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最終章 嵐の拳 3


 倉庫に訪れてきたサクチャイたち。

 

 ガルーダの系列にある輸入品を取り扱っている会社の持ち物で、コンテナがそこかしこに置いてあった。

 

 数年前に倒産したらしく、中は無人だった。

 付近にも人気はないため、人目に晒したくない何かをする場合にはまさにうってつけの場所であった。

 

 現在、モンクットと向かい合っている。

 彼の後ろには黒スーツたちとドゥアンがいた。

 

 傍にいるチャッマニーと目が合った。

 

 怯えている。おそらくこの後、モンクットがどうするつもりなのか知っているのだろう。

 サクチャイは安心させるために、微笑みながら頷いた。


「やあ久しぶりだね。二年前のことは懐かしいよ。えーと……プリチャくん」

「プリチャは先日、取引した証券会社の社長です、彼は、サクチャイです」

「おーそうだったそうだった。いやサクチャイくん、きみはよくやったよ。あんな辺境の田舎小僧がたった二年で一〇〇〇万を揃えるなんて。どうだい? 俺様の会社に入るかい?」

「断らせてもらう」


 よほど高飛びの資金が欲しいらしく、サクチャイをおだてるモンクット。


 明らかに嘘と分かる声色とこちらを心の底からなめきった表情に唾を吐き捨てたくなる。


 実際にはそんなことをせず。サクチャイは指定された通り、海外紙幣に変換した一〇〇〇万バーツを金属ケースに入れたものを渡した。


「社長、どうやら偽物ではないようです」

「そうかそうか。おまえは本当によくやったよ」


 偽札では騙せないため、金は本物だった。


 確認が取れると、モンクットは手を高くかかげた。


「この娘はまだ返せないが――代わりにこれをやるよ」

「危険よ! 逃げて!」


 拳銃を取り出す黒服たち。


 次の瞬間、大量の発砲音が倉庫内で反響した。


「あれ? 誰も当たってない?」

「やはりICPOが加担していたようですね。社長。金はもうこちらにありますし、ここは彼らに任せて我々はいきましょう」

「それもそうだな。おいついてこい! おまえのせいで逃げられたんだぞ!」

「いやぁ!」


 黒スーツをひとりとドゥアンを連れて。モンクットは倉庫から出ていく。


 痛がるチャッマニーを力づくで引っ張っていく。


「チャッマニー!」

「まだ駄目でござるサクチャイ殿!」


 身を隠していたコンテナから出ようとしたサクチャイを、イチロウは羽交い絞めして止めた。


 目の前を、銃弾が音速で通り過ぎていく。


「くそ! このまま追いつけずにいたら、チャッマニーを取り返せないまま高飛びされる!」

「だからといってあの大量の拳銃をどうにかしないと、出ていっても蜂の巣にされるだけでござる」

 

 発砲音がずっと聞こえる。

 すぐにでも弾切れになる勢いで撃っているが、黒スーツらからするとその少しの時間を稼げれば役目として充分だった。

 

 このまま膠着状態が続き、モンクットに逃げられてしまうのか。


「オレにいい策がある」


 言い出したのはピラットだった。


 彼はそのままイチロウに尋ねる。


「おい日本人。あいつらが持ってる銃の装弾数は分かるか?」

「旧式のトカレフなので、八発でござるね。でも銃相手に大丈夫でござるか?」

「あの手の連中は、用心棒で慣れているよ……おいングー。今からあいつらのところに乗り込むから、オレについてこい」

「いいですけど。なんでボクが?」


 ングーが訊くと、ピラットは別のコンテナに隠れているクアーンとプラヤーを指さした。


「あいつらはオレよりも有名で、オレと一緒に行動して傷がついたと知られちゃファンからも運営からも睨まれる。こいつらはあのデブを追う必要があるから、おれより格下でそれなりに強いおまえが適任ということだ」

「ひどい先輩を持ったな……」

「うるせえ。あとでいい女を紹介してやるからついてこい」


 発砲音から装弾が尽きたのを見計らって、ピラットはコンテナの上を移動していった。広い狭間もひとつ跳びして、速度を減衰させないまま接近した。


 コンテナから飛び立つと、装填中の黒スーツの顔面に膝蹴りを浴びせる。


 お互いの背中側にそれぞれ着地したピラットとングーは、自分たちの前にいる黒スーツたちをなぎ倒していく。


「銃を撃っていたやつらが倒れた。今だ!」

「オレたちに続けぇええええ!」


 大男たちと解説者に連れられる警察の人々たち。


 果敢に突撃した彼らは黒スーツたちと乱戦を行う。


「ここは任せない」

「オレたちは置いて、おまえはおまえの目的を果たしにいけ!」

「分かった!」


 サクチャイ、イチロウ、クアーン、プラヤー。


 四人は倉庫から出て、イチロウの車に乗った。乱戦に参加しなかった警察官たちも二台の覆面パトカーで後を追う。

 倉庫から離れて、海岸際の道路を走る。


「迷わずこちらの方向に走行したが、本当にやつらはこの先にいるのか?」

「発信機をつけてあるのでご安心を……おそらくモンクットの目的地は自分の会社ビルでござる。そこの屋上にヘリポートがあるので、そこから自前のヘリで逃走するつもりでござるよ」

「あっ、いた」


 前方にモンクットたちの自動車が見えた。

 

 人気がない場所を選んでくれたおかげで、邪魔になるはずだった前を走る車が他になかったのがよかった。

 

 最高速度のまま追走する。

 

 向こうの車も加速したことで、つかず離れずの平衡状態が続くようになった。

 

 追いつけないが、このまま見失わない距離が維持されるのかと思いきや、新たなモンクットの刺客が現れた。


「なんでござるかあれは!?」

改造三輪タクシー(トゥクトゥク)だって!」


 バックミラーに映るのは、巨大な三輪タクシー。


 パトカーに並走したかと思うと、-五人の乗組員がサブマシンガンを横合いから連射してきた。


 タイヤがパンクすると、パトカーはスピンしながらサクチャイたちからは離れていった。


「おいおい。やばいの来たぞ」

「あいつらだけじゃない。まだ他にいる!」


 急停止したはずのパトカーは上空からも巨大な力で縦に圧縮された。


 ブォオオオオー!


「戦象だ。しかもかなりでかい」


 パトカーを踏み潰した象。

 上に乗っている象使いに操られて、サクチャイたちの車を潰そうと追ってきた。パトカーが爆発して火の海になった周囲に構わず突っ走ってくる。


 横からはサブマシンの雨。真後ろからは戦象。


 同時に二方向からの脅威に晒されることとなった。

 もう一台のパトカーも潰されると、いよいよサクチャイたちの番だった。

 

 想定外のピンチに慌てるイチロウ。


「どうしようでござる!? どうしようでござる!?」

「うわぶつかる!」


 カーブを失敗して。対向車線に突っ込むとこの件に関係ない他の車が前から突進してきた。


 急いでイチロウはハンドルを切って躱す。


 速度の出し過ぎで今度はレーンにぶつかりそうになる。


「うわぁあああ!」

「……落ち着け。日本人。運転に集中しろ」

「この状況で集中しろというのでござるか!?」

「ぼくたちが、あいつらを止める」


 プラヤーは改造三輪タクシーと戦象へ目線を送った。


「ぼくは象のほうに行く。きみにはあっちを任せた」

「勝手に決めるな。誰があんな危険地帯にわざわざ飛び込んでいくか」

「きみならできる。おそらくぼくもサクチャイくんでは、やつらを抑えきれないはずだ。でも、きみならばできるはずだ」

「分かりやすいお世辞はいいよ」

「サクチャイくんはどう思う?」

「えっ、おれ? うーん。確かに一発の破壊力はプラヤ―が一番上だしな」

「……しゃあねえな。やってやるよ」


 急に尋ねられて、サクチャイは慌てて答える。


 その言葉を聞いたクアーンは嫌々ながらも承諾した。


「ありだとう」

「今回だけだからな」


 感謝するサクチャイから、フッと顔を反らした。


 会話の間に追い付いてきた改造三輪タクシー。

 サブマシンガンから放たれた銃弾が車に衝突する。

 

 ガンガンガンガンガン!


「特別製の防弾ガラスとボディなので撃ち抜かれる心配はないのでござるが、いくら頑丈でもタイヤは……」

「弾切れまではもたせろ」

 

 イチロウは三輪タクシーにぶつけるように勢いよくハンドルを回した。

 

 相手も上手く躱すが、近すぎるとタイヤは狙いにくい。弾はタイヤからは外れていった。

 

 パトカーに撃った分の弾を入れ直さなかったのか、かなり早く弾切れになった。


「今でござる」

「うぉおおおお!」


 乗組員たちの動きを見ていたサクチャイが合図を出した。


 前と後ろのドアが同時に開くと、プラヤーとクアーンは車から飛び降りた。

 

 クアーンは道路に落下することなく、三輪タクシーの柵を越えて乗車する。

 マガジンが交換された直後に、一番手前の黒スーツを左ミドルキックで蹴った。黒スーツは吹っ飛ぶと、奥にいる仲間たち全員を巻き込んで落ちていった。


「やっぱり怖いな。悪魔の左脚」


 目の前で起こった壮絶な光景に、サクチャイはもう二度と蹴られたくないなと怯えた。


 一方、プラヤーは道路に着地した。

 勢いを殺すために転がったので、象が近づいてくる前に立ち上がる。


 戦象はもうすぐそこまで来ていた。


 プラヤーは象を観察する。


(瞳が充血している。やはり薬かなにかで凶暴化されたか)


 象は通常、火が苦手だ。


 なのにこの戦象は火が前にあろうとお構いなしで。獲物を殺そうと躍起になっている。


「象は、おまえの道具なんかじゃない」


 ブォオオオオー!


 戦象は邪魔なプラヤーをどかそうと突進してきた。


 自分の前に伸びてきた二本の牙をプラヤーは掴んだ。


「はぁあああああ!」


 全身で押し返すプラヤー。彼は逃げずことなく、象へ真っすぐ立ち向かった。


 ジリジリと後退していく。

 さすがに力比べでは分が悪かったか。徐々に押し負けていく。


 その間もプラヤーはひたすら象の目を見ていた。


 やがて後退速度が落ちていく。そしてついには完全に象は停止した。


「なぜだ!? 動け! 動け!」


 パオオオン……

 象使いがいくら鞭を当てても、戦象は動こうとしなかった。


「どういうことだ!?」

「この象は本来とても優しい子だ。他者を傷つけるなんてこと自体そもそも好きではなかったと思うよ」

「なんでおまえにそんなことが分かる!?」


 戦意を失い、先程までの行いを悔いる戦象へプラヤーは目を向けた。


「……目で語り合った」


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