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四章 象衛騎士と真実 3


「……」


 部屋に戻ってきたイチロウ。


 誰もいないのを確かめた彼は、ホテルで用意された金庫へ近づいた。

 サクチャイは使っていないため、暗証番号をイチロウ以外は知らない。覚えていた番号を使って開くと、小型のハードケースを取り出した。

 こちらも暗証番号式で、数字を入力する。


 キーが外れる電子音声が鳴って、ようやくケース内を確認できた。


 中には、()()が入っていた。


「――」


 イチロウは状態を調べるように、拳銃と弾丸に手で触れる。


 金属の冷たさを感じる。無機質なその物体は、確実に人体を貫く硬さと重さがあった。

 

 調べ終えると、弾丸を弾倉に注ぎ込む。

 

 満タンにすると、オートマチック式拳銃に嵌める。

 

 撃てる状態になったそれを、イチロウは構えた。

 

 安全装置を外し、銃口を目標へ向け、引き金に指を添える。

 

 銃は、窓の外を狙っていた。

 

 指先に力が入ろうとしたところで、


「イチロウ。いるか?」


 ドンドン


 ノック音と一緒に、聞き慣れた声が外からしてきた。


 事前に鍵を閉めていたため、どうやら入れないようだ。


「いますよ。間違えて閉めちゃったみたいですけれど、今トイレにいるのでそっちに行けないでござる。ちょっと待っててくれでござる」

「ちょっと出かけるからついてきてくれ。フロントで待ってる」

「分かったでござる」


 扉の向こう側から気配が去ったのを見計らって、イチロウは拳銃をハードケースへ戻した。金庫へも隠し直すと、急ぐように部屋から出た。

 



 ソイカウボーイ。

 夜中の繁華街を、ドゥアンは肩で風を切るように歩いていた。


「日本人さん。日本人さん。ちょっとうちに寄っていかない」

「うひゃー別嬪! 拙者、タイの大和撫子である貴方にお供しましょうぞ」

「おまえはこっちだ」


 フロントに来たイチロウも連れて、サクチャイはドゥアンの後ろをついていく。


「しかしどこまで行くのでござろうねえ? 先日のことがトラウマになっていて、拙者ここ苦手なんでござるが」

「さっきみたいな気性を晒しといてそれを言うか」

「女は別腹でござる……あっ、あれが前に言った珍味レストランでござる」

「あの店が……」

 

 イチロウは少し先にある店を指さした。

 亀の甲羅や生きたトカゲが店前には展示されていて、おすすめの品書きには赤蟻の卵と書かれていた。


「結構、美味しかったでござるよ。次の食事はいっそのことあれにしようでござる」

「……おれには無理だ」


 サクチャイは口元を手で抑えて、店ごと見ないようにした。


「おい。こっちだ」

 

 ドァウンが別の建物の前で手招きしていた。

 

 ぼったくり怖いと喚くイチロウを引きずって中に入った。

 

 店内にいたのは崩れた顔をした女たち。


「またゴーゴーバーか……」

「ブス専の店だ。そっちの営業もしてるから、買いたいなら買ってもいいぞ」

「いやいやいや」

「もう失礼ね」

「すまんな。こいつらまだ新人だから、口の利き方を知らなくて」


 不満を示す女性スタッフに謝るドゥアン。


 店の奥の部屋を開けてもらって、そこに三人で入る。


「ええ!? エレベーター!」

「痴漢プレイ用の模造品って建前で置いてある」


 ドゥアンは階数を示す複数のボタンを押す。一見、でたらめのようだが何か規則があるらしく、何度か押すとエレベーターが動き出した。


 空間ごと下がっていっているのを肌で感じる。


 そんなに深くないのか、かなり短い時間でエレベーターは止まった。


 ドアが開いたので、今度は内から出た。


「うおっ。なんでござるかこれは!?」

「地下闘技場だ」


 金網に囲まれた砂場が中央にあった。観客席らしこものが周囲に広がっている。


 場所のことを説明するドゥアン。


「ここではルール無用の試合が常日頃行われている。危険性と残虐性なら表より上だろうな」

「ここで一〇〇〇万稼げないか?」

「やめておけ。ここは試合内容の割に、ムエタイよりも給料が安い。チンピラや表で客を呼べなくなった格闘家崩れが集まる場所だからだ……今夜おまえに紹介したいのは、仕事じゃなくてあいつらだ」


 ドァウンは金網の向こうを指さす。


 四人の大男たちがいつのまにかそこにいた。


「元ムエタイ家で、クルーザー級やヘビー級の連中だ。あいつらがプラヤー戦まで相手を買ってくれるそうだ」

「いいのか!?」


 驚くサクチャイ。


 会話の内容が聞こえたのか、大男たちは向こうにいたまま大声で話しかけてきた。


「いいぞ。今回に関しては、金は要らねえ」

「あのプラヤーに一泡吹かせられるって聞いたんだ。協力してやるよ」

「あいつらは全身、プラヤーに恨みがある」

「恨まれるようなことを、あいつはしたのか?」

「さてね。そこまでは詳しく知らないから」


 絶対に知っているだろうに、ドァウンは訳を言わなかった。


 あとで本人に訊くことにするか、とこの場は記憶に留めておくだけにしておいてサクチャイは準備する。


「なあ、あの人たちが手伝ったくれる理由は分かったが、なんであんたはこんな敵に塩を送るような真似をするんだ? あんた、モンクットの部下だろ?」


 サクチャイに尋ねられると、ドァウンはひとしきり考えてから答えた。


「直接は教えないが、ヒントをやることにしよう……俺が一回戦であのミャンマー人に当たったのは偶然だと思うか?」


 言われてみれば、出来過ぎな気はした。

 名を知られているムエタイ選手であり、タイ人のドゥアンがあのミャンマー人を倒したことでスリヨータイ・トーナメントの国内人気も上昇したらしい。そしてドゥアンが今はモンクットの部下だと分かり、ガルーダ自体のイメージアップにも繋がったそうだ。


(……そういうことか)

 

 つまりトーナメントの組み合わせは、仕組まれていたのだ。

 

 ドァウンよりも優勝に近いとされるプラヤー側のブロックに、クアーンやJの強力な一撃を放てる選手が集まっていたのも全てはドゥアンを優勝させて一〇〇〇万を回収するためだ。

 

 そう考えると、サクチャイになぜ協力したのかも分かった。


(おれを使って、プラヤーを消耗させたいのか)


 プラヤーは準決勝まで怪我ひとつなく勝ち上がっている。


 決勝で当たることを考えると、少しでも疲労させたいはずだ。


(あわよくば共倒れを狙っているか……ムカつくけど、あんたの策に今回は乗ってやるよ)


 どのみち、九日後の試合で負けたら賞金は手に入らない。


 奥義の解禁を決断させられた時点で、この選択肢しかなかった。


 サクチャイはムエタイの格好で砂場に降りる。


 裸足で地べたには慣れているため、特に動きに支障はなかった。


「オレが一番手だ。しかしほんと小さいな」

「これでプラヤーに勝てるのかな?」

「勝てるはずがないだろ。けどこんなチビにちょっとでもダメージ与えられたら、もう一生の恥としてついて回るだろうな」


 サクチャイも馬鹿にするよう薄ら笑いする大男たち。


 サクチャイはそれよりも後方で、ドゥアンは自分をずっと見つめるドゥアンが気になった。


(そうか。自分たちが管理している場所に連れてきたのは、スア流の奥義を知るためでもあったのか)


 念には念で、もし万が一サクチャイが決勝に出場した時の対策を考えるためだろう。

 

 もはややることが決まったサクチャイはそれを一笑に付した。

 

 その内、大男のひとりが迫ってきた。


(好きなだけ見てみろ。おれはこの数日間で、あの悪魔の左脚のように奥義を知られてもまだ通用する技にしてみせる!)


 サクチャイは相手に合わせて動いた。


「なんだその技は!?」


 驚愕と同時に失神する大男。


「次!」


 サクチャイは相手を呼んだ。

 次々と別の大男が襲いかかってきた。


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