#166 花見回 1
「ねえ、マスター。日本人って桜が好きって聞いたんだけど」
まあ一般的にな。
「マスターは嫌い?」
めちゃくちゃ好きで毎年いろんなところの桜を見に行くということはしないが、会社に行くまでに咲いてる桜を眺める程度には。
「ならよかった」
何がだ?
「お花見の準備をしたから来てよ」
花見?
ここ宇宙船の中だぞ。
「庭園があるのは知ってるでしょう? あそこに数本だけど桜もあるんだよ。ようやく満開になったから見に行こうよ。お花見しようよ。食べ物も用意したよ」
まあたまにはそういう飯もいいかな。
そんな軽い気持ちでレーティアに案内されて庭園に向かう。
あれ?
そういや白ウサギがいないな、いつもついてくるのに。
「白ウサギはもう庭園だよ。仕事頼んでて」
なるほど、なんか準備してるのか。
「なんじゃこりゃ?」
庭園の遊歩道をほどなくして淡いピンクが目に飛び込む。
思ったより大きいなと近づいていくとその手前に見える「屋台」に思わず突っ込む。
それも一つ二つの話ではない。
桜に向かう遊歩道の両脇に屋台が列をなしている。
「お花見って屋台なんでしょう?」
花より団子とはあるが屋台は必須じゃないかと思うぞ。
「そうなの?」
いやまあいいけど。
しかしよくこんなに作ったよな、いくつあるんだ?
「20かな」
作りすぎだろう。
「一応料理できるウサギがいつものピンクと予備機のピンク、それとマスターとポーラ姉の白ウサギなので、その子たちで食べ物の屋台を作ったよ。一体で複数の店を兼ねるけどね」
お好み焼き、焼きそば、タコ焼きといった粉もの担当のピンク(いつもの)
焼き鳥、フランクフルト、串焼き、焼きトウモロコシを担当するピンク(予備機)
フライドポテト、唐揚げ、カリカリチーズといった揚げ物担当の白ウサギ(俺の)
チョコバナナ、綿あめ、リンゴ飴、ベビーカステラを担当する白ウサギ(ポーラの)
あいつら大変そうだな。
いやまだそこまではわかるんだが。
射的担当の黒ウサギ。
輪投げ担当の青ウサギ。
ヨーヨー釣り担当の黄色ウサギ。
カタヌキ担当の赤ウサギ。
千本くじ担当の茶色ウサギ。
飲み物担当の緑ウサギ。
これは花見に必要だろうか?
てかウサギって、もしかして全色か?
「色で言うならオレンジは待機中。数で言うと赤・緑・茶色ウサギはもっと数いるけど裏方してもらってる、あと通常業務も」
オレンジだけ待機の理由も気になるが、そんなことより通常業務を優先してくれ。
「一応黄色ウサギのところは体調が悪くなった場合の救護室も兼ねてるから」
そういう気遣いより違う気遣いしろよ。
「千本くじにはちゃんと当たりいれたよ」
それは大事な気遣いだな。
「あとごめんなさい、金魚が用意できなくて金魚すくいできなかった。本当はこれがオレンジ担当だった」
と少しシュンとされ罪悪感を感じる。
いや、それは気にしてないぞ。
むしろここまでよくしたもんだと感心はしている。
「でしょ! だいぶ頑張ったんだよ」
本当に頑張ったな。
頑張りすぎな気もして、少し引き気味だがな。
「キャプテンこっちです!」
屋台をとりあえず眺めつつ、まずは桜に向かうとポーラが手を振っている。
一番大きな桜のそばに机と椅子が用意されており、ポーラとカグヤが座っている。
「キャプテン、桜が綺麗ですよ」
そうだな。
こんな桜が宇宙船で見れるなんて思いもしなかったよ。
「本当ですよね」
マイタンでも桜は……あるのか、地球と同じだもんな。
「はい、毎年春には咲いているのを見てますけど、お花見って初めてです。お祭りみたいですね。なんかワクワクします」
本当にな、これだとなんかの祭りだな。
「これが船長の国の一般的なお花見なのですか?」
一般的ではない気が。
でも人気の名所は屋台がたくさん出ているとは聞いたことがあるが。
あと宅配ピザを頼んだら来てくれるって本当なんだろうか?
いつも言っているが俺は引きこもりだから、わざわざそんな人ごみのする花見に行こうという気がなくてわからん。
ただこれが一般的だというのなら花見に行かなくてよかったなあとしみじみ感じているところだ。
貸し切りならともかくこれに人があふれていると思うとうんざりするな。
「ねえ、マスター。何食べる? とってくるよ」
ビール、お好み焼き、フランクフルトにフライドポテトで。
「即答だね。でも了解、すぐ持ってくるよ!」
「あ、私も見てみたいので一緒に行きます」
といってポーラとレーティアが嬉しそうに屋台に向かっていく。
なんかはしゃぐ娘を見送る父親の気分だ。
……で、カグヤは何してんだ?
「何と言われましても、今回の仕切りはレーティアですので、私はゲスト的に座っていようかと」
そうですか。
じゃあこれは全部レーティアの企画か。
「そうです。頑張ってましたよ」
頑張りすぎの気がするがな。
「船長のことだから桜の下にレジャーシート敷いて、弁当でいいと怒るかなとも思いましたが」
そりゃあ最初に相談されたらそう言っただろうけど、ここまでされると文句言うのがかわいそうになるレベルだろう。
よく頑張ったとあとで褒めてやらないとな。
あとウサギたちもねぎらうべきか?
「まあ、ウサギたちはともかくレーティアにはねぎらってやってくれれば」
あいよ。
でも褒めすぎると次回さらにヒートアップしそうだなぁ。
食い物屋台だけにしてもらえるようにそれとなく指導だけするかな。
「船長、娘の褒め方に困ってる父親のようですよ」
くすっと笑うカグヤ。
ほっといてくれ。
青ウサギ:運動インストラクター
黄ウサギ:医療担当
黒ウサギ:護衛担当
緑ウサギ:倉庫作業担当
茶ウサギ:生産プラント担当
赤ウサギ:整備担当
オレンジウサギは次のシリーズで少しだけ出てきますのでその時に。