06. 大概にしろよ
翌の金曜日、山田はオレより後の電車に乗ったようで、始業ギリギリに教室へ駆け込んで来る。
昨日と同様、休憩時間ごとにいなくなるため、話す機会は持てないままだ。
赤瀬はひたすら参考書と睨めっこしており、顔を上げもしない。
話し掛けるなと言わんばかりのオーラを醸し出し、簾と化した黒髪でオレの視線をシャットアウトしていた。
昨日に続き、独りランチを食い、放課後は走り去っていく山田を見送る。
帰りもまた一人かと廊下に出たところを、赤瀬に呼び止められた。
わざわざ外で待っていなくてもよかろうに、教室に残っている連中に聞かれたくなかったのだろうか。
深刻な用件かとも予期したものの、聞いてみれば大した内容ではなかった。
「明日、電話するかもしれない」
「どうぞ。勉強関連か?」
「う、うん」
「メッセージでやり取りした方が楽じゃね?」
「電話がいい。……しないかも」
それだけ言って、彼女はくるりと踵を返す。
「おいっ、オレの番号知らないだろ」
「大丈夫、山田くんに聞いた」
赤瀬と電話で話せるのは、イヤじゃない。嬉しいくらいだ。
だけど、今の遣り取りは、どこか引っ掛かる。
一番、違和感を覚えたのは……山田の下りかな。
オレの番号を聞いたってことは、山田のも当然知っているんだろう。
そして山田は赤瀬の連絡先を知っている、と。
オレは知らない。
赤瀬のメッセージIDも、電話番号も、住所だって郵便番号だって聞いたことが無い。
釈然としないし、面白くもない。
ないない尽くしだ。
なぜそう感じるのかは、どうでもよかった。
イライラするのは、二人との間に壁が出来たみたいだから、そんなところか。
駅に向かう途上でも、電車の中でも、山田と赤瀬の顔がちらついた。
あまり周囲に注意を払ってなかったのだと思う。改札を抜け、自宅へ数歩踏み出した時、名前を呼ばれて首を竦めた。
オレを驚かせた犯人が、険しい面持ちで近づく。
「よう」
「お前、なんだってここにいるんだよ」
「話がしたかったんだ」
「学校で話せるだろ」
山田はそれに答えず、公園へ行きたいと言う。
駅の近くにある児童公園のことだ。
笑って冗談でも言ってくれりゃいいのに。
待ち伏せしてたのは許すから、そんな真面目な顔をすんなよ。
嫌な予感は、ピークに達しようとしていた。
夕闇の迫る冬の街路を、並んで進む男子高校生が二人。世間話を試みたオレを手で制し、山田は黙って傍らを歩く。
公園に到着し、砂場の横を過ぎてベンチへ向かう。
ブランコを漕いでいた小さな男の子がいたが、オレたちと入れ替わりで出て行った。
誰もいないのが、幸か不幸か分かったもんじゃない。山田はこれを望んでいたんだろうが。
二人で汚いベンチへ腰を下ろすと同時に、オレは先手を取って口を開く。
「どう伝わったのか知らんけどさ、目当てはジンクスだろ? 馬鹿な考えは捨てろ。誰に告白させるつもりだよ」
「違う。大事な話をしたかっただけだ」
「いや、どうせ鈴原に吹き込まれて……。まあいいわ。話してみろよ、じゃあ」
眉根を寄せた顔は、やはり不愉快極まりない。
ジンクスと関係無いなら、早く話してみろよ。さっさと安心させてくれ。
山田は俺から視線を外し、正面を向いて口を開け閉めした。
よほど言い出しづらい話なのだろうが、それじゃあ酸欠の鯉だ。
やめろって。笑え。
「シュウは、一緒にいると落ち着く」
「……何が言いたい?」
「ずっと見てきたんだ、お前を」
「よせ」
「なあ、シュウは俺を見てくれるか?」
「今、見てるけど。満足したか? 帰ろう」
「気持ち悪いって言わないでほしい」
「気持ち悪い」
山田の張り詰めた横顔が、苦悩に歪む。
凄い演技力だなあ、おい。
演技だよな?
「俺を選んでくれないか」
「はあぁっ!?」
「……だから」
「よしっ、もう言うな。二回は言うなよ、聞きたくないから」
「シュウに否定されるのは、つらい。けど、言わせてくれよ」
「ごめん。許して。ごめんなさい」
「……好きなんだ」
こんの馬鹿、言いやがったよ。
告白しちまいやがった!
どんだけ熱演しようがな、全てお見通しなんだ。
今さら顔を伏せても、笑いを堪えてるようにしか見えん。見えんから、普通にしろって。
なんだよ、両手で目を押さえたりしてさ。恥ずかしいからか?
そりゃあ、恥ずかしいよな。彼女が欲しいからって、男友達に告白するのは無神経に過ぎる。
俺の精神的苦痛も少しは考えろ。される方は、もっと恥ずかしいわっ!
顔を覆っていた掌を、山田は静かに膝へ下ろす。
その両目は赤く、濡れた眦が光っていた。
泣きたいのは俺だよ……。
「大概にしろよ。山田じゃなかったら、ぶん殴ってるとこだ」
「シュウの気持ちを教えてくれ」
「はいはい。よく聞け、このバカ野郎。お前なんかと――」
付き合うわけねえだろ、死ね。そう言いかけた口が、寸でのところで凍りつく。
こいつの告白は、百パーセントの偽物だ。
……九十八パーセントかもしれない。
ちょっと演技が上手くて、確信が揺らぎそう。
ともかく、これがジンクスを狙ったのだとして、だ。
山田は恋人をゲットするつもりなのだろう。親友には違いないので、やり方さえ真っ当なら応援してもいい。
女に無関心そうだったくせに、人は分からないもんだな。山田が女子と喋るところを、学校ではほとんど見たことが無い。
例外は、赤瀬くらいか。そう思い返したことが、オレの即答を押し止めた。
こいつのお目当ては、まさか赤瀬じゃ――。
この一件をデカい貸しにするにしても、山田に彼女が出来るのは喜ばしいこと。多少のノロケにも目を瞑ってやる。
そのうち、オレだって彼女自慢してやりたいし。
しかし、山田と赤瀬が付き合い始めたとしても、俺は嬉しいだろうか。
当然祝ってやるべき、とオレの理性がしたり顔で言う。
早まる胸の鼓動は、そんな主張を否定した。
赤瀬が山田を好きなら、口を挟めることじゃないが、ジンクスってそういうものだったか?
オレに告白したら、恋人が出来る――降って湧いたように。
赤瀬の意志は、そこにあるのか。
どうなんだよ、くそっ。
「返事を聞きたい」
「黙れ、考えさせろっ」
どんな答えでも受け入れる――そう告げて山田が立つ。
腫れぼったい目を大きく開けた友人は、無理やり微笑んでみせた。
「勝手な言い分だけど、これからもシュウの近くにいたい。嫌わないでくれ」
「あ、ああ……」
九十五パーかな。
オレをベンチに残し、山田は駅へと去って行く。
最悪の難題を与えられたオレは、うーうーと呻きながら、寒い道を自宅へ向かった。




