#261 想いは奇跡の鐘を鳴らす 14
「へい、らっしゃい!」
カグヤが来なくても唯一付いてきてくれる白ウサギと一緒にのれんをくぐると威勢のいい声が返ってくる。
生前の初めてのラーメン屋に入った時の癖で、ここは食券システムだろうかと一応入口付近で確認してしまう。
「お好きな席に……ああ、日下部船長でしたか!」
人間に擬態したテツジンが俺に気が付くと口調ががらりと変わる。
いやいいよ、変えなくても。
せっかく姿をお前さんのマスターにしているんだから口調もそうしておきなよ。
「そうかねぇ? でもまだこの姿や口調になじんでねえから前のほうがしっくりくるってもんだがねぇ」
妙になじんでいると思うぞ。
なんか荒くれどもにもしっかりと対応できそうな風格まであるよ。
「日下部の旦那に言われるとうれしいねぇ」
むしろ別人と話している感じだよ。
「戻しましょうか?」
いや、そういうつもりで言ったんじゃないよ。
うまくやっていけそうだと思ってな。
「そうかい、そりゃあありがたい」
といかつい顔でニカっと笑う。
カグヤ、レーティアもそうだが本当に人間と見分けがつかない。
ゲンという管理頭脳の素体製造職人の腕前は尋常ではないな。
「でもどうしたんだい? しばらく来ないかと思ってたんだが? それにニーナの嬢ちゃんは?」
ああ、今回は俺1人なんだ、いや、白ウサギは連れてきているけど。
うちの子たちは予定通り惑星フォースフルでバカンス中だよ。
あとカグヤは宇宙船でピンクに塩を持ってきてもらって本当に盛り塩を作り始めていた。
「そうなのかい。じゃあ一体?」
ここにおかしな客が来なかったか?
そいつに用があって来たんだが。
「日下部の旦那! アレの知り合いかい?」
俺の言葉に目を大きく見開く。
「助かった! なんなんだあれは?」
まるで救いの神が来たように俺にすがる。
いや悪いが、神はあっちなんだよ、残念なことに。
「そうなんだよ! いつの間にか突然現れて、ラーメン注文するんだよ! 食った後に、美味そうにしてくれたのまでは良かったんだよ! そのあと替え玉注文しながら、自分のことを女神とか言い出して、儂をタイガーに認定するとか、訳がわからん!」
と、テツジンは混乱しながら俺に教えてくれる。
そうか、美味いって言ったのか、タイガー認定もされたのか。
それは不幸な出来事だったな。
ちなみに今その女神は?
「また来るわって言って消えて、3時間に一度急に現れてラーメン注文して、黙々と食ったらまた消えてを繰り返している。もう15回は来ているんだが」
あいつは本当に何やっているんだろうか?
聞けばあと1時間くらいでまた来るらしい。
そりゃあ困ったもんだ。
俺はカウンターに座り、説明を始めた。
「この宇宙には神がいる。……それもスペースオペラを愛している神様。……何をバカなことをと言いたいが、あんなのを見た後だと……」
苦悶の表情を浮かべるテツジン。
いきなり現れた女神を不審に思い、ラーメンを注文されてもハイそうですかと頷けないところなのに、まるで最優先の命令を受けたかのごとく断れなかったという。
そんなことは今まで経験したことがないという。
そして目の前で出たり消えたりと物理的にあり得ない様子を見ると、よくも回路がエラーを叩かないものだと。
よかったよ、テツジンが無事で。
「無事、……これって無事なのか?」
無事だよ、世の中にはアレを怒らせて海の底で固定されるわ、おかしな姿を100年晒される羽目になるわ、ハリセンでシバかれるわ、調整室に投げ飛ばされるわ、無理難題のパワハラ受けるわと苦しんでいるんだよ、ドラゴンは。
それに比べたら全然無事だよ。
「日下部の旦那もスペースオペラを盛り上げるために呼ばれた転生体って、そもそも女神がスペースオペラ好きってなんだ? そもそもこの宇宙はそれを見るために作られた? 訳が分からん!」
だよなぁ。
ほんと意味が解らん。
「カグヤの姐さんがドラゴンでレーティアのお嬢が儂と一緒のタイガーって? そもそもタイガーって何だ? 魂ってなんだ? 儂に何をしろって言うんだ!」
まあ落ち着け、テツジン。
解らないことは多々あるとは思う。
ウチのレーティアもそうだがタイガーなんて女神の気まぐれみたいなもんだ。
だって、あんなんだぞ?
ノリで決めたに違いない。
ラーメンが美味くて気に入られた、ただそれだけのことだよ。
お前に求められるのはこれからもラーメンを作ることだよ。
「ラーメンを神にまで認められたのはうれしい、だがこれはマイマスターの功績だ。儂のではない」
それを継ぐことができたからの功績だよ。
ヤクモの大将などは引き継げなかったからな。
それに匹敵するラーメンを後世に残せただけでもお前には価値があるよ。
「そんなものだろうか?」
そんなもんさ。
だってあの女神だぞ、そういうに決まってる。
「なあ、日下部の旦那。儂、あの神様、どう扱えばいいんだ?」
ラーメン求められたら出すだけでいいよ。
それこそ神様に供えていると思ってさ。
「……この屋台、神棚あるんだけど?」
そうかい、そっちには酒とか塩とかをちゃんとしたものをお供えしておきな、たぶんそっちのほうが喋らない分ありがたみがあるからさ。
俺の言葉にテツジンは頭をかきむしる。
「なあ、これって宇宙の真理なのか?」
むしろ闇かなぁ。
この話を書いててテツジンが一番常識人では? と思いましたw
次回予告
「アレ」がくるよ!




