ちゃっちゃと次へ参りましょう
「カテリーナ!お前との婚約を破棄する!」
王城で王妃教育を受けに来たある日、警備にあたっている騎士や、周囲に詰めている文官を蹴散らして騒がしく入室してきた王子は、扉を開けるなりそう私に言ってきた。
かれこれ4回目の婚約破棄である。
「さようでございますか。」
4回ともなると、破棄を言い渡される方も慣れたものである。
手に持っていたティーカップを優雅に口元まで持ち上げ、ゆっくりと紅茶を味わい、ソーサーへ置き、そのソーサーをテーブルへと置いた。
私は、緩やかにウェーブを描く金の髪をサラリと揺らしながら首肯し、相手を見つめた。
「かしこまりましたわ。」
王子に向くまでたっぷり数秒時間をかける。ゆったりとした私の反応に、せっかちな王子はじれったいという顔を隠すことなく向けてくる。早くしろ。俺を待たせるな。とういう顔である。
あぁ、めんどくさい。
深い夜のサラサラの髪も、新緑の瞳も、溌剌とした若さも爽やかさも、全て色あせる残念な王子様…。
「了承したな!」
「はい。致しました。なので、これから共に陛下の御前へ参りますよ。殿下」
意気込む王子に機敏に近づき、その腕を取る。王子は、私の行動に対してか、それとも言葉の内容に対してか、はたまた両方にだろうか、とてもびっくりしている。
そうでしょうとも。かれこれ4回。4回もだ。私は婚約破棄を言い渡されているが、結局破棄には至っていない。
毎回王子が騒いで運命の人が何のかんの親に決められた結婚などなんのかんのと言っているだけの事。今回も新しい運命の人ができたのでしょう。そしてその方と別れると戻ってくるのかしら?戻ってくるというよりは、体のいいキープでしかない。ばからしい。
私は王子が逃げられない様に部屋の見張りについていた騎士に合図をし、王子の周囲を固めさせ、私もその腕をがっちりとつかんで引いていく。
普通であれば、陛下への謁見など直ぐにできるものではないが、王子が来た時間はちょうど執務室にいる時間である。タイミングが素晴らしい。と、珍しく手放しでほめてあげたくなった程である。
おあつらえ向きに、王子を止めようとここまで追いすがってきたのだろう文官たちも周囲にいる。ニコリと微笑みを彼らに向けた後に、きりっと顔を引き締め、命を出す。
「陛下へ謁見の申し入れを。今から殿下と向かいます。また、宰相閣下にもご同席のお伝えを。」
「はっ!」
私の気迫に文官たちはびしっと返事をし、走らないけれどもできる限り最速で廊下から消えて行った。これで先ぶれも完璧。蹴散らされながらも追いすがって来た文官たちよグッジョブです。仕事に忠実な方のなんと素晴らしい事でしょう。
ちなみに、現在宰相を務めているのは私の父である。土地や財産は多く持っていないが、これまでの功績と貴族への影響力は最大規模。国の財政が安定している今、土地や財産を持つ貴族よりは、貴族の声を集約するための繋がりが欲しいと王が望み、生まれてすぐに決まった婚約である。
長年殿下の成長を見てきたが、とにかく出来が悪い。
その一言に尽きる。
王子教育の時間と金をドブへ流してしまった様なそんなダメな子。
もとはとても素直で転がりやすいかわいい子だが、いかんせん転がりやす過ぎる。すぐに誘惑に負ける。そして、その誘惑のさ中甘い蜜を覚えてしまったがために、その蜜を吸い続けたいと思ってしまったわけである。
せめて日々の執政がまともで、そのご褒美にちょっと羽目を外す程度だったらよかったのだけれど…そうはならなかったのがとても残念な所である。
さてさて、淑女としてしずしずと、しかし、水面下ではすごく力を入れながら、殿下を引きずり連れて行く。なかなかに大変な道行きは、周囲を固める騎士によって、少しはましになっているはずなのだけれど、いかんせん王子が無様に見えない程度にしつつも抵抗を試みようとしてくるから本当に大変だった。
到着した陛下の執務室は、扉が半分開いており、中からやいのやいのと声がしてくる。
きっと陛下方もてんぱっている事でしょう。
半開きとはいえ、突然押し入るわけにはいかないので、私は軽やかにノックの音を半開きの扉に響かせる。
すると、ピタリと中の喧騒が静まり、咳払いが一つ。入りなさい。と、声がかかった。
私は扉を開くと緩やかな礼をし、微笑みを浮かべた。
「失礼いたします。」
ここに至り、まだ抵抗を試みている王子は今までで一番力を入れて踏ん張ろうとしてきた。
いい加減にして欲しい。もうそんなに体裁を繕わなくていいのではないだろうか。
すいっと騎士たちを見上げ、絡めていた腕を外すと、彼らは心得たように王子の両脇をがっちりと固め、私と共に入室してくれた。王子は、半ば足が浮いていたようにも思うがそんなことはどうでもいい。
「カテリーナ嬢にピサロ。どうしたというのだ。」
陛下は何も知らないといった顔でそう問いかけてきたが、実際は文官の話が通っているはずで、清々しい程のとぼけ方である。
「突然申し訳ありません、陛下。それに宰相閣下も。」
「それは良いのだ。なぁ、ユーバー」
ユーバーは我が父、この国の宰相の名前だ。
父はそれにそうですねとも違うとも返答できず、こちらに視線を向けて来た。本題を切り出せという事だろう。
「寛大なお言葉、ありがとうございます。本日参りました件につきましては、単刀直入に申し上げます。本日4回目の婚約破棄宣言を頂戴しました。つきましては、かねてより結んでおりました約束を、果たしていただきたく参上いたしました。」
にっこりと笑うと、父は頭痛をこらえるように額を抑え、陛下は驚き、私を労わる様な顔で椅子から立ち、こちらへ近づいてくる。
「なんと…そんな事を本当にしたのかい?ピサロ」
殿下を見る目は鋭い。
ちなみに、先ほどから私は無視しているが、王子はここに来るまでの間何度も私に抗議の声を上げていた。わめきたてるような無様な真似はしていないが、厳しい声音で私に圧をかけてきた。しかし、それら全てスルーした。
さすがに陛下の執務室前まで来ると声を上げるような真似はしなかったので、多少の取り繕いはできる事を心の中で誉めてあげた。きっと相手は嬉しくないだろうけど。
「陛下、私は、私にふさわしい女性を、妻に迎えると決めたのです!幼少のみぎりより決まっている婚約者ではなく、私は、私の意思で妻を娶ります。」
本日私の元に訪れた傍若無人さはどこへやら。切々と語る王子様。
そうそう、そういうところは合格ですよ。でも、話している内容が夢見がち。
そして、両足はもう地面に戻れているけど、騎士にがっちり固められたままなの。無様でとてもよろしいかと。内心目まぐるしく浮かぶ感情を表面には出さず、ただただ微笑みながら私は王子の言葉を聞き届けてあげた。
「と、いう事ですので、わたくしたちはそろそろ袂を分かつべきと判断致しましたわ。何より、わたくしそろそろ結婚適齢期でございます。殿下のお気持ちが無いのであれば、早々に結婚相手を決めなくてはなりませんの。」
「えっ!」
王子は驚いた顔で私を見ている。
なんでこの男、自分の事好きじゃなかったの?みたいな顔しているのだろう。ばかではないだろうか?
「殿下。もう4回ですよ。初めこそ驚きとショックはございました。わたくしの積み上げてきた努力は殿下には無意味なものとしか映らなかったのでしょうか…と。しかし、もう一度言いますが、もう4回目。4回目なのです。この騒ぎを受けてまたいつものごとく何か月も宙ぶらりんとなり、その後結婚の話が遅々として進まず、わたくしが結婚適齢期を過ぎてしまった場合、王家は、わたくしに対してどのような補償ができるというのですか?」
貴族の結婚適齢期とは、本当に死活問題なのだ。この王子がキャンキャンとしている間に時が過ぎ、更に婚約破棄がなされた場合、ただただ困るのは私の方。王子はどうせだれでも結婚してくれるだろう。王子という地位と。
じっと見据えた王子の顔はポカンとしていて全くそんなこと考えていなかったのだとよくわかる。
「そういうわけでございます。婚約破棄、大いに結構でございます。つきましては、わたくしと、カミーユ様の結婚のお話しを進めてくださいまし。」
「はぁっ!?」
まさに青天の霹靂といったリアクションに私は心の底からの笑みを浮かべる。
このくらいの意趣返しはしても良いだろう。長年振り回されてほとほと疲れたのはこちらである。
カミーユ様とは、現在の国王陛下の弟君である。陛下とは10歳程の年の差があり、寡黙で静かなお人だが、基本各地へ視察に出ており精力的に王を支えてくださっている。本来ならば、陛下が王となった際に王族から外れるのが妥当であったのだが、現在の国王陛下、なかなかお子様ができず、このアホ…コホン。ピサロ王子しか子供がいない。
だからこそ、自分が次の王であるとアホでも大事にされてきてしまったわけだ。痛恨の一撃ですね。
大分前から何度も何度も婚約破棄だのなんだの運命の人と結ばれるのだのとされたこちらとしても、何も考えず元鞘に納められても困るのだ。
だから2回目の運命の人の時に私は父と陛下に約束させた。結婚適齢期になっても悪癖が治せなかったら、婚約相手を変える事に同意するようにと。
そして、3回目の時だった。陛下よりご提案され、次があったらカミーユ様が結婚相手に変わるという事でお見合いもした。
その後下心とは関係なくカミーユ様とは季節の便りを送りあっている。
ほとんどは国の現状についての報告書となっている気がしないでもないが、とても有意義で楽しいお手紙なので毎回あの分厚い束が届くのを心待ちにしているくらいだった。
「な、な、なんで、叔父上と!?」
「4回目ですのよ?」
しつこく私は彼に彼の所業を理解させるための言葉を突き付ける。
「わたくしが結婚適齢期に達したとき、婚約者がおらず、未婚で、かつ、年の近い男性が、残っている確率はほぼ皆無と私は予想しておりました。実際そうでございます。もちろん、家格を度外視するならいらっしゃるでしょうが、そのような結婚をするなどばかばかしいと、わたくしは断言させて頂きますわ。所で殿下…過去3回の婚約破棄宣言の際にわたくしがその事を考えなかったと、よもやお思いではございますまい?もちろん、宰相閣下も、国王陛下も、同様の心配をしてくださいました。」
口をパクパクさせて金魚の様になっている王子。
刹那の光を追いかける頭に、どうぞ将来を思い描いて欲しいものだ。
「カミーユ様の事は前回の婚約破棄の騒ぎの折に、陛下の方からご提案を頂きましたわ。」
さて、この金魚王子は今どんな気持ちなのか、衝撃を受けているのはわかるが、それ以外の考えはさっぱり読めない。まぁ、毎度悪い意味で驚きを提供してくれる王子さまだ。今回もきっとその気持ちを察することはできないと思う。
「さぁ、皆様方、婚約破棄をお願い致します。」
舞台の幕を降ろすかのような気持ちで、私はその一言を皆様にプレゼントした。
ここ最近では覚えのないくらい、とても清々しい気持ちである。
「まぁカテリーナ嬢待ちなさい。」
「まぁ、何でございましょうか?陛下」
最初に言葉を発したのは国王陛下である。
この場を一度うやむやっと終わらせたいのだろう陛下の言葉を私はにこにことお待ちする。
「カミーユとの話は本人も交えて進めねばならない事だ。今すぐにというのは難しい事は…」
「えぇ、様々な手続きやお気持ちの問題もございます故、今すぐ全てが形となるとは思っておりませんわ。」
不敬とわかっていますが、私は陛下の言葉をさえぎって答える。
「婚約破棄も、次の婚約が確定してから手続きしても遅くはあるまい。カテリーナ」
「あらあらお父様。そういう手続きこそ、今すぐに、後腐れなく行うのが一番ではございませんか?」
父が陛下の言葉を援護し始める。
今回の運命の女性も、どうせいずれ飽きるのだと、二人の父親は思っている。えぇ、私もそう思っておりましてよ。
だからこそ、だからこそである。陛下と父は婚約を継続させうやむやにしたいと思っており。私は今すぐに勝負を決めてこのいつ終わるともわからない茶番を永遠に終了させたいと願うのだ。
「か、カテリーナ」
「お黙り下さい。王子殿下」
隣で私の名を呼んだ王子にはピシャリと口をつぐませる一言を投げつけておく。
傷ついた顔にやれやれと内心ため息しか出ない。
貴方の始めた茶番ですよ。王子様。
「全く、皆様方は何をうじうじとされていらっしゃるのでしょう?もうずっと前から、決断していたことではございませんか。」
2回目にご提案して、3回目でお見合いまでした。4回目である。5回目はない。4回で終わりである。
「それにわたくし、決まった相手がありながら、新しい恋人を作る方と国を作れる気は致しませんわ。」
「それは、そうだが。」
「浮気を思って毎日過ごせとお父様方はおっしゃるの?大事な娘に、不安な結婚をさせるのですか?」
「う…それは…」
父は宰相である。止めるのは当たり前とわかっていて良心の呵責に訴えかける私はひどい娘だなと思うわけだが、何でもいいので婚約は破棄したい私である。
正直、私もわかっているのです。陛下と父がここまで渋る理由を。
えぇ、本当に、心の底から。
すなわち、わたくしが婚約者から外れたら、王妃としての仕事がこなせる令嬢がこの国には居ないということが。
生まれてすぐに決まった婚約である。他の貴族令嬢は早々に王妃教育なんてホッポリ出したのだ。
なんせ、時間も金もかかる。
なのに婚約したと大々的に言われてしまっているのだ。無駄な金と時間を費やすならもっと勝率の高いところにベットして当然。
あぁ、これで王子がもっとできるこだったらなぁ。王妃さまがちょーっとくらいかわいいだけのダメな子でも良かったのかもしれない。でも、現実は悲しいことにこの王子のダメな所のせいで、それが叶わない。
あぁ、王子よ…運命の人と添い遂げたいなら、もっと出来の良い子に育っていれば…その希望は叶ったというのに。
いや、まって。
ちゃんとした子だったらそもそも4回も婚約破棄とかいわないですね?
あらやだ残念。
全くもって残念なことだ。
「陛下も、お父様も、ご決断いただけませんかしら?それとも、今からでも、殿下のお心を変える術があると、思っていらっしゃるのかしら?」
私の視線から二人はふいっと目をそらす。
それが答えだ。
「では、破棄を。」
二人は苦渋の選択という顔で頷き、私は満面の笑みでお礼を述べた。
「ご決断、ありがとうございます。」
ゆるりと王への礼をとり終わると、突然がしっと手首を捕まれ、大きな声で名を呼ばれた。
「カテリーナ!」
耳が痛い。
一体何を騒ぎ始めたのかとじっとりと隣を見れば、あらまぁ王子様、何でそんな悲壮な顔をなさっているのか。
まるで悲劇の主人公。
「良かったですわね、殿下。長年のご希望が叶いましてよ。」
「そ、そんな。だって。なぜ、君から破棄なんて。」
「いいえ、貴方からおっしゃった事ですわ。」
「ぼ、僕を、捨てるのか?」
なんということでしょう。
4回目の婚約破棄宣言をし、愛する人は私ではないと言い続けた王子様が、まさかそんな事を言い始めるとは。なんともいい加減な話である。
「いいえ。」
「カテリーナ…」
「貴方から要らないと仰ったの。だから、その責任はもうご自身でとってくださいまし。」
捕まれた腕をやんわりと取り戻し、私は殿下と距離をとった。
「もうわたくしから言うことは何もございません。振る舞いや言動を注意することも致しません。これからはどうぞ、ご自身でお体を大事になさってくださいまし。」
礼を取り、軽やかな足取りで退室…のはずだった。それなのに。
「な、何で!カテリーナ!!やだやだ破棄なんてしないからな!!」
うちの王子様は本当にお馬鹿さんらしい。
後ろから抱きしめて引き留めてくる駄々っ子に、私はため息をついてその腕に優しくポンポンと触れてあげた。
上げられた涙目に、優しく微笑み
「もう破棄したので残念でしたね。元婚約者様。」
5度目はないよと言ってあげたのだった。
か、感想だけじゃなく日刊ランキングにまで…入っている…だと?
うわぁぁありがとうございます。
嬉しすぎて怖い…
少しでも誰かにくすっと笑ってもらえていたら何よりでございます。
【追記】
続きを執筆いたしました。
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