#185 ポーラ・アラカルト 6
ポーラ視点です
「この子はお前さんの好みじゃないと思うぞ」
キャプテン!
どうしてここに?
地上ですよ!?
「まあそれは後だ」
キャプテンは私を手で制してレオンさんと向き合います。
その頼りがいがある後ろ姿に本当に身勝手ですが、ホッと安堵し涙がこぼれそうになります。
「なに? あんた誰?」
キャプテンはレオンさんのその言葉に心の底から安堵したように笑い、
「行動がまったく同じだから俺の友達が整形してるのかと不安だったんだけど、この顔を見てその反応はマジで助かる」
「はぁ?」
「いや、悪い。こっちの話だ。俺は宇宙船イザヨイの船長の日下部っていうんだ。この子の保護者みたいなもんだ」
「保護者ってことは彼氏じゃないのか? じゃあ俺とポーラちゃんが付き合っても問題ないのか?」
「やめとけ。さっきも言ったけど、この子はお前さんの好みじゃないだろう?」
「顔は超タイプだけど? あと性格も真面目そうでいいじゃん」
「まあ確かにポーラも視野が狭いからそういう意味だとお前さんの口説きやすいタイプかもしれないけどさ」
「だろう?」
「でもこの子金持ってないし、稼ぐ方法を知らないぞ? お前さんは釣った魚から餌を貢いでもらいたいタイプだろう?」
キャプテンの言葉に少し考えて、
「それある~」
と何がおかしいのか笑いだします。
「兄さん、うまいこと言うな。それそれ」
「だろう? あとこの子はちょっと正論を言いたがるからな、お前さんのように口だけでかわそうとするとめんどくさいよ。後でDV騒ぎになるからやめとけ」
レオンさんは鼻を鳴らしてキャプテンと向き合います。
「兄さん、なんか俺のことよくわかってる感じ? なんでなんで?」
「お前さんとそっくりな友人がいてな、まあ振り回されたからなんとなくわかるっていうか、そっくりすぎて嫌になるな」
「宇宙は広いな」
「本当に嫌になるくらいな。あとそいつは昔いじめられたとかで友達がいない、でも友達が欲しいって言う寂しい女の心をうまいこと埋めて口説いてたが」
「ああ、それわかる~」
「ちなみにビンタ一発で別れられるのならノーダメージ。包丁だされそうなら腹に雑誌を隠しておいて絶対に背中を取られないようにするとか」
「ああ、それ基本だよね~。なに、マジ俺と一緒じゃん」
「そうか、……本当に宇宙は広いな」
陽気なレオンさんと対照にキャプテンは肩を落としています。
「まあ実際のところ、男が来たことだしそろそろ潮時と思ってるんだろう? このまま立ち去ってくれるならいいことを教えてやろう」
「なんだい?」
「幽霊船の夫人が怒ってたよ。お前にイミテーション掴まされたってな」
その言葉を聞き、今までへらへら笑っていた顔が少し真顔になります。
「……人違いじゃないかな?」
「そう思うなら弁明に行ったらどうだ? なんか幽霊船の客に『レオン・ヒイラギという男は結婚詐欺師だから入国禁止にした方がいい』といろんな星に通達するように指示しているらしいぞ」
「……へ、へぇ。そうなんだ。まあ俺は何のことだかわからないから関係ないけどな」
少し声が上ずっています。
「まあ容疑を晴らす気がないならとっとと遠くに行った方がいいと思うがね」
「俺には本当に何言ってるのかわからないんだけどさ、ちょうどそろそろ出国しようと思ってたんだよ。マジで」
といって立ち上がろうとします。
「そうかい、あともう一点あるんだが」
「……なんだ?」
「惑星ヤクモという星でいま騒ぎが起きているらしい。なんでもアヤノ・ヒイラギという娘が結婚詐欺を繰り返しているという話だ」
「――へ、へぇ」
レオンさんの顔色が一気に青くなります。
いったいどういうことでしょう?
惑星ヤクモとは聞いたことがありませんが?
あとアヤノ・ヒイラギさんとは……ヒイラギ?
「フクハラってその惑星の出身者に聞いたんだが、その惑星って変わった法律なんだってな。親と計20年一緒に生活してないと成人と認められないんだってな」
両親が両方いれば生まれて10年で成人として認められ、どちらか片方しかいなければ20歳にならないと成人と認められないといいます。
10歳で成人? とも思いますがそれくらいからある程度の自覚をもって行動することを求められる国だそうです。
ちなみに成人に達する前に両親ともが亡くなるケースの場合はそれまでの両親と過ごした年月で足りない分を国家の定めた後見人に保護されるということです。
「で、その子の母親は残念なことにすでに他界しているらしいが、まだ父親のほうは生きているらしい。宇宙船乗りらしくてな、宇宙にいる間ってのは一緒に生活していると認められないらしい。つまりその子はまだ未成年ということらしい。ゆえに親が責任を取るべきだという話になっている。どれぐらい派手にやってるかは知らないが、立ち寄った宇宙船乗りに父親にすぐ戻ってこいという国の命令書を配布して近隣に触れ回ってるそうだぞ」
「へ、へえ」
レオンさんの目が泳いでいます。
お話から察するにその父親がレオンさんなのでしょうか?
「まあ国に戻って清算したほうが賢いと思うけどな、しかし親子2代で結婚詐欺とは血というのは恐ろしいね」
「俺には関係ない話だけどな。ヤクモだっけ? 俺の地元じゃないしな」
レオンさんはそれでもとぼけます。
それを見てキャプテンは肩をすくめ、
「そうだろうな、まあ逃げるなら急いで遠くに逃げな。夫人とヤクモの手の届かないところもあるだろうよ」
「何言ってるのかさっぱりわからん! ――用事を思い出した! じゃあな!」
と逃げるように走り出しました。
「で、ポーラ。気がすんだか?」
キャプテンは私と向き合います。
……あの人はいったい何を考えているのでしょうか?
「本人は賢く、楽しく生きているつもりなんじゃないのかな? ただ義務とか責任とかが死ぬほど嫌いで、面倒くさくなったらとにかく逃げようというタイプで」
ですが、人間生きる以上、義務や責任が付きまとうものでは?
それも誰かを好きになって結婚しようとするのならば面倒くさいからといって逃げるなんて!
しかもお子さんがいらして、それで事件を起こしたのに助けに行かずに逃げるなんて、どうして、……どうしてそんなことができるんですか!
「だから言ったろう、泣くことになるって」
いつの間にか涙が出ていた私にキャプテンがハンカチを差し出してくれます。
「宇宙は広いからな、自分はまったく悪いことをしているとは思ってもいないけど、でも悪意をばらまいている奴はいるもんさ」
なぜそんな人がいて許されるのでしょうか?
「報いは受けるさ。ポーラが思っているようなことではないかもしれないけどな」
あの人に苦しめられた人は救われないではないですか!
「それは申し訳ないな。さすがに一人ひとりを救う術はない。自力で立ち直ってもらわないと。時が解決してくれることを祈ろう。長く生きていれば別の人間に恋して立ち直るかもしれないしな」
そんなことがあり得ますか?
ねえキャプテン、私は怖いです。
好きになった人がああいう人だったらと思うと。
あんな風に苦しむのかと思うと、もう誰も好きになんて……。
「こら、約束したろう、俺のようになるなって」
キャプテンは軽く私の頭を叩きます。
キャプテンのように?
「あんな男はめずらしいよ。大抵はもうちょいマシだよ。とはいえ人間同士だ。そりゃあ腹が立つことも、苦しむこともあるだろう。でもいいこともあるさ。だからさ、――お前は誰かを好きになりな。でもって幸せになりな」
と優しくおっしゃいます。
そこで私は不意に思いだします。
キャプテンは一緒にどん底まで落ちると引き上げてやれない、命綱なり救命道具を用意して、そのあと助けてやるのが効率と思う、と。
効率という意味では海でおぼれている人にタンカを用意しても、山で遭難した人に浮き輪を用意しても意味がありません。
何が必要なのかを知っていなければなりません。
キャプテンは一度、どん底まで落ちたことがあるのではないですか?
痛みを知っているから同じ痛みを私に味あわせないために、何度も会うなと忠告し、今もわざわざ宇宙船から降りて私を助けに来てくださったのですか?
この方はきっとレオンさんと対極にいるのではないでしょうか。
優しくて、傷つけたくないから人と距離を取り、引きこもっているのではないでしょうか?
でも放っておけないから私を助けてくださいます。
今までキャプテンは飄々として何でも解決できるすごい人だと思っていましたが、……実はそうではないのかもしれません。
世界を拒絶したいくらい辛い経験から引きこもってはいますが、それでもいつも人と接しています。
本当は誰よりも優しくて、とても不器用な生き方しかできない人なのではないでしょうか?
ああそうか。
だから私はキャプテンのことが……。
私的には長かったポーラの強制敗北イベントが終了しました。
この子を成長させるためにどうしようかと思い、(女の)敵を用意し対決させようと思ったのが竜玉編でなるべく本編を邪魔をしないようにすすめてきたのですが、50話経っているんですねぇ。
賛否あるかとは思いますがこれがポーラにとっていい形かなと思っています。
あと引きこもりが外に出るのもこれがいい頃合いだったのかなと。
次回からは地上編が始まります