#196 ティータイム
「クッキーを焼いたんですけど、一緒にいかがですか?」
そうポーラに言われて、まあたまにはいいかと思ってご相伴にあずかることにした。
考えてみたら女の子の作った手作りクッキーなど生まれて初めて食べる。
出されたクッキーはこう言っては失礼だがオーソドックスな見た目をしており、味も普通においしい。
アニメでよくある黒焦げのクッキーや見た目は普通だけど砂糖と塩を間違っているなどということはなく一安心した。
その場合、俺は食うべきなのだろうか正直に言うべきなのかと悩むところだが、よくよく考えればキッチンにはピンクがいる。
そういうミスは未然に防いでくれるのだろう。
ただここで注意が必要なのは「お約束」を学んでいるレーティアの存在だ。
ラッキースケベ以外にも手を広げられたらやばかったかもしれないな。
「キャプテンはあまり甘いものを召し上がらないのですか?」
美味しいと伝えたらほっとした顔でポーラが聞いてくる。
……そういえば宇宙にでて初めて食べたお菓子かな?
「そうなのですか?」
たぶん。
「もしかしてお嫌いなのですか?」
そういうわけではないんだが、とおずおずと聞くポーラをなだめる。
むしろ働いていた時はある意味クッキーやまんじゅうが生命線だったとも言える。
「どういうことですか?」
会社にくる来客が「皆さんでどうぞ」的に手土産を持ってくることがよくあってな、それをまあ本当に総務部でわけていたんだ。
まんじゅうとかクッキー、せんべいやチョコとかあったが、その都度1つか2つもらっていたんだ。
まあ手土産だから定番の無難なものがほとんどでめちゃくちゃ美味い的なものはめったにないんだけどな、来客が多かったのでそこそこもらっていたんだよ。
最初はそんなに興味がなかったんだが、何年もブラック企業で働くと昼休みは飯を食うより寝たいという感じになり、それでも寝れるなら運がよく、運が悪いと昼飯も昼寝もせず働く毎日だ。
そうなると人間、頭が働かなくなる。
そういう時に甘いお菓子を食って糖分を補給して、エナジードリンクを飲んで無理に体を動かすようになる。
「それって体に悪いのでは?」
悪いよな。
まあそれでも人間追い込まれたらそんな日々となる。
「……それでしたらキャプテンにとってお菓子はつらい思い出を呼び起こすものだったのでしょうか?」
申し訳なさそうにポーラが言うが、必ずしもそうではない。
お菓子はコミュニケーションとしては役立つもので助かることもあった。
俺などは会社に張り付くだけでなく、外回りも多々あった。
1日会社から離れない女性の事務員さんからしてみたら気分転換できていいなと恨まれることさえある。
実際のところそんなこともないのだが昼飯にラーメンを食いに行ったとか、時間をつぶすために喫茶店に入ったというだけでも嫉妬の対象になる。
そんな嫉妬を和らげるために役立つのがそれこそお菓子である。
他社の営業マンが持ってくる定番のモノではなく、例えば雑誌やテレビで取り上げられた店のお菓子だの、暑い夏には冷たいもの、寒い冬にはあったかいタイ焼きだの焼き芋でどれだけ人は機嫌がよくなるものだろうか?
時には1枚だけ激辛のハズレが入ったクッキーの詰め合わせをネタとして持って帰るとなぜか妙に受けて、誰がハズレを引くかで盛り上がり殺伐とした事務所が和らいだもんだ。
「そういった気遣いをすることで従業員の結束を固めるということですか?」
むしろ俺が嫌われないようにするためかな。
上司には嫌われても仕事はできるが、現場に嫌われると仕事ができない。
敵を作らないように、場合によっては手伝ってもらえるなら数千円の出費は安いもんだ。
あと自分で買ってきたのに運悪くハズレの激辛クッキーを引き当てて、食って派手なリアクションで笑われるピエロくらい演じてやるさ。
「ブラック企業って……難しいのですね」
まったくだ。
それでもまあまだお菓子でご機嫌を取れるくらいに俺は嫌われていなかったからよかったんだが、場合によっては逆効果にもなる。
「といいますと?」
取引先で定年になり、その会社では再雇用するほどのポストも能力もなく、わが社に押し付けられた人がいる。
お飾りの部長職で日々特に仕事もなく、俺からしたらうらやましい窓際族だ。
暇だからと仕事中に私用で外に出かける。
それも堂々と私用で出かけると宣言するもんだからタチが悪い。
その上、臭い。
「匂うのですか?」
香水を品よく使えばいいものをとにかくかけまくっているもので周りの席の人間は匂いで気分が悪くなったり目が痛くなるという苦情も出ていた。
そこまで嫌われるとお土産に高いお菓子を買ってきても喜ばれない。
若い女の子にお礼を言われたいだけだの、仕方ないからお礼を言いに行ったらいやらしい目で見られただの陰口を叩かれる。
まあだからお菓子というものは相手の距離感をはかるバロメーターと言えるではないだろうか?
同じものを送っても好感度によっては味まで変わるのではないだろうか?
「……そう言われますと納得するところもあります。お菓子も深いのですね」
この場合、深いのはお菓子じゃなくて人間関係だけどな。
とまあせっかくのティータイムに詮無いことを話したが別にお菓子が嫌いとかいうわけじゃないぞ、たまにはいいもんだと思ってる。
「いえ、気にしてません。ただクッキーから教訓話になるのがすごいなと感心しました」
教訓かなぁ?
「よかったらまたお茶会、お誘いさせて下さい」
あいよ。
飲み会3連続3日目
とりあえず小説書く時間がまともに取れない。
このGW中は毎日更新したうえでストックをためる予定なのに。




