#92 三つ子星の優しい王女と愚かな影姫 10
今回はポーラ視点です
「イザベラさん、待ってください!」
私は走って逃げるイザベラさんを必死で追いかけます。
幸いにも私のほうが少し足が速いです。
「止まってくださいって」
「離して!」
私がイザベラさんの腕を握ると、振り放そうと妙な動きをします。
ああ、これはダメです。
私の体の体勢が崩されます。
「ひゃん!」
いけません。
思わずとっさに投げ飛ばしてしまいました。
それも道場ではなく堅い床に背中から。
ああ、イザベラさんは目を回しています。
えっと医務室へ、……ああ白ウサギさん、すみませんが一緒に運んでもらえますか?
「すみません。……大丈夫ですか?」
「ええ、大したことはありません」
私は何度もぺこぺこと頭を下げます。
「気にしないでください。それよりもポーラさんは何か格闘技の経験が?」
「私の星の龍舞という格闘技を」
「そうなんですか。私も格闘技の経験があるんですけど……ポーラさんはかなり上級者ですよね?」
「……恥ずかしながら、学生チャンピオンです」
人を投げ飛ばしておいて自慢するのはみっともない気がしますが、弱い人間に投げられたというのもイザベラさんのプライドが傷つくことでしょう。
私は正直に話しました。
「そうですか、私も格闘技の学生チャンピオンの人と稽古して、いい線まで行ったのですが……やっぱり練習と試合では本気度が違うってことですかね。しょせん私はその程度なのでしょうね」
自嘲めいておっしゃいます。
「いえ、そのイザベラさんも大会に出られたら、きっと」
「私は出られないのですよ」
「……なぜですか?」
「……影姫ですから。スポーツにしろ芸術にしろ、功績をあげて目立つことは王女の立場を悪くする場合がありますので」
そんなことがあるのでしょうか?
個人の自由ではないかと思うのですが、王族とはそういうものなのでしょうか?
「エクレアも窮屈な生活をしていますが、私もそれなりにいろいろ制約があるんです」
「そんな……」
「そんな私をお祖母様はよく気を配ってくださいました。お忙しいのに私に目をかけてくださいました。ですので今回はいい機会だと思いました。お祖母様のために私はなんだってしようと」
一息つき天井を見上げます。
「でも……無理でした。私はしょせん影姫です。資格があるエクレアはあまり乗り気でないのは最初からわかっていました。皇帝の器でないことなど一目瞭然ですし……ああ、ホントうまくいかないなぁ」
「イザベラさん……」
こういう時なんと声をかければいいのでしょうか。
「いろいろ頑張ったつもりなんだけどなあ。もう嫌になる」
未熟な私にはかける言葉が見つかりません。
「――? ポーラさん?」
だから私はぎゅっと抱きしめます。
これ以上自分を責めないように、抱え込まないように。
最初は離れようと抵抗していましたが、ほどなくあきらめて静かになり、肩を震わせて泣き出しました。
「エクレアには……悪いことをしました」
ひとしきり泣き、気持ちが落ち着いて第一声がその発言。
本当に優しい人です。
「私はダメな影姫ですね」
「影姫としての評価は私にはわかりませんが、姉としては立派だと思いますよ」
「……そうでしょうか?」
イザベラさんは下手な慰めだと思っているようです。
「エクレアさんは言ってました。イザベラは何でもできる。いつもあたしが困ったときには助けてくれる。とっても優しい、自慢のお姉ちゃんなんだって。」
それはもうとっても素敵な笑顔で、自分のことのように誇らしげに。
「あの子が、そんな風に……」
「さっきはお二人とも頭に血が上って言いすぎました。そこは素直に反省して謝りましょう。そしたら仲直りしていつもの仲のいい姉妹に戻りましょう」
「許してもらえるかな?」
「それは大丈夫かと」
イザベラさんは不安げですが、それは問題ないと思います。
エクレアさんも仲直りしたいと思ってますもの。
「これからの皇位継承権のこともあるのに」
「そこはもちろん無理強いはダメです。でも何かいい方法がありますよ」
「……ありますかね?」
「ありますよ、たぶんキャプテンが何とかしてくれますよ」
「そうでしょうか?」
私には無理ですが、きっとキャプテンがうまくまとめてくれるはずです。
「ですので戻りましょう」
「……本当に私は」
イザベラさんはどこか吹っ切れたような表情で、
「愚かな影姫で、ダメな姉ですね」
誤字報告、ブックマーク、評価してくださった方ありがとうございます。
明日は仕事始めです。
来週分のストックは何とかなりました。