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小さな国のヘンな君主の物語   作者: 志多滝埼可
3/22

3.海の少女。今から始まる伯爵の不思議な能力。彼はいつも人の斜め上を行く 。【前篇】

海の少女。今から始まる伯爵の不思議な力。彼はいつも人の斜め上を行く。

(The sea girl. It begins now, the wonder ability of the Count. He always can goes the above and beyond way which nobody can think.)


「まぁ、なんて綺麗なのでしょう!」ネコラは感動する。

エセナァパジでの初めての朝、窓から見える外の景色。

町の少し向こうに果てしなく広がる青い海、水平線まで見えるその海は朝日を浴びて輝いていた。

伯爵はネコラに伯爵邸最上階の部屋を彼女の個人部屋(プライベートルーム)としてあてがってくれた。修道院時代の相部屋生活が長かったネコラにとっては久し振りに自分の部屋を持てたことは嬉しかった。


昨日ネコラは伯爵と共にエセナァバジに入国したとき空港前にはたくさんの人々が出迎えに来ていた。

伯爵は慣れた感じで出迎えの国民に手を振って応えていたが、意外だったのはその国民から少なからず「マザー・ネコラ!」と声を掛けられたことだ。つまり彼らは自分の顔と名前を知っていたわけだ。この国には今日初めて来たと言うのに。


実は伯爵の「洗礼式」の模様はエセナァバジにテレビ中継されていた。法王の横に立って聖水を用意したりビスケットや葡萄酒を渡すなどのアシストをしたのがネコラだったから、国民はテレビを通じてネコラの顔を知っていたわけだ。


空港のラウンジに特設されたインタビュー席にてネコラはこう応えた。

「皆さんは私をネコラと呼んでくれたら嬉しく思います。」

本来は一国の布教を任されたネコラは国民から「マザー・ネコラ」と呼ばれるのが正しいのだが、このことから国民は彼女を「ネコラ様」と呼ぶようになる。

(注:前章で伯爵はネコラを「シスター」と呼んでいたが昇格したネコラは「マザー」と呼ばれる資格がある。)


閑話休題。


伯爵邸は広大だ。

その外観を簡単に言うと正面から見ると「凸」の字、真上から見ると「凹」の字の様にに見える。

大理石で構築されており、東方の大寺院のような威厳を感じさせる。


この中に議会(議員数75名)、政府(閣僚数7名)、司法院(最高判事1名、司法院判示4名)が有り、伯爵の執務室や伯爵家のプライベート空間、そして迎賓の間や大講堂、大武道場が含まれている。


大講堂は主として音楽講演の際に使用され、外国からの有名アーチストが来国した際はもちろん、国民の全国コンサート大会などの場とも使用される。そして大武道場は様々な室内スポーツの大会に使用される。


そしてこの伯爵邸の近辺には侍衛隊本部庁舎や産業省庁舎等々が建てられている。

つまり伯爵邸一帯がいわゆる官庁街のようになっているのだ。


議会、政府等々の公の場は別にして、伯爵やその家族のプライベートな場所は全国から交代で伯爵邸を訪れて来る「勤労奉仕オバチャン」と呼ばれる初老の女性達が掃除を、「勤労奉仕ジイサン」と呼ばれる初老の男性達が庭園の手入を、引き受けている。

彼ら、彼女らは、ほぼ同世代の人たちだが、何故、男性は「ジイサン」で女性は「オバチャン」と呼ばれているのかの詮索はやめておこう。


オバチャンたちは伯爵が室内で読書中であろうとも関係なく掃除機を掛けまくり「伯爵様、そこジャマ」と遠慮なく言う。すると伯爵は当然のように彼女らに場所を譲った。


年に数回開催される小中高学校の様々なコンクールや室内競技の決勝戦に「大講堂」や「大武道場」が使用されるので、「伯爵邸に行く」ことは子どもたちにとってはひとつの「目標」となっている。もちろん時間が空いていれば伯爵自らも鑑賞し観戦する。


だから伯爵邸の中には毎日国民の誰かしらがやって来る。

伯爵も国民と触れ合う機会が多いせいか、かなり多くの国民の名前を憶えていた。

ネコラはこの国で生活を送る程にこの国が好きになっていった。

午前中は伯爵邸の外にある大教会でマザーとしての執務をとり、午後は出来るだけ多く地域の幼稚園に出掛けて園児にダンスを教えたり得意の紙芝居を見せたりする。お茶の時間になると近くの老人会を訪れて老人たちの話し相手になったりした。


さて伯爵であるが、彼は非常にマジメな為政者であった。

政治権限の大部分は他国の立憲君主国同様に議会や政府にあるのだが、国家元首としての外交文書の署名、法令発布の署名などのデスクワーク、外国からの賓客との謁見や各国大使等の表敬訪問に対する謁見など、かなり多忙な毎日を送っていた。

しかしオフの時間になると・・・伯爵は最近「海とトンカチの関係」という奇妙な研究に没頭していた。


伯爵は力説する。

「海とトンカチ(ハンマー)は関係が深い。サメには「ハンマーヘッド・シャーク」と呼ばれる種があり、この名称はある国の潜水艦にも使用されているほど有名だ。しかしながら日本語ではトンカチは『カナヅチ』とも呼ばれ、何故か『泳げないこと』の代名詞となっている・・・。君たち不思議に思わないかい? この矛盾を明らかにすれば、素晴らしい比較文化論ができる筈だよ。」

との説明をしてから毎日様々な書物を読んで研究している。


そして今日、エセナァバジで有力な漁師網元(リーダー)の娘、ナギサ・ウェーラワットを伯爵邸執務室に招き、彼女の話を熱心に聞いている。


ネコラからすれば、漁師とカナヅチ(ハンマー)との関連性は皆目見当がつかないし、ナギサも良いメーワクを被っているのではと危惧していた・・・・・


伯爵とナギサは執務室から出てくると、伯爵はナギサの手をとって

「ナギサ、君の話はなかなかに有意義であった。また分からないことができたら教えておくれ」

と言った後、ナギサを軽くハグをしてから両手を大袈裟に振って執務室に戻っていった。


出口の方向に目を向けたナギサは自分の少し離れた前にネコラが居るのに気付くと一歩下がって片膝を落とし両手を合わせる「マザーに対する礼」を取ろうとしたが、ネコラはそれを軽く手で制して「お疲れ様。伯爵のお相手は大変だったでしょう?」と話しかけた。


するとナギサは輝くような笑顔で「いいえ、伯爵様とのお話はとても楽しかったです。それに・・・近所の子どもたちとお食べなさいと言われて、こんなに沢山の外国製チョコレートを下さいました」と左手に下げているチョコレートでいっぱいになったバスケットをネコラに見せる。


ナギサは14~15歳くらいでショートヘアで手足が長く海辺に住む少女らしくその肌は小麦色に()に焼けて瞳はキラキラと大きく輝いている。


「伯爵とはどんなお話をしたの?」

ネコラの言葉にナギサの表情はパァッと花が咲いたようになる。

「はい、いろんなお話をしました。アッ、でもイチバン可笑しかったのは、もしも海にトンカチを投げたらどうなるのかな?って聞かれたので・・・」

「!・・・・・?」


「きっとトンカチの重みで海の珊瑚が壊れてしまうでしょうと答えました。すると伯爵様は驚いた表情をされてデスクの中からトンカチを持って来られて、このトンカチでも壊れてしまうのかい? と聞かれました。」

「・・・・・・」


「それが結構大きくて重いトンカチでしたので、うーん、そうですねぇ、これが珊瑚に当たったら傷ついてしまいますよぉ、とお答えしたら、たいそう驚いた顔をなされました。その時の伯爵様ったら・・・」

その時の伯爵が余程可笑しかったのだろう。ナギサは目を(つぶ)り口を押えて暫し笑いを(こら)えた後、話を続けた。


「伯爵様は頭を抱えて暫く何かを考えておられました。でも突然に顔を上げられて、傷ついた珊瑚は人の手で直すことは出来ないのか?とお尋ねになられたので、無理でしょうとお答えしたら・・・」

ナギサは今度は両手で口を押えて笑いを堪えだした。


「あの、伯爵はどんなだったの?」

「こんな感じです。両手で頭を押さえてガーン?て()っくり(かえ)ったり、今度は眉間に皺を寄せられてアァ・・・と座り込まれたり、そして突然に立ち上がってスキップを始めたりされました」

「・ ・ ・」


「そして伯爵様はトンカチを海に投げてはいけないのだなぁと言われ、暫く考えられた後、ナギサ、もしトンカツを海に投げたらどうなるのかな?と問われました」

「なんて答えたの?」

「きっと海のサカナたちが喜ぶでしょう、とお答えしたら大変喜ばれて、やはりトンカチではなくトンカツなのだなぁ。あれは美味いもんな。ナギサは好きかい?と言われたり・・・他にも楽しいお話しをたくさんしました。」


話の内容で硬直してしまったネコラにナギサはお喋りは終わったように感じたのか、

「それでは失礼致します」と腰を90度に曲げるお辞儀をして伯爵邸玄関に向かって行った。

そんなナギサの背を見ながらネコラは独り言ちる。

「やっぱり、伯爵はヘン・・・」


そんな平和なエセナァバジの海で事件が発生した。


Z国、最近急激に経済力や軍事力を発展させた国で様々な国に投資を行っている。

各国の政治家はこの投資を歓迎する向きにあるが、現地の国民からはZ国はすこぶる評判が悪い。

道路やビルを建設するにしてもその作業員はすべてZ国人で食べかすや煙草のポイ捨ては当たり前、酒に酔うと女性に絡んでくる。

作業員の食堂までがZ国からやってくるので現地の国民には何の得もない。


そのZ国の特使が2週間程前にエセナァバジに来国した。

エルム・シサンパット産業大臣が会見に応じたが、Z国から「貴国の美しい景色を世界に知らしめるためにマンモスリゾートホテルを建設したらどうか?」との引き合いを受けた。資金はZ国が貸してくれるそうだ。


エセナァバジの産業の約80パーセントが第一次産業である。世界に食品を輸出するにしても缶詰用の金属や梱包用のビニール袋などか必要だが、これらは全て外貨を支出する輸入に頼っている。

それだけではない。国民の着る服装の大部分や電化製品も輸入品で占められている。


そんな国の政治家だからこそ、常に国家の発展、つまり国民生活の充実を念頭に置いて活動する。


人口500万人程度では第二次産業(工業)、第三次産業(サービス業)に回せる人数は限られている。

缶詰工場の工員、それらを運ぶ運送業者、他は生活に関連する商店の店員、その他などを残りの20パーセントの国民が従事している。


但し、第一次産業に従事する人たちは生産・捕獲の他に市場経営という仕事も含まれる。夫が畑や海で取った野菜や魚を妻が市場で販売することから始まったこの制度は、今では各地の農家や漁師で構成される各ユニット内で分担されている。

こういった分担制のやり方も伯爵のご先祖が国民に紹介し指導しテコ入れして発展していったと言われている。


リゾートホテルを建設し大勢の観光客の呼び込みに成功すれば大量の「外貨」を稼ぐことができる。

また食料品を観光客に国内で消費してもらえれば外貨をより簡単なルートで入手することができる。


この方法で外貨を稼ぐことができれば、主力輸出品である食料品の製造材料調達や生活必需品のためにだけに使われていた外貨を他のことにも廻すことができる。

例えば、最新の文化、最新の情報を輸入できる。

エルム産業大臣がこの引き合いに大いに興味を示すのは政治家として当然の反応だった。


しかし、この会談内容が報道されるとホテル建設予定地にされるかもしれない多くの漁師ユニットが騒ぎ始めた。連日、海辺から産業省庁舎までデモ行進を行い産業大臣に計画撤廃を要求してきた。


デモがエスカレートして遂には侍衛隊が出動するに至っては政府としても様子を観るだけにはいかなくなった。カツラ・シグリオーン総理大臣は難しい判断を迫られた。


侍衛隊とはこの国における唯一の武力組織である。警察と国防の任を担っている。


そんなとき伯爵がフラリと総理執務室に入って来た。

「ユニット・リーダーには僕が会おう。僕なら彼らも乱暴なことはしないだろう」と言った。


カツラは恐縮した。「しかし、伯爵様にそのような面倒を押し付ける訳には・・・」


「だから僕は『海とトンカチ』の研究をしていた訳さ」

熱心に語る伯爵にカツラ総理大臣はリラゴ・サクシーン侍衛大臣の同席を条件にして当案件をお願いすることにした。


漁師業界で最大のユニットリーダーの男の名はオーガ・ウェーラワットといった。ナギサの父親である。


伯爵一行は海辺の伯爵別邸に到着するとオーガたち漁師は恭しく伯爵一行を出迎えた。

しかし会談になるとオーガの表情は一変し、激しく政府の方針を批判した。

彼の言う事を要約すると下記のようになる。


海岸近くに巨大建造物を建設するなどもっての(ほか)だ。海岸の生態系を狂わすことになる。

仮に巨大ホテルをオープンしても見込みの収益を上げられなければどうなるのか?

Z国は担保に土地を要求しているそうではないか!

外国人に土地を奪われればこれまでの生活を送れなくなるのは畢竟だ。

自分たちの将来はなくなってしまう。

何故、産業大臣はこんなバカげた話に乗ったのか? 頭がおかしくなったのか?


「エルム(産業大臣)はいつも国民みんなのためを考えいる、有能な人物だよ」

伯爵は静かに黙ってオーガの言い分を聞いていたが、産業大臣の部分だけは口を挟んだ。

最後に伯爵はオーガの手を握り、

「諸君の言い分には確かに一理ある。政府に持ち帰って再検討することを約束しよう」

と言い侍衛隊員らを連れて会見場から出ていった。


伯爵別邸の門の前には心配そうな顔をしたナギサが待っていた。

「やぁ、ナギサ、元気かい?」

伯爵は気さくに声をかける。

しかしナギサは伯爵の前に両膝をついた。そして不安でいっぱいになった顔で言う。

「父が何か伯爵様に失礼なことをしませんでしたか?」

「カッコいいお父さんじゃないか」

「え?」


伯爵はナギサを立たせて、ニカっと笑うと肩越しに親指で後ろに控えている侍衛隊員たちを指して

「こいつらがコワイ顔して睨んでいるのに、ユニットの代表として君のお父さんは堂々と意見を言ったんだから」

そして伯爵はナギサに肩に手を当てて「心配ないよ。きっと誰もが上手くいく方法がある筈だから」


伯爵邸ではエルム産業大臣がZ国特使と面会している。

「エルム大臣、そろそろご返答を頂けませんかね」

「今、関係する国民らと話し合っています。理解を得られるにはまだ時間がかかります」


すると特使は不思議そうな顔をした。

「そんな国民は取り締まってしまえば良いではありませんか?」

エルムの眉間に少し皺が寄った。

「そんなことで国民を取り締まる法律は我国にはありません」

すると特使は冷ややかに言った。

「我が国が衣類や電化製品の輸出を止めても構いませんか? 輸出先は貴国だけではないのですから」

「・・・」

安く買わせておいて、頃合いを見て止める。Z国の常套手段だ。

エルムは1週間後に回答することを約束してこの話を先送りにするしかなかった。


伯爵は戻ると直ぐに総理執務室に行きカツラに命じた。

「今度の土日はナギサと海の探索をするからスケジュールを空けておいてくれ。あ、それからリラゴも同行してもらえると助かる」

長年カツラは伯爵の行動を見てきている。この事態に海を探索することは決して遊びなどではない。

伯爵様はきっと何かの策を講じ始めているのだ。

カツラは伯爵の命令を快諾した。

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