―唐突な始まり―
貴公子然とした出で立ちをした男は燃え盛る紅蓮の髪と同じく、燃え盛る激情のまま口を開いた。
「セレスティア、貴様との婚約をこの場で破棄する!そして、アリスティアと婚約を結ぶ!」
「え…?」
周りの喧騒が水を打ったように静まり帰った。白昼堂々と声高らかに指を差され告げられたのが自分だと気付き、思わず目を瞬きさせて【公爵令嬢】らしくない間抜けな返答をしてしまったのは仕方の無いことだろう。セレスティアは何故こんな事になっているのだろうかと首を傾げた。
本来なら、今ここは王国屈指の名門の学園の一年間の終了を祝うダンスパーティーなのだ。子息令嬢が遠巻きに見物人になり、自分と婚約者である【皇太子】が庇うように【義妹】を抱き寄せて、その後ろで【侯爵令嬢】が意味深な笑みを浮かべた茶番劇に自分が巻き込まれたようだ、とは何となく理解しましたが。
「…どういう事でございましょうか?婚約は王家と公爵家により結ばれたものです。婚約破棄の理由を伺っても宜しいでしょうか」
混乱の中、辛うじて出した声は少し震えていた。元来セレスティアは人の注目の的になるのは苦手であった。例え、それが幼少期より婚約者の、王太子の、引いては次期国王の妻と成るべく教育を積んでいたとしても、だ。
「白を切るつもりか!!アリスの…―アリスティアの親友ノーザリア侯爵のアンナ令嬢に度重なる嫌がらせをし、止めるよう説得した妹のアリスティアにも冷酷な仕打ちに及びながら何を言うッ!!!!」
「お待ち下さいっ、ディオン様!!私はそのような事をしておりませんし、する理由がございません!」
何だか今日は立て続けに信じがたい事が起きます。アンナ様とはほぼ今日が初対面であるし、アリスティアは確かにお母様亡き後にお父様…公爵様が迎えた後妻の連れ子なのだが、学園に入学するまでは屋敷の離れに私が暮らしていたので会う機会も無かったが故に義妹に向ける感情が希薄なのです。良くも悪くも。
「魔法を一切自分が使えぬからといって、優秀なアンナ令嬢を妬み貶めたのだろう!!」
「…ッ!!…繰り返させて頂きますが、私、はそのような事は一切しておりません。例え、魔法を使えぬ身でも…公爵令嬢の身なれば、家名を汚す事は出来ません」
セレスティアは自分のコンプレックスを引き合いに出され、一瞬動揺するものの凛と身の潔白を改めて訴えた。
この世界はほとんどの者が魔法を使え、貴族や身分の高い者が更に高度な魔法を使いこなす事が可能であるとされている。セレスティアの生まれたフェガロフォス公爵家はかつて魔王を封じた英雄の一人である聖女とこのソティラス王国の祖の王弟により興された家。
その偉業と栄光は魔法が使えぬセレスティアの細腕には重過ぎる枷にしかなり得なかった。