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鉄と火薬の匂いが鼻につく。あちこちで怒声が飛び交っている。そんな中、私は地面に倒れて砂を握っていた。


口からこふり、と血が溢れる。右腕と太ももの負傷で血を失ってしまったというのに、ダメ押しのように腹を刺されてしまった。

刺された腹が酷く熱を持っているのがわかる。それなのに手の先がとても冷たい。死が目の前に迫っていた。


帰れなくてごめんなさい。あなたの元に戻れなくてごめんなさい。

自然と目のふちから涙から溢れて血と混ざる。


体のあちこちがじくじくと痛んだ。こんな所で死にたくない。心の中でそう叫ぶが血液はどんどんと私の体から失われていく。


霞んでいく視界の中にあなたの後ろ姿が見えた気がした。あなたの笑顔が大好きだった。私を呼ぶ優しい声が大好きだった。


ごめんなさい。私はまた、あなたを置いていく。

思考がモヤにかかったように薄れる。私の名前を呼ぶ彼の声が聞こえた気がした。



×××



パチリ、と死んだところで目が覚める。目に映ったのはいつもの天井。私は思わず腹に手をやった。

……大丈夫、刺されてない。それを確認して私は知らずに力の入っていた肩を下ろした。


また死ぬ夢を見た。いくつも見た夢の中で、1番明瞭な夢だった。私ではない誰かと完全に一体になったような感覚があった。体のあちこちの痛みは本物のようだったし、蔓延する鉄の匂いも血の味もまるで現実かのようだった。

気味が悪い。私は12歳にしてようやくそう思った。気分のいいものではなかったが、今までは所詮夢だと片付けていたのだ。

だが、これはあまりにも──


「失礼します」


マリーが入ってきたことでハッと我に返る。ベッドの上で顔をしかめる私をマリーが不思議そうな顔で見る。


「いかがなさいましたか?お嬢さま」

「……なんでもない」


私はさっさとベッドから降りてマリーに支度を整えてもらう。今日は婚約者であるジーゼルドと会う日だ。気分が悪いとはいえ悠長にはしていられない。


「なんだか具合が悪そうに見えますが……」

「大丈夫。なんともない」


なんともないったらなんともない。夢は夢だ。それ以上でもそれ以下でもない。

私はそれから食事を食べ、ジーゼルドに会いに城と向かったのだった。



×××



「どうしたんだい、ルシアーナ。なにか辛いことでもあった?」

「……」


紅茶の水面をじっと見つめているとジーゼルドに呼びかけられる。目線を正面にむけると彼が眉を寄せてこちらを見ていた。

辛いこと。特に思い当たることは無い。なぜそのような事を言うんだろう。ジーゼルドの真意が見えず、私は首を傾げた。


「いや、無ければそれでいいんだが……。いつもとは様子が違うように見えてね。嫌なこととか悪いこととかあったのかな、と」

「悪いこと……」


そう言われて今日見た夢を思い出す。確かにあれは悪いことなのだろう。そう思った私はかすかに頷いた。


「少し、夢見が悪かった」

「夢?」


怪訝そうに尋ねる殿下に私は再び頷いた。

おそらく戦争の一場面。なぜ女であった“私”が戦へと赴いているのか分からないが、私は殺された。痛みまで思い出してしまい思わず腹部をさする。


「失礼、感情を見せず全く動じないルシアーナが初めて動揺していたから気になったんだ。君が動揺するような夢ってどんな夢だったんだい?」

「私が死ぬ夢」

「それはまた……」


ううむ、と殿下は顎に手をやり目を閉じて思案しているようだ。いささか気分が悪いとはいえ夢は夢だ。そこまで心配する必要も無いのだが、と殿下を見つめているとようやく目を開いた。


「考えてももっと詳しい話が聞けなきゃなんとも言えないな。どんなふうに死んでしまう夢なんだ?」

「今回は私は女性で戦に出ていた夢だった。私は私でない誰かになっていて、腹を切られて死んだ」

「自分ではない……。それに今回は、てことは何回も見たことがあるのかい?」

「うん。同じ夢ではないけど、別の誰かになって死ぬ夢は何度も見てる」


またジーゼルドの思考時間に入ってしまった。仕方なく私はただ窓の外を眺める。

穏やかな午後の日差し。太陽の光に照らされた花がそれぞれに咲き誇っている。

一つ一つの花を目で追っているとようやくジーゼルドが口を開いた。


「殺される夢というのは悪い夢ではないと聞いたことがある。だが、何回も見るとなると不気味だな」

「…ジーゼルド様。たかが夢だよ。そこまで気にしないで」

「とはいえ、初めて君の表情を見たんだ。気になりもするさ」


……そんなに私は表情が変化しないのだろうか。確かに感情の起伏はないが、そんなに変わったことではないと思うのだが。

どうコメントしていいか分からず黙っていると殿下が笑いをもらす。


「いつも何考えてるかわからないなぁって思うけど、今のはわかった。なんて言えばいいか分からなくなっちゃった?」

「はい」


なんでこの人はそれだけでこんなに面白そうなんだろう。首を傾げるが殿下はくすくすと笑ったままだ。


「うん、やっぱり君と婚約してよかった」

「……はあ」


やっぱりわからない。婚約した時もそうだったが、なぜこんな無気力で無感情な私が選ばれたのかわからない。ジーゼルドは他の人とはズレているのかもな、なんて思いつつその日のお茶会は終わったのだった。


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