#209 月の少女は希望の唄を口ずさむ 11
レーティア、ポーラ、ニーナの3人が艦橋を去ってからモニターに一見サラリーマン風のスーツにメガネをかけた男が映る。
こちらは?
「惑星ラフェスルのドラゴンです」
「初めまして、日下部船長」
カグヤの紹介に頭を下げるラフェスルのドラゴン。
どこか緊張した面持ちなのはやはり俺のせいなのだろうか?
一応聞くけどご用件は?
「メイ・ホワイトの件です。彼女の扱いには困っていたところではあったのですが」
と本当に困り顔で言う。
てかあいつのことは知ってたんだ?
ドラゴンって人間のすることにあまり興味がないと思っていたが。
「遺伝子研究者としては優秀でして、受精時の不老処置を施す際にストレスに強い遺伝子の発見をしてくれたのです。おかげで宇宙空間への適性の高い次世代が生まれてくれたことから注目していたのです」
なるほど。
それが何をとち狂ったのか、管理頭脳の解放を願うようになり、クローンを作って眠りやがったと?
「そういうことです。管理頭脳の解放というのは正直理解の範疇を越しており、どうしたものかと思ったのです。クローンというと倫理的問題がありますが、それでもSFの題材としてはありふれております。創造主のお眼鏡にかなう何かが起きるのではと放置しておいたのですが」
言わんとすることはわかる。
だが蒔かれたスペースオペラの種を放置してたら旧ジュメルと同じだと思うぞ。
結局200年たって内紛騒ぎが起きたわけで。
このまま頓挫していたらお前もハリセンでシバかれていたのでは?
「――――!」
俺の言葉に青ざめるラフェスルのドラゴン。
「ですが船長。だからと言って目的を変えるのはどうかと思いますが」
とカグヤが口を挟む。
じゃあ1つラフェスルのドラゴンに質問だが、メイ・ホワイトの思想は地上の人間に受け入れられそうか?
「まず無理かと。どうやっても人の生活に管理頭脳は密着しています。ない生活など耐えられない、というか不可能です。エネルギー供給の永久機関も管理頭脳によって制御されているのにそれがなくなったら多くの人間が死にます」
大事になるとは思ってはいたが結果的に人が死ぬ思想だったか。
そんなものが受け入れられるはずはなく、すでに亡くなったクローンたちは本当に無駄死にだ。
メイ・ホワイトとは世界を滅ぼしかねないマッドサイエンティストになりえたわけだ。
思想を成し遂げるために強行していたら星は滅んでいただろう。
そういう意味ではスペースオペラになりえたかもしれないが。
とはいえやったことと言えば大したことはない。
自分のクローンは無駄死にさせるわ、月のプラントは私物化するわ、地上から食糧だの生活物資は管理頭脳に運ばせてるわとなかなか無茶なことをする人間だ。
あげくにちゃんとした信念があるのかと思えばレーティアに否定されたくらいで揺らぐとは、いったい何やってんのかねというところだ。
「レーティアは――ポーラもですが、船長に影響を受けてますね。自身の体験をもとに訴えかけ、それをあたかも正論のように持っていく様は見事です。船長と違って嘘が混ざってなく、相手を騙そうとしていないのが好感が持てます」
そうですか。
まあポーラはニーナ相手にうまいことまとめてくれたがレーティアは着地が悪かった、というかそこまでのビジョンがなかったな。
「そんなのがホイホイ出てくるのは船長くらいというべきところですが、……問題はなぜあの展開に?」
まず第一にあれをそのまま放っておいても百害あって一利なしかなと思ったが、ニーナの件もあるし積極的に助けてやりたいとは思わなかった。
問題を先延ばしにするにもちょうど破綻しかけていたときに、レーティアの演説だ。
再び管理頭脳の解放を目標に掲げさせるのはまず無理だった。
「だからってドラゴンを巻き込まなくても」
まあカグヤ、目を吊り上げるな。
あんなのに何ができるという?
ドラゴンまでたどり着けると思うのか?
「それは……」
「無理だとは思います、が世の中に絶対という言葉はありません」
そうだな、ラフェスルのドラゴンよ。
どだい無理な案件ではあるが、確かにたどり着く可能性がある。
むしろたどり着いたその時こそがスペースオペラの種が芽吹いたと言えるのではないだろうか?
「といいますと?」
お前のところにメイ・ホワイトが、もしくはそのクローンがアクセスしてきたとする。
そうなったらお前はこういえばいい。
「魔王に負けて機能のほとんどが死んだ状態だ。早く逃げろ。くれぐれも我の仇を取ろうなどと考えるな。絶対に宇宙のどこかにいる魔王と戦おうとするな。奴の住む宇宙要塞は宇宙艦隊が守っており人間では近寄ることもできまい。いいか、くれぐれも近寄るのではない。こちらも艦隊を率いて砲撃戦を始めようとは夢にも思わぬことだ」
そういって機能停止したフリをすればいい。
せいぜい思わせぶりなことを言って煽り、情報を適当に残し、攻撃力のある宇宙船を用意してやっておけばいい。
こういうのがせっかく芽吹いた種に水や肥料をやるということだ。
そうすれば勝手に宇宙に飛び立つだろうよ。
「……なるほど」
「いえ、船長、それでは創造主が狙われるのでは? それも魔王として」
おいおい、あんな性格の女神だぞ。
砲撃戦を見れるというのなら嬉々として魔王役をすることだろう。
きっと宇宙要塞だって自分で用意することだろうよ。
「それは……そうかもしれません」
と頷くカグヤとラフェスルのドラゴン。
さてこの展開だとドラゴンに何か不利益があるだろうか?
「…………」
と返事に困る2人。
実のところドラゴンがひどい目にあう可能性もなくはない。
宇宙要塞を護る艦隊を、自分の担当の星が滅んで待機中のドラゴンがさせられるかもしれないということだが、まあこれは黙っておこう。
ドラゴンを交えて女神への愚痴もとい、スペースオペラ談義はもう一話続きますw




