ」


「は、はい!」


 俺は立ち上がったハボを連れて川の方に向かった。川岸に着くと、水の中から辛うじてと言った具合に這い上がって来ていた「泥棒男」がそのまま、うつ伏せに倒れて唸っていた。こいつも、どうやら何だかんだで俺が最初に食らわせた「渾身の飛び()蹴り」がそれなりに効いていたようで、背中側の腰の部分を手で押さえている。


「おい。あの女のところに集まって、身に着けているものを全て外しておけ。いいか?この後、ここから出発する時になって、足手まといになるようなら殺して行くからな」


「泥棒男」を見下ろした俺がそう言うと、彼は「えっ!」という声を発して、ジーヌの居る方へ這って行き始めた。俺はそれを見送りながら、後ろから付いて来てやや怯え気味のハボに


「オオカミの死体を川から引き上げるから手伝え」


そう言い付けて、川の中に足を踏み入れた。相変わらず冷たい。俺は心中で悲鳴を上げながら中に進んで行くと、背後でやはりハボが「ヒイッ」と悲鳴を上げていた。やはり現地民でさえこの川の水は冷たいのだろう。


 オオカミの死体は岸から2メートルくらい入った、川底が急に深くなる傾斜になっている場所から先の辺りに、抜き出した内臓の代わりに大き目の石を詰めて沈めてあった。深さは70センチくらいだろうか。丁度俺の足の付け根……股間が水面に付くか付かないかくらいの非常に微妙な深度だ。


ハボは俺よりも10センチ程背が高い。この世界……いや、この地方の人間だけかもしれないが……平均的な成人男性の身長はかなり高いのか?前に居た世界で言えば北欧とかオランダ辺りの人とか……それくらいなのかもしれない。俺も一応は167センチあるが、ハボですら180センチ近くあるように見えるし、女性であるジーヌですら170センチ以上はあるように見える。


ハボは見た目が中肉だが、製材所で働いているだけあって俺よりは余程腕力があるようだった。オオカミの死体の尾を持って岸に向かって引っ張り上げ、腹の中の石を取り出している。


「よし。尾の先を持っていろ。これで尾を切り落とす」


 俺は持っていた「デカ男」の斧を見せて、尾の付け根部分を手で触れて確かめた。


「え……?」


ハボが訝し気な声を発したので説明してやった。


「この尾が必要なんだろう?『オオカミを退治しました』的な証明が無いとギルドの依頼を達成した事にならんのだろう?さっき言ってたじゃねぇか」


「え……?でもこれはアナタ様が仕留めたオオカミでしょう?」


「別に俺がギルドに頼まれた事じゃねぇだろうが。だったら頼まれた奴が持って行けばいいじゃねぇか。ただ、この死体は俺の『資産』だからな。引き渡すわけにはいかん。解ったか?」


「え……あ……ありがとうございます。あの人達もこれなら……安心してくれるでしょう。しかし……これだけのオオカミをどうやって運ぶのですか?」


「そんな事はお前が心配する必要は無い。この事は山を下りるまで奴らには黙っておけ。いいな?とにかく、死体の引き上げと尾の切断だけ手伝え」


「はっ、はい!」


俺は「いいか?」と確認し、ハボが「どうぞ!」と尾を引っ張りながら応じると、片手斧を両手で持って、振り被り……勢い良く尾の付け根辺りに振り下ろした。


死体は既に放血を終えて、一晩川に漬け込んでいたのですっかりと冷えて硬直しており、「ガツッ」と鈍い音を発てて切り離せた。首尾よく、尾の中にある骨ごと切断出来たようだ。


「よしよし。よく切れるじゃねぇか。この調子で次もやるぞ。次を引っ張り上げろ」


俺はハボにそう命じて、尾の切り離されたオオカミの死体に触れ、そのまま「次元倉庫」に格納した。次の死体を引っ張り上げて来たハボは、先程まであった死体が消えているので「あれっ!?」と声を上げたが、


「余計な事は考えるな。ほら。尾を固定しろ」


と俺が命じるので、首を傾げながらも2頭目の死体の尾を引っ張った。


ザクッ


 俺がまた勢いよく斧を振り下ろすと、先程よりもやや上手く切断出来たようだ。切り口からは血も出て来ない。俺はいちいち驚かれるのも面倒なので、今度はハボの目の前でオオカミの死体を「次元倉庫」に収容してみせた。


「ええっ!なっ、何ですか!?今のは!?」


仰天するハボには


「これは俺の国では普通に使われている技だ。仕方なくお前には見せてやるが、帰ってから他の奴に言い振らしたりするなよ?俺やあそこにいらっしゃるあのお方は、お前らには理解出来ない技を沢山知っている。下手な気を起こしたりしたら……俺でもあのお方の事は止められないからな?」


本人が居ない所で、思いっきり脅かし付けた。ハボは明らかに……俺があの4人を瞬時に痛め付けた事を思い出し、今また目の前の大きなオオカミの死体が一瞬で消え去った現象を目にして、心の底から恐怖しているような目をしている。俺は笑いながらハボの肩を小さくポンポンと叩いた。


「まぁそんなに怖がるな。俺達と敵対しなければいいんだ。別にお前達を獲って食おうなんて考えてないし、ましてや奴隷にする気も無い。敵対さえしなければ……俺達はお前らに危害を加えるつもりは無い。これだけは覚えておけ」


「は……は、はい」


ハボは俺よりも大きな図体をしているが、何度も頷いていた。


「よし。作業を続けろ」


 ハボはふらふらと川の中に入って行く。しかし腕力だけは俺よりもずっと高いので、危なげない足取りで川の中程まで入って行き、オオカミの死体を引っ張り上げて来る。俺も尾の切断作業に段々慣れて来て、斧に力を込めずに上手く振り下ろすコツを掴んでからは、この作業に負担を感じなくなってきた。


途中、試しに腹の中に石が詰まった状態のオオカミの死体を、そのまま倉庫に入れてみると……死体を「コンテナ」と認識して数個の石と共に1つの「オオカミの死体」として収める事が出来た。つまり「入れ物」を用意してやれば、入れ物ごと「1つの物体」として認識され、出し入れも容易になる事が判明した。


このように……「システムのヘルプ」にも記載されていないような「仕様」がまだまだありそうで、それを今後は上手く見つけ出して使っていく必要がある。俺は暇になった時は常に「システム」を色々といじくって操作性の中で色々と工夫を重ねている。


「うわっ!これは大きいですね!」


ハボがかなり深い場所から引き上げた死体を見て驚いている。


「ああ、それが多分……『ボス』の死体だな。他のよりも一回り大きいだろ。こいつが最初に、いきなり頭上から襲い掛かって来たんだ」


「こ、こんな大きいオオカミに……突然襲われたのですか?」


「ああ。見れば分かるが一発ブン殴ったら頭がカチ割れて死んだけどな」


俺がニヤニヤしながらボスと思われる死体の頭部を指差す。死体の頭部……濁った赤い目玉の少し下、鼻面の辺りが陥没している。既に血や脳漿は川の水に洗われていたが、そこの部分だけ触るとブヨブヨと凹むのでハボは驚いていた。


「ほ……本当に……潰れていますね……アンゴゴの山の中に住んでるオオカミは……とても大きくて人間1人では敵わないって聞いたのに……」


「所詮は獣だ。それに……こいつらを山の下の方に追い散らした奴だって……まぁいい。作業を続けろ」


「は、はい……」


 俺はボスの尾も切り離して死体を倉庫に収めた。他のオオカミの尾は長くても50センチくらいだが、このボスの尾は……70センチくらいあるように見え、その体長も尾を含めると軽く2メートル以上はある。


もしもこいつが生きていて、俺の目の前で立ち上がったら確実に俺の身長よりも頭が上に来るだろうな……。それだけこのボスの体の大きさは際立っていた。なるほど。こんな獣……魔物と1対1で対峙するのは……〈集中〉が使えなければヤバいだろうなぁ。


ボスの巨体を見たハボは首を竦めながら再び川の中に入ってオオカミの死体を引き上げ続けた。作業は結局、15分から20分くらい掛かっただろうか。ボスを含めた16頭の冷えた死体は全て「次元倉庫」に収まり、川岸には16本の大きな「オオカミの尾」だけが残された。


 俺が何故、死体の収容とは別にわざわざ尾を切断したのかと言うと……今回のオオカミ討伐の依頼を受けている「冒険者」達は、「対象の魔物を討伐した証拠」として……ギルド側から指定された「魔物の体の一部」を持ち帰る事を義務付けられているらしい。これを「討伐部位」と呼ぶらしく、今回の場合は「クロスジオオカミの尾」がその対象に指定されていた……と言うわけである。


今回、この連中の討伐対象であった「クロスジオオカミ」は、俺が大半を討伐してしまったようだ。「オオカミが下りて来る」と言う今回の騒動は、恐らくこれで鎮静化すると思われる。なぜなら……俺がボスを含むオオカミの主力の大半を叩き殺してしまったからだ。


ギルドから派遣されてきた連中は、予備知識として


「クロスジオオカミは5、6頭を1グループとして行動している」


と言う情報を得ているようで、これは実際に俺も「ライブラリ」での記述で知っている。しかし、俺が遭遇した「群れ」は20頭前後で構成されていた。あまりにも事前の情報とは違い過ぎる。


つまり……これは「オオカミ側」にとっても異常事態であったと思われるのだ。俺は今回の件……自分自身が思いがけず遭遇したオオカミの大群と、その後に受けた「山賊風冒険者」からの襲撃と、それを退けた後に伝え聞いた「麓の事情」から、「1つの仮説」を立てるに至った。それは後々開陳するとして……


「その尻尾を、奴らに渡してやれ。それで奴らも山を登って来た甲斐があるだろうよ。但し渡すのは山を下りてからだ。いいな?」


 俺が苦笑すると、ハボは「はっ、はいっ!」と河原に屈んで尻尾を拾い集めた。大きなオオカミの大きな尻尾は16本もあると、男が両手で抱えないと持てないくらいになるようだ。俺は尻尾を抱えたハボを従えて月野さん達が居る場所に戻った。


「オオカミの死体も回収したので、そろそろ出発したいと思います」


「分かりました。ご苦労様です」


月野さんはペコリと頭を下げた。俺は4人の「自称冒険者」達の様子を眺める。


4人は全員、所謂「鎧下」と言うか……俺達よりもやや上等な肌着姿……のようになっていた。ジーヌも着ていた革鎧のような防具を上下脱ぎ捨てており、身に着けていたネックレスやイヤリング、それと両手の指に何個か嵌っていた指輪も全て外されて革鎧の上に纏めて置かれていた。他の野郎達も同様である。


「デカ男」と「顔傷男」は共に右手に包帯を巻かれ、頭にも包帯を巻かれていた。ジーヌは気のせいか……さっきよりも月野さんに対する畏敬の念が強くなっているように見える。何かあったのだろうか……?


その答えはすぐに……ジーヌ当人の口から聞かされた。


「あ、あの……その……あ、アリサ様は……その……まっ、魔法を使えるのでしょうか……?」


「何だ?何かアリサ()のお怒りに触れたのか?」


「え!?い、いやっ、あのっ、そうでは無く……ベッグの……この男の口の傷を……その……アリサ様が魔法らしきもので……」


ああ。そう言う事か……。俺は振り向いて月野さんに尋ねた。


「この男に〈ヒール〉の魔法でも使いました?」


「ええ……口から血が出ていたので……小河内さんから教えてもらった話ですと、『打ち身や骨折』には効かないですけど、私の膝の怪我みたいな外傷なら治せるって事でしたので……あの、余計な事でしたか?」


「あぁ、いえ。あの時もお話しましたが、俺達が住んでいた世界は元より、この世界でも『魔法が使える』事が非常に珍しいみたいです。なので月野さんが魔法を使って、このバカの怪我を治した事に、こいつらは少なからず驚いてますね」


「え……。あ、そ、そう言えば……すみません。『魔法が使える』って事はあまり知られない方がいいのでしょうか?」


「どうでしょうかね……。正直俺にも分からないです。ただ……あまり知られると他人に利用されたりしそうなんで……」


「あぁ……なるほど。そうですね。気を付けた方がいいですね」


「まぁ……その辺はご自分の判断でお願いします。俺が口出しする事も無いでしょうし……お互い大人ですしね……」


 俺が笑うと、月野さんも微笑んだ。俺は振り返ると表情を変えて


「いいか?この方が魔法を使える事を無暗に言い振らすなよ?この方を本気で怒らせたらお前ら程度は一瞬で『消し炭』にされるからな」


と、釘を刺しておいた。しかし、考えてみると……月野さんは〈ライト〉の練習はずっとやっていたが、〈ヒール〉の練習は見た事が無かった。〈ヒール〉も練習していたのだろうか?するとしたら、練習の対象になったのは自分の足に出来ていた小さな引っ掻き傷程度しか無かったと思うが……。


月野さんの足に目をやったが、既にジーヌから借りている股引に隠れているので確認しようが無かった。同属性の魔法であれば、それ程苦労せずに使えるのだろうか。やはり「通常の手順」で魔法を習得していない俺には、そこの部分が解らない。


「これで全部だな?」


 俺は神妙そうに座っている4人の前に置かれた各々の装備品や所持品を眺める。4人……意識を失っていた「デカ男」も、右手と頭の痛みに苦しみもがいていた「顔傷男」も俺達に恐れをなしたように黙っている。「余計な動きを見せたら即座に頭をカチ割る」と言う脅しが効いているのと、ともすれば「俺の弱点」になると思っていた月野さんが、易々と魔法を使用した事で「逆らうと本当に拙い」と思っているのだろうか。


「袋のようなものはあるか?あるなら各自細かいものを全部それに入れろ。装備品も出来るだけ一纏めにするんだ。後で返す時にゴチャゴチャに混ざったり失くなったりしないようにな」


この連中は、やはり「冒険者」を名乗るだけあって、基本的には旅慣れているのか……全員ザックを背負っていたようだ。その中には携帯食料や水筒はもちろん、革や布で作られた袋も入っており……連中は袋の中に細かい装飾品やサブウェポン的な感じで身に着けていたのか……小剣やナイフまで詰め込んでいる。やがて脱いだ鎧防具の他に各自1つ2つの袋に所持品が詰まった状態で置かれた。


「いいか?自分の持ち物を憶えておけよ?……お前の名前を言え」


俺は一番左側に座っていた「顔傷男」に名前を尋ねた。


「お、俺は……ど……ドルフ……です……その……さっきは……」


「顔傷男」ことドルフは、包帯が巻かれた頭を俯かせて口元でゴニョゴニョと名乗った。俺はそんな事にはお構い無く、ドルフの荷物に手を触れて1つずつ「次元倉庫」に収納して行く。その際には「ドルフ1」とか「ドルフ2」と、順にタグを順番付けして行く。こいつの荷物は全部で6つだった。もちろん、そこには先程拾っておいた剣も含まれている。


 俺がドルフの荷物を次々と倉庫にブチ込んで行く様は、彼らにとっては「目の前からどんどん消えて行く」ように見えたはずで、「えっ!?」とか「なっ!」などと驚く声が上がっている。


「次はお前だ。名前を言え」


「は……ベッグです」


こいつは「盾役」をやっているせいか、荷物が一番多かった。俺は次々と「デカ男」……ベッグの荷物を倉庫に放り込んで行き、彼の片手斧も最後に倉庫に入れた。


泥棒男は腰を押さえながら「で、デンツです……」と名乗った。結果的に、こいつが一番ダメージを受けているらしい。他のバカ2人は手と頭にダメージを負ったが、歩行に支障を来すところまでは行っていない。こいつは俺の飛び蹴りで腰を強かに痛めたようで、先程も川岸から這って戻って来ていた。


 俺はこの……デンツの荷物を倉庫に収納しながら


「何だ?お前は歩けないのか?だったら足手まといだな。ここで死ぬか?」


俺が殊更残忍そうにニヤニヤしながら言うと、「泥棒男」……デンツは恐れおののいた顔になり……その横から


「まっ、待ってくれ……下さい……。こっ、コイツは俺達が……俺達が運びますんで……たっ、助けたって下さいっ!」


「デカ男」ことベッグが姿勢を改め、河原の地面に手を着いて懇願して来た。俺達「日本人」にもお馴染みである「土下座」である。おぉ……やはり土下座は万国……いや、万世界共通の懇願姿勢なのか。


「何だ?お前だって面倒臭いだろ?殺して川に沈めちまうか、穴掘って死体を燃やしちまえば済むだろうに」


「待って下さいっ!この通りですっ!コイツは……俺の血の繋がった唯1人の『弟』なんですっ!」


ベッグが何度も頭を上げ下げする。なるほど……顔付きはそんなに似ているとは思えんが、こいつら兄弟だったのか。


「兄弟で略奪行為とは……呆れた奴らだな。親が聞いたら泣くぞ」


俺は苦笑しながら……


「だったら、お前の責任でそいつを運べ。いいか?俺や、この方の『足手まとい』になると感じたらすぐに殺すからな」


「あっ、ありがとうございますっ!ほらっ!お前もお礼を言えっ!」


「うっ……あっ、ありがとうございます……」


 弟のデンツだっけか。こいつも這い蹲ったままで礼を言って来た。元はこいつが泥棒行為を働こうとしたのが原因なんだが、こいつの腰を破壊したのは俺なんだけどな。そんな俺に対して礼を言う事に、こいつは絶対に納得してないだろうな……。


しかし、俺としてはそもそも……こいつら4人をこの場でぶっ殺したい気持ちは今でも残っているので、「許されるだけ感謝しろ」と言いたい。恐らくこいつらは、これまで色んな場所で……人目に付かない場所で今回と似たような事をやっていたのだろう。


今回もオオカミ討伐で山中を歩き回る中で、たまたま見付けた「明らかな人工物」を見付けて近寄ってみたら無人だと思ったのか、何の確認も無く破壊を始めた。せめて一声「誰か居ないのか?」などと声でも掛けていれば、俺も多分ここまで怒る事は無かっただろう。


バリケードを壊してみたら、明らかに弱そうな小太りのオッさんが出てきて……大人しい調子で「やめて下さい」と訴えたのに、こちらを弱者と侮って破壊を続ける。そして更に際どい恰好の若い女性も現れたので、いよいよこの連中は調子に乗ってしまった。


作りかけの器は壊す、相手を奴隷呼ばわりし……女性を攫おうとする、川に沈んでいたオオカミの死体を盗もうとする……俺の感覚からすれば、この連中のやった事は明らかな「略奪行為」であり、器物破損、女性への暴言、窃盗未遂と……それに対するこちらの防衛行動に対して「矢」まで放って来た。


 正直、俺にしてみれば「殺して当然」だし、このまま解き放てばどこかで「逆恨み」されて思わぬ逆襲を食らう可能性だってある。「前の世界」で似たような実話を伴う昔話や、小説などにも出てきそうな話である。俺は多分……この場に月野さんが居なかったら、確実にこいつらを皆殺しにしていただろうな……。その理由の一端に「月野さんへの下卑た侮辱」が含まれていたので、この考えには矛盾があるんだけど……。


だから、包帯を巻かれて痛々しく見えているこの連中を見て……俺は今も全く感情が動かない。「やり過ぎたかな?」とも思わない。本音を言えば「こんなゴロツキどもを生かしておいたら今後も被害者が出る」と思っている。


漸く……この異世界の山の中から脱出する目途が立ってきた。

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