#16 宇宙船カグヤ、発進
「おはようございます。随分と早いですね」
開口一番、心外なことを言う。
「早めに来いっていったのそっちじゃないか」
「言いましたけど、1時間も早く来るとは思わないじゃないですか」
社会人時代は遅れるよりは早いほうがいいの精神で、客先相手には最低10分前、余裕をもって20分前の行動するタイプだ。
社内での会議では時間通りだったが、出社時間は1時間早く、メールチェックや当日の段取りを進めていた。
時間間際で慌てるより余裕をもって進めたい。
こうした余裕がさらに仕事を抱える要因となり、残業で対応と悪循環になるのだが。
……社畜って本当にダメな生き物だ。
やめてからも出社時間の癖が抜けない。
それと時間があるからと暇つぶしをしているとキリの良いタイミングでやめれるかという不安がある。
「……別に時間に追われた生活してるわけじゃないから、少々遅れてもいいんだけどなぁ」
学生の時から寝坊したことも遅刻したこともない。
そういうところだけはまじめだったので何時に来いと言われると遅れないように余裕をみて行動してしまう。
「なんか癖で」
「早く来たからと言ってこちらが困ることはないのですし、まあ座ってください」
言われるがまま座る。
「でも意外でした。45時間も部屋から出ない人だからきっと今日も遅れてくると思ってました」
「あれは100時間は休みだと思ってたからさ。仕事があるなら動くよ、いや働きたくはないんだけど、仕方なく、しぶしぶと」
「というか、今日は船長の中では仕事なんですね?」
「そう思うことにしてる。メリハリというか生活と区別しておかないとほんと部屋からでなくなりそうで」
「そういう自覚はあるんですね」
「性質が引きこもりですから。運動も仕事、勉強も仕事、操舵も仕事。その代わり部屋では引きこもってすべてから解放される」
「むしろ殻にこもってるようにしか思えませんよ」
まあそうともいう。
「さて現状を聞いておこうか」
船長とはこの船の責任者だ。
人間は俺しかいなくとも、いやだからこそ知らないといけないことは聞いておこう。
「コンテナ4基の連結並びに外装の増築は最終チェックまで完了しています」
モニターに映し出される赤い宇宙船。
2日前に色の好みを聞かれたので3倍速いという意味合いで赤をベースにしてもらった。
ゲート突入のシミュレーションでは電柱のような形だったのでそうなると思いきや、羽やら棒やらが所々についている。
聞けばゲート突入の際には収納させて円柱状になるが通常空間だとスペースデブリの発見・迎撃用の装置は出しっぱなしだし、今回は地上から発進するので羽もあるのだという。
それでもまあ俺の感覚では宇宙船というよりロケットというべき代物だな。
打ち上げされるのだろうという感じでそびえ立っているし。
「サブユニットのほうも最終チェックまで完了しています。同コンテナ内の居住区は20%ほど完了しました。食糧生産コンテナ、機械生産コンテナが現在最大60%で稼働できます」
「よくわからん数字だがそれは俺一人なら別に問題ない数字なんだろ?」
「そうですね、ここ数日の船長の食糧消費状況を見ると30%もいりませんかね。酒や調味料の種類が多く、ワイズにはないものも多いので少し手間取っていますが」
味噌とか醤油がないっていってたな。
「そうですね。醤油は試作品ができましたのであとで試してみてください」
「了解」
「倉庫部分のコンテナですが船長の地球と共通する食材と、年代物の酒はあらかた積みこみ、その他資材を余裕をもって積み込んでいます。またこの前も話しましたが外装強化時に一緒に連結部の強化もして内部に空間ができましたのでそちらを倉庫として使っており、倉庫コンテナ自体の使用量は35%ほどです」
積み込み目録が出てくるがさっぱり適正な量がわからない。
まあ多分俺の想像以上に多いんじゃないのかなぁ。
「今は何をしている状態?」
「発進シークエンスの最終段階です。出ようと思えばいつでも飛び立てます」
「最後まできちんとしてくれればいいよ。早く来たけど急いでるわけではないから」
「了解しました」
手元のモニターで目録やら船内の配置図をみる。
ようやく自室から食堂、艦橋、ジム施設くらいは一人で行けるようになったがこれだけ広いと覚えきれるかなぁ。
そもそも覚えきる必要があるのかという感じだが。
自分の家というか職場というか、イザヨイくらい知っておくべきかなあという思いがあるが面倒くさいという気も。
まあおいおい考えよう。
時間はたっぷりあるはずだ。
「俺が何かすることは?」
「ここが他星の宇宙港でしたらそこの職員に出発の挨拶をしてほしいところですけど、ここにはそんなものありませんし、最終シークエンスの確認や積み込みも手続きも普通は管理頭脳の仕事ですしね」
頬に指をあて考えるしぐさをする。
てかそれならそもそも人間いらなくないか?
「いえ、でも責任の所在と言ったら人間にしてもらわないといけません。管理頭脳同士でのやり取りだと同惑星内ならともかく、宇宙間だと対処が容易ではないですからね」
誤配送なりがあっても履歴を調べて悪いほうがすぐ対応できる距離ならいいが、すでにゲートを飛んで連絡がつかない場合は誰のせいかという問題になるってことかな。
「責任取るのが責任者の仕事だもんな」
夜中に怒鳴り込んできて、ショック死させても自分の責任を認めない支社長たちがいるくらいだ。
死んだほうとしては反面教師にさせてもらおう。
時間まで艦内の質問やら雑談をして過ごし、14時きっかりに、
「では準備が完了しました。船長、出航許可を」
「許可する。イザヨイ、発進せよ」
「了解、イザヨイ発進します」
とカグヤが言うとしばらくしてモニターの宇宙船に発進の兆しが見える。
あれ?
俺シートベルトとかスーツにヘルメットとかかぶってないけど大丈夫なの?
「大丈夫ですよ。これぐらいのGなら中和されますし、ミサイルでも撃ち込まれたら危険ですけどここはもう人いませんし。宇宙船に不具合があって落ちるならヘルメットがあってもシートベルトがあっても助かりませんよ」
それは正論かもしれないが……いや、よそう。
俺みたいな宇宙初体験の人間が、地球人的な知識で言うのはきっと間違っている。
ゲームでしか車の運転したことがない子供に運転の仕方が間違っていると言われてるようなものだろう。
そう納得して椅子に腰を掛けておく。
画面の宇宙船はドンドン上昇していくが、確かに何のGもない。
単にテレビでロケットの発射シーンを見ているようだ。
「はい、惑星の重力圏を突破しました。これより通常航行にてゲートを目指します」
特に何の感慨もないまま宇宙に到着。
俺の思ってた宇宙への旅立ちとは違うが、間違っているのは自分、そういうことだ。
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ありがとうございます。
ようやく宇宙に飛び立てられました。
とはいえ以前書いたように宇宙でもこんな感じのダラっとした感じです。
強敵だの派手なアクションなどは皆無です。
次話以降も引き続き読んでくださると嬉しいです。