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#32 正しいワインの使い方(中編)

「申し訳ございません!」


 入国監理局に通信したら、こちらのクレームの前に謝罪された。

 曰く、上からの命令で仕方なくと言うことだ。


「超法規的措置をとれるほど権力のある人なのですか?」

「権力というか著名人の孫ということで昔から偉い人と接してきたから、コネが半端ないのです」


 そんなところだろう。


「しかしだからといって緊急通信を使われるのはどうなのでしょうか? 何かの時のためのものでしょう」

「まったくもってその通りです」


 今回のクレームは何か補償を要求しようとか、便宜をはかってもらおうという種類のものではない。

 単にアリバイ作りと根回しだ。

 カグヤから聞いているあらましはハッキング経由なので、一応正式なルートから情報を仕入れておいた方が無難だと思う。

 あと相手が強行手段を取ってくるならこっちも自衛はするからね、止めるならそちらが対処してくれよ、それでこちらに被害が出たら責任とれよ。 

 まあそんな感じで話を進める。


 とはいえ相手は一公務員。

 せいぜい上にこういうクレームがあったと伝えてくれる程度だ。

 だが何もしないでトラブルを起こすよりも、一言いっておく方が心証がよくなる。


 まあ何も起こらないようにはしたいのだけどな。


「ちなみに聞きますが通信の後、様子はどうでしたか?」

「私はマーロン三世からの通信をそちらに中継しただけなので、様子までは見れてないのですよ」


 言われてみたら座ってた椅子は高そうだったし、今見えてる入国管理局の風景とも違ったな。

 どこまでもVIPか。


「しかしなかなかの激情家でしたが、この星では名人と呼ばれる人間はあんなのでもいいんですか?」

「バラエティで見る分には面白いセレブタレントなんですけどね。やらせの噂は絶えないし、黒い噂もそれなりにありますねぇ。名人って言っても自称というかお情けというか」


 なんだ、俺だけじゃないじゃないか自称って思ってるの。

 まあ面と向かって言う人間がいないのだろうが。



 さて続いてアポイントを取るは、なんとこの惑星の首相。

 カグヤに個別に来たワインの買取希望の中から、一番地位が高い人間を探させたらそこに行きついた。

 ……お飾りじゃないよな?

 

「選挙で選ばれてそれなりに実績もある方ですよ」


 大丈夫か、ならいいんだが。

 一応確認するが、首相は美食名人のように強硬なことしそうか?

 

「無類のワイン好きではありますが、国家権力使って難癖をつけようという気はないというか、考えることさえしてませんね。値段次第では、自分と同じくワインの趣味がある警察庁長官と共同購入も視野に入れてるようですが」

 

 ならちょうどいいな。

 問題は乗ってくれるかどうかだが。



「突然の通信すみません。私宇宙船イザヨイ、船長の日下部と申します」


 俺のアポイントに首相の秘書を名乗る穏やかな女性が対応してくれた。

 こっちはこの惑星に初めて訪れた一宇宙船乗り。

 売ってるもので話題になっているとはいえ、さすがにいきなり首相が通信に出るわけはないわな。

 

「首相よりある程度の権限をいただいておりますので何なりとおっしゃってください」


 俺のアポイントはワインであるということは予想しているのだろう。

 個人売買か公営のオークションのほうを再開してほしいという嘆願、きっとその辺りと思っていることだろうが。


「実はですね、303年物のワインなんですが1本封を切っていまして」

「はあ」

「鑑定用と私の試飲でグラス1杯分くらいなくなったワインなんですよ」

「……それがどうかしましたか?」


 話が見えないのだろう、怪訝な顔をしている。


「本来ならオークションで最高額で買ってくださった方に試飲していただこうかと思っていたんですよ。でもオークション自体がダメになったもので」

「首相に試飲してもらう権利を与える代わりにオークション再開の便宜をはかってくれ、ということでしょうか?」


 秘書は表情を和らげる。

 きっと公営のほうならオークションの再開はそれほど難しいことではないのだろう。

 再開させることで恩が売れ、ヴィンテージワインを試飲できる権利をもらえるなら願ってもない取引だろう。


「いえいえ、違うんですよ。オークション自体はもうあきらめたんです」


 予想と違う俺の言葉に秘書は眉をひそめる。


「ではどういうことでしょう?」


 俺は生前培った営業スマイルを浮かべながら、


「試飲用のワインを一本、首相にお譲りしたいなと思いまして」

「はい?」


 予想外の展開に一瞬目を丸くするが、そこは仮にも首相秘書。

 すぐに落ち着きを取り戻す。


「価格はおいくらで?」

「いえ、お代はいただく気はありませんよ」

「しかし高額なものと聞いております。タダだというのは信じられませんが」


 明らかに不審な目で俺を見る。

 まあそりゃあそうだろう。

 タダじゃないしね。


「そうですか。……それでしたらぜひ首相に見ていただきたい映像がありまして」


 ほら見たことか、という表情からなんで映像? と怪訝な表情になる。


「映像ですか?」

「ええ、3つほどお送りしますので見ていただければと」

「見た後はどうしろと?」

「首相がどう判断されるかはわかりませんが、私からは特に要望はありません」

「申し訳ありません、意味が分からないのですが?」


 まあそりゃそうだよな。


「300年物のワインが引き起こす悲劇――喜劇かもしれませんが、それをご覧になっていただきたいと思っているだけなんですよ」


 俺の言葉に目を閉じ、返答を悩んでいる。


「……わかりました。首相にはそのようにお伝えし、映像を見ていただきます」


 彼女の立場からしたらワインをもらえるからあとはよろしく、と上に丸投げするのが正解だと判断したのだろう。


「では映像のほうを送らさせていただきます。また後日ワインのほうも送らさせていただきます」


 事務的な手続きをして通信を切る。


「じゃあカグヤ、よろしく」

「……それはいいですけど、うまくいきますかね?」


 勝算はあると思うよ。

 俺は思うんだ、働かなくてもいい世界ってとりあえず生活できるからって、少し危機管理が甘いんじゃないかなって。


 タダより怖いものはない。

 うまい話には裏がある。


 こういった諺がないのじゃないかね?

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