#46 惑星 大翠
「惑星大翠、入国監理局。入港準備完了しています。宇宙船イザヨイはそのまま3番にお入りください」
「了解です」
とはいえその辺のことはカグヤにお任せ。
俺の仕事と言えば入国監理局の職員と会話するだけ。
「日下部船長はどのくらいの滞在予定ですか?」
「のんびりしたいんですけどね、お隣のマイタンへの急ぎの届け物を受けてまして。最低限の入出荷が終わったら出航することになるかと」
「それは慌ただしいですね。のんびりしていただきたいのですが」
「本当ですよねぇ。でもまあ受けた仕事ですから。でも私は美味いもの食べるのだけが生きがいでしてね、なにか名物だけは食べようかと思っているんですよ」
「いいですねぇ」
「こちらはいろんな肉が食べれると聞いてますが何かおすすめはありますか?」
俺の言葉に職員が少し考える。
「個人的には鹿肉がおすすめですよ。竜田揚げがなかなかいけますよ」
「鹿ですか? 鹿は食べたことがないですね」
「小鹿ですと臭みもないですからジビエになじみがない他の星の方でも気にいると思いますよ」
「霊峰」万里と呼ばれる山には熊、猪、鹿、兎など数多くの野生動物が生息している。
かつては山を自然の姿で維持するとしていたので野生動物が増えまくり、人を襲うようにまでなったので今では適度に捕獲しているという。
そこからジビエ料理の研究が始まり、今では当たり前の食文化になったという歴史だそうだ。
あれこれとジビエ料理の店を教えてくれる。
「あと鯨肉がおすすめですよ」
「鯨ですか? 子供の時に食べたことがありますよ。美味かった印象がありますが、うちの星ではいま鯨はなかなか手に入らなくて」
わざと驚いたようにいうが、実のところカグヤから見せてもらった肉のリストに入っているのは知っていた。
すでに購入予約済みだ。
ちなみにこの惑星では鯨、イルカ、シャチなど海にいる哺乳類は魚ではなく肉扱いなんだそうだ。
「それならぜひ食べて行ってください。シチューなどにすると絶品ですよ」
正直鯨は小学校の頃の給食で甘露煮を食べたくらいで他のどんな食べ方をするのかまったく知らない。
捕鯨が反対されない星ではどんな料理になってどんな味なのかは興味の湧くところだ。
うんうんと頷くと店を教えてくれる。
「この前滞在してた女性も気に入ってよく食べてたそうですよ」
……ポンコツさんのことかな?
食べ物に罪はないのだが急に不安になるな。
味覚は普通だと信じよう。
「船長。引きこもりという職業は他人と話すのが苦手と聞いてますが?」
引きこもりは職業じゃないぞ。
あと饒舌な引きこもりもいるぞ、主にネット界隈では。
「船長は引きこもりという割に他人と話すのに慣れてますよね?」
そりゃあ20年も社会人をしてたら少しは慣れるよ。
「口から出まかせにも長けているようですが?」
前も似たようなこと言ってなかったか?
失敬だな、俺のどこが口からデマカセ言ってると?
「では地上に降りる予定は?」
ないよ。
あるわけがない。
めんどくさい。
「出国時それを職員に聞かれたらなんと答える気ですか?」
「いやー降りたかったんですけれど、コンテンツがらみでバタバタして、まとまった時間がとれなくて。残念です。食糧だけは入荷しましたけど、地場のものは地場で食べるのが一番ですからね、またリベンジに来ますよ」
俺がそういうとなぜかカグヤが白い目で俺を見る。
「リベンジする気があるのですか?」
長い人生、可能性はゼロではないだろうよ。
「さっきの話に戻りますが船長の口からデマカセが聞こえますよ。よくもまあ嘘八百並べ立てられますね」
「俺的に嘘はついてはいないんだが」
本当のことは隠す。
相手が聞かなければあえて教えない。
相手が誤解するかも知れないができればそのまま誤解してほしい。
あとは言質をとられないように会話する。
「それは人を騙す手口ですか?」
「生前クズノミヤで教わった会話術なんだがなぁ」
「時々思いますけど、その会社って本当にまっとうな会社なんですか?」
「まっとうかどうかはさておき、クズノミヤで自分を守るにはそれくらいしなければつぶれるもんで」
基本、引きこもりでコミュ症気味な俺ですが、職場では初対面の人にもそういったことができるのはひとえに自己防衛の結果だ。
それに上司の小言を聞くくらいなら、まだ初対面の人と話す方が気が楽だぞ。
3年もしてたら出来るようになるよ、……それまでにつぶれなければだが。
以前は居酒屋に予約の電話することも苦手だった俺が、市役所やハローワークに電話して書類手続きのやり方などの対応までこなせるようになりました。
「やっぱりまっとうな会社に思えませんね」
否定はできないし、擁護する気もない。
まっとうな会社だったら定年まで働いてて、宇宙船に乗ることはなかったけどな。
「じゃあとりあえず部屋に戻るよ。なにかあったら連絡くれ」
立ち去ろうとするが、
「ではトラブル発生です」
椅子から立ち上がることさえできなかった。
カグヤはまじめな顔して俺に言う。
「密航者です」