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兄の結婚  作者: 西牙 叶
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兄の結婚

 灯と母が通された座敷には、既に他の客も揃っていた。花嫁側に、成年の男女が十人ほど並んでいた。全員黒い着物で、女性は黒髪を綺麗に後ろでまとめている。


 兄の叶介の側には父だけで、父も男性達と同じ着物に着替えていた。母が父の隣に、灯は母の隣に座って、兄の叶介を見た。


 叶介は落ち着いた様子で、全く微動だにしない。隣の媛代も落ち着いていた。どことなく薄暗い雰囲気のせいなのか、それとも決まりなのか、二人とも無表情だった。

媛代の白い花嫁衣装だけが、光る様に明るかった。


 灯は目だけを動かして、見える範囲で客を見回した。女性は美人で、男性も美形だった。

 灯の前に、さっき着物を持って来た二人が座っていた。その間に男性が座っていたが、灯よりも若く、俳優も顔負けの美形だった。

 灯がその人をじっと見つめていると、母に着物の袖を引っ張っられたので、急いでうつ向いた。


 盃が運ばれてきた。盃が目の前に置かれると、媛代が笑みを見せた。

 灯はその笑みを見て、急に兄の結婚式が嫌になった。灯は下を向いてよく心に問いかけたが、媛代への嫌悪や嫉妬は無かった。ただ、ここに居るのが怖くなった。


 祝福の言葉に、灯が顔を上げると、盃事は終わっていた。


「媛代さん、よかったわねぇ。ようやくねぇ」


 複数の上品な笑い声がした。

 灯はあの若い男が、自分に向かって笑うのを見た。気の毒な者に向ける、ぎこちない笑みだった。

 灯がその事に気づく間に、女性の誰かが言った。


「その人はね、弟じゃないのよ。旦那さんなのよ」


 灯は誰の旦那なのか、聞き逃してしまったが、着物を持って来た女性のどちらかのだろうと予想はついたし、そんな事は気にならなかった。

 男性はまた、灯を見ていた。今度は無表情だった。灯も呆然と見つめ返した。

 それから、ふと、他の男性の顔も見回した。全員と目が合った。男性達の顔と、灯を山に誘った時から今までの、叶介の顔が重なって、灯は顔を両手覆ってうつ向いた。


 場が静かになったので、灯が顔を上げると、媛代の縁者達全員が灯を見ていた。

 灯は視線から逃げる様に、叶介の方を見た。


 叶介も媛代も無表情で灯を見つめていた。叶介と媛代の顔を改めて見比べてみると、二人の顔の造形はよく似ていて、まるで血縁者の様だった。


 その時、灯の着物の袖を母が引っ張った。何度も引っ張るので、灯が手をやると、母はその手を握った。母と灯は立ち上がった。


「ちょっと、失礼しますよ」


 母は消え入る声で断ると、灯を体で押すようにして歩きだした。灯は父を置き去りにするのが気になったが、当の父はちょっとこっちを見たが、また前を向いて動こうとしなかった。


 灯と母は最初に通された座敷に入って、両手を握りあった。母が後ろめたそうに言った。


「お母さん、お兄ちゃんとあの人の結婚、嫌だわ」

「もう、遅いよ!」


 灯は母が同じ気持ちなのが嬉しかったが、盃事が既に終わった後に言い出すのだから、思わず責めた。

 それから、灯は母に抱きついて固く目を閉じた。気分は泣きたいのに、涙は出なかった。


 母が灯の頭をなでながら言った。


「とにかく、帰ろう」

「うん」


 灯は三人分のカバンを持って、母に続いて廊下に出た。


「ねぇ、お父さんは?」


 灯の言葉に、母は暗い廊下を伺った。


「お父さん! お父さん!」


 母が暗い廊下に呼び掛けると、式を行った部屋の襖が開いて、着付けをした女性が現れた。


 灯と母は慌てて女性に背を向けると、玄関を出て車に乗り込んだ。

 しかし、灯が発進させる前に、三人の女性に車は囲まれた。灯の側に一人、助手席の母の側に一人、そして一人が車の前に立ちふさがった。


 灯の側に居るのは、着付けをした女性だった。窓を閉めているのに、女性の声がはっきりと聞こえてきた。


「逃げても無駄よ。私達には、人間の一年なんて、なんでもないんだから」


 母の側の女性が言った。


「やめときなさいよ、今は厄介な物が色々あるんだから」

「あれは、便利な物よ」


 灯の側の女性が笑って答えた。車の前の女性が言った。


「だから、花婿だけを連れてくればよかったのに」

「媛代さんは、叶介さんに惚れ込んでいるのよ」


 灯の側の女性が、窓に顔を近づけて言った。


「逃げるだけ、逃げてごらん⋯⋯ここの場所を忘れないようにね」


 車の前に居た女性が退いたので、灯は車のエンジンをかけようとした。すると、母がドアを開けた。


「私はここに残るよ⋯⋯あんたも、気がすんだら戻っておいで」

「なに言ってんの!」


 しかし、母は外に出てしまい、にっこり笑った女性に、体をしっかりと抱き止められてしまった。


 灯は悔しくなって、車を発進させた。


 暗い車道を闇雲にはしらせては、スマホの電波が届くか確認した。

 住宅が見える処まで下りて、やっと電波が届いた。


 しかし、時計を見ると深夜二時だったので、灯は連絡を取る気が萎えてきた。


 灯は車の窓越しに女性が言った、人間の一年なんてなんでもない、という言葉を思い出して、西暦を確認した。


 丸一年が経っていた。


 灯は震えだした。震えがおさまるまで待てず、年月が確認出来るものを、何度も検索した。


 そして、兄の名前で検索してみた。灯を含めた、家族全員の失踪事件が検索結果に出た。

 灯は兄と両親と車で出掛けたまま、行方不明ということになっていた。


 灯は泣こうとしたが、息をとめて集中しても、うつ向いても、涙は出なかった。

 灯はゆっくりと車を発進させて屋敷に向かった。

 ただ、母にすがって泣きたかった。それに、頭が重く眠かった。


 一年くらいなんでもない⋯⋯⋯⋯私達には⋯⋯⋯⋯一年くらいなんでもない。


 灯は頭の中の声に心を奪われていった。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

兄の結婚相手達は山の神です。山の神は女性が多いといわれ、気に入られた男性は時に山から帰れなくなってしまうのだそうです。

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