#1 若者のスペースオペラ離れを嘆く女神さまに出会う
見切り発車ですがなんとなく書きたくなったので。
気長にお付き合いしてくださると幸いです。
「でね、やっぱり私としては嘆かわしいとしか言いようがないのよ」
……どうしてこうなった?
「昨今の宇宙に希望を抱く若者が減っているという現状は私からしたら考えられないのよ!」
眼前の女性が熱く熱弁している。
とても綺麗な人だが、服装が気になる。
明るい色の線が入ったダイビングスーツのように見えるが、話の内容から想像するに宇宙服なのだろうか?
「無限に広がる漆黒の大宇宙! 煌めく星々! 未知なる異星人との出会い! そこから始まる冒険の日々! ……ああ、なんてロマンがあふれてるのかしら」
身を悶えながら熱弁をふるっている。
気持ちに余裕があればかわいらしいと思うかもしれないが、今俺は混乱の極みだ。
まずは冷静になろう。
俺の名前は日下部 晃。
アラフォーの数日前までは社会人だった。
大学卒業後、就職難で苦労したがどうにか就職した会社が、蔑称「クズノミヤ運送」と自社の従業員が声高に言うブラックな会社の総務で働いていた。
配送業の雑用から給料計算、果ては採用面接まで押し付けられていた。
彼女もなく、趣味はオタクだがアニメを見るだけで済むタイプなのでコツコツと金をためていき、満額の退職金がもらえる勤続20年を機に逃げ……もとい退職。
心身ともに限界だったし、昨今の労働時間問題、中小企業の人材不足に国の働き方改革なんてみてると、どう考えてもここで逃げとかないと悲惨な状況下になるというのは明らかだった。
会社の内情を知るだけに沈没するとわかっている船には乗ってられない。
退職金がもらえるうちにという判断だ。
辞めるにあたってはすったもんだで苦労したが、……思い出したくもない。
でまあ現在有給消化中。
明日は社員寮から実家に引っ越す予定……だったはずだが。
「……本当に嘆かわしいと!」
俺の思考のBGMのように聞いていた声が止まり、俺を見ている。
社会人として身に着けた「上司のどうでもいい話を聞いているふりをして半分聞き流し、別のことを考える」スキル。
ここで重要なのは「上司」と「半分」である。
どうでもいい話でも相づちの一つもつけないようでは叱責される。
蔑称「クズノミヤ運送」、最たるクズは社長以下経営陣のクズさによるもの。
パワハラでつぶれた人間を数多く見てきた。
「確かにおっしゃる通りですね。でも現状がねぇ」
まずは肯定、そして曖昧で弱い反論。
この手のタイプは話したいだけ。
とりあえず聞いてますよってアピール。
喋りたいようにちょっと一言無難な反応してやると、
「まあねぇ、地球人は方向性を間違っちゃったからどうやっても恒星間航行は不可能なんだけど、それでももうちょっと宇宙に興味を持つべきだと思うのですよ」
ほら、勝手にまた話し出す。
……あれ?
地球人って恒星間航行不可能なんだ?
「不可能よ。だってあなたたちは戦うことを選択したし」
キョトンとした顔で俺を見る。
「俺?」
「あなたじゃなくて昔のあなたたち」
「何と?」
「ドラゴンに決まってるでしょう!」
なんだろう、会社の上司より話が噛み合わない。
これが女神さまというものなのだろうか?
そう、彼女は『女神』らしい。
俺がふと気が付いた時に目の前に彼女がいて、自分は女神だといった。
そして俺が死んだことを告げた。
死因は引っ越す前日。
部屋を片付けてすることがない俺は酒を飲んで、いい気分に酩酊していたところ、鍵を閉めていたはずのドアがいきなり開き、支社長が副支社長と総務部長を伴って押し入ってきてそのショックで死んだという。
……マジか?
いやあの人たちがいきなりきたらそりゃあビビるけど、なんでよ?
え?
まだ有休消化中で退職したわけではないから最後の説得に来た?
アポなしで?
そんなの関係ない。――いやありますよ
カギは?
寮のマスターキーは会社の総務が保管してる――いやそれは知ってるけどこんな時に使うためのものじゃないでしょう?
実感がないんだけどブラック企業から逃げられたと一人祝杯をあげてるときに、その元凶と腰ぎんちゃくがきたらそりゃあ心臓も止まるかなぁ…
で、ショック死ですか?
苦しんでない。
ああそうですか。確かに苦しんだ記憶はないですね、いや押し入られた記憶もないですが。
そっちはショックで脳が記憶することを拒否した。
……ナイス判断だよ、我が脳よ。
……じゃあ俺の死体は今どうなってるんですか?
気を失ったのに説教を始めた支社長のせいで適切な対処をせずに死んだということで事件性があるということで司法解剖。
ふむふむ。支社長、副支社長、総務部長は取り調べ中と。
互いに自分の非を認めず被害者ぶっていると。
……自分が死んでなんだが相変わらずだなあ
逆に言えばまだ会社に籍がある状態で、こういう形での死亡ということは会社に少なからずのダメージを与えられたということは少し嬉しくもある。
これで上が変わってブラックが改善されるなら同僚なり後輩なりのためになったのではないだろうか。
……いや負け惜しみではないよ。
確かに退職金で引きこもろうと思っていた私の人生設計があり、1日も引きこもれなかったのはもったいなくもある。
でもまあ引きこもったところでいずれ金が尽きるという不安に苛まれるよりは苦しまずにもしかしたら誰かのためになったと思うなら素敵なことじゃないだろうか?
いや、本当に負け惜しみじゃないよ。
その証拠に死ぬことに反対はしてないんだよ。むしろやっと人生が終わったと清々しい気分なんですよ。
いやほんとに。
ブラックで社畜をやってみたら数年で「死にたい」→「殺してくれ」→「今朝も目が覚めてる。まだ死なないのか」になってくるから
とにかく俺は死んだ。
万歳。
できれば天国へ連れて行ってください。
そう俺の希望を聞くより先に女神さまは何やら熱くスペースオペラについて語りだし、現在に至る。
うん、冷静になった。
理不尽だ、何から何まで。