表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

クリスマスイヴの攻防

「パパァ、ママァ、今年もウチにサンタさんは来るかな?」

「そうだなぁ、栗栖(くりす)。ちなみに今年は、何をお願いするんだい」

「んっとねぇ、えっとねぇ……」

「迷っているのかい? 大丈夫、良い子の栗栖ならなんでもくれるよ」

「じゃあねぇ……」


 サンタッ!


「――――え?」

「僕ね、サンタが欲しいの。今年はサンタを捕まえるんだ!」

「…………」

「あなた……頑張ってね……」


 これは……とんでもないことになってしまった。


 その日の栗栖が寝静まる頃合い、妻の三鈴(みすず)と共に、作戦会議を行うことに。


「今年の栗栖の願いはサンタだ。しかしもちろん、それは無理。だから別に玩具は用意する。それを枕元の靴下に入れれば、任務は完了だ」

「聞けば簡単だけれど、でも相当な難関よ」

「だな、なにせ栗栖はサンタを信じておきながら、超天才児の発明家」

「前に部屋の掃除に入ったら、空間歪曲装置で家の外まですっ飛ばされたわ」


 そんな栗栖が、本気で捕獲に取り掛かれば、大の大人でも訳なくやられてしまうだろう。だが、我が赤花家(あかばなけ)は違うのだ。


「赤花の血筋は代々スパイでありながら、そしてクリスマスを重んじる。幼き頃から憧れる、皆が知る伝説の忍び屋。それがサンタクロースなのだから」

「はぁ、黒田家はとんだところに嫁いでしまったわ」


 かくいう俺も、過去にサンタを欲しがったことがある。なんとか頑張って起きていたものの、いつしか次第に微睡んで、起きればそこにはプレゼントが。悔しさを感じたものの、やはりサンタは忍びの天才だと、大きな感銘を受けたのだった。そういう呈を、全国のパパとママは、子供の夢を守らなければならない。


「とりあえず、欲しがってたゲームソフト。それを今回は靴下に入れる」

「あれほどの発明をしておいて、ゲームには興味あるのね、あの子」

「面白いシナリオを考えられるかは別なんだろ。さ、クリスマスイヴに向けて作戦の準備だ」


 そうしてこつこつと準備を整え、来たるクリスマスイヴ。楽しいパーティを終えて、栗栖は自身の寝床に就く。六畳間という広さながら、史上最強の要塞の中で。


「まるで戦地に赴くようだな。どんなミッションよりも緊張する」

「あなた、無事に帰ってくるのよ」

「あぁ、愛してるよ、三鈴。生きていたらまた会おう」

「それは大袈裟よ」


 ではまず扉を開けて――って、そんな愚かな真似はしない。真正面からの入口なのだ。何かしら罠を仕掛けてあるはず。俺は目立つサンタの恰好をしており、罠に掛かって行動不能に陥れば、サンタを偽装していたとバレてしまう。


「三鈴、ちょっと試しにドアを開けてみてくれないか」

「随分と短いお別れね。身代わりなんて癪だけど、まあ、命に関わるもんじゃないってことを証明してあげる。あの子はとっても、優しいんだから——あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ……」


 そうして取っ手を掴んだ三鈴は、身体を震わせ黒煙を吐いた。


「あぎゃん」

「三鈴ぅぅぅううう!」


 やはり栗栖は本気のようだ。遺体でもいいからサンタが欲しいと、それほどの気概を感じるぞ。


「どうか安らかに……三鈴……」

「か、勝手に殺すな……げふっ」


 これでは扉から侵入できない。侵入経路は扉か窓か、しかしどちらも警戒されて然るべきだ。そんな俺が選ぶ経路、それは屋根裏からの侵入だ。栗栖はあくまで自分の部屋、その中にしかセキュリティは敷いていない。それが赤花家のルールであり、栗栖はそれを守っている。


 そしてそれこそが準備の一つ。作戦会議からクリスマスイヴまでの間、俺はベッドの上方に位置する屋根を、少しずつくり抜いたのだ。あとは天上をずらせば、真下には栗栖の安らかな寝顔と、その横に備わる靴下がある。


 しかし、このまま安易に降りはしない。このサンタの変装には、他にも準備が施されており、眼鏡には不可視光線も確認できる特殊なレンズを採用してある。早速それを掛けてみると――


「なっ……これは……」


 目下には、これでもかと言わんばかりのレーザービームの探知網が。予想はしてたが、まさかこれほどの数だとは。開けた天井に向いていれば、その時点でゲームオーバーだった。とはいえ、ビームは扉と窓に集中して向けられており、やはり天井裏からの侵入は、唯一の突破口であったらしい。


 レーザーの角度に気を付けて、サイレンサー付きのワイヤーをベッドに打ち込む。ワイヤーは目に見えないほどの細さだが、俺の体重を預けてもビクともしない。反面、全体重を預けてしまえば、俺の身体は真っ二つになるほど。しかしこの手袋とサンタの衣装。かの宮本武蔵でも断てぬであろう、最先端の防刃素材でできている。


「あとはこれを伝って、それで任務は完了だ。こう見えてもまだまだ子供――」


 って、ほんとにそうか? これほどの熱意と殺意を見せておいて、栗栖の籠城がこの程度で済むのか? あの天使のような安らかな寝顔の裏には、悪魔のような策謀が張り巡らされているに違いない。俺は暗視眼鏡を外すと、鍛えられた肉眼で、仄暗い部屋の中でじっと一点を見つめる。


「み、見えた……これは俺の使う繊維よりも、さらに細いぞ」


 栗栖の発明したその繊維は、レーザーを縫うように張り巡らされており、つまりスコープを頼った者を、確実に仕留める為の真の罠ということ。


「なんて奴だ。二重の罠を仕掛けるなんて。仮にサンタが侵入しても、目覚めた時にはバラバラだ。服の赤と血の赤の見分けも付かないじゃないか。そして見破れたものの、これではとても身を通す隙間なんてないぞ」


 しかし栗栖は失敗した。これほどに極細の繊維ならば、断ち切ってたゆんだところで、レーザーの探知すら搔い潜るだろう。発明はできるが、こういうところは爪が甘い。そして切れば何かが飛び出すかどうか、しかし家の壁は厚くなく、何かを仕込むには狭すぎる。それに部屋の中にしか仕掛けはしないよう、言いつけだけは固く守っているのだ。壁の中には何も手は加えられていないはず。


 地雷原を突破するように、少しずつ進んでは極細繊維をナイフで切り落とす。そして遂には枕元で、イーサン・ハントよろしく身体を浮かせ、靴下にプレゼントを投入——などしない。この枕元の靴下は、十中八九罠が仕掛けてあると睨むべきだ。だから俺は予め、自分で用意した靴下にプレゼントを投入して持ってきた。プロの俺に抜かりはない。これを枕元に置けば任務は完了。


 ついでに愛しの栗栖の頬に、キスの一つでもしたいところだが、それはまた別の機会に――って……


 靴下の横の枕の上、見開く眼がこちらを見つめる。


「パパ」

「へ?」

「輪郭、虹彩、声紋ノ照合ニヨル結果。九十九カンマ九八パーセント、パパノモノト一致シマス」

「はい?」


 それは栗栖の作った人型ロボット。直後にスポットが照らされて、背後には光学迷彩に身を包む、本物の栗栖が姿を現す。


「な、なぜ……栗栖は夜の十時以降は、眠気を堪えられないはずでは……」

「甘いよ、パパ。僕はこの時の為に、時間圧縮装置を開発し、その間に睡眠を取ったんだ。そしてサンタの侵入を待ち、こうしてプレゼントを置く瞬間、確たる証拠を握ったところで捕えるつもりだったんだ。だけれど――」


 ご、ごくり……


「残念だよ……まさかサンタがパパだったなんて。まったく、心底呆れさせてくれる。僕を騙した罪深き行い。パパ、覚悟はできているだろうね」


 こ、殺される。このままでは栗栖に殺られてしまう。父親生命、万事休すか。


「おやおや、こんな時間に遊んでいるとは、プレゼントは良い子にしかあげないんだけどなぁ」


「え?」

「あ……」


 天井から降り立つ、赤き衣装を身に纏う者。白い髭を蓄えて、夢の詰まった袋を抱える。誰もが一目でそれと分かる、サンタクロースの姿がそこにあった。


「サ、サンタさん?」

「メリークリスマス、栗栖くん。プレゼントは既にパパに渡して、そして栗栖くんに届いているよ」

「で、でも……僕が欲しいのはサンタさんだ! ぽちっとな」


 すると四方八方、タンスや本棚に机やベッド、各所から捕獲網が飛ばされた。しかしサンタが指を鳴らすと、まるで生きているかのように網は動きだし、栗栖の身体をふわりと、身動きできぬよう包み込む。


「うぎゃあ! な、なんで……」

「これは栗栖くんの仕掛けで、ある意味ではおもちゃかな? サンタはね、おもちゃを自在に操れるんだ。玩具たちが協力してくれるから、サンタは家に入れるんだよ」

「玩具を……そんなのって、つまりあなたは本当の――」

「サンタクロースズだ。サンタは一人ではないのだよ。仲間と力を合わせてね、皆でプレゼントを配るんだ」


 こんな事象、こんなことって。この人は間違いなくサンタさん。俺が子供の頃に憧れて、そして欲しいと願った、そんな伝説が目の前に。


「では、私はこれにて。世界中の子供たちが待っている」

「ま、待ってくれ……俺は今でも、あなたに憧れて――」


 するとサンタは優しく微笑み、全てを解して頷くと、部屋の窓を解き放つ。そこには沢山のサンタたちと、そりを引く赤鼻のトナカイが、暖かな雪に彩られ夢に希望に輝いていた。


「君たちの欲しいものは贈ったよ、それでは良いクリスマスを――」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ