#298 その背中は何を語る 7
俺の誠心誠意の説得が通じてようやく解放された。
「あの人、難しい顔してた」
と余計なことを言わまいと黙っていたニーナが口を開く。
ゲートを使った通信のことを黙っていてくれてありがとう。
もしもばれていたら説得にもっと時間がかかっていたことだろう。
「お父さんとカグちゃんとの約束。ニーナ守る」
偉いぞ、ニーナ。
今日はご褒美に好きなものを食べていいぞ。
「本当? ニーナ、ドーナツがいい。チョコレートや生クリームのやつ!」
OKだ、好きなだけ食べるといい。
俺もすぐ行くからピンクのとこ行って作ってもらうといい。
「わかった」
ギリアムを連れて食堂に向かうニーナ。
ヘンダーソンのように一見話が通じそうなのに、我が強い人間の相手は本当に難儀なことなんだよ。
正直疲れている。
なのでレーティア、そんなあきれ果てた目で俺を見ないでくれないか?
「ねえマスター。ダブルスタンダードって知っている?」
最初ヘンダーソンに「トップたるもの部下に任せてどっしりと構えれないと部下がついてこない」と言ったのに、そのすぐあとに「自分が先頭で手本にならないと部下がついてこない」と言ったことを指しているのかな?
「もちろん。自覚はあるんだ?」
自覚というか、状況が変わった以上説得の方法も変わるというのが世の常ではなかろうか?
「説得ではなく詐欺では?」
誰がなんと言おうとも説得です。
それにだ、確かにダブルスタンダードというか手の平をころっと返したかもしれない。
だが当の本人がそれで納得したのだからなんの問題がある。
「本人が言ってることが違うと言ったらどうする気だったのさ」
人間は矛盾する生き物なのです。
表があれば裏があり、光があれば闇がある。
誠実に商売をしつつ、グレーな金稼ぎもする。
正攻法をうたい、賄賂をする。
真摯に訴え、卑怯に出し抜く。
あなたが1代で財を成すために人に言えないことの1つや2つあるでしょう。
俺はそれを責める気はない、むしろ当然のことだと思っている。
ゆえに言っていることが違うというのもあり得るのではないだろうか。
「また煙に撒こうとするんだね?」
レーティアの視線が冷たい。
気に入らないのならば変えようか?
そもそも部下を育てるということと優秀な部下についてきてもらうということは別に考えなければならない。
人を育てるということは我慢するということである。
自分がすればすぐ終わることを時間をかけて1から教える。
教育すること、経験することで人は成長する。
ただその成長スピードは人それぞれだ。
1を聞いて10を知る人間もいるだろうが、たいていは1つずつ成長するものだ。
だが1つずつでも成長するならいいほうだ。
かつて俺が教育した子には1を教えると0いや-1がわからないと言い出すタイプの人間がいた。
「なんだよそれ?」
世間的な一般常識とか義務教育を受けていたらみんな知っているだろう、みんな頷くだろうというところでつまづく。
例えば「この警告音がでるといったん作業を中止してください」と言う。
「なぜですか?」
このまま作業すると製品トラブルが出る恐れがあります。
「恐れということは出ない可能性もあるのですか?」
それを調べるためにいったん作業を停止して確認します。
黄色信号を止まれと言うようなもんです。
「自分は信号の黄色は絶対に止まりません。だからこの場合は作業を進めろと言うことですね」
お前の主義主張は知らんがな!
作業は止めろ!
あと黄色は止まれ!
これがギャグのつもりならまだ救いはあるが、本気でそう言っていたのが本気で怖かった。
こんなのを採用した人事部長の見る目のなさときたらと頭を抱えたものである。
……話を戻そう。
つまりはだ、こんな部下は論外ではあるが、普通の人間であるのならばどっしりと構えて育てなさいと言うことである。
さて今度は部下についてきてもらうことを考えよう。
さほど役に立たない現場の作業にいちいち口出しされたり、安全パトロールだと称して邪魔しに来られたらうっとおしい。
それくらいならじっとしておいてほしいが、とはいえこっちが必死で働いているのに、二日酔いで遅刻してきた挙句、それでも今晩酒を飲みに行くことしか考えてない上司にはそのまま飲み屋でケンカに巻き込まれ刺されて死ねと思うものだ。
そんな背中を見て誰が尊敬できようか?
ついて行くのは出世するためと割り切るものだけである。
優秀な人間はすぐに見切りをつけるだろう。
うわべの言葉ではなく、立派な行動で示す。
それこそが信頼を得る方法ではないだろうか?
つまりあなたの目指すべきは、今いる部下には仕事を任せ、見守ろう。
そして新たな人材を獲得するために夢に目指して戦っている姿をアピールすべきなのです!
「なんでこう、口から出まかせをジャンジャン出せるの?」
俺が一生懸命話したのにその言い方はひどくないだろうか?
「正当な評価だと思うよ」
カグヤもそうだがウチの管理頭脳はどうにも俺に厳しめだ。
向いてもないのにあんなおかしい奴の相手をしたというのに。
「僕はマスターは本当におかしい人間の相手をするスペシャリストだと思っているんだよ。ただなんて言うのかな? まともじゃない人を相手にするには正常半分、異常半分の人間じゃないとダメなんだと思うんだよ。マスターはちょうどそこにいるんだと思うんだよ。だから正常な僕やカグ姉が聞くとその異常半分のところが引っかかるんだよなあと」
異常半分って言うな!
まあいいや、話がまとまったようなのでそろそろニーナのところに行くとするよ。
「ああマスターあと一つ質問が」
なんだ?
「ギャラクシーキャノンボールの全宇宙展開の4つの致命的欠点って何? 1つは全宇宙通信のためにゲート固定化する場合、その装置がレース中に破損する可能性だよね。あと通貨を作る場合レートや信頼面の観点から大きな共通した価値観、通商組合的なものを設立しないと厳しいよね。あとは宇宙は広さから考えて通信はタイムラグが大きいだろうから、そこで何らかのトラブルが起きやすいかな?」
……なるほど、そういう欠点があるんだ?
「へ?」
俺が頷くのを見てレーティアは目を丸くする。
「ちょっと待ってよ、これも詐欺なの?」
詐欺というかハッタリというか。
ほら、大きいことをするときにはどんなに綿密な計画を立てても実際に始めると思いもかけないトラブルがいくつもでてくるだろう?
だから俺が即興で考えたものなんだから致命的な欠点が4つや5つあっても不思議ではないかなあって感じで。
「ひどいねマスター。よくもまあそれで詐欺師をかたくなに認めないものだよ」
この章はここで終了です。
厄介な人間のことを書くと、他の厄介な人間のことも思い出すのが不思議です。
というか、もう忘れたくて記憶の奥底に封じていたレベルのことを不意に思い出しました。
まあもう笑い話として消化できるようになっていたのが不幸中の幸いですw