#番外編6 とある事務員の独白 後編
「それで一件落着ですか?」
個人の借金については後々のことだから置いておくけど、その後も大変だった。
「何があったんです? ていうか続くんですね」
借金取りが帰った後にカベさんが拍手喝さいを浴びているときに支社長がやってきて激怒したの。
「日下部! ちゃんとせんか、ちゃんと! こんな人目に付くところで借金取りの相手をする馬鹿がどこにいる! 別室に通して話をつけろ! よその業者も出入りするところで話して、見られたらどうする! 会社が恥をかくだろうが!」
って言ったのよ。
「……えっと、一番最初に逃げた人が、それも一つしかない応接室を占拠しておいてそんなことを言うんですか?」
そうよ。
みんなポカーンとしてね。
そして出入り業者が来る場所でみんなの前で大声で叱責するのよ、見られて恥かくことを気にせずに。
「馬鹿なんですか?」
馬鹿よ、大馬鹿。
どっちが反社かわかったものではない。
支社長からすると手柄を全部カベさんのものにするわけにはいかないから、自分ならうまくやった、お前はへたくそだとなじり、カベさんは失敗したことを印象付けようとしたの。
「何でそんなことをするんです?」
基本的に部下の成功は自分の成功、自分の失敗は部下のせいって思っている人なのよ。
だから自分の成功にできないものは失敗に変えてしまうのよ。
「最低~」
カベさんは特にクレーム対応が多くて、自分の功績にできないからいつも謂れのない叱責を受けていた。
だけど当の本人は慣れたもので黙って受け流していた。
外回りから帰ってきた直後に借金取りの対応をして、そのあと支社長に怒られると、あたしのミスで本当に申し訳ないことをしたと何度も頭を下げたが、
「とりあえずなんとかなったからまあいいよ。ただ急ぎの仕事だけ手伝って」
と何食わぬ顔で働いていた。
「聖人ですか!」
「いや、あの人ホント頭のネジが跳んでるんじゃないかってくらい、いい人だったのよ」
むしろあたしはカベさんは他人を信用していないのではと感じた。
だから何でもトラブルは自分で解決する。
そうしなければ、さらにこじれた段階で押し付けられてもどうしようもなくなるからだ。
「てかその詐欺技術で支社長を煙に巻けないんですか?」
それがね、カベさんの手口って昔いた教育してくれた人と同じで、その人って支社長の腰ぎんちゃくだったのよ。
だから支社長も慣れているものだから通用しなくて。
「そんな人がいたんですか?」
カベさんが総務に配属されたときにその教育係は主任だった。
その人についてカベさんは雑務をこなしていた。
人間性はクズだったが仕事はできる人で人事、経理あと安全部まで首を突っ込んでいたのでカベさんも必然的に仕事を覚えさせられていた。
「てかクズなんですか?」
そりゃあパワハラの権化の支社長(当時課長)の腰ぎんちゃくだもの。
めちゃくちゃなセクハラ野郎で女性陣に嫌われまくっていた。
だけどカベさんはセクハラしないくせにあの人の扱いに慣れていた。
当人曰く、
「女癖の悪い奴には慣れてて、いや慣れたくはなかったんだけど」
と言っていた、どうも過去に何かあったようだが教えてもらえなかった。
「その教育係も詐欺師だったのです?」
最悪の詐欺師だった。
うちの会社で出世したければ社長に気に入られることだ。
当時課長だった支社長は何か手はないかと主任に相談したら基本給を下げようと提案した。
「基本給?」
総支給が30万円として当時は基本給20万、手当と残業代で10万だったとする。
それを基本給を5万にし、手当と残業代で25万にしたのよ。
「もらえる金額は同じなんですよね?」
そこまで変えると退職者が続出したことだろう。
でこれになんの意味があるかというと、まあいろいろあるんだけど、一番わかりやすいのはボーナスなの。
「うちボーナス少ないですよねぇ。1ヶ月分ですし」
それを半年分と言い張るシステムなの。
「何でです!?」
ボーナスが30万円の場合、基本給から計算されると20万円の場合1.5ヶ月分なんだけど、基本給が5万の場合6か月分と言い張れるわけ。
「それに何の意味があるんです?」
そうすることで社長は他社の社長に対して、
「ウチはボーナス半年分支給しました。いや、儲かってはいませんが、社員あっての会社ですから。できる限り還元したいのです」
と見栄を張れる。
「詐欺じゃないですか!」
他にも例えば求人募集の際、
「その年の業績によって変わりますが、昨年のボーナスは給料の半年分出しました」
と言えるわけ。
「詐欺ですよ、それは詐欺!」
激怒する新入社員。
そう言ってるでしょう。
「労働組合はその横暴を止めなかったのですか!」
うちの会社の労働組合は会社の御用聞きで役に立たないというか、その当時の組合のトップが支社長である。
その策を進言することで――社員を売ることで――気に入られ、出世した。
「うわ、最低~」
新入社員が本気でイヤそうな顔をする。
あたしもカベさんから聞いた時には似たような顔をしたもんだ。
「その詐欺師はどうしたんです?」
最終的に部長まで出世したんだけど、奥さん相手に新聞にも載るようなDVをし、その上不倫まで発覚して、さすがに庇いきれずに解雇されたわ。
「今いないってのはすごいありがたいですけど……、そのカベさんはよくそんなのを師匠にしてまともだったですね」
反面教師の対応の仕方も慣れてるって言ってたわよ。
使えそうなとこだけ真似て、ダメなところを真似しない。
だから支社長の腰ぎんちゃくになるのはダメだと判断して真似しなかったから嫌われて、攻撃されるようになったんだとか。
だけど何でも屋みたいにオールマイティーでどこの職場の手伝いもできるうえに、詐欺師のような話術でトラブル・クレーム対応したものだから切るに切れなかったと。
「その方、人生濃すぎませんか!」
濃かったねぇ。
当人は「働きたくない。引きこもりたい」が口癖だった。
今頃天国で「生まれ変わりたくない、このまま引きこもりたい」とでも言っているのかな?
……まあ運が悪い人だったから神様にこき使われていなければいいんだけど。
日下部「宇宙の中心で引きこもりたいと叫んでいる」
前話からコンプライアンスと言っていますが、いろいろ聞いた当時の状況を時系列にまとめ、その後に起きた不自然な昇進を見て何かに感づいたとします。
それを例えば上司に言ったならば「そんなことするか!」と顔を真っ赤に激怒され、パワハラされたことでしょう。
それを同僚に言うと「あり得る」「やりかねない、というか絶対にそうだ」と言われることでしょう。
さて、会社的に公言されていないことを語ることは守秘義務違反になるでしょうか?
そんな事実がないのならば別に語ることは問題ないのではないだろうか?
しかしながら、それを名指しで「〇〇社がかつてこんなことをしましたよ」というと流言飛語として名誉棄損と訴えられるかもしれない。
では、私が創作した作品の会社に、かつての職場で妄想した出来事を真実風に書くのはありではないだろうか?
もしかしたらこのことで自分の会社の基本給ついて思う当たる節がある人がいるかもしれない。
もしかしたらあえて書かなかった深い闇に気がつく人がいるかもしれない。
ですので皆さまご唱和ください。
「この作品はフィクションです。実在の人物や会社などとは関係ありません」