#54 密航少女はスペースオペラに必要か(個人情報返却編)
「しかしこの星の写真家は何で山に登らないんだ?」
「少し調べてみたのですが、1500年前までは登っていたようなのですが」
ああ、そういう時代もあったのか
「はい。でもその当時の登山技術では遭難、死亡事故が多発しまして。登山だけならともかく、危険な場所に写真を撮りに行く要因がコンテストにあると批判を受け、写真家の登山禁止、登山して撮ったと思われる写真は選考から外すとなった模様です」
ありゃ、密航少女煽ったけど失敗か?
賞がとれないのはともかく死なれたら寝覚めが悪いな。
「いえ、船長がおっしゃっていた通り、今は管理頭脳と登山技術の進化で子供でも登頂できますし、現在の写真家ではそれほど危険な場所に行かないでしょう」
それも密航少女との会話で不思議に思ったのだが何でだ?
「それも1500年前までは普通に歩いてロケーションを探していたようなんですが、死亡事故の責任問題を運営側からそらすために、また万里の外観をとる際に田畑や工場の敷地などに侵入して問題になっていたこともあり、絶好のロケーションポイント数ヶ所に撮影場所の設置、交通機関が入れるように道路整備、野営場所や売店を設置しました。またそのポイントから撮られた写真を優先的に入賞させました。あと撮影ポイントを少しずつ増やすことで、写真家はそこで写真を撮ることが常識となっていったようです」
人命優先という意味では成功かも知れないが芸術としてはダメなんじゃね?
「一概にそうも言えないんですよね」
カグヤはモニターに同じ場所から撮られた写真を十数枚表示する。
「撮る場所が固定されたならあと差は技術、表現力、アイデアがものをいう世界になりました。それに道具も進歩していますね。望遠に関しては宇宙船にも応用できそうなので思わず購入してしまいました」
いつの間に?
いやまあいいんだけど。
それはさておき、写真家の登山禁止だと密航少女の入選の可能性は結局なしかね。
「いえ、500年くらい前には規定の見直しがありまして、今時子供でも登山できるのだからと登山禁止は撤回されました。長命とはいえど1000年もたてば誰も生きていない昔の出来事ですので、今更古臭いだろうとなったようなのですが」
寿命が200年としても5世代だからな。
「ですが大々的に登山解禁と宣伝すれば以前の二の舞になるかもしれないと、こっそりと規定から削除しただけです。気が付いている人があまりいないようですね。そもそもその頃には、彼女のように山は定められたポイントから撮るものだと固定観念になっています」
聞けば聞くほど何やってんだろう? って感じの歴史だな。
「迷走というべきか、その場しのぎというべきか、ですね」
しかし、登山自体はしている人がいるんだから登山時の写真を撮る人もいるだろう?
日本で言うところのインスタにアップとかしないのかね?
写真家志望はアマチュアの写真なんて興味を示さないのかね?
「……検索してみましたけど登山している人で写真をネットにアップしている人って……不自然なくらいにいないんですけど……、なんででしょうか?」
日本みたいにどこか行ったら写真を撮るって文化がないってこと?
「どこでもかしこでも、というのはないですが記念撮影ぐらいは普通にしているのですけどね。若者の登山離れが深刻とはいえ一定数はいるはずなのに……不可解ですね」
どこの惑星でも「若者の○○離れ」ってのはあるもんなんだな。
しかし登山の写真を撮らない理由なんて……まさかね。
それが可能なのは万里から見える風景がよほどの絶景なのか、もしくは……。
「ところで船長」
俺の思考を知ってか知らずかカグヤが声をかける。
「先ほどの少女から送られてきた写真を返却しようと思うのですが」
写真を返却?
データじゃないの?
プリントアウトしたものだったのか?
「データなのですが、この星では写真は芸術品でして、マスターデータには加工したものでない証明、他人に盗難されないようにデジタル署名や刻印があって、管理頭脳作成のAランク公的文書並みのものでして」
なんでわざわざそんなものを?
「コンクールに応募するにはこの書式でないと受け付けてもらえませんので、そういう風に撮れるカメラを使ったのだと思います。それで時間がなかったのでそのままこっちに送ったのだと」
面接のときに送られてくる履歴書・職歴などの個人情報はとっとと返すのが俺の仕事だった。
このご時世個人情報の取り扱いほどめんどくさいものはない。
さっさと送り返そう。
「了解です」
ふぅ、これで密航少女の件は全部終わりかな?
「そうですね。彼女がこれからどうするか、どうなるかは先の話になるでしょうが、……船長はどう思います? 万里に登ると思いますか?」
俺のアドバイスを無視して、いきなり万里に登るタイプじゃないかな?
「私もそう思います。それで途中で、いえ前半でリタイヤしそうです」
可能性大だな。
「5度か、6度目といったところでしょうか、登頂に成功するのは」
子供でも登れるといっても、子供並みの体力もない場合は無理だろうしな。
写真を撮るだけで歩きもしないタイプの子には厳しい行程だろう。
「ようやく登頂した場所で、いえ登頂しなくてもいいポイントがあるかもしれませんね。そこでいい写真が撮れて入選できればいいのですが」
さてそれはどうだろうか?
「そんな実力はないと? それとも登山に成功しないと?」
実力の有り無しはわからないけどな。
ただ登山した人が写真を撮ってないのいうのが引っかかって。
「さっきの話ですか?」
苦労して登った万里から見える景色は見たことがないほど綺麗で、フレームには収まりきらない。
そんなことが写真家に知られると押し寄せられて、この美しい山が汚される。
だから写真家には黙っておこう。
そんな意識が働いたんじゃないのかなあと。
「……可能性としてなくはないですけど、よっぽどですよ? 500年隠し通すって」
登山家がそう考えるくらい美しい景色なのか。
もしくはそう思われるくらい写真家が嫌われているのか。
俺はこの星の写真家を一人しか知らないが後者の気がする。
もしも後者であるなら俺は霊峰万里の登山愛好家に恨まれる、いや殺されるかもしれない。
だから祈ろう。
俺の予想が外れていることを。
もしくは彼女が登頂に成功しないことを。
あと一応、出港を早めよう。
念のためな。
このシリーズはこれにて終了です。
思いのほか長くなりました。
明日から「ドラゴンと宗教と巫女と魚を巡る狂騒曲」を開始します。
こちらはもっと長くなります。