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序章

王―ある国、ある組織、ある集団の中で、ただ一人の強者だけが名乗ることを許される称号である。


生まれながらにしてその称号を約束される者もあれば、下級層ながらにも支配階層を打ち倒し、多くの血肉の上に立ってその称号を手にする者もいる。過程になにも障害を経ずしてその称号を手にするごく僅かな者がいる一方、大半の者はその称号を得るために血みどろの醜悪な争いをすることになる。勝利した者は玉座と共にこの世のあらゆる名誉や財産を手にする一方、敗者は持ちうる全てを失い、あまつさえ命までも失うような末路を辿る。


人類が知性を持って以来、歴史の過程で数多くの戦争が繰り広げられてきたが、他国との争いよりも身内同士の争い、主に「王位」を巡る争いの方が多かったことはどれだけ知られているだろうか。親子が、兄弟が、肉親同士が、友人同士が、そして主と忠臣が―王の座、唯一無二のその座を賭けて戦うことこそが、もはやこの世に存在する戦の大半の理由と言っても過言ではないのだ。いや、見方を変えれば他国間の戦争も世界における玉座を取るという意味では同じように世界の「王」を巡る戦いと言えるのかもしれない。


しかし不思議なことに、玉座を目の前すると、ある者はその精神を狂わせ、ある者は判断を見誤り、ある者は倫理観や正義を見失う。ある者は殺し、ある者は謀り、ある者は蹴落とす。そして玉座にいよいよ座ることができる者もいる一方で、自らその身を滅ぼす者もいる。玉座を前にまともな思考回路を保てた者などよもや皆無だろう。なぜ「王位」はそれほどまでに人を狂わせるのか、その謎は未だに何者も解明できていない。


そうして国は、組織は、そして世界は、狂った欲望に惑わされた者の中から、新たな「王」を求め続ける。



王歴720年。夕方から夜へと変わる時刻、宮殿では夕食の支度のために下人たちがせわしなく動き回っていた。その宮殿から海が見える自室で、少年が立ち上がった。真っすぐに見つめる視線の先には、一日の終わりを告げるように沈んでいく夕陽と、生活の営みをする民の姿があった。


この時間の宮殿の4階の端の部屋は、水平線の彼方に沈んでいく夕陽を見届けるには絶好の場所でもあった。少しだけ強さを増した風で、海面に少し大きな波が揺れる。煽られた木々は、一瞬ののちに元通りに戻った。


先代の王の時代から徐々にこの国から減ったと言われるラブーカの花々は、しかし宮殿では相も変わらずその赤い花弁を激しく誇っている。国を象徴するこの花の減少は、この国全体に訪れる凶兆の徴と嘯く予言者も現れているらしい。世界の平和、国の平和の下で、どこか嫌な予感を漂わせるような何かが蠢いているのではないか、良からぬことがあるのではないか、そんな民の声も広がり始めている。しかしラブーカがこの宮殿に咲き誇っている以上、そのような噂はあり得ない、と王は述べ続けている。


自らの居場所をどこに求めればいいのか分からず彷徨う少年は、さらにその先の海の彼方―前方に僅かに見える島へと視線を移す。夕陽が刻一刻と水平線に飲み込まれていくと、徐々に暗黒のカーテンが迫ってきた。


暫く外を眺めていた少年は、踵を返した。背後で夕陽が殆ど全て沈み、少年が先ほどまで見つめていた島のシルエットは全く見えなくなった。


「見てろ、今にこの国に血で花が咲く」


そして夕陽が完全に沈み、少年の背後は完全に夕闇に沈んだ。

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