逃亡奴隷に間違われる
物音がして目が覚めると、ガシャガシャと下流側のバリケードが壊される音がして、「魔物の襲撃か?」と慌てて跳ね起きたが、同時に話し声も聞こえて来た。
「あぁ?何だよこれ!ゴブの奴らがこんな場所にまで巣を作ってるんか?」
「きっと……その洞窟が巣だねぇ」
「それにしちゃあ……見張りが全く見当たらんぞ?もう、もぬけの殻なんじゃねぇか?」
男女合わせて3人……人間なのか?俺の姿は、まだ壊されかけているバリケードの死角に入っているのか、相手には認識されていないらしい。尤も……身体を屈めている俺からも相手の姿は見えないが……。
これ以上、バリケードを壊されるのも嫌なので……俺は立ち上がって「家主」の存在を相手に知らせる事にした。俺がいきなりバリケードの内側で立ち上がったので、連中はビックリして身構えた。話し声で判断して、3人かと思ったが……実際には4人が俺の視界に入って来る。一番手前でバリケードを崩していた人相の悪い大男、その少し後ろに居たこれも顔に大きな傷のある男は剣を持っている。おぉ……剣だ。「作り物」じゃないよな?
剣を持った男から少し離れたところに女。そして最後尾にも男が居る。ただ、手前から女までの3人は典型的な「武装」をしているように見えたが、女の後ろに居る男だけは身体つきも細めに見えるし、恰好も普通……茶色の長袖シャツとネズミ色の長ズボンを履いている……まぁ、何と言うか「一般人」的な感じ?RPG風に例えると、前の3人は辛うじて「冒険者一行」で、最後尾の男は「村人」みたいな……。
一番先頭の男が、左腰に吊ってある武器か?……そこに右手を回した態勢のまま、無駄にデカいダミ声で声を発した。
「おっ!何だぁ!?人間じゃねぇか!お前……どっから出て来た?」
「すみません。ここは我々が野宿している場所なので壊さないでもらえますか?」
俺は人相が悪く、背丈も横幅も、声までも大きい男に威圧されたが……それでも破壊行為をやめるようにお願いはしてみた。
しかし、相手はこんな小太りで少々怯え気味なオッさん相手に譲歩する気は無いのか、バリケードを蹴り付けながら、更に威嚇してきた。
「テメェはこんな場所で何やってやがるんだって聞いてんだろうがっ!?」
「だから野宿しているって言ったでしょう。アンタが壊しているのは魔物除けの壁なんだからこれ以上壊さないでくれませんか?」
俺はもう一度お願いしてみた。すると……2番目に居た顔に大きな傷のある男が「かまど側」に回り込んで来て
「ん……?何だ?こりゃ?食器のつもりか?ショベェなあ」
などと言いながら、かまどの向こう側で足を払った。すると「ガシャ」っと何かが壊れる音がした。
月野さんが陶芸に使う為に、かまどの裏で乾燥させていたどんぶりが壊されたと直感した俺は
「おい!やめろって言ってんだろうが!何でそれを壊した?壊す必要なんてあったか?」
相手の見た目の剣呑さなど頭の中から吹っ飛んでしまい、怒鳴り付けていた。その時、俺の背後から
「こっ、小河内さん……どうされましたか?……って、え?人間?」
月野さんが恐る恐ると言った感じで洞穴の中から顔を出して来た。
「おいっ!女も居るぞっ!しかもこんな格好で……。くっくっく……お前ら、脱走奴隷か?そうだろう?」
俺が今、怒鳴り付けた男……月野さんの作ったどんぶりを足で壊した、顔に大きな傷のある男は下卑た笑いを浮かべて月野さんの姿を舐めるように見ている。奴の位置からだと洞穴の入口が正面になるので、月野さんの姿が丸ごと見えるのだろう。
「なるほどな……脱走奴隷がこんな場所まで逃げて来て隠れ住んでたのか。おいっ!テメェら!どっから逃げて来たんだ?マルノか?それともヨーイスか?」
バリケードを壊していた、一番ガタイのいい奴までニヤニヤしながら聞いてくる。俺はもちろん怖かったが、同時にこの連中の傍若無人な態度に腹が立って来た。それに……脱走奴隷だと?この世界には奴隷制度が合法的に存在しているのか?……だとすると、俺の思っていた通りで「元居た世界」よりも前時代的な社会なのかもしれないな。
「ど、奴隷……?何の事だ?俺達は奴隷じゃない。こ、この山奥で遭難したから人里目指して山を下りているだけだ」
俺は怖いのを我慢して反論した。しかし震えが止まらない。俺は「前の世界」に居た頃も荒事は苦手だった。と言うか、そういう事をひたすら回避する人生を送って来た。誰とも争わず……もちろん暴力沙汰も反対だ。俺は平和主義……そんなカッコいいものじゃなく、単に臆病なだけだった。
「テメェらみてぇのが奴隷じゃないって、誰が信じるんだっ!まぁ……確かにお前は奴隷にしては丸々としてやがるがなァ……。ハハハッ!」
「デカ男」が俺を見て笑い出すと、他の奴らまで一緒になって笑い始めた。そうか……この連中は俺達の恰好を見て奴隷と勘違いしているのか?
「おっ!こっちの女はちっとは見れる顔してんじゃねぇか!よっしゃ!俺が捕まえたるぜっ!ヒヒヒッ!」
(「ちょっとは見れる顔」だと?「凄い美人」だろうが!こいつ、目が腐ってるんじゃねぇか?)
「ちょっとぉ!アンタ達っ!アタシらの目的はこんな奴隷を捕まえるためじゃないだろっ!?いい加減におしよっ!」
俺が内心で別の怒りを感じていると……そんなゴロツキのような連中の下卑た話にウンザリしたのか、ガタイの大きい奴の後ろに居た「女」が連中を窘めるように言ってきた。女だが、俺よりも背が高く……全体的にゴツい印象を受ける。浅黒い肌、両目も吊り上がり、頬骨が張った彫りが深く、唇も厚い……洋モノRPGに出て来るような典型的な「ゴリ顔」をしている。ただでさえ女性に対して遠慮気味な俺が……外見すらも苦手にしているタイプである。
「うるっせぇなっ!こちとらこんな山奥まで獣狩りで歩かされてんだっ!奴隷女くらい何でもねぇだろっ!」
顔傷男は女からの忠告を聞き入れる様子も無く、舌なめずりしながら……
「おらぁっ!こっちへ来いっ!奴隷の分際でこんなところまで逃げやがって!俺がたっぷりと楽しみながら、持ち主を探し出して手間賃を踏んだくったるぜ。へへへ……」
「彼女も俺も奴隷じゃないって言ってんだろうがっ!」
俺はついに怒鳴り返した。この男の暴言が目に余るからだ。俺の事はいい。実際の奴隷がどんなものかは知らんが、恐らくは俺のようにブクブクに太らせては貰えないだろう。もちろん肉体労働なんてさせられたら、本物の奴隷よりも使えないだろうし、1日で死んでしまう自信すらある。
しかし……彼女は……。彼女は俺に「巻き込まれただけ」かもしれない女性だ。彼女だけは護る。彼女を護る為ならば……この物騒で失礼な連中を……。
俺がこのゴロツキども相手に覚悟を決めたその時……
「おおぃ!こっち!川の中に居るぞっ!いやっ、待てっ!こいつら……死んでる!?」
川の方から大きな声がした。驚いた俺が僅かに視線を向けると……奴らにはもう1人仲間が居たらしく、そいつは別行動で川の方を探っていたらしい。俺が冷却の為に川の中に浸け込んでいたオオカミ16頭の死体に気付いたらしく、1人で騒いでいる。1対5……か。
「おいっ!オオカミだっ!オオカミの死体が……こっ、こりゃ……何頭居るんだ!?」
「何っ!?」
「何だとっ!?」
2人のゴロツキが、川の方に振り向こうとしたその瞬間……俺はこれを千載一遇の好機と見た。「次元倉庫」の中から「こんぼう」を取り出すと同時に、頭の中で「ボタン」を押した。
〈集中〉!
―――世界の動きはゆっくりになる。
俺はまず、目の前でバリケードを壊していた一番ガタイの大きい「デカ男」の……川に向かって振り返ろうとしている右側の側頭部を狙って、最早崩れかかっいるバリケード越しに、「こんぼう」の両手持ちフルスイングでブン殴った。この男は、金属製と思われる頭の部分はスッポリと覆われているが、顔だけは露出しているヘルメットを被っていたので、「こんぼう」の威力も半減したかもしれないが……奴にとっては不意打ちになったようだ。
ゆっくりとした動きで、「ゴワァーン」という間延びした金属音を響かせながら、左側にそのまま倒れ込んで行く様子を見ながら、俺自身はその場で体勢を整え直して左に向きを変え、火の消えている焚き火を囲むように築かれたかまどの石積みに右足を掛けて、飛び上がった。
かまどの向こう側に居た顔に大きな傷を持つ男……月野さんが作ったどんぶりを蹴り壊した上に月野さんに下卑た言葉を投げ掛けてニヤついている男。こいつだけは許せねぇ!
かまどの石積みは幸いにして崩れる事無く、こんな太った男の体重を支えてくれた。おかげで俺はかまどを踏み越えた勢いそのままに、まだニヤついたままでいる「顔傷男」の脳天に両手で「こんぼう」を振り下ろせた。
この男も工事現場で使う保護帽のような形状……いや、バイクのヘルメットかな。「半キャップ」みたいな形状の防具を被っていたようだが、俺の体重も乗った「こんぼう」の一撃を脳天に食らって、ゆっくりと……スローモーションの動きで、振り向こうとしている顔と首が胴体にめり込む。マンガやアニメで見るような「脳天を殴られた衝撃で鼻血を噴く」と言う様子も見られる。本当に鼻血が出るんだなぁ。
「顔傷男」の脳天を殴ると同時に、かまどから飛び降りつつ、がら空きの腹に前蹴りを入れる。「顔傷男」はゆっくりと倒れつつあるが……更に回り込んで、転倒中の男が剣を握っている右手の甲にも「こんぼう」で一撃を加えると、防具も着けていない手の骨が砕けたのか、右手から剣が離れ始めた。俺はすかさず、ゆっくりと宙に舞う剣の柄を左手を使って空中でキャッチしたところで、〈集中〉の効果が切れたようだ。
―――世界は再び「元の早さ」で進み始める。
俺が最初に殴りつけた、一番ガタイの大きい「デカ男」……バリケードを壊していた奴は川の方向に倒れる。そして俺が脳天を殴りつけた男……「顔傷男」も、同じく川がある方向に倒れ込むが……鼻血を噴き出しており、意識があるのかは判らない。その男達から同時に……
「あだっ!」
「ぐべぇっ!」
まず、そのような声がした直後、更に「ぎゃあああああ!」という絶叫が鼻血を噴いて蹴り倒された「顔傷男」から追加で発せられた。どうやらまだ意識はあるようだが、左手で右手を押さえながら転げ回っている。やはり右手の骨は無事には済まなかったようだな。
それに引き換え、「デカ男」は側頭部を殴って倒したのだが……すぐに起き上がろうとしていた。確かに衝撃は与えたようだが、振り向く途中だったので力が逃げたのか……深刻なダメージにはなっていないようだ。
俺は転げ回っている「顔傷男」から奪った剣と「こんぼう」を持ち替えて剣を右手に引っ提げた。重い……何キロあるんだこの剣は……長さも結構ある。俺の持つ「剣についての知識」はRPGのプレイ経験程度しか無いが、刃の長さは1メートル以上あるように見える。
これが「リアル剣」か……。片手では取り回せないんじゃないか?柄の長さも両手で持てる程に長い。あ、これがゲームとか小説で出て来る「バスタードソード」ってやつかな?確か……片手でも両手でも使えるとか言う……大抵は「片手剣」に分類されるが、いやいや。こんなの実際には両手持ち専用だろう。
今の俺は左右両手に一本ずつ……剣と「こんぼう」を持っていたが、とても剣を片手で取り回せるとは思えず……「こんぼう」を倉庫に戻した。そして転げ回っている「顔傷男」と1メートル程の距離を保ちつつ見下ろす。俺自身としては、この連中を完全に「敵」と認識していた。なので俺の攻撃を受けた結果、痛みで転げ回っている「顔傷男」を見ても、別に「心の痛み」も後悔も感じなかった。むしろ「ざまあみろ」と思っている程だ。
「お前ら……山賊か?こっちが下手に出てればこの野郎。人を勝手に奴隷扱いしやがって……。山賊だったら、別にここでブチ殺しても問題無いよな?むしろ『為世為人』だ」
開幕〈集中〉からの奇襲で完全に俺は精神的に優位に立っていた。やはりこの技能は「対人」でも通用する。こいつら……今俺がこの場で認識している5人……川の方に1人離れている奴も含め、やり方次第で簡単に行動力を奪えそうだ。後は俺自身が……「躊躇無くそこまでやれるか」と言う問題だけだろう。
殴り倒される形になったガタイの大きい奴が首を振りつつ、左側頭部を押さえながら立ち上がった。その顔には驚愕の表情が張り付いている。
「なっ……?なっ、何をしやがったっ!てっ、テメェっ!」
「俺達を奴隷呼ばわりし、更には彼女へ無礼な口を利いた山賊に制裁を加えただけだが?」
「なっ!?なんだとぉっ!?」
「月野さん!そこから動かないで下さい!こいつらは俺が何とかしますのでっ!」
俺は「デカ男」から目を逸らさずに顔だけ少し洞穴の方に向いて、月野さんに声を掛けた。彼女に出来るだけ安心してもらおうと思ったからだ。奴らへの牽制にもなるが、自分なりになるべく「余裕ありげな」表情をしてみせた。
「こっ、小河内さん!だっ、大丈夫ですか?」
「うーん……最初はちょっと怖かったですけどね。でも、思ったよりは大丈夫そうです。こいつら、どうやら山賊っぽいですけど」
「さっ、山賊!?あ、あの……山賊って……あの……映画とかに出て来る?」
まぁ、やはり彼女も現代日本人として「山賊」という単語にはそんなイメージを抱くわなぁ。現代の日本では、都市部の繁華街で未成年や一部外国人の集団による「徒党を組んだ強盗行為」が時折ニュースになるが、一般的には「治安の良い国」だと世界から認識されている。ヤ〇ザですら法律に雁字搦めにされ、「表立った暴力行為」は全く出来ない仕組みになっている。
街道を通る旅人を襲う「山賊」などと、リアルで呼ばれて居た連中が跋扈していたのは明治時代の中頃までで、日本各地に交番巡査制度が普及してからは、一応は地方の生活治安も安定していた……と思う。
「そうです。なんか我々の事を無礼にも『逃げ出した奴隷』とでも思っているようですね」
「え……?ど……奴隷!?あ、あの……この人達が何を言っているのか解るんですか?」
……ん?今、何て言った?
「え?今の話……聞こえませんでしたか?こいつら、結構な大声で話してましたけど……」
「わ、私には……何を言っているのか……小河内さんがこの人達に話していた言葉も……」
「はぁっ!?まっ、まぁ……ちょっと後で話しましょう。とりあえずこいつらを黙らせますので……」
俺は顔ごと「デカ男」に向き直り、改めて
「さて……こちらのお方もお怒りのようでな……。『山賊なら殺しても構わん』とお許しが出た」
どうやら言葉が通じていないっぽい月野さんの状況に便乗する形で、俺は口から出まかせを言った。……あれ?では何で俺はこいつらの言ってた内容が分かるんだ……?
色々と謎があるが、既に〈集中〉の再使用時間はとっくに経過している。こいつらの出方次第では、もう一撃食らわせてもいいだろう。だが……月野さんのどんぶりを壊した「顔傷男」……テメェは駄目だっ!
俺は右手を押さえながら尚も転がって喚いているクソ野郎のその右腕に、更に持っていた剣で……その自重をも利用して突き刺した。ほぅ……。見た目通り、先端はかなり鋭利に出来てるんだな。
「ギャアアアアアアアア!」
「顔傷男」が更に白目を剥いてもがき回るのを見た「デカ男」が、狼狽して両掌を突き出しながら
「まっ、待て……おっ、落ち着いてくれっ!」
と、声を掛けて来た。さっきまでの威勢とはエラい違いではないか。何だこいつら……。弱い者虐めしか出来ない連中か?これまで「弱い者」としての人生を歩んで来た俺は、49年の間に出会った「クソみたいな奴ら」の顔を思い出しながら、更なる怒りが湧いて来たが……努めて冷静に
「俺は落ち着いているが……?それよりも『いい剣』じゃないか。あの川に沈めているオオカミどものように『撲殺』するのも面倒だしな。こいつでぶっ刺した方が楽そうじゃないか。なぁ?」
そう言ってから殊更に俺の想像する「残忍そうな顔」をしてみる。
「ぼ、撲殺って……」
「デカ男」が目を泳がせている。
「あ、あの……川のオオカミの死体は……あ、あんたがやったのか?」
「俺以外に誰が居るんだ?まぁ、もうじきオオカミの死体だけじゃなくなるがなぁ……くくく。剣でバッサリやっちまえば『血抜き』の手間も省けるし……5人か。さぞや川の色が血に染まるなぁ」
「ばっ……バカな……あれだけの数の『クロスジオオカミ』を……1人で……だと……?」
俺の言葉を聞いたのか……それとも今の「デカ男」の驚愕の声を聞いたのか……川のそばに居た「もう1人の男」が、川の中に入って行き……オオカミの死体を勝手に引き上げようとしている。
〈集中〉!
俺は躊躇なく2回目の〈集中〉を使って、この「不届き者」を懲らしめる為に動いた。ゆっくりと流れる世界の中、俺は川に向かって全力で走り、こちらに背を向けて川からオオカミの死体を引き上げようとしている男の背中に向かって飛び蹴りを放った。49歳、小太りのオッさんが放つ渾身の飛び蹴りである。
(オッさんキーック!)
実際は、相当に無様な動きだったかもしれないが、俺以外の人々にそれが見えているのか……幸いにして俺の膝蹴りは「泥棒男」の腰辺りに決まり、奴はそのまま川の中にダイブした。時間にまだ余裕があったので、俺は……俺にしては機敏な動きで立ち上がって、川に向かって倒れた「泥棒男」の後頭部を思い切り踏みつけた。〈集中〉が切れた直後に反撃を食らいたくなったので、とりあえずこいつも無力化しようと思ったのだ。
まだ時間が余っている……俺はもう一度全体重を掛けて「泥棒男」の腰を踏みつけた。まるでヤ〇ザである。小太りの「オッさんヤ〇ザ」が繰り出す一方的なストンピング攻撃だ。
ふと……「泥棒男」の腰に提げられていたナイフが目に入る。これも没収した直後のタイミングで、2回目の〈集中〉の効果が切れ、世界は元の早さを取り戻す。
川に沈んだ「泥棒男」は緩慢な動きで「アー!アグッ!ゲホッ!」と水でも飲んだような声を出しながら川の中で一頻りもがき……慌てたように身体を返したその首元に俺は右手の剣を突き付けた。水深は30センチも無いだろう。特に流れに足を取られるようなものでもない。
「動くなよ?山賊が。なに『他人様のもの』を勝手に触ってやがるんだ?手癖の悪い奴だな」
「あっ、ごっ、ゲホッ、ゲホッ、なっ……どっ、どぶじで……!?」
鼻水と鼻血を垂れ流している「泥棒男」は信じられないと言う顔をしている。つい今まで、この小太りの男は焚き火のところに居たはずなのに……とでも思っているのか。
「お前から先に殺すかな。山賊なら殺されても文句は言えないだろ?お前らはそう言うリスクの下でこんな略奪行為やってるんだろうしな」
俺が川の流れの音に負けない声量で言い放つと
「まっ、まっ、ま、待って、待ってくれっ!さっ、山賊じゃないっ!俺は違うっ!たっ、頼む!」
この男は川の中に尻をついたまま、両手を振りながら後退さりつつ……左腰に手を回してやがる。そして、自分の左腰に吊っているはずのナイフが無い事に気付き……そのナイフが俺の左手に握られているのを見て、更に驚愕している。
「お前……今、ナイフを探してたな?まだ抵抗する気だったか?それなら最期は自分のナイフで……」
俺がそう言いかけた時……俺の背後から月野さんの悲鳴に似た声が聞こえた。
「小河内さんっ!小河内さんっ!危ないっ!うしろっ!」
俺は咄嗟に振り向く。時計回りに視線を移す俺の視界に映ったものは……左から、立ち竦んだ様子の「村人風」の男、そして「女」……その横に驚いた顔をしている「デカ男」……そしてかまど越しに俺に向かって大声で何かを警告した月野さん……ついでにその手前でまだもがき転がっている「顔傷男」。
俺は最初、月野さんの絶叫の意味が解らず、少し視線を戻す……すると「女」がこちらを向きながら何かを構えている様子が目に入った。何だ……?俺は次の瞬間、本能的に頭の中でボタンを押した。
〈集中〉!
女の動作に違和感を感じたからだ。ゆっくりとした世界の中……俺は「何かをしている女」に向かって走り出した。
俺の〈集中〉発動も間に合わず……彼女の「動作」の方が一瞬早かった。しかし〈集中〉さえ発動してしまえば、それすらもゆっくりと動いている。いや、ゆっくりと言ってもこれまで見て来た中で「最速」とも言えるような動きだ。
弓から放たれた矢……そう。女は俺に向かって弓を引き、矢を放っていたのだ。彼女が矢を射出する瞬間と、俺の〈集中〉起動がほぼ同時になったのだろう。彼女は俺に向かって矢を放つ事には成功したようだが、その矢は今や俺でも掴めそうな速度で俺の顔に向かって飛んで来ている。
しかし、俺はそんな矢にわざわざ当たりに行く程マゾくない。両手にそれぞれ持つ剣とナイフを放り投げ、矢に走り向かいながらも寸前で身体を躱し、更に矢を掴んでみる……掴めた!俺はそのまま矢も放り投げながら、「女」に向かって一直線に走り続け、まだ弓を放った直後で構えを解いていない彼女が掴んでいる弓を引ったくる……うおっ!引ったくれた!
ならば……俺は掴んで引ったくった、やたらと長い弓の本体部分……確か「弓幹」だっけか?そこの先端を持って、反対側を何も防具を被っていない「女」の側頭部に叩き付けた。再びオッさん渾身の「男女平等フルスイング」である。女は俺に弓を奪われた事に気付いたのか、表情が驚愕したものに変わりかけていた所に、俺のフルスイングが炸裂して身体を浮かし始めた。どうやら吹っ飛ぶらしいな……と思ったところで〈集中〉が切れた。
「ギャアアアアっ!」
「女」は悲鳴を上げながら吹っ飛んで河原に叩き付けられた。
「このクソアマ。いきなり射殺しに来るとはやるじゃないか。お前から先にぶっ殺してやるよ」
俺はこの時、自分でも気付いて驚いたが……意外に「女を殴る」事に躊躇しない性格らしい。これまでの人生で、女性と接する機会を極力避けて来た……俺にとっては「畏れ」の対象だった女性だが、このように切羽詰まった状況ならば、男だろうが女だろうが「自分に危害を加える奴」として、それ程感情の揺れが起きずにブン殴れるんだなぁ。
この世界の住民は、こんな「民度」なのかな。何の断りも無く他人様が築いた「テリトリー」を破壊する。そして「暴力による交渉」を仕掛けて来る。これでは「某世紀末マンガの世界」ではないか?……ならばこっちもそれなりの行動で応じないと、すぐに食われてしまう。「力が無い事が悪」……そんな文明レベルの世界なのだろうか。人間すら……獣や魔物と同じなのか?
俺は多分、寝ていた所をいきなりバリケードを壊されて叩き起こされるような形になった上に、粗野な態度で「逃亡奴隷」なるものに間違われた挙句、月野さんを辱めるような言葉を浴びた事で……逆上しているのかもしれんな。
しかしこいつらが我々に危害を加えようとしていたのは事実だろうし、川に浸けていたオオカミの死体を勝手に川から引き上げようとしたのも事実だ。俺が「山賊」認定するのも無理ないだろう。
とにかく……こいつらは俺にとって「魔物」と同じ存在。殺るか殺られるか。そう言うものだと認識する事にした。なので相手が例え「女」であっても躊躇無くブン殴れた。何しろこいつは、俺に対して矢を放ったのだ。俺を殺しに来ているのなら、相応の対応をすべきだ。
俺はまだ手にしていた弓でもう一度「女」を殴ってやろうと、振り被ったところで……現在の位置取りで俺の斜め前に居た「デカ男」が振り向いた事に気付いた。「女」は殴られた箇所を片手で押さえながら呆然としているように見える。その目には恐怖の色が浮かんでいるように見えるが、元はと言えばお前が矢を放ったんだぞ……と、俺には全く感情の揺れ……憐憫の感情など微塵も無い。
俺は本能的に、「次の対象」を「デカ男」に定めた。この図体がデカい男は左側の腰に何か武器をブラ下げている。斧かな……?そして左腕には直径40センチくらいある丸い盾を手に持たずに直接腕に括りつけているのか?とにかく、この「一味」の中で最も重武装に思えた。こいつが「盾役」で、「顔傷男」が「攻撃役」か?この寝転んだままで怯えている「女」も遠距離攻撃を担当しているのか?そして川に居た奴が「スカウト」的な?役割でもあるんだろうか。
「デカ男」と目が合った。こっちは「女」に向かって弓を振り下ろそうと振り被ったままだ。
3……2……1……再使用OK。
〈集中〉の再使用が可能となった状況になったので、「デカ男」が至近距離でも怖く無い。こいつが何らかの攻撃行動を起こしたら、今度は本気で戦闘不能に追い込めばいい。
……動いた。「デカ男」が……目が合った瞬間に怯んだ表情となり……斧のようなものを腰から抜く……。
〈集中〉!
―――三度世界がゆっくりと動く。
弓を投げ捨て、「次元倉庫」から再び「こんぼう」を取り出す。そしてまずは斧を抜き出した右手の甲を狙う。狙い通りに「こんぼう」が「デカ男」の右手の甲に叩き付けられる。右手は斧を握れなくなったのか、飛び跳ねるかのように斧から離れる。「デカ男」が驚いた顔で口を開ける。その位置は俺よりも「頭丸ごと1つ分」は上にある。「デカ男」の身長は推定で190センチ……もっとあるか?
その大男の口が開いた、その顎を狙って……「こんぼう」を振り上げる。下から振り上げた「こんぼう」が「ゴシャ」っと音を発てて、もろに「デカ男」の顎にめり込み……顎が割れたか……何か飛び散る。歯かな?
今度は結構な打撃を与えられたのではないだろうか。もんどり打って倒れて行く男の腰から斧を抜き取る。スローモーションで流れる世界ならではの行動だ。ついでに股間の辺りに前蹴りを食らわせた。こっちは半パンだけの靴すら履いていない「生身の足」なので、打撃を加えようとする蹴りなんぞ繰り出したら、こちらの足がぶっ壊れてしまう。精々……足の裏で蹴り倒すくらいしか出来ない。
こいつの斧も重い……見た目の柄の長さからして「片手斧」だと思うのだが……
倒れて行く「デカ男」から「女」の方に目を移し、再び女の方に向き直って「こんぼう」を振り上げたところで〈集中〉が切れた。今回はちょっと短く感じたのだが……
「デカ男」はそのまま昏倒したようだ。そして、自分のすぐ横に下顎を血に染めて倒れ込んで来た「デカ男」を見た「女」も半狂乱になっている。
「次はお前だ……顔を叩き潰してやるよ」
俺が「こんぼう」を振り被っているのを見た「女」は泣き叫ぶ。
「まって!まってぇぇぇぇ!殺さないでっ!やめてぇぇぇぇ!」
「やめろだと?お前は俺に矢を放ったじゃないか。俺を殺そうとしたんだろ?だったら俺がお前を殺すのも当たり前じゃねぇか。そうだろ?山賊さんよ。お前らはこの場で皆殺しだ!」
「ちっ、ちがっ!違うっ!さっ!山賊じゃなっ!山賊じゃありませんっ!たっ、助けて下さいっ!」
「あぁ!?人を『奴隷』呼ばわりした上で『捕まえて金を踏んだくる』って言ってたよなぁ?しかもこのデカブツに至っては、他人のモノを壊してたじゃねぇか。俺は『やめろ』って言ったよなぁ?」
「ごっ、ごめんなさいっ!あっ、アタシは……アタシはそんなつもりはっ!」
「『やめて下さい』って分かりやすく言ってる言葉が通じない奴は獣か『魔物』と同じだ。だったら……あの川で沈んでいる奴らと同じ目に合わせないと、こっちも安心出来ないだろ?」
俺は振り返って、「残りの1人」の方に目をやった。他の4人と違って、この「5人目の男」は見た感じで武装していない。武器……と言っても左の腰に何か棒……いや、よく見ると「鉈」かな?そんな感じのものをブラ下げているだけで、さっきも言ったが茶色の丸首の長袖シャツとネズミ色……濃い灰色の長ズボンに茶色い靴を履き、ちょっと大きいリュックを背負っているだけだ。何と言うか……こいつは他の4人の「付き人」か?こいつだけがこの「パーティ」の一員では無い気がする。
そして、この男は既に腰を抜かしているのか、尻餅をついた状態で呆然としている。俺が睨み付けると、大きく目を見開きながら
「たっ、た、た、助けて……助け……」
と、何か観念したかのように……それ以上後退さる事もせずに泣きそうな顔になっている。
「お前も山賊か?」
「ち、ちっ、違います!さ、山賊……ぞくじゃな、なっ、ないです!ほっ、本当ですっ!」
「では何故、こいつらと一緒に居るんだ?お前もこいつらに捕まったのか?」
「いや、いや……ちっ、違いますっ!オラは……オラはこっ、この人たちを、あっ、案内して……」
男は怯え切っているのか、舌が回らないようだ。
「案内?何を案内しているんだ?山賊の道案内か?」
「い、いやっ、いや……でっ、ですから……!こ、この人たちは……」
「あ、アタシ達は……さっ、山賊なんかじゃないですっ!」
「あぁ?じゃ、何で俺達の野宿場所を壊したんだよ?しかもそっちのクズはわざわざ作りかけの器まで壊してるんだぞ?そんでもって、あっちの「泥棒男」は俺が仕留めた得物をかっぱらおうとしたじゃねぇか。ぶっ殺されても文句は言えないだろ?」
俺は「前の世界」では絶対に有り得ない程に言葉と態度が乱暴になっている。何だろう……「殺される恐怖」と「月野さんへの侮辱」で何か「心の箍」が外れてしまったのか。俺は狂ってしまったのか。正直……俺は今までの人生で、人間相手にここまで暴力的に絡まれた事が無かった。いや、絡まれた経験はあるが……その時は自分が悪くなくても、ひたすら謝って許してもらっていた。
そう言う「暴力的な人達」とは極力関わらないようにしていたし、そうでない人達にも極力接しないようにしていた小心者だ。もちろん、理不尽に絡まれて一方的に凹まされた時には謝りつつも、心の底では「この野郎……ぶっ殺したい」的な「黒い感情」が湧いた事はある。しかし、それをグッと堪えてきた人生だったのだ……。
それがこのような異世界に飛ばされ……一時的とは言え「護るべき人」が出来、その人と何日か一緒に野宿しながら過ごして……漸く少し心が開けると思った途端に……突然、「理不尽な暴力」に晒されそうになった。
これまでの49年と言う人生……幼い頃に降り掛かった「理不尽な境遇」を耐え……思春期に負った「異性に対する不信」……その後、他人を避けるようにして生きて来た半生で貯まった「鬱憤」が、今この時になって爆発しているのかもしれない……。「いい加減にしてくれ!」と。
(俺は……こんな……残酷な真似が出来る人間だったのか……)
―――普段大人しい人程……ブチ切れた時の「振れ幅」がヤバい
それは時折聞かされる話であった。俺もそうだったのかな……。
ブチ切れても「大丈夫」な環境と……「能力」を手に入れたからこそ、「もう1人の自分」……これまで腹の底に居た「黒い自分」が解放されたのか……。
自分自身の残虐さに「自分でも引くような」感じになった俺は、何か血の気が抜けたのか……急に冷静になって、周りを見回した。
足元には2人……顎を割られて気を失っているように見える「デカ男」と、足を並べるように倒れた姿勢で左頬を押さえながら嗚咽している「女」、そして右手の少し離れた場所に尻餅を着いたまま震えている男。
ここからはバリケードとかまどで死角になっているが、その向こうからは「顔傷男」のものと思われる「うぅ……むぐぅ……」と言う低い呻き声。
川の方に目をやると……「泥棒男」は思った以上にダメージを受けていたようで、まだ起き上がれずに冷たい川の中に座り込んでいる。いや、ダメージでは無く……単に呆然としているだけかもしれないが。
そして俺は……恐る恐る左側を向いた。そこには彼女が……月野さんが恐怖に覆われたかのように硬直したまま……俺を見つめていた。その顔は強張り、明らかに顔色も悪くなっている。
俺はこれまで……彼女を護る為に、化け物熊やオオカミの群れと戦ったが、それは薄暗い空の下の……視界もよく利かないような時間帯での立ち回りであって、オオカミとの戦闘があった時……彼女は洞穴の奥に隠れて座り込んでいた。
このような白日の下で……しかも人間相手に、残虐さ丸出しで4人の人間を痛めつけた俺を見て……彼女は今、どう思っているだろうか。
「月野さん……すみません。俺は……とんでもない姿を……」
俺は「デカ男」に壊されたバリケードを跨いで洞穴の前に近寄り、それでも彼女とは2メートル程の距離を置いた位置まで移動して
「こんな場面をお見せしてしまって……もう一緒には……」
「待って下さいっ!」
俺の言葉を月野さんが遮った。項垂れていた俺は顔を上げて彼女を見る。
「小河内さんは……私を……私を護って下さったのでしょう!?あの人……そこで倒れている人が……私に対して……何か酷い事を言ったから……それで護って下さったのでしょう?」
「え、ええ……こいつらは俺達を『逃げ出した奴隷』だと決めつけて……特にこの男は……」
俺はかまどの向こう側で弱々しい呻き声を上げている「顔傷男」に目線を移しながら
「月野さんを……『脱走奴隷の女』を捕まえて……その……その身体を散々嬲った上で『持ち主』を探し出して金を踏んだくると……持ち主が見つかるまで、アナタを連れ回し……その身体を……」
俺は震えていた。まだ4日しか一緒に過ごして居なかったが、異性に対して「明らかな不信感」を持つ俺がこれまでの人生で漸く……少しだけだが心が開ける存在だった彼女を……このクソ野郎は「奴隷」として扱おうとしていた。あの下卑た笑いを浮かべて……だ。
「だから俺は……こいつらを潰さないと俺も殺されて……月野さんも酷い目に会うと……そう思って……」
俺は再び項垂れ、震えながら
「おっ、俺は自分がこんな残虐な人間だとは思いませんでした……俺は……アナタとは一緒に居てはいけないのかもしれませんね……」
このような「自分」を見せてしまった後悔の念を吐露した。これらの会話内容は恐らく……「奴ら」には理解出来ないはずだ。先程月野さんが言っていた「何を話しているのか解らない」という事。彼女には「この世界の言語」が通じないという事。それはつまり、この世界の奴らには「我々元日本人の言語」が通じないと言う事だ。
最初にこの言葉を月野さんから聞いた時、俺はまだ奴らと対峙していた事もあって深く追及しなかったが、今はもう……何となくこの事態を「消化」している。多分、俺は「システム」のおかげで言語能力が備わっているのだろう。つまり……「システム」によって、俺が受容しているこの世界の言語が、自動的に「俺の世界で、俺が最も馴染んでいた言語」へと最適化されているのだろう。
なので彼女自身は……このクズどもの口から発せられた「言葉の暴力」には晒されずに済んだ。今回の件で唯一救われた事である。今のこの時期……まだ人里にも下りていないこの段階で、彼女には……この世界に失望して欲しくない。我等2人は「死に行く運命」から、偶然ではあるが「異世界への転移」という形で救い出された。
そんな「救われた先」で……こんな「クズども」のせいで絶望して欲しくないのだ。彼女を巻き込んだのは「俺」なのか……そうなのかもしれない、この「次の人生」で……絶望して欲しくないのだ。
駄目だ……俺はもう「変わって」しまった。今日この場で「もう1人の自分」の存在に気付いてしまったのだ。残虐な……謝らずに……我慢しない……その為の「力」を手に入れてしまった自分を……だ。
俺の……この世界における最初の目的は、月野さんが安心して暮らせる場所を探し出す事……そして、そこに彼女を送り届ける事。そこから俺は……彼女とは道を分かつのだろうか。
俺が再び何か口を開こうと顔を上げた瞬間……彼女の温かい体温を感じた。気が付くと、彼女が抱き付いて来ていた。
「小河内さんは、私を助けてくれたのです……。小河内さんだって怖かったでしょうに……。私を護って下さる為に小河内さんは無理をされて……すみません……すみません……」
彼女は嗚咽を漏らしていた。
「俺の事は……いいんです。今回の事で……俺はその気になれば『ここまでやれる』事に気付けたのですから。ですが月野さんは……こんな事に慣れてはいけない。アナタは……俺のようにならないで下さい。アナタがもう……こんな目に遭わないように、俺も頑張りますので……」
俺は彼女の身体をそっと引き離し、振り向いた。その手にはまだ「こんぼう」が握られている。「デカ男」の斧はとっくに放り出しており……「こんぼう」を手にしたまま、再び壊れたバリケードを乗り越え、今度は尻もちを着いて怯えている男の前に立った。
そして男を真上から見下ろすような恰好で、俺は言った。
「さて……お前の言い訳を聞いてやる。正直に言わなければ……お前を含めた全員の頭を叩き潰して脳味噌を撒き散らしてから川に沈める。命が惜しければ……正直に話すんだな」




