#66 ポーラ・アラカルト 3
文字数がいつもの倍くらいあります。
すみません。
うまくまとまりませんでした。
『その判決、異議あり!!』
その時、大きな声が聞こえてきました。
ですが誰かはわかりません。
それは私だけではなく傍聴人も同じのようでざわめきが大きくなります。
「誰だ! 神聖な裁判に口を出す愚か者は!」
最高司祭がバンと音を立て怒鳴ります。
「コソコソせずにさっさと姿を現さんか!!」
最高司祭の怒号に部屋はシーンと静まり返ります。
その静寂を先ほどの声が打ち破ります。
『我を愚か者扱いとは偉くなったものだな、ウェールズ』
「なにぃ!」
確か最高司祭のお名前だった気がしますが、呼び捨てとは不敬です。
声の主は何を考えているのでしょうか?
「いいから姿を現さんか!」
『姿を見なければ誰かわからないとは、……最高司祭の質も落ちたもんだ』
「なんだと!!」
最高司祭のお顔は真っ赤になっています。
大丈夫なのかと思ってみていたら、どこかを見て急に血の気が引きました。
なんだろうとその方向を見ると、
『我は蒼龍。この星の守護龍である』
空中に2本の角のある蒼い龍のお顔が浮かんでいます。
そのお顔は神殿に祀られている神像とそっくりです。
私は反射的に膝をつきます。
私に倣ったわけではないでしょうが傍聴人も一斉に膝をついています。
「に、偽物だ! 蒼龍様を騙る愚か者め。貴様はどれだけ罰当たりなことをしているのかわかっているのか!」
最高司祭は怒鳴ってはいますが、声は震えています。
蒼龍様が顕界なさるのは神話以来ではないでしょうか?
管理頭脳や永久機関の開発者にお告げで現れたとか、才能があるものに宇宙に出なさいと言ったなどの記録はありますが、お姿を拝見した人などいないはずです。
だから神像と同じ姿だからといって蒼龍様だと信じない最高司祭のお気持ちもわからなくはないのですが、……この圧倒的な存在感を前にどっちが罰当たりなのでしょうか?
『現在我の姿は、世界中のすべてに見えるように、すべてのモニターに映し出されている。それに外を見てみればいい。セント・レーニア山の方向だ。そこに我の本体は浮かんでいる』
ここからはるか南東の方向にあるこの星で一番高い山。
確認に数人が外に走っていき、真実だと告げます。
『では判決をやり直そう』
多くの信者がひれ伏し、もしくは腰を抜かしている状況で蒼龍様はおっしゃいます。
『ポーラ・アラカルトは無罪である。戒律を破っても子供の命を守り、黙って罪を受け入れるその姿はまさに我が巫女たる器の証明である』
へ?
今なんて?
『そんな我が巫女を自分の保身のためだけに破門しようとしたウェールズにこそ罪がある。直ちに破門。今後は教団運営に関わることを禁ずる』
「――なっ! お待ちを蒼龍様。わ、私はそのようなことは……」
蒼龍様のお言葉に最高司祭は反論を口にしようとするが、
『我に口答えするのか!!』
蒼龍様のお言葉に呼応して遠くで爆発音とかすかに地震のような揺れを感じました。
<緊急警告! セント・レーニア山が噴火しました! 関係各所は至急対応を協議してください>
管理頭脳の緊急警告に場内は騒然とします。
セント・レーニア山と言えば噴火の可能性がない死火山認定されています。
そんなところが噴火するなどにわかには信じられません、ですが神の御業というのであれば別の話です。
逆説的ですがそんなことができるからこそ、あの方はまごうことなく蒼龍様という証明ではないでしょうか?
麓は環境の変化が激しく生活に適してないため人は住んでいません。
管理頭脳が維持している牧場地区や工業地帯があるだけですが、溶岩によってそこがダメになれば被害が甚大です。
それだけお怒りということなのでしょう。
ここにいる人間の非難の目が最高司祭に集まります。
『最高司祭を諫める立場の高等神官、そして司法をつかさどるというのに言いなりの判決を下した裁判長も同罪である。破門。教団運営に関わることを禁ず!』
蒼龍様のお言葉にある人は力なく倒れ、ある人は祈りの言葉をささげています。
最高司祭は自失茫然で立ち尽くしておられます。
『ポーラを助けようとしなかった神官も許しがたい。貴様たちが信じるのは我であり、最高司祭ではないはずだ。最高司祭に反論できぬようなものは我が信徒ではない!』
とんでもないことになりました。
そんなことを言ったらほとんどの人が破門になります。
誰かが許しを請おうと声をあげますと、
『黙れ!』
<緊急警告! セント・レーニア山が再び噴火しました>
先ほどより大きな音がしました。
周りはもうパニックです。
私だってどうすればいいのかわかりません。
ただ茫然と蒼龍様を見ておりました。
『ポーラよ』
「は、はい!」
目が合ったと思ったらいきなり蒼龍様に呼びかけられました。
とっさに身を正し、返事をしましたがどうしても声が上ずってしまいます。
『今、我の友人がこの惑星に向かってきている。汝はそれに乗り宇宙にでなさい』
いきなりの言葉に私はびっくりします。
宇宙ですか?
私が?
何も訓練していないのに。
『この星はこれより苦難の時代に突入するだろう。だが我が巫女を逃がすのではない。汝は宇宙に出てさらに成長してくることを期待している。マイタンの民よ。ポーラの移動を妨げることを禁ず!』
そんなことをいきなり言われても。
だって私にはそんな資格は……。
「お言葉ですが蒼龍様」
反論することでお怒りを買い、また噴火するかもしれません。
ですがこれだけはいっておかねばなりません。
「私はお魚を食べました」
私のした罪は裁かれなければなりません。
あの無人島でお魚を食べました。
そしてみんなにも食べさせました。
これは罪です。
『それがどうした? 魚などいくらでも食べればいい』
私の決死の罪の告白に対し、蒼龍様は目を細め優しくおっしゃいます。
『魚が我の眷属などと誤ったことを言ったのは、いつの時代の最高司祭だったかは忘れたが、そんな戒律に何の意味もない。美味いだろう? 色々食べてみるといい』
「へ?」
私は目を丸くします。
じゃあ一体この騒ぎはそもそもなんだというのでしょうか?
「ポーラ!」
私が何と言っていいものか考えがまとまらず、立ち尽くしているといきなり腕を引かれました。
見ると私のせいで謹慎されていた担任の先生です。
「行くわよ」
と走り出します。
「先生、これは一体? これからどうなるのですか?」
「わからない。これだけは言える。あなたは宇宙に行くのです!」
先生は昨夜、蒼龍様のお告げを聞いたと言います。
ポーラを助け、宇宙に出る手助けをしろと。
正直半信半疑だったそうですが、謹慎場所から抜け出し、ポーラの荷物をまとめ、車に積んでいたらこの状況になったそうです。
「乗って!」
私は裁判所の前に用意された車に押し込まれます。
「あなたは蒼龍様に選ばれました。これは試練だと思いなさい」
「ですが先生! こんないきなり! 私、心の準備なんか」
「試練とはそういうものですよ、ポーラ」
「それはそうかもしれません。でもこれってあんまりですよ!」
「本当にそうですね」
先生は優しく微笑んで、
「私だって、最高司祭だってこんなことが起こるなんて思ってもいませんでしたもの。これから皆、等しく試練に挑むのです。あなただって例外ではないのです。つらく厳しいものでしょうが、これを乗り越えることが信仰の証でしょう」
立派な人だと、心からそう思いました。
こういった非常時になお、信仰がぶれることがないのですから。
「ポーラ、あなたの旅路に幸多からんことを祈っています。またいつの日か立派になって帰ってきてくれると信じています」
そういって車のドアを閉じられ、発進しました。
ほどなくして緊急車両がサイレンをならし、私の車を先導し、宇宙港へと進みます。
窓から外を見るとこちらに注目する人もいますが、大半は空に浮かぶ蒼龍様にお祈りをささげています。
私も立場が逆ならきっとそうすることでしょう。
……いったい私はこれからどうなるのでしょうか?
宇宙港に着いて車が止まります。
とりあえず降りて、荷物を下ろしましたが途方にくれます。
行くしかないのかな、そう覚悟して進もうとしたときに蒼龍様がお言葉を発せられます。
『聞け! マイタンの民よ!』
なんと言えばいいのでしょうか。
いきなり蒼龍様が先ほどよりも神々しくなられました。
これは気のせいというレベルではないかと思います。
私も思わずひれ伏します。
『我が愛した我を純粋に信仰するかつての民は死に、残ったのは信仰を食い物にする悪しき宗教のみだ。本来なら一度浄化すべきところだが、それでも汝らは我が愛したマイタンの末裔。一度だけチャンスをやろう』
蒼龍様のお言葉にゴクリと喉を鳴らします。
いったいどれほどのものなのでしょうか?
『2つの選択肢を用意する。1つ、50年の間に蒼龍教をかつての清く美しい宗教に戻すこと』
50年という期間は長いのでしょうか短いのでしょうか?
最高司祭以下の偉い方が破門されたから風通しはよくなったとも言えますが、教団運営のノウハウを持った人がいなくなるのですから。
『2つ。50年以内に我を滅ぼすことだ』
蒼龍様は何をおっしゃるのでしょうか?
人が神を滅ぼすなど、そんなことをしていいはずはありません。
挑むと考えることさえ愚かな行為です。
『どちらでもかまわない、だがどちらもなしえなかった場合はこの星は浄化されることだろう』
あまりと言えばあまりのお言葉。
蒼龍様はいったいどれほどの試練を我らマイタンの民にお与えになるのでしょうか?
『我は海底神殿にて汝らの決断を見ている。戦うというならいつでもやってくるがよい』
そうおっしゃると蒼龍様のお姿は消えました。
海底神殿は北西の海の中央にある蒼龍様が住まうと言われる聖域があるのですが、そこは非常に波が荒く航海禁止区画になっています。
かつてまだ永久機関も管理頭脳もない時代の伝説の船乗りキャプテン・ギルバートが親友であるその当時の最高司祭を連れて行き、奉納の儀をおこなったのが唯一の成功例と言われていますが。
私自身のことも不安ですが、この星はこれからどうなってしまうのでしょうか?
頭がグルグルして考えがまとまりません。
このまま逃げ出したい気持ちもありますが、どこに逃げればいいのでしょうか?
私はしかたなく軌道エレベーターに乗ることにしました。
ゆっくりと上昇し、エレベーターが開くとウサギの着ぐるみが3体現れました。
軍服を着た黒いウサギはあたりを警戒しています。
作業服を着た緑のウサギが私の荷物を受け取り、運び始めます。
執事服を着た白いウサギが私をエスコートするように手を引きます。
そのまま宇宙船に案内されます。
真っ赤な大きい船です。
宇宙船自体は見たことはあります。
マイタンの宇宙船は35m級ですが、それより大きく感じますので40m級でしょうか?
搭乗口に案内されると、その入り口に一人の男性が現れます。
「初めまして、ポーラ・アラカルト。俺は宇宙船イザヨイの船長、日下部晃というものだ」
落ち着いたというか渋みを感じる男性です。
どこかで見たような感じを受けます。
「蒼龍はああ言ったが君には選択肢がある。このまま船に乗り宇宙に出ること。回れ右してマイタンに戻ること。どちらも蒼龍の試練が待っている」
まさかここにきて宇宙に出ない選択肢があるとは思わなかったので躊躇します。
「あと最初に言っておくが俺は魚を食う習慣のある惑星の出でな、焼く、煮る、揚げる、だけじゃ飽き足らず、生でも食う人間だ」
いきなりお魚のことを言われるとは思いませんでしたが、……誠実な方です。
まず文化の違いで蒼龍教の信者がもっとも忌避することを気にしてくれるのですから。
ああそうか、思い出しました。
この方はキャプテン・ギルバートに似ています。
老化したお顔立ちに、口は悪いが誠実で、最高司祭とさえ対等な人間関係を築いたという伝説の船乗りに。
「私も……私もお魚を食べました。恥ずかしながらとてもおいしかったです」
「そりゃそうさ、肉もいいが魚だって負けないくらい美味いもんだ」
私の言葉に笑って答えてくれます。
何故だかわかりませんがきっとこの人は信頼できる、そう直感しました。
「そのおいしいお魚を教えてくれると嬉しいです」
「……そうかい、なら歓迎しよう、ポーラ・アラカルト。ようこそ、イザヨイへ。そしてようこそ、スペースオペラの世界へ」
明日から本編に戻ります。
この話の裏側です。