#22 衝撃の常識
「船長が地味で堅実というのは信じられませんが、とりあえずその話題は置いておくとして、正攻法で行きたいと思います。そこで船長には知っておいてもらいたい常識があります」
本当に俺は地味で堅実なんだよ。
真面目にコツコツと生きてきたんだってば。
まあそれは今度ゆっくり力説するとして話を続けよう。
「基本的に宇宙に進出している惑星は働くことが義務ではありません」
「……まじ?」
「はい、永久機関により無限のエネルギーを手にし、自律思考型管理頭脳でロボットを使うことで労働力を確保したことにより、多くの労働は人間がすると効率が悪くなりますので」
SFではAIに人間の仕事が奪われるというのがあるが、そうなるんだ。
いいなあ、うらやましい。
働きたくないが口癖のブラック企業で働いていた身としてはうらやましい、いや妬ましい。
「それで生活できるのか?」
「衣食住は国によってある程度は保証されています。ほぼ現物支給ですが。それ以上の生活がしたいという人は働いて収入を得なさいというスタンスです。大抵は暇をもて余しているので働く人が多いです」
なにそれ、貴族や大富豪が暇潰しにボランティアするようなものか。
国民全体がそれなのか。
「大概はそうです。寿命も不老長寿の遺伝子処置のおかげで200歳前後ですし、暇を持て余します」
なんて世界だ、うらやましい……いややっぱり妬ましい。
今、日本にどれだけ働きたくないと思っている社蓄がいると、会社に潰された人間がいると!
まあニートもいるけど。
俺は常々、宝くじで一等があたったら引きこもり、質素に生活したいと夢見てたのに、理想郷は宇宙にあったということか。
過去の地球人はなぜドラゴンを倒したというんだ!
「船長と出会って20日ほどですけど、こんなに感情を露にしたの初めて見ました。内容はとても酷いですが」
ほっとけ!
「話を戻します。地球人の感覚で一次産業、二次産業はほぼすべて、三次産業もいくつかはロボットの仕事になっています。人間の仕事としてはそういったロボットのする公共産業を管理する公務員、役人や政治家、学校の先生、冠婚葬祭を取り仕切る聖職者」
そういうのは残るんだ。
「あと管理頭脳では人間に娯楽等の刺激を与え続けることができませんのでクリエイター、コメディアン、アクター、アスリート、アーティスト等がありますね」
芸能人やらスポーツ選手、芸術家ってとこなんだろうか。
「あと研究者ですかね。大学にそのまま残って得意な分野を研究して、何らかの発見や成果が出ると多額の報奨金がもらえます」
俺ならきっと……働かないだろうなぁ。
「根底に働かなくても生きていける。暇つぶしとして、趣味としてという側面がありますので大半はレベルが低いです。稀に天才やその分野に狂信的に熱中してしまう人がいますので、変わった発展をしたりブームが起きたりして、それが惑星の売りになるのです。がZ3-Jではそういったことが起こりにくいようです」
「それでほかの惑星からしてみたら物珍しくもないから立ち寄ってもらえない。新たな刺激でもあればブームも起こるかもしれないが、それすらないのでいつまでたっても売りの一つもできないと」
「そういうことです」
悪循環これに極まれり。
「まあこの星に限ったことでなく、全宇宙的にこういった傾向です。全般的に娯楽に飢えています」
「そりゃあ暇つぶしで働くことをするくらいだからな」
ワーカーホリックも確かに存在するだろうが、少数派だろう。
……少数派だよね?
少数派であってくれよ。
「それで話が最初に戻ります」
「どんな話だっけ?」
「正攻法で金儲けってやつです」
「そんな話だったかな? 働かなくてもいいという世界に嫉妬しすぎて記憶が飛んでるんだが?」
「そこまでショックだったんですか」
「……ショックというか、悔しいというか。俺があんなにブラックで働いてきたのにと思うと……」
とりあえず一杯呑ませてくれと頼むと、哀れなものを見るような眼をされた気がするがそれどころではない。
ピンク、ビールだ!
中じゃなく大ジョッキで持ってきてくれ。
「……少しは落ち着きましたか?」
ビール飲んだ後にウイスキーをロックでもらう。
琥珀色っていいよね。
心が落ち着く気がする。
「それは何よりです」
隣の芝生は青く見えるという。
そう納得するのにもう少し時間をください。