#124 些細な願望とちょっとした危機感
「マスター、カグ姉が艦橋に来てほしいって言ってるよ。お昼前だしそろそろ動こうよ」
リビングから俺を呼ぶ声が聞こえる。
なあ、レーティアよ。
「なに?」
俺は静かに引きこもりたい。
30分おきに声をかけるな。
「オババも研究中にうるさいってよく怒ってたけどさ、一応生存確認したいじゃん」
俺の生命反応はスーツを通じてわかるんだろう?
「わかるよ。でもたまには声かけておかないと。人間って気にかけられてると思うと安心する生き物でしょう?」
言わんとすることはわかる。
だが俺はほっておいてもらいたいタイプの引きこもりだ。
大丈夫だ、用事があったら呼ぶからほっておいてくれ。
むしろそういうことはポーラにしろ。
あの子を俺の分まで気にかけろ。
ある意味お前の最優先事項だ。
「ポーラ姉のとこにも行ってるよ。でもさ、新しい白ウサギができるまでは僕がマスターの専属だからさ、世話焼かなきゃって」
そう、レーティアの機能拡張がすんだ。
脳に当たる部分はイザヨイの最後方コンテナのサブユニットの艦橋部にある。
サブユニットは今後レーティアの管理下に委譲し、有事の際はそちらで宇宙船を動かせるようにする。
とはいっても機能には十分余裕があるので、移動型端末として今まで通り素体を動かしている。
今後はカグヤもそうなる予定だ。
しかし、この前の青・黄色コンビのウサギも厄介だったがこっちも厄介だ。
白ウサギよ、早く完成してくれ。
「僕もオババと違う意味で厄介なマスターとは思わなかったよ」
俺なんか食事以外はほっておいていいから楽なもんだろう。
下手したら食事さえ適当だぞ。
「人間ってご飯食べればそれでいいって生き物じゃないはずなんだけど? 引きこもっててよく飽きないね」
日本には毎日どれくらいのコンテンツが配信されると思っているんだ?
しかも俺はこの20年やり逃したことも多々あるからな。
時間がいくらあっても足りないんだよ。
「力説されてもさ。……そりゃあカグ姉も手を焼くよね」
最近あいつは少し諦めてくれているんだが?
「それは決していい意味じゃないよ」
心配するな、当の本人は好意的にとらえている。
「ホント変わり者だよ」
早く慣れてくれ。
「慣れたくないなぁ」
ドラゴンにできたことだ、タイガーにだってできるはずだ。
むしろお前は人間が作ったものだ。
人間の行動は理解できるはずだ、できないはずがない。
できなければドラゴンみたいに滅ぼされる可能性もあるぞ。
そこは肝に銘じておけ。
「はいはい。まあそんな話はともかく艦橋行くよ。お仕事、お仕事」
せっかくのいい助言が軽く聞き流された。
ふぅ、仕事か。
今までの人生で好きになれない単語、ベスト5に入るかな。
「あら船長、けだるそうですね」
よくわかったな。
原因もわかるか?
俺の世話は白ウサギがいい。
ポーラと取り換えてくれないか?
「そうしてもいいんですけど、たまには環境を変えて刺激を与えたほうがいいと思うんですよ」
「そうだよ、あと新しい管理頭脳の性能を知っておくのもマスターの務めだよ」
焦るな、まだ慌てるような時間ではない。
「そういって9ヶ月近く経つのに自分の宇宙船をろくに知らない人がいますけど」
「マスター、もうちょっと興味を持とうよ」
「よくもまあそれで宇宙船に魂があるというもんです」
「魂って大事にしないと宿らないって言ってなかったっけ?」
見解の相違だな。
確かにすべては知らない。
しかし、自分が必要な範囲は知っている。
寝室からトイレなら目をつぶってもいけるぞ。
「距離、短っ!」
「せめて食堂から寝室まではいい加減に覚えてほしいところです」
本当に白ウサギは優秀だった。
酔っ払った俺をそれとなく部屋まで導いてくれたもんだ。
「性能的には僕のほうが上なんだけどねぇ」
あいつは気遣いができるいい奴だった。
「そうなの?」
レーティアは首をかしげてカグヤに問う。
こういうしぐさ一つとっても白ウサギよりも性能がいいのは見て取れる。
「性能的には他のウサギと同じなんですけど、最初のころは船長の性格……性質がよくわかってなかったので、ストレスを与えないようになるべく船長の希望を叶えるようにと指示していたらそうなったみたいで」
モニターでカグヤが肩をすくめる。
もともと人のように動いていたが、素体になるとレーティア以上に人っぽくなるのだろうか?
「で、堕落したと?」
「もともと堕落してましたよ」
うるさいよ!
しかしレーティアが増え、カグヤが人型になると男女比1:3だ。
しかもハーレム展開ではないのでこうなると男の俺は肩身が狭くなるかもしれない。
だがカグヤとレーティアは管理頭脳。
人間対管理頭脳と考えれば同じ比率だ。
ここはポーラをこちら側に引き入れておこう。
ちょうどさっき見たアニメによさそうな魚料理があったのでまたあとで食べさせよう。
本編再開です。
明日から次のシリーズ「竜玉を封印せし螺旋の檻」編のプロローグとなります。
マンネリ防止のためにも今後の展開のためにも色々盛り込もうと思っています。
ついてきてください