#71 短期展望
「まあ先のこともいいのですが、私的には短期的な話が先だと思います」
とカグヤが提案する。
「お部屋を用意しました。とりあえずノーマルタイプの客室なんですが、欲しいものがあったり、大きい部屋がいいという要望もかなえられますのでなんなりと言っていただければ」
「いや、カグヤさん。そこまで贅沢は……」
「贅沢ではありません。人はストレスに弱い生き物ですからね。自室はドンドン、カスタマイズしていきましょう。あと私のことは呼び捨ててください」
「いや、でもこれからいろいろお世話になる身ですし、迷惑もたくさんかけるでしょうから、お世話をしてくださる方を呼び捨てにするとか抵抗が」
「いえ、私は管理頭脳ですからお気になさらずに」
「でもそこまで人と変わらない姿ですと……」
と呼び方でもめ出す女性陣。
女性の揉め事に口をはさむのはトラブルを避ける上では御法度だろうが、片方はドラゴンだし正確には女なんだろうか?
「まあいいんじゃないか、好きに呼ばしてやれば。呼び捨てにすることでストレスになったらカグヤ的にも本末転倒だろうよ」
それに日本でもアニメのキャラを呼び捨てにできない人種はいるぞ。
まあ「たん」とか「にゃん」とか「ママ」的なものまであるが、「さん」ならまだましだろう。
「そんな特殊なのと比べられても。……でもまあそうですね」
俺の言葉にどっと疲れたような顔しないでくれないかな?
「だとすると私もポーラさんと呼ぶべきでしょうか?」
「いえ、ぜひとも呼び捨てでお願いします」
「でも管理頭脳がさん付けで呼ばれるのに、管理頭脳が人間相手に呼び捨てっておかしくありませんか?」
「私は気にしません。むしろ、さん付けで呼ばれることが少なかったので落ち着きません」
まあいいんじゃないかな、日本にはアニメキャラに呼び捨てにされたいとか蔑まれたいとか……。
「いえ、船長。その話はもういいです」
なぜか最後まで言わせてくれなかった。
「ではポーラと呼ばせてもらいます。とりあえず部屋を見てもらって希望を聞きたいと思っています」
「はい」
希望が通ったからかポーラは嬉しそうな顔である。
「ポーラは船長と違って端末の使い方には慣れていると思いますが」
ああ、スーツの左手首についてるやつね。
いまだにスーツの着脱スイッチと時計にしか使ってないな。
「艦内にはわからないこと、不便なことも多々ありますから個別の管理頭脳として白ウサギを用意します。何かあったら使ってください」
と執事服を着たウサギの着ぐるみがやってきてお辞儀をする。
このウサギは初めて見たが、俺のメイド服着たのと同じタイプなんだな。
白いウサギが個人のお世話用。
服で誰の専属か見分けてくださいと。
「私に専属でいただいてもいいんですか?」
いいよ。
たぶん余ってるから。
いろんな施設にもいろんな色した担当のウサギがいるから好きなだけ使えばいい。
むしろ使ってやってくれるかな、俺の分まで。
「あとできれば早急に着替えてもらいたいと思います。そのスーツは地上用ですので宇宙用を用意していますのでそちらに」
ん?
地上用と宇宙用だと気密のグレードが違うとか言ってたけど、すぐに着替えないといけないようなレベルなのか?
「いえ、直ちに問題はありませんが、まだ宇宙港とは言え宇宙船の中ですので、もしものことがあった時に安全なので」
気密が違うだけでなく耐衝撃機能も優れているので狭い宇宙船でこけたり壁にぶつかっても怪我しないのだという。
そういわれてみれば、酔っ払ってフラフラで自室に戻っている際に壁に何度かぶつかったが全然痛くなかったな。
「私が想定しているもしものことはそんなことではないのですが」
まあ気にするな。
「はい、わかりました。とりあえず着替えて……あのついでにシャワーを浴びてもかまいませんか?」
ああ気にするな。
取り急ぎの話はこれで終了だから。
少し休むといい。
出航は……。
「こういう状況下ですので交易はしません。点検だけしたら出発できます。あと10時間ください」
本当は今すぐにでも出れるし、そうしたほうがマイタンの教団なり信者なりの横やりから逃げれるのでいいのだが、ポーラの気持ちを落ち着かせるためにあえて時間を設けた。
「はい、わかりました。ではお言葉に甘えて休ませていただきます」
そういって白ウサギに連れられて喫茶室をでる。
「船長はどう思いました」
数分話しただけですべてがわかるほどの眼力はないが、人事としての採用面接経験者としては採用する方向で動くだろうよ。
「合格でしたか」
まあ本人が希望すればだがな。
いきなりな展開なのによく覚悟決めて乗り込んだものだと、その点は素直に評価するところだ。
「そこは神である蒼龍の直々のご指名ですから。とはいえ適性があっても船長と違う意味で常識が乏しいでしょうから苦労するでしょうが」
まあそこはフォローしてやってくれ。
「他人事のように言わないで船長もお願いしますよ」
俺もフォローがいる段階だとは思うが?
「そこは年長者として、船長として」
まあできる限りのことはするよ。
こう見えても新入社員の研修中の世話は俺の仕事だったからな。
意外と評判は良かったんだぞ。
上司以外には。
上司には過保護すぎると言われたが、最近の若い子の扱いをわかってないブラックな奴らのいう通りにやっていたら1週間で全員辞めるわと。
「ではポーラの件は2人で頑張りましょう」
それはそうとポーラの家族はこんなことになって心配してるだろう。
最後に通信だけでもしてやったらどうだろうか?
「至極まっとうな意見なんですけど、彼女の場合というか蒼龍教が特殊といいますか」
いない、ってわけではないんだろう?
「います、けど彼女は知らないと思います」
謎かけか、その心は?
「マイタンがまだ発展していない頃の話にさかのぼります。地球で言う中世だと思ってください。その頃はまだ管理頭脳も永久機関もなく人々は地球と同じように働いていました」
ああ、さすがに昔は同じだったんだな。
「その頃は医療技術も低く、子供の生存率が低かったのです。そして親が子供にかかりっきりでは生産性が下がるということで、教会が託児所のようなものを始めてまとめて育てることにしたのです。それが事の発端なのですが、その後医療技術が発達しても『子供は蒼龍様のもの』という教義に代わり、生まれた子供は教会が管理するようになったのです」
なんだそれ?
親はそれで納得するのか?
「子育てがなくなり、生活費も減りますので悪いことばかりではありません。また教会の偉い人が教義だと言えば一般信者は逆らえません。それにまったく会えないというわけではありませんから」
理解不能だ。
怖いね、蒼龍教って。
まあいい、そういう教義もあるのだろうと思うことにするので、進めてくれ。
「さすがに現在では自分で育ててもいいことになっています。比率として6割が自分で子育てしています」
そういや最高司祭の子供が話に出てきたな。
「そうです。最高司祭は宇宙に出たせいもあって、子供を自分で育てるということは普通だと思っていました。ゆえに子育てを奨励していましたが……」
結果、今回の事件だ。
そう考えると教義は間違っていないのか?
「どうなんでしょうか? 話を戻しますとポーラはその教会に預けられた子供になります。その預けられた子供の半分以上は託児所代わりに使われており、頻繁に親に会えるのですが、ポーラは完全に教会に預けられており、親の顔を知りません」
なんで?
「親の信仰心、としか」
こうなると異文化だ。
さっぱりわからない。
まあそんなもんだと思おう。
でもって、その親は今回の件はまったくノータッチか?
「父親はすでに亡くなっております。母親は抗議して謹慎処分となりました」
父親はともかく、母親は実子をかばったのか。
「おそらくは」
なんだよ、おそらくって。
「ポーラの担任の教師が母親でした。ですので教師としての責務とも考えられます」
そこは親としてやったと思ってやろうよ。
「その辺の機微はドラゴンですので疎いところです。いまだに船長の行動原理がさっぱりですもの」
まあ徐々にいこう。
俺はわかりやすいよ。
引きこもらせとけば文句を言わない。
「それが一番の問題なんですけどね」
見解の相違だな。
「それはそうとさっきから蒼龍がずっと通信を求めていますが、どうしますか?」
無視しろ。
大量の誤字報告ありがとうございました。
恥ずかしいやらみっともないやらで本当に申し訳ございません。
感想ありがとうございます。
返事は返せませんが読んでおります。
本日もブックマーク、評価ありがとうございます。




