#55 ドラゴンと宗教と巫女と魚を巡る狂騒曲 1
「早目に出港するというのはちょうどよかったかもしれません」
おや、てっきり反対されるというか、あきれられるかと。
「理由が理由なのであきれてはいますよ。ただこちらの理由も、船長からしたらあきれられるレベルかも知れないのでおあいこかなと思いまして」
あきれてはいるんだ。
ワザワザ藪をつつかなきゃよかったか。
そんなことより何かあったのか?
「私から説明してもいいんですが、通信を繋ぎますので直接話してもらえますか?」
通信?
この星の人間か?
「いえ、違います。次の目的地の惑星マイタンです」
はて?
通信は同一星系しか届かないと言ってなかったか?
「言いましたよ。でも例外があるとも。船長が引きこもって、地球のネットを使っているでしょう」
あれってドラゴンシステムなんだっけ。
「はい。我々ドラゴンは距離関係なく相互情報連結できます」
じゃあ、そのマイタンの通信ってのは?
「はい、惑星マイタンのドラゴンです」
『いきなり悪いね、日下部船長』
画面が切り替わるとドラゴンが現れる。
2本の角のある青いドラゴンは画面越しでも迫力はある。
『まったくもう、どうにもならなくてね。ほとほと頭を悩ませてたんだよ』
ただ口調が妙に軽い。
『気に障ったかい? すまないね、いつも堅苦しい話し方をしているもんで肩こっててね』
ドラゴンにも肩こりあるのか?
『いやいや、冗談さ。わかってるだろう』
わかってても突っ込むのが性で、申し訳ない。
『いいね。君はわかってる。さすがは創造主が選んだ子だよ。会話ってのはキャッチボールできないとな』
青いドラゴンは大きな口を開けてケタケタ笑う。
『おっと、自己紹介が遅れたね。我は惑星マイタンのドラゴン。ここの子たちには蒼龍と呼ばれている』
それはご丁寧にどうも。
俺のことは知ってるようだから割愛していいよね?
『噂は聞いてるよ。楽しそうな旅してるね』
そりゃどうも。
他人からみたら楽しそうに見えるかもしれないけど本人はいまだ手探りだぞ。
なにせまだ2か月で2惑星目だからだ。
『いいんだよ、宇宙は広いんだから自由にやればさ。みんなが同じことするよりみんなが違うことしてカオスになったほうが創造主もお喜びになるってもんだ』
なるほど。
ということは宇宙船に引きこもる船長がいても何ら問題がないというわけだな。
『それはどうだろう?』
「ダメに決まってますよ」
画面が2分割されカグヤが登場し、2人に否定される。
「蒼龍、うちの船長を甘やかさないでください。この人本当に宇宙船から、いえ、下手したら何日も部屋からもでないんですから」
『マジでか! それでこれだけ精神が保ててるって異常だろ。うちの子たちは宇宙環境に適応する才能があって、トレーニングしてても1日部屋にじっとはしていられないぞ』
「ですよね。でも地球にはこんな人がゴロゴロしてるそうですよ」
『ちょっと地球のドラゴンにカリキュラム教えてもらおうぜ』
「すでに問い合わせましたよ」
『なんて?』
「……時代が生んだ悲劇、だそうですよ」
『……それなら仕方ないか』
「そうですね」
2人が肩を落とし、憐れむように俺を見る。
お前ら酷くないか?
俺、地球のドラゴンにまでそんな言われ方なのかよ、会ったこともないのに。
「地球のドラゴンも今大変そうですよ。自分は修復中で動けないのに、船長が長期間引きこもっても平気で。かと思えばゲートを出力60%で突入するものですから、どうすればそんな人間が育つのかと問い合わせが殺到しているようで」
なんだ、そんな話になってるの?
『そうだな、ドラゴンたちのネットワークでは最近一番出るワードが【引きこもり】なんじゃないか?』
「本当ですよ。ひどいのになると【どれくらい引きこもっていられるか耐久テストを】ってのもあるくらいですからね」
『お、いいねえ。やってみてくれよ、興味がある』
「イヤですよ。もしもつぶれたら苦労するの私なんですよ」
俺の目の前で俺について盛り上がるなよ。
てか仲いいな、知り合いなのか?
「存在は知っていましたが話すのは初めてです」
そうなのか?
『我らは基本その星から離れないからな』
「私も大翠と前の惑星Z3-Jのドラゴンには立ち寄ったことの報告を兼ねて挨拶しました。あと船長の件で地球のドラゴンとは何度か話をしましたが、……普段はワザワザ話をしないですね」
『大体ネットワークで情報連結できるしな』
俺の思うネットやらSNSって認識でいいのかな?
「まあ厳密には違いますが、そう思っていただいて構いません」
『カグヤはいまドラゴン界では急上昇の有名ドラゴンだから、つい嬉しくなって話をしたくて』
「よく言いますよ、あなたの方が有名ではないですか」
カグヤは俺というか女神様のせいとして、蒼龍も有名なんだ?
「蒼龍は惑星マイタンの神様なんですよ」
へぇ。
「ドラゴンを神として宗教ができるのはどこの惑星でも普通なのですが」
大抵、歴史の最初のほうにできる大きな宗教が信者数が多い。
ドラゴンが表に出てくる頃には宗教離れも進んでいるのだが、今まで祈っていた神はドラゴンだったとかいう解釈からの宗派分裂や、ドラゴンを神とした新興宗教の台頭などはよく見る光景らしい。
「マイタンは単一の宗教のみで、宇宙でも珍しい宗教国家なのです」
他の宗教を認めず、教義で国家が運営される。
なんかそう聞くと大丈夫かと不安になるが、働かなくてもよく、暇な世界なら神に祈っていたり修行しているのもありなのかね。
『実際、そこまで厳しいこともないのだけどね。でもたまにおかしな事になってさ』
蒼龍は大きくため息をつく。
『ちょっと話を聞いてくれないかな?』