#37 ファッションとワインとスポーツと
Z3-Jに来てから5日ほど過ぎた。
そんなに長居するつもりはなかったが、高額のオークションであるので準備にそれくらいかかるという。
ちなみに今日で俺が死んでから35日だそうだ。
もう一か月たったのかという思いと、そろそろ実家では49日の法事をするのかと宗派の違いさえよくわからない仏教徒がふと思う。
てか実家にある俺の骨ってなんの骨なの?
クローンから作った俺の遺体。
今更どうしようもないがそれでいいのか?
その間、主に部屋で引きこもり、1日2時間ほど艦橋に行き、Z3-Jの情報をあれこれ見て疑問に思ったことをカグヤに尋ねる生活をしていた。
「俺の着ているスーツとこの惑星の人が着ているスーツって同じものなの?」
「グレードが違います。船長の着ているスーツは宇宙用で気密性が最高グレードですね」
「惑星の人はスーツの上に上着を羽織ったりしてるけどこれはファッション?」
「そうです。気密性が落ちるとはいえ生活するうえでは防暑防寒対策はされているのでそういった意味では着る必要性がありません。組織に所属している目印だったり、ユニフォームだったり、あとは個人の美的感覚になります」
マーロン三世は俺の美的感覚でもセレブって感じのゴージャス感のある毛皮だったが、高いから着てたのだろうか、かっこいいと思っていたのだろうか?
「そういった意味では俺も何か羽織ってもいいの?」
どうしても裸でスーツを着てるから、インナーでうろうろしている感覚がぬぐえなくて。
「宇宙船は狭いですし、どこかに上着が引っかかった時に船長が怪我する可能性と、はずみで装置を壊したりスイッチを押す可能性もありますのでご遠慮していただければありがたいです」
狭いとは思わないんだが安全第一、そう言われると従わざるを得ない。
安全最優先といった人間が不安全行動をとる、という生前の支社長のようなことをしてはならない。
人のふり見てというやつだ。
ちなみにカグヤの話だと支社長は会社はクビとなり、起訴される見込みだそうだ。
会社のほうは本社専務が支社長代理として出向くものの事態の収拾はいまだつかないようだ。
内向きに対応すべきところをまず外向きに対応したのが芳しくない。
社長の対応で取引先が嫌悪感を示したというより、これを機にいい機会だからとクズノミヤから手を切ろうというところも出てきたそうだ。
そしてほったらかしにした社内からも不満が続出。
まあ悪循環である。
「船長、オークションが終わりました」
カグヤが最新情報を告げる。
この国のワインの最高額が230年物で3064万だったそうだ。
これは子供が生まれた年のワインを親が送り、子が特別な日に飲もうと保管したまま忘れて、死後発見されたものだそうだ。
親が子の生まれた年のワインを送ることはよくあることだが、こういったことは稀だそうだ。
長寿ゆえにふとした時に思い出し飲む、もしくは保存状態が悪くていつの間にか飲めなくなっていたなどが常らしい。
「7938万で落札されました」
「5000万を大きく上回ったな」
5000万は越すだろうとは言われていた。
そこからいくらまで行くかが見ものだったらしい。
「そうですね、圧倒的な最高額に速報まで流れています」
とはいえレートがわからないからいまいちピンとこないが、230年物の倍以上と思うとすごいものだろうなとしたり顔で納得する。
たぶん無茶苦茶高価なんだろうが、そうなると首相に2本あげたのは失敗だったかもしれない。
後の祭りだが。
まあ授業料だ。
高額なものをひけらかすと面倒くさい目にあうと。
ワインに詳しくないからこんなことになると思わなかったというのは言い訳にもならない。
反省して次につなげよう。
「ちなみにどんな人が落札したんだ?」
マーロン3世はまだ勾留中だからあり得ないし、首相もいまさら参加しないだろう。
「現役のスポーツ選手ですね。地球で言うところのテニスの絶対王者で、今までの獲得賞金で足りなくても、自分の将来の賞金を担保に落とすと公言してました」
それが担保になるんだ?
スポーツ選手なんて怪我したら終わりじゃないのか?
「医療技術が発達してますから再起不能というのは腕や足が欠損しない限りはないですかね。あとは不老長寿ですので強ければ100年以上は活躍できます」
なるほど、そういう世界か。
絶対王者がいたら年齢による世代交代が進まないってわけか。
全盛期の肉体で老獪なプレー。
そういった上位ランカーとデビュー時から戦う新人は、長くくすぶりたくなければ新技術に挑戦するなどとすることで差を詰めようとし、その新しい技術に対応できない上の世代は落ちていく。
異星のスポーツは地球より長寿のくせして進歩だけは早いらしい。
またマーロン1世のように同時に2種目でプロというのは珍しいが、テニスのプロを50年した後ゴルフプロに転向などはよくある話らしい。
長い人生でスポーツの才能があれば何でもできるのだろう。
まあ暇を持て余しているから飽きたら別のことを始めて、才覚を表すってことかもしれないが。
「こちらへの入金は明日中にはおこなわれるそうです。荷物の搬入も明日には終わります」
「じゃあ明日には出航するかな」
「そうしたいですね。今回の件でまたマスコミが張り付くでしょうし」
カグヤがうんざりした顔をする。
ずっと断り続けているのだが複数の社がひっきりなしにアクセスしてくるわ、強硬手段をとるわで、眠らなくても休まなくても疲れないドラゴンとしても疲労を感じるのかもしれない。