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贅沢クリームの毒イチゴのショート

ヘアサロン

作者: 坂井ひいろ

「いらっしゃいませ」


 ドアに設置された鈴の音を耳にした孝雄は、サロンの入り口に向かって声を掛けた。


 深々と帽子をかぶり、サングラスをした女性が独り、孝雄のもとに向かって歩いてくる。コツコツと床を鳴らすハイヒール。スカートのスリットから覗く、細くしなやかな脚線美。


 顔を見ずとも、立ち振る舞いや服装、なにより隙のないプロポーションが彼女の気品の高さを証明していた。


 きっと芸能人かモデル、いやっ、有名ファッション誌の編集者かもしれない。腕には自信があるつもりだったが、大物を前にして孝雄の心臓は高鳴った。


「よろしいかしら」


 彼女が黒いレースの手袋に包まれた手の平を差し出してくる。


「あっ、ええ、もちろんですとも」


 孝雄は慌てて目の前の席に彼女を案内する。


「お客様、サングラスをお預かりします」


「これを外したら、あなた、石化するわよ」


 妖艶な美しさに魅了されると言う意味か。孝雄の期待は高まるばかりだ。


「ご冗談を。ではお帽子の方から先にお預かりします」


「そうね」


 柔らかい声で答え、彼女は今度は素直に帽子をとった。


「キッ!」


 孝雄は彼女の頭を見て後に続く言葉を飲み込む。小さなヘビがニョロニョロと彼女の頭の上でうごめいている。


「切っていただけるかしら」


「はっ、はいっ?なっ、何をですか?」


「髪の毛を」


「こっ、このヘビをですか?」


「ヘビ?何のことかしら」


 彼女は口角をあげて柔らかく微笑んだ。孝雄は幻でも見ているような気分になる。しかし、彼女の頭上に居座る無数のヘビたちが孝雄の方に向かって二割れの舌を出しながら威嚇する。


 なんとも恐ろしいお客が来たものだ。ギリシャ神話で語られるメデューサとか言う怪物ではないか。


「プロなら切れるでしょ。それとも今ここで石になりたいのかしら」


 挑発とも脅しともとれる言葉。孝雄は震えながらもハサミに手を伸ばした。


「かっ、噛みついたりしないですよね」


「あなたの腕しだいです事よ」


 孝雄はヘビの頭をつまんでハサミを入れる。


 ジョキッ!


 体をゆすりながら悶えるヘビ。切り取られて床に落ちてもうねうねとうごめていてる。


 大声をあげて今すぐ逃げ出したいくらいな戦慄の光景。しかし、本当に恐ろしいものを目の前にしたら体が言うことを聞かないとはこのことか。それでも長年の訓練でハサミを持つ手だけは動く。


 ジョキッ、ジョキッ、ジョキッ。


 メデューサの頭のヘビを刈り取っていく。床でのた打ち回るヘビの上半身から目を逸らす。


 こいつら切っても死なないみたいだぞ。お客が帰った後、どうやって始末したものか。恐怖から逃れるために今はどうでも良いコトに思考を巡らす。


 ジョキッ、ジョキッ、ジョキッ。


 悲しいかな、日頃の習慣で手だけは動く。気がつけば彼女の頭のヘビは全て刈り取られていた。


「ふふっ。ようやく呪いから解放されたわ」


 サングラスを外した鏡の中の彼女と目が合う。孝雄は彼女の顔を一目見ただけで恋に落ちた。


「永遠の命も美貌も意味がなかった。私を救ってくれてありがとう」


 彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。薄く華奢な肩が震えている。床に落ちたヘビがいつの間にか黒髪に変わっている。


「あのー、この後、予約もないので、良かったら少しお食事にでも行きませんか。近くにこじゃれたカフェができたもので」


「こんな私をデートに誘ってくださるの。化け物だった私を・・・」


 困惑の表情を浮かべる彼女に愛おしさを感じる。どんな呪いが彼女をメデューサにしたか知らないが、女性なら誰もが抱く願望なのかもしれない。


「ほら、素敵なショートヘアが台無しですよ。笑ってください」


 鏡に映る彼女の素直な笑顔を見て、異世界に転生し勇者になるのを断って美容師を続けることにして良かったと思う孝雄だった。 






おしまい。

楽しんでいただけましたでしょうか。

ご感想をいただけましたら嬉しいです。

よろしくお願いします。

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