#227 だから凡人は天才に挑む 5
「ではマイマスターは幸せな人生だったのでしょうか?」
俺の勝手な推論だけどな。
でもまあ、確かめる術もないんだ。
看取ったものはせめて彼の人生が満ち足りたものだったと思う方が健全だよ。
他人から見たら救いようがない愚かな行為かも知れないが、身内からしたら最後に笑って死んだのならすべてよしと言えるのではないだろうか?
なにせ人の心の中など本人にしか、いや本人にだってわかりはしないのだから。
「……そうかもしれません」
カグヤやレーティアと違い一般的な管理頭脳は表情を多彩につくる機能や言葉にも起伏が少ないのでわかりにくいが、それでも神妙になっている気がする。
もしもこの管理頭脳に魂があれば泣いていたか、はたまた幸せだったならそれでいいと笑っていたかもしれない。
だがテツジンにそんな機能はない。
感情を表現できず、感傷に浸ることもない。
ただ立って立ち尽くすのみ。
「……お父さん」
ニーナが俺に近寄って手を引っ張る。
……そうだな、こういうのを見るとニーナのオリジナルもあながち間違っていなかったのではないかと思う。
主人と死に別れた管理頭脳に選択肢もなく、すぐに別環境で働かすのは奴隷扱いと言えるかもしれない。
なあテツジン、お前はこれからどうする?
「どう……とは?」
元々は惑星ヤクモの管理頭脳っていうならばこのままヤクモに行けばすんなり受け入れてもらえるだろう。
宇宙船もヤクモ製ならそのまま別の船乗りを迎えて宇宙を旅するかもしれない。
「その場合は前の主人のデータは消去されますか?」
「ヤクモに限らずどこの惑星でも、所有者のいなくなった管理頭脳は1度初期化されます」
とカグヤが答える。
前所有者のクセが残ると扱いにくいという観点からだ。
普通の管理頭脳は受け入れる、それが当然のことだと。
テツジンはどうだろうか?
そもそも普通の管理頭脳なら所有者が死んだ時点で近場の惑星に向かう。
しかもこの宙域は製造場所に近いというならなおのことだ。
この場にとどまっている時点で少々おかしい。
レーティアを見るとあっちも俺を見ている。
お互い言いたいことはわかっている。
じゃあ俺らと一緒に来るか?
「そちらの船に乗るのですか?」
コンテナを増設してもいいかなと思っていたからな、さすがに全部は無理があるが、1つ2つのコンテナなら受け入れれるよ。
なあカグヤ、そのまま連結できるだろう?
「あちらは35m級ですが連結自体は可能です。ただ長くなりますのでゲートが難しくなります」
と即答するカグヤ。
まあポーラには悪いが、それは俺が何とでもするよ。
「いえ、私も頑張ります!」
とポーラがやる気を見せる。
「それは命令でしょうか?」
命令してもいいんだが、悪いな、うちって管理頭脳にも選択肢を与えるシステムで。
自分で考えてほしいなと思っているんだよ。
「選択肢があることは難しいです」
例えば管理頭脳に何でもいいから食事を用意しろと命令すると、主人の好みがわかっていない場合は栄養のバランスがとれたものをだし、好みがわかっている場合はそれに沿ったものを出す。
管理頭脳にとって選択とは主人あってのものなのだ。
さて主人のいない管理頭脳はどう反応するだろうか?
「自分には結論が出せません」
まあそうかな。
じゃあどうしようかなとレーティアに相談しようと思った時に、
「ですが、1つだけ思うことがあります」
と、テツジンが言葉を絞り出す。
何をだ?
「自分のデーターが消えることはマイマスターの作ったレシピが消えるということです。日下部船長のおっしゃる通り、例え大将に勝つ気がなかったとしても、マイマスターが50年の歳月をかけて作ったものは本物です」
それは俺も疑っていない。
天才に届かなくても天才の背中を押したものであることには間違いない。
美味かった。
「残したいと思います」
そうだな、賛成だ。
俺も残してほしいと思う。
「多くの人に食べてもらいたいと思います」
俺もまた食いたいと思ったよ。
「マイマスターは以前言っていました。『宇宙で屋台みたいにラーメンだすのも楽しいかもしれないな』と」
ああ、そういうのがあってもいいかもしれないな。
俺もいつかは宇宙で酒場のオーナーするかもしれない。
だから宇宙のどこかにラーメンが食える屋台があるのもいいかもしれない。
これからきっと宇宙に人が増える。
そういうのも流行ると思う。
「自分は……そういうことをしても、いいのでしょうか?」
していいよ。
こう言っちゃあなんだが、して欲しいって思うよ。
いいアイデアだよ。
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このシリーズ、あと1話あります。




