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#53 密航少女はスペースオペラに必要か(お祈り編)

 さて密航少女との約束の時間となった。

 納得のいくものが撮れないのでもっと時間くれと言うかなと思っていたがキチンとやって来た。

 しかも自信満々な表情だ。

 その自信はどこからくるものやら。


「良いのが何枚もとれたけど、一番デキの良いのを2枚持ってきたわ」


 一番なのに2枚とは日本語の翻訳間違ってないか?

 そういう意味のことを言っていると?

 わかった、やっぱり紙一重のほうなんだな。


「まあ見てよ」


 2枚の写真は構図は同じ。

 日本で言うところの逆さ富士。


 違うのは時間。

 1枚は夕焼け。

 もう1枚は満月の光を浴びた万里。


 夕焼けで赤く染まった万里の美しさ、月光を浴びて仄かに光る幻想的な万里について解説が始まるので聞き流す。


 やっぱりこうなんだなと半ばあきれつつも、安堵する。

 俺と同じ事されたら段取りが狂うからな。


「俺も万里をテーマに写真を撮って見た。君に合わせて2枚出そうか」


 ひとしきり密航少女のアピールが終わったところで俺が切り出す。

 まあ正確には俺が撮ったわけではなく、茶ウサギの作品だが。



「なに? 万里なんか撮ってないじゃない」


 俺が見せた写真の1枚は画面一杯に広がる雲海。

 

 もう1枚は頬を紅潮させ、目を輝かせている少年の写真。


「これを見てその反応は、写真家として相当感度が低いと思うぞ」

「どこがよ! 山なんてどこにも写っていない。ただの風景写真に人物写真じゃない!」


 まあ一見そうだろう。


「1枚目は万里の頂上から撮った写真、2枚目は万里に登頂して感動している子供の写真だ」

「――へ?」


 俺が過去の入賞作を見て思ったのは、どの写真もフレームに万里のシルエットが写っていると言うことだ。

 万里がテーマなら外観以外の写真を撮っても問題はあるまい。


「こ、こんなの反則じゃあ……」

「おいおい、君にだけは言われたくないぞ。他の惑星の山の写真を撮る大反則に比べたらルールの適用内だろうよ」

「でも……」


 俺の言葉に納得がいかない密航少女に続けて言う。


「この国の写真家が腐っていると言ってたが、それは俺も同意だな。どの写真も交通機関で行けるところに設営されたポイントから撮られている。それっておかしくないか?」

「……何がおかしいの?」


 密航少女がポカンとしている


「未知を撮りたいというわりに既存のポイントからでしか撮影してないんだから、未知が撮れる訳がないだろうってことだ」

「何言ってるの? 撮影ってそういうものでしょう?」


 どうにも話が噛み合わない。

 常識が違う、一言で言えばそういうことだが、思った以上に溝が深い。


「違うよ、人と同じことしてたら同じものしか撮れないじゃないか」

「じゃあどうしろっていうのよ!」

「簡単なことだ」


 にやりと笑い勿体つける。


「万里に登るに決まってるだろう」

「――! 登る? 万里に?」


 密航少女は目を丸くする。


「ちょっと待ってよ、万里は見るものであって登るものではないのよ!」


 何言ってんだ?

 どうにも価値観がおかしい。


「バカなことを言うなよ。俺の写真を見てみろ。今じゃ子供だって登山してる時代だぞ」


 一応調べてみたが冬場の雪が降り積もる頃には禁止されているが、それ以外は登山専用の管理頭脳をサポートにつけるという条件さえクリアーすれば誰だって、それこそ子供だって登山の許可が下りる。

 大翠の芸術家以外は万里への登山は一定数の愛好家さえいる。


「万里を遠くから見続けて未知ではない気になっているようだけど、そんなのは料理の写真をとって美味いと言っているようなもんだ。料理は食ってこそ、山は登ってこそ知ることができるってもんだよ」


 万里に登る。

 よほど想定外なのだろうか、言葉が出ないようだ。

 他の惑星に万里以上の山を探しに行くよりはましな選択肢だと思うんだけど?


「初心者はまずは万里より低い山のほうがいいかもしれないが、一度登ってみることだ。整備されてない山道は歩きにくく、すぐ足が痛くなる。進めば進むほど勾配は徐々にきつくなる。登れば上るほど温度は下がり、酸素が薄くなり息苦しくなる。季節によっては腹をすかせた野生動物に襲われるかもしれない」


 きっとつらい道のりだろう。

 特に写真を撮るポイントを足で探さないタイプなら歩くという行為すら不安があるのに、山など登れるはずがない。

 ただぜひとも苦労してもらいたいもんだ。


「死ぬほど苦労して、リタイアを何度も考えるだろう。それでも山頂にたどり着いた時、きっと君はこの世で最も美しい景色を見る。人生で見たことないものがそこにある」


 結局のところ万里を既知だというのは思い上がりだろう。


「その美しい景色を君はフレームに収めることができないだろう。何、恥じることはない。大翠の写真家では無理なことだろう。外から眺めるだけで満足している写真家には」


 既知の中に未知はいくらでも隠れている。


「2000年、万里はあらゆるシチュエーションで撮られて未知はないと言っていたな。逆だよ、2000年たってもまだ万里には未知がある。まだフレームに収められていない万里が無数にある。――霊峰万里を見くびるな!」




「船長、お疲れさまでした」


 密航少女が引き下がった後に入れ替わって画面にカグヤが現れる。


「一応確認したいのですが……」

 

 登山ならしたことがないぞ。


「ですよね。一瞬経験者なのかなと疑いまして」


 でもって息するように嘘をつくっていうのか?


「いえ、嘘はついてないと思いますよ。どっちかというと一般論ですから。ただよくもまあ登山したこともないのに登山のすばらしさを語れる、いえ騙れるなあと思いまして」


 言い方ひどくないか?

このシリーズはもう1話あります。


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