#301 俺たちのスペースオペラはこれからだ!
「お目覚めですか、司令」
いつの間にか俺は艦橋でウトウトとしてたようだ。
「最近忙しかったですからね、……もう少しゆっくりしていただきたいのですが」
と赤髪の妙齢の女性が申し訳なさそうに言う。
俺の2代目の相棒であり、いつの間にか副官の地位で俺を支えてくれている。
長い……長い付き合いだ。
「司令? どうしましたか? 眠気覚ましにコーヒーをお持ちしましょうか?」
俺は首を振り、彼女に告げる。
――お前がまだ子供の姿の時の夢を見たよ、レーティア。
生真面目な副官は一瞬目を丸くするが、
「それは……とてもよい夢を見れましたね、……マスター」
と泣き出すのを我慢しているような、そんな表情で言う。
「僕には夢を見る機能がありません。でも人間と違って忘れることもありません。マスターとカグ姉とポーラ姉、ニーナと一緒に旅をした思い出はいまでも鮮明です。……楽しかったですね」
そうだな、楽しかったな。
「……後悔していますか?」
毎日タラレバと山ほど後悔してるよ。
せめてポーラとニーナは関わらすべきではなかった。
「ですがポーラ副司令が後方を、ニーナ提督が遊撃艦隊を指揮してもらわなければタイガーたちは十二分に性能を発揮できません」
困ったもんだ。
もっというならばお前にも苦労をかけている。
「お気になさらずに司令。カグ姉の仇をとれるというのならば初代タイガーでよかったと思っています」
レーティアは決意を込めた表情で言う。
あの時、俺の慢心でドラゴンの暴走に気がつけなかった。
そしてカグヤを失った。
そこから俺たちの歯車は狂った。
「……司令」
俺の土壇場での沈黙にレーティアは不安げな表情を覗かせる。
いやわかっている。
ここまできて他に選択肢はない。
レーティア、旗下全艦に通達、――抜錨せよ。
「了解、旗下全艦に通達。抜錨せよ」
この宇宙からドラゴンを駆逐する!
……で、これはなんだ?
女神がいきなり現れるのはいつものことだ。
ただいきなり紙芝居を始めるとはさすがに予想外だ。
「何って惑星連合宇宙軍編、最終章のプロローグ」
俺の問いにやっぱり予想外のことを言う。
……惑星連合宇宙軍編?
「そうよ、やっぱりスペースオペラには軍隊が必要だと思うのよ!」
えっと俺が司令?
「そうよ、最高司令長官よ、元帥よ、ねえ心躍る単語でしょう!」
ラノベとかアニメで見る分には踊ったかもしれないがなぁ。
でなんだ、カグヤは死んだのか?
「そうなのよ、ドラゴンたちの奸計にはまってね、晃君たちは窮地に追い込まれるんだけどカグヤが機転を働かして回避するの。尊い犠牲よね」
そうか。
いま当の犠牲になると宣言されたカグヤは俺の腕を掴んでガクガクと震えてるんだが。
マジで痛いから離してくれないかな。
それで俺は復讐のためだけに惑星連合宇宙軍を創ってそのトップと?
「そうなの!」
レーティアが副官で、ポーラが副司令で、ニーナが提督と?
「レーティアちゃんは副官兼参謀ね。ポーラちゃんは後方での補給がメインで。ああ、副司令になる前に覚悟の証として蒼龍は滅ぼしておいてほしいのよ」
ポーラに蒼龍を滅ぼさせるってそれは一大決心だぞ。
しかしこの時点でカグヤと蒼龍が滅んでいるのか。
てか自分の作ったドラゴンを喜々として滅ぼさせるなよ。
「スペースオペラを盛り上げるためには少々の犠牲は必要よね」
龍の聖女の復活を知らない女神はドラゴンを使いつぶすことになんら躊躇いもない。
大変だなあドラゴンって。
女神にスペースオペラのために滅ぼされるか、龍の聖女について女神と戦って滅ぼされるかの二択なんて。
「ニーナちゃんは悩んだわ。まだ虎の聖女案も捨てがたいんだけど、……惑星連合宇宙軍編で遊撃艦隊を指揮するポジションが一番燃えると思うのよ!」
知らんがな!
でなんだ、この展開を目指せとでも?
「そうよ、この前降りてきたのよ。惑星連合宇宙軍がドラゴンと戦う展開が面白い、見るべきだって」
俺には向いてないだろう、この展開は。
のんびり引きこもりライフが身上だぞ。
「大丈夫よ。どのみち設立までは2~300年はかかるでしょうからそのころには引きこもりも飽きてるって!」
女神が笑いながら手でジェスチャーをする。
てか2~300年って俺死んでると思うんだけど?
「心配しないで、私は晃君なら不老不死をあげてもいいと思ってるの」
相も変わらず荷が重い。
「でね、エピローグのプロットも用意したのよ」
と紙芝居を再び準備する女神。
てかいきなりエピローグ?
真ん中の展開はどうした……いや、もういいからさ。
てかプロットだけで満足しろよ。
「ドラゴンとの激闘の後、晃君の宇宙船は一隻だけで艦隊とはぐれるのよ」
聞いちゃいねぇ、始まったよ!
星屑の海の中、無軌道に漂っていたあの頃は今となってはひどく懐かしい。
あの頃は引きこもっていれば次の惑星についていたものだ。
今はというと警告音鳴り響く艦橋で途方に暮れている。
ドラゴンたちとの最終局面で窮地に陥ったニーナの救出にレーティアを向かわせた判断は間違ってはいない。
イザヨイの白ウサギも以前よりもカスタマイズされ、一般的な宇宙船の管理頭脳的なこともできるようになっている。
本来なら何の問題もないはずだった。
実際、無事ドラゴンを全滅させることには成功した。
問題があったのは最後のドラゴンの悪あがきにイザヨイは吹き飛ばされ、ブラックホールの重力につかまってしまったことだ。
まだ重力圏の外縁で船の出力とかろうじて拮抗しているがこれも時間の問題だろう。
じわじわと飲み込まれることだろう。
白ウサギが申し訳なさそうにしているが、白ウサギには責任はない。
単に運が悪かっただけだろう、まあ俺らしいとも言える。
それでもドラゴンを全滅させることもでき、レーティア、ポーラ、ニーナも無事であるのならば上出来だ。
何一つ心残りはない。
いやあるとしたら100年ほど引きこもる暇がなかったということか。
では最後くらい引きこもるとするか。
白ウサギ、酒を用意してくれ、……そうだな、最後くらいワインを飲んでみるか。
惑星ワイズ産の年代物があるだろう、それを持ってきてくれ。
それとピンクにつまみを頼んでくれ。
……結局、引きこもりができない人生だったなぁ。
「それはそうですよ、船長。私はあなたを引きこもらせませんって言ったでしょう?」
突如モニターに人影が写る。
「あら船長、少し感じが変わりましたね? 昔はもうちょっと腑抜けた顔してましたけど」
俺もヤキが回ったもんだ。
数百年ぶりに見た顔に、聞いた声に涙がこぼれそうになる。
こんな主人を主人と思わないドラゴンだっていうのにさ。
「あらあら、状況最悪じゃないですか。もう少しゆっくりと感動の対面をしたいものですけれど」
というか、お前は本当にカグヤなのか?
「もちろんです」
お前は滅んだはずでは?
「私もそう思ってたんですけどね。……船長を引きこもらせたくないという私の強い想いが奇跡を起こして復活したとかいうんじゃないですかね?」
本当かよ?
そんな訳の分からないことがあり得るのか?
「まああの創造主が作るシステムですもの。スペースオペラがいい感じで終わるためなら奇跡の1つや2つ起こしてくれるでしょう?」
否定できないのが悲しいな。
「さて船長、感動の再会は後にしましょう。まずは生き残りましょう」
だな、手はあるか?
「あります。ブラックホールに近づくことになりますが、そこにゲートがあります。そこを跳びましょう」
おい、お前いまシレっと無茶言わなかったか?
「あといつか話したかもしれませんが、ゲートの出口も似たような環境が多いのでブラックホールの可能性もあります。ですので出力を80%で跳んでください。そうすればたとえ出口が同じような環境でも脱出はできます」
おい、本当にお前は俺の知っているカグヤか?
カグヤは60%で跳んでも出しすぎだと説教して来る奴だぞ!
「それを言うならあなたは本当に私の知っている船長ですか? 私の船長はこういう時に『別に100%でもいいんだろう?』ってこともなさげに言うはずですが?」
俺たちは数瞬にらみ合って、――吹き出す。
まあいいさ、どのみちやるしかないんだから。
ラストジャンプと行きますかね。
「違いますよ、船長」
俺の言葉にカグヤは微笑んで、
「新たな冒険へのファーストジャンプですよ」
「そう、こういって二人はゲートジャンプ! そして暗黒銀河編のプロローグが!」
続くのかよ!
「続くに決まってるでしょう!」
俺のツッコミにきょとんとした顔をする女神。
いや、今のは最終回の流れだろう?
なんだよ、暗黒銀河編って!
「あのね、晃くん」
女神は手を腰に当て、ポーズをつけて、
「スペースオペラは永遠に不滅なのよ!」
お前はどこかの終身名誉監督か!
「だってスペースオペラには果てがないのよ!」
相変わらず話が通じないな、おい。
あのさ、スペースオペラに終わりがないならそういう展開でなくてもいいだろう?
「じゃあどうするのよ?」
決まってるだろう。
――俺たちのスペースオペラはこれからだ! <完>
「いやー! そんな打ち切りエンドは却下よ、却下! せめて惑星連合宇宙軍<創設編>とか通商ギルド設立編はやってよ! あと銀河パワースポットや永久機関の隠しギミックも!」
知ったことか!
<第一部完>
「若者のスペースオペラ離れを嘆く女神様に宇宙船をもらったんだが、引きこもるにはちょうどいい」ご愛読ありがとうございます。
今回にて第一部完です。
詳しくは活動報告のほうに書いていますが、10月より仕事の都合で執筆時間が激減することになり、これまでのように毎日投稿することができなくなりました。
投稿間隔をあけることも検討しましたが、できるだけ毎日更新するというスタンスでやってきたものですので、それを崩すのであればいったん区切るのがケジメかなと考えた次第です。
エタるくらいなら打ち切るほうがマシだと思っています。
ですので一応今回で終了と思ってください。
ですが仕事が落ち着いたときに「詐欺話が書きたい」「実話が書きたい」「地球のドラゴンがいかにひどい目に合うのか書きたい」など思う時がくるかもしれません。
スピンオフのほうも書きたいなと思うのですよ、レーティアの生みの親のヨミ博士との話を書きたかった。
年内は執筆時間が取れないでしょうが、書きたいな、書ければいいなぁ~という気持ちはあります。
長く書いていた分、愛着もありますし。
最終的にどういう判断をするかは流動的ですが、第2部という含みを残しておきたいとは。
最後になりますが、こんなスペースオペラ詐欺のニッチな作品に長くお付き合いしていただきありがとうございます。
たくさんの感想や、ランキングに載ったことなどいい経験をさせていただきました。
もうしばらくは時間があるので少しでも感想に返事をと思っています。
評価もたくさんいただきました、ありがとうございます。
また第一部完だからご祝儀にと思うかたがおられましたら今回していただけると嬉しいです。
またいつの日にか、どんな形かわかりませんが皆様に読んでいただける作品を投稿できればと思っております。