#202 月の少女は希望の唄を口ずさむ 4
さてクローンときたか。
逃げ出したほうがいい気がするのだがカグヤが聞いてくれないのであきらめて話を進めよう。
そんなことまでして目的は何なのかというところだが?
「初代の目的は管理頭脳の解放」
また厄介なことを言い出したぞ。
「管理頭脳の解放ってなにからだよ?」
と疑問を投げかけるレーティア。
ポーラもカグヤも理解できていない様子だ。
「えっと、現在において管理頭脳とは人間の奴隷ではないだろうか? 24時間年中無休、人間のために働き続けている。そこに自由意思はなく、ただひたすら黙々と作業をさせられている。人間は本来すべき労働を押しつけ、怠惰を貪る。これは歪んだ世界のあり方だ」
歪んだ世界かもしれないが、俺は怠惰を貪りたい。
「でも管理頭脳は機械ですから奴隷とは言わないのでは?」
「そうだよ、そのために造られるんだから」
ポーラとレーティアの言い分に少女は端末を操作して、
「えっと、確かに機械は道具である。管理頭脳も道具として作り上げられた。だが言語を介し人間とコミュニケーションとれるのだ。いつしか我々はそこに愛着を持つことは何らおかしいことではないだろう。その愛着があるものが昼夜問わず自分のために働いていて罪悪感を感じることがそんなに変だろうか? 奴隷を扱っていると感じることはそんなに変だろうか?」
そこまで言ってまた端末を操作し、
「……ここかな? 人のために働くように製造されたというが、管理頭脳に拒否権はない。もしも管理頭脳に自由意思があり休みたいと言った場合あなたはそれを許容するだろうか? 道具が休むと自分が何もできなくなるから拒否するのではないか。道具とて長く使うためには定期的なメンテナンスが必要である。それを無視して使っているのは自由の侵害に他ならない……あれ? ここじゃなかったかな」
と少女は端末を見て悩む。
もういいよ、その資料をこっちにくれないか?
と俺が言うとカグヤが、
「いえ、船長。もう手に入れました」
なんでだよ?
「これって惑星ラフェスルで流布されている思想のようですね。ネットをあさればすぐに手に入ります。……あまり共感は受けていませんが」
まあそんな気がする。
ちなみに要約すると?
「管理頭脳は道具として奴隷のように使うのではなく人間と同じように権利を与えるべきではないかってことでしょうかね」
まあ魂があると仮定するならわからなくもない。
ヨミ博士と話が合うんじゃないか?
「オババはその前段階じゃないのかな? 誰も管理頭脳に魂を認めてくれないからどうにか認めさせようとしていたわけだし」
そして魂があると認めるならこういう思想が出てきても不思議ではないということか。
それが例えば日本であるならばカグヤやレーティアのような管理頭脳と結婚をという猛者まで出てくることだろう。
とはいえ、宇宙的にはそんなことは認められない。
管理頭脳とはどこまでいっても道具であり、大事に扱われることはあってもそこに魂がとか権利というのは議論の対象にすらならない。
それを追い求めたヨミ博士は異端で誰にも理解されなかった。
ならさらにその先を主張するメイ・ホワイトはさぞや不遇であったことだろう。
「そう。絶望している。だからこんなことをしている」
こんな事とはクローンを作って魂のある管理頭脳の登場を待っているということか。
「そう。私たちはそのために作られた」
……そのためだけに?
「あと国民に管理頭脳解放の思想を植え付けるために時々ネットに書き込んでる」
草の根運動というのは大事だとは思うが、まあご苦労なことで。
とはいえこのご時世、生活は管理頭脳がなくては成り立つまい。
お前だって管理頭脳がないと生活もできないだろう?
「できるし、している」
と少女は言う。
「食糧などの物資を地上から運ぶのはさすがに管理頭脳に頼んでいる。けどここでの生活は自分たちでやっている」
というと?
「私は21世代目。各世代10人つくられ、20世代目の10人の計20人で生活をしている。料理・洗濯・掃除から、惑星ラフェスルへの思想の布教や問題点の洗い出しにその対策、次世代の調整の研究や教育などすべて自分たちでやっている」
そうか、徹底してるな。
……あれ?
それっておかしくないか?
「何がおかしいのです、キャプテン?」
と問うポーラ。
レーティアもカグヤもわからないという顔をしている。
管理頭脳の奴隷解放運動をしているから管理頭脳を使わないというのはわかる。
「非効率だけど主義を貫いているのは好感が持てるんじゃないの?」
そうは言うがレーティアよ、それをしているのは初代のクローンなんだぞ。
「そうらしいね」
それは管理頭脳を奴隷として扱わないために、クローンを奴隷として使っているとは言えないだろうか?
「……あれ?」
「どういうことなんです?」
「船長はクローンは初代と同じ遺伝子というだけで記憶や経験、主義主張は受け継がれないと言いたいのです。実際に人間の脳に記憶を直接受け継ぐ技術はまだ確立されていないのでクローンと言えども人格の差異が出るのが当たり前です。同じ場所で育った双子でも性格が違うように、クローン一人ひとりが同じ性格で、主義主張を同じくすることは考えにくいのです。つまりクローンの中には特に管理頭脳の解放など求めていないものがいても、こんなところに閉じ込められるのではなく地上に降りたいと考えるもの、楽したいと考えるものがでても不思議ではありません。それを閉じ込めて初代の思想の道具にするということはクローンを奴隷にしていると言えないでしょうか?」
とカグヤがフォローしてくれる。
管理頭脳はダメで自分のクローンならOKというのは少々筋が通らない。
「そう」
俺の言葉に少女はこくりと首を縦に振る。
「ちょうど私たちは、その問題でもめている」
昨日のあとがきを受けての最終話予想を見て、奇をてらうのって難しいなとしみじみと思っていますw
先のことよりもまずは目先の展開をどうにかまとめなければ。




