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最終章 嵐の拳 2


「……え?」


 あまりの驚きに今度は反応が遅れたサクチャイ。


 どうやら本物の警察手帳を持っているイチロウは、いきさつを説明する。


「モンクットは今や、裏社会にも通じていてタイ国内では独裁者のようなものでござる。その横暴な振る舞いを止めて欲しいと、王室から要請がきて」

「王室? ICPO? イチロウが刑事?」

「うわわわ。あまりの驚愕の事実の連続に、サクチャイ殿がバグってしまったでござる!」


 イチロウはひとつずつ噛み砕いて説明するようにした。


 徐々に納得していき、最終的に今回の件の全容を掴むサクチャイ。


「つまるところモンクットが犯罪含めて好き勝手やってるけど、タイ国内の警察では止められないから、ICPOに調査と逮捕を頼んだってことか」

「そういうことでござるね。まさかそこの説明だけで、一時間かかるとは思いもよらなかったでござる」

「もっとちゃんと事前に言っておかないのが悪い」

「だってバレたら覆面調査の意味がないでござるよ」


 説明で疲れたところに厳しいことを言われて、イチロウは嘆いた。


 理解が合ってることを確認したサクチャイは改めて問う。


「それでICPOとおれになんの繋がりが?」

「協力してほしい。いえ正確には、チャッマニーさんを確実に救いたいのなら協力したほうがいいということでござるね」


 イチロウ曰く、タイの警察は上層部がモンクットに買収されているせいで信頼できる人員がほとんどいない。数少ないその警察官たちと協力するが、武器も私兵もわんさかあるモンクット相手では現状の戦力程度では周囲の被害を考えている余裕はないそうだ。


「そしてモンクットは近日、このタイから高飛びする予定だったでござる」

「本当か!?」

「はい。それつきましては、信頼できる情報筋からもらったものでして」


 自信を持って答えるイチロウ。よほどその情報源が信じられるようだ。


「サクチャイ殿が協力するのは自分で選ぶでござる。正直、拙者としましてはこんな事件に巻き込みたくないでござる。だから金を渡しても駄目だったのなら、避難してチャッマニー殿が救助されるのを待つでござる」

「受けるよ」

「……だと思ったでござる。分かりました。じゃあ作戦会議にも連れていきます」

 

 イチロウは電話で外部と連絡を取る。

 

 自力でチャッマニーが助けられることに喜ぶサクチャイ。一時は諦めた希望が蘇ったのだ。


(まあそれだけじゃないけどな……)


 イチロウへ目を向ける。

 おまえがおれに傷ついて欲しくないように。おれもおまえに傷ついて欲しくないんだ。


 イチロウが電話を切ると、ふたりは部屋から出た。




 一時間後、ホテルの下の階にタイの警察官が集まっていた。


 どうやらこのホテルは、モンクットに作戦を気取られないための秘密会議場だったらしい。

 一般人の作戦参加は反対されたが、実際に戦って実力があることを示すと容認された。


「一、二、三……拙者とサクチャイ殿を合わせてもたった十二人」

「一応、この後にまた三人ほど来ますが。それでも足りないですね。今の段階で得られた情報だけでも。当日のモンクットは武装した私兵たちを一〇〇人連れているようですから」


 地元警察部隊のリーダーが情報を伝えてくれた。


「これ失敗する可能性のほうが大きいんじゃ……」

「はい。正直言いますと、成功する見込みはありません。向こうもただの素人を数揃えてというわけではなく、それなりに荒事の経験がある人員を調達しているようですから」

「だからといって、ここで高飛びを許したら泥沼になるでござる。早々に捕まえないと」

「でも、この戦力差では……」


 絶望に暮れていると、ホテルの玄関にどこからか人影が現れた。


 中心にいる人物が声を放つ。


「戦える人材が欲しいであるのならば、我々が協力しましょう!」

「あ、あんたたちは」


 人影の姿が外からの光で露になる。


 ピラット。

 ングー。

 クアーン。

 プラヤー。

 

 かつてサクチャイと試合したムエタイ選手たちがそこに並んでいた。


「なんであんたたちがここに」

「そこの日本人に話を聞いてね。もらった情報を、きみと関わった人たちに教えたらついてきた」

「あの美人が黒豚みたいなモンクットに汚されるんだろ。そんなの黙って見ていられるか!」

「あいつ、一回負けたくらいでオレをトーナメントに呼ばなかった。おまえもムカつくが、渡されるはずだった金を引っ込めたあいつらはぶん殴ってやりたい」

「ボクはまたサクチャイさんと再戦したくて……あの肘を、また間近で見たいです」

 

 クアーン、ピラット、ングーの順番でそれぞれ戦う理由を言った。

 

 プラヤーだけ一歩前に出る。


「あんたは裁判で挑むんじゃないのか?」

「言われてみて、ようやく大切な人を失う気持ちを思い出したよ。どうやら、ぼくはモンクットへの憎しみを募らせてドンキーを亡くした時の気持ちを忘れていたようだ……ぼくと違って、きみのところには大切な存在がまだ戻ってくる可能性がある。だから協力すよ」

「全員、名の知れた名選手。ひとりひとりが百人力といっても相違はない」

「でもたった五人では」

「まだオレたちもいるぜ!」


 プラヤーたちの後ろには、地下闘技場で訓練に付き合ってくれて、試合では応援もしてくれたあの大男たちがいた。そしてなぜか、解説までも隣に立っている。


「他の面子は向こうに行ったけどよ。オレたちはサクチャイ側につくぜ」

「わたしとしましては、優秀な後輩たちがリングの外で先立っていくのは忍びないので、社長を裏切ることになりまずがお力添えさせてもらいます」

「ありがとうございます……ありがとうございます……」


 自分の身を挺してまで助力してくれる人々たちに、サクチャイはいくら感謝しても感謝しきれなかった。


 新たなメンバーを加えての作戦会議を行った。


 サクチャイはモンクットに金は準備したと連絡する。


 すると明日の十一時に街外れの倉庫に来いと返事がきた。ちょうど決勝戦の時間なため、放棄してこいということだろう。

 どこまでも金に汚いやつだ。


 チャッマニーも含めて全てを奪うつもりのモンクットに対し、サクチャイは怒りに燃えた。


 燃えた炎をひたすら昂らせ、明日を迎える。


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