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自販機前の美少女

 入学式を前に喉が渇いたので、近くの自販機に立ち寄ったところ先客がいた。


「うーむ……」


 ちょうど耳の当たりから頭頂部に向かって黒色の角が生えた――美少女であった。

 艶やかな紫がかった黒髪は腰に届くほど長く、すらりとした手足や引き締まったウエストで、制服の上からでも彼女が抜群のスタイルの持ち主であることがはっきり分かった。


 彼女は白色の肌にうっすらと汗をにじませ、やや火照ったような赤い頬で、自販機と睨めっこしている。なにやら困っているみたいで、しきりに「うーん?」と首を捻っている。


 やたらと丈の短いスカートから出ている細長い黒色の尻尾もゆらゆらと忙しなく動いている。髪と同じ色の切長な瞳にもだんだんと苛立ちが見えている所を見るに、そこそこ長い間自販機と睨めっこしたいたことが窺える。


「買わないのか?」


 しばらく静観していた俺だが、このまま待っていても一向に飲み物を買えないので話しかけることにした。すると、彼女はおもむろに俺を見て、不満げに口を尖らせた。


「分からんのだ……」

「分からない?」

「この……じどーはんばいき……? とやらで、飲み物を買えるのは知っている。が、どうすればいいか分からんのだ」


 なるほど、それで自販機の前でしきりに唸っていたのか。


「ええい! もう面倒だ! よし、壊そう」

「待った待った待った」

「なんだ人間」

「なんでそこで壊すって発想が出てくるわけ? 怖いんだけど」

「この箱の中に飲み物が入っているのだろう? なら、壊した方が手っ取り早いではないか」


 ずいぶんと乱暴な性格をしているらしい。


「君、見た目からして魔族みたいだけど。もしかして、こっちにはまだ来たばっかり?」

「いかにも。こちらへ来たのは今日が初めてだな」


 なるほど、それなら自動販売機を知らないのも無理はない。


「なら、俺が代わりに買ってやるよ。なにがいい?」

「上から目線なのは気に食わんが……そうだな。我はこれが気に入った」


 そう言って、彼女が指さしたのは炭酸飲料であった。彼女曰く、「透き通るような黒色の飲み物は珍しく気に入った!」とのこと。

 こっちに来た魔族は炭酸のしゅわしゅわが苦手だとよく聞くのだが、大丈夫だろうか……まあいいか。


 俺は千円を投入した。すると、ビビビと音が鳴って千円札が返ってきた。また投入……するとまたまた返ってきた。そして、投入……返ってきた。


「よし、この自販機は壊そう」

「おいおいおいおい、さっき我に言ったことと矛盾しているぞお前?」

「この自販機はダメだ。ぶっ壊そう」

「なににイラっとしたのか分からんが、短慮はよくないと思うぞ?」

「それ君には言われたくないな」


 俺は五百円を取り出して投入した。今度はすんなり通ったので、自分の飲み物と彼女の飲み物を購入する。


「おお! 箱の中からなにか出てきたぞ! これが飲み物なのか?」

「これは入れ物。ここに指を引っ掛けて……ほら、飲み口が開いた」

「なるほど、こちらの世界にはなかなか面白いものがたくさんあるのだな。どれ、我も……」


 彼女は俺の真似をして缶の飲み口を開けると。プシュッと炭酸の音が出る。それに彼女は過剰に反応して、「なんだなんだ!?」と大慌て。そんな彼女を見て、つい噴き出すと睨まれた。


 怖い。


「なんなのだ今の音は? まさか、これは飲み物に見せかけて我を殺すためのポーションだったりしないだろうな?」

「しないしない。それは炭酸」

「炭酸……?」

「飲めば分かるよ」

「ふむ? では……」


 彼女は勢いよく炭酸を飲み――そして、勢いよく炭酸を口から噴き出した。俺に向かって。


「きちゃない」

「なななな、なんだこの飲み物は!? く、口の中で爆発したぞ!? まさか我を体の内側から爆発させるつもりなのか!?」

「爆発はしない。炭酸無理そうなら、代わりに俺の飲み物をあげようか? こっちはココアだから甘くておいしいぞ」

「ここあ……? まあ、いい。ではそっちを寄こせ。我は炭酸嫌いだ」


 尊大な喋り方の割に、ずいぶんと子供っぽいことを言う子だと思った。


「おお!? なんだこれは!? このココアとかいう飲み物うまいな!」

「よかったね」

「さっきの炭酸はクソだが、ココアは気に入った。ココアに免じて、先ほどの我への非礼を許してやろう。我が寛大な心に感謝するがいいぞ?」

「非礼って、炭酸飲ませたこと? 飲みたいって言ったの君じゃん」

「知らんそんなこと」


 自己中心的な子なんだなぁと思った。


「それより、お前。先ほどから気安く君などと呼ぶな。我が名はクシャナリア・デモンズルーツだ。クシャナリア様と呼べ」

「ふーん、俺は中馬友仁。友仁でいいよ」

「お前の名前など聞いていない。聞いていないが、まあココアの礼だ。その名前を憶えてやるくらいのことはしてやろう」


 上から目線な物言いな子だが、不思議と見下されているという感じはしない。もしかすると、結構偉い子なのかもしれない。


「魔王様ー! 魔王様どこですかー!」


 ふと、どこからから声が聞こえてきた。


「む、どうやら我が従者が我を探しているようだ。我はもう行くことにする」

「ん、俺もそろそろ教室戻らないとな」

「ではな、ユージン」

「あ、うん」

「なんだ?」

「別になんでも」


 名前だけは憶えてやると言っていたのに、普通に呼んでくれるんだなと思った。

 それからクシャナリアと別れた俺は、誰もいない静かな廊下を歩きながら、先ほどの声を思い出す。


「魔王様って言ってたけど……まさかな」

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