クリスマスイヴの攻防
「パパァ、ママァ、今年もウチにサンタさんは来るかな?」
「そうだなぁ、栗栖。ちなみに今年は、何をお願いするんだい」
「んっとねぇ、えっとねぇ……」
「迷っているのかい? 大丈夫、良い子の栗栖ならなんでもくれるよ」
「じゃあねぇ……」
サンタッ!
「――――え?」
「僕ね、サンタが欲しいの。今年はサンタを捕まえるんだ!」
「…………」
「あなた……頑張ってね……」
これは……とんでもないことになってしまった。
その日の栗栖が寝静まる頃合い、妻の三鈴と共に、作戦会議を行うことに。
「今年の栗栖の願いはサンタだ。しかしもちろん、それは無理。だから別に玩具は用意する。それを枕元の靴下に入れれば、任務は完了だ」
「聞けば簡単だけれど、でも相当な難関よ」
「だな、なにせ栗栖はサンタを信じておきながら、超天才児の発明家」
「前に部屋の掃除に入ったら、空間歪曲装置で家の外まですっ飛ばされたわ」
そんな栗栖が、本気で捕獲に取り掛かれば、大の大人でも訳なくやられてしまうだろう。だが、我が赤花家は違うのだ。
「赤花の血筋は代々スパイでありながら、そしてクリスマスを重んじる。幼き頃から憧れる、皆が知る伝説の忍び屋。それがサンタクロースなのだから」
「はぁ、黒田家はとんだところに嫁いでしまったわ」
かくいう俺も、過去にサンタを欲しがったことがある。なんとか頑張って起きていたものの、いつしか次第に微睡んで、起きればそこにはプレゼントが。悔しさを感じたものの、やはりサンタは忍びの天才だと、大きな感銘を受けたのだった。そういう呈を、全国のパパとママは、子供の夢を守らなければならない。
「とりあえず、欲しがってたゲームソフト。それを今回は靴下に入れる」
「あれほどの発明をしておいて、ゲームには興味あるのね、あの子」
「面白いシナリオを考えられるかは別なんだろ。さ、クリスマスイヴに向けて作戦の準備だ」
そうしてこつこつと準備を整え、来たるクリスマスイヴ。楽しいパーティを終えて、栗栖は自身の寝床に就く。六畳間という広さながら、史上最強の要塞の中で。
「まるで戦地に赴くようだな。どんなミッションよりも緊張する」
「あなた、無事に帰ってくるのよ」
「あぁ、愛してるよ、三鈴。生きていたらまた会おう」
「それは大袈裟よ」
ではまず扉を開けて――って、そんな愚かな真似はしない。真正面からの入口なのだ。何かしら罠を仕掛けてあるはず。俺は目立つサンタの恰好をしており、罠に掛かって行動不能に陥れば、サンタを偽装していたとバレてしまう。
「三鈴、ちょっと試しにドアを開けてみてくれないか」
「随分と短いお別れね。身代わりなんて癪だけど、まあ、命に関わるもんじゃないってことを証明してあげる。あの子はとっても、優しいんだから——あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ……」
そうして取っ手を掴んだ三鈴は、身体を震わせ黒煙を吐いた。
「あぎゃん」
「三鈴ぅぅぅううう!」
やはり栗栖は本気のようだ。遺体でもいいからサンタが欲しいと、それほどの気概を感じるぞ。
「どうか安らかに……三鈴……」
「か、勝手に殺すな……げふっ」
これでは扉から侵入できない。侵入経路は扉か窓か、しかしどちらも警戒されて然るべきだ。そんな俺が選ぶ経路、それは屋根裏からの侵入だ。栗栖はあくまで自分の部屋、その中にしかセキュリティは敷いていない。それが赤花家のルールであり、栗栖はそれを守っている。
そしてそれこそが準備の一つ。作戦会議からクリスマスイヴまでの間、俺はベッドの上方に位置する屋根を、少しずつくり抜いたのだ。あとは天上をずらせば、真下には栗栖の安らかな寝顔と、その横に備わる靴下がある。
しかし、このまま安易に降りはしない。このサンタの変装には、他にも準備が施されており、眼鏡には不可視光線も確認できる特殊なレンズを採用してある。早速それを掛けてみると――
「なっ……これは……」
目下には、これでもかと言わんばかりのレーザービームの探知網が。予想はしてたが、まさかこれほどの数だとは。開けた天井に向いていれば、その時点でゲームオーバーだった。とはいえ、ビームは扉と窓に集中して向けられており、やはり天井裏からの侵入は、唯一の突破口であったらしい。
レーザーの角度に気を付けて、サイレンサー付きのワイヤーをベッドに打ち込む。ワイヤーは目に見えないほどの細さだが、俺の体重を預けてもビクともしない。反面、全体重を預けてしまえば、俺の身体は真っ二つになるほど。しかしこの手袋とサンタの衣装。かの宮本武蔵でも断てぬであろう、最先端の防刃素材でできている。
「あとはこれを伝って、それで任務は完了だ。こう見えてもまだまだ子供――」
って、ほんとにそうか? これほどの熱意と殺意を見せておいて、栗栖の籠城がこの程度で済むのか? あの天使のような安らかな寝顔の裏には、悪魔のような策謀が張り巡らされているに違いない。俺は暗視眼鏡を外すと、鍛えられた肉眼で、仄暗い部屋の中でじっと一点を見つめる。
「み、見えた……これは俺の使う繊維よりも、さらに細いぞ」
栗栖の発明したその繊維は、レーザーを縫うように張り巡らされており、つまりスコープを頼った者を、確実に仕留める為の真の罠ということ。
「なんて奴だ。二重の罠を仕掛けるなんて。仮にサンタが侵入しても、目覚めた時にはバラバラだ。服の赤と血の赤の見分けも付かないじゃないか。そして見破れたものの、これではとても身を通す隙間なんてないぞ」
しかし栗栖は失敗した。これほどに極細の繊維ならば、断ち切ってたゆんだところで、レーザーの探知すら搔い潜るだろう。発明はできるが、こういうところは爪が甘い。そして切れば何かが飛び出すかどうか、しかし家の壁は厚くなく、何かを仕込むには狭すぎる。それに部屋の中にしか仕掛けはしないよう、言いつけだけは固く守っているのだ。壁の中には何も手は加えられていないはず。
地雷原を突破するように、少しずつ進んでは極細繊維をナイフで切り落とす。そして遂には枕元で、イーサン・ハントよろしく身体を浮かせ、靴下にプレゼントを投入——などしない。この枕元の靴下は、十中八九罠が仕掛けてあると睨むべきだ。だから俺は予め、自分で用意した靴下にプレゼントを投入して持ってきた。プロの俺に抜かりはない。これを枕元に置けば任務は完了。
ついでに愛しの栗栖の頬に、キスの一つでもしたいところだが、それはまた別の機会に――って……
靴下の横の枕の上、見開く眼がこちらを見つめる。
「パパ」
「へ?」
「輪郭、虹彩、声紋ノ照合ニヨル結果。九十九カンマ九八パーセント、パパノモノト一致シマス」
「はい?」
それは栗栖の作った人型ロボット。直後にスポットが照らされて、背後には光学迷彩に身を包む、本物の栗栖が姿を現す。
「な、なぜ……栗栖は夜の十時以降は、眠気を堪えられないはずでは……」
「甘いよ、パパ。僕はこの時の為に、時間圧縮装置を開発し、その間に睡眠を取ったんだ。そしてサンタの侵入を待ち、こうしてプレゼントを置く瞬間、確たる証拠を握ったところで捕えるつもりだったんだ。だけれど――」
ご、ごくり……
「残念だよ……まさかサンタがパパだったなんて。まったく、心底呆れさせてくれる。僕を騙した罪深き行い。パパ、覚悟はできているだろうね」
こ、殺される。このままでは栗栖に殺られてしまう。父親生命、万事休すか。
「おやおや、こんな時間に遊んでいるとは、プレゼントは良い子にしかあげないんだけどなぁ」
「え?」
「あ……」
天井から降り立つ、赤き衣装を身に纏う者。白い髭を蓄えて、夢の詰まった袋を抱える。誰もが一目でそれと分かる、サンタクロースの姿がそこにあった。
「サ、サンタさん?」
「メリークリスマス、栗栖くん。プレゼントは既にパパに渡して、そして栗栖くんに届いているよ」
「で、でも……僕が欲しいのはサンタさんだ! ぽちっとな」
すると四方八方、タンスや本棚に机やベッド、各所から捕獲網が飛ばされた。しかしサンタが指を鳴らすと、まるで生きているかのように網は動きだし、栗栖の身体をふわりと、身動きできぬよう包み込む。
「うぎゃあ! な、なんで……」
「これは栗栖くんの仕掛けで、ある意味ではおもちゃかな? サンタはね、おもちゃを自在に操れるんだ。玩具たちが協力してくれるから、サンタは家に入れるんだよ」
「玩具を……そんなのって、つまりあなたは本当の――」
「サンタクロースズだ。サンタは一人ではないのだよ。仲間と力を合わせてね、皆でプレゼントを配るんだ」
こんな事象、こんなことって。この人は間違いなくサンタさん。俺が子供の頃に憧れて、そして欲しいと願った、そんな伝説が目の前に。
「では、私はこれにて。世界中の子供たちが待っている」
「ま、待ってくれ……俺は今でも、あなたに憧れて――」
するとサンタは優しく微笑み、全てを解して頷くと、部屋の窓を解き放つ。そこには沢山のサンタたちと、そりを引く赤鼻のトナカイが、暖かな雪に彩られ夢に希望に輝いていた。
「君たちの欲しいものは贈ったよ、それでは良いクリスマスを――」