2.邂逅ってそんな大袈裟な事ではない、伯爵とシスター・ネコラの出会い
邂逅ってそんな大袈裟な事ではない、伯爵とシスター・ネコラの出会い。
The chance meetina, oh, it's not such a exaggeratd thing, it is just encounter of Count and Sister Necola.
エセナァパジの国民は全員敬虔なヤソリック教徒である。
周辺の国は座禅を組んだり、断食をしたりする宗教を国教としているのに、何故、ここだけ西方諸国の宗教を信仰しているのかは謎である。
ともかく国民は何かに付けては教会に行き、神に祈りを奉げ、パンとワインを味わいながらガハハと笑い、お互いの親交を深め合っている。信仰により親交が生じてお互いが振興していく。中には神光を得て新興商売を始める者もいる。
その昔、主が残された預言「シンコウする者は救われる」がこの国では実現しているのだ。
しかしその国の君主である伯爵はヤソリックの洗礼を受けていない。つまり信者ではない。
「てのひら」を信仰しているとの話である。
右手を天にかざして「手ェーの平を太陽に透かして見ぃ~れ~ばー」と突然歌いだしたり、「もっと頭が良くな~れ~」と自分の頭を自分の手の平でナデナデする様子は国民に大いなる不安を与えた。
そこで有志の国民はヤソリック総本山におられる法王様に我が国の伯爵様にお説教、つまりキツイお叱りをして頂こうと嘆願書を書くことにした。
拝啓、法王様
いつも私たちに神のご加護を届けて下さり感謝申し上げております。
然るに我が国の君主、伯爵様は「てのひら教」なる邪教を崇拝しているようです。
ですから法王様より手をヒラヒラさせたりして国民の不安を増やすようなことは慎むようにお説教して頂けると有り難く存じます。
何卒宜敷御願い致します。
敬具
エセナァパジ国民一同
ヤソリック法王、オタンコーナス三世はこの嘆願書を読んで側近に質問された。
「おかしいな? サンタクロースは毎年のこの国の君主のもとを訪問していたのではなかったのか?」
法王の執務室は法王庁の最上階にある。
外から爽やかな風が入ってくる。その風がオタンコーナス三世の爽やかな表情を更に柔らかくする。
側近であるカタッイーナ・アタァマ枢機卿が答える。
「別にヤソリック教徒でなくてもサンタクロースは誰彼区別することなく訪問します」
この枢機卿は法王とは対照的な固いオーラをガチガチと放っている。
法王はそんなものか?という表情で嘆願書の裏側を見る。
「この国の民は随分と熱心に信仰をしているようだね。ほらクリスマスバーゲンの文字が印刷されている」
ご満悦な法王の表情と反比例して枢機卿のコメカミがピクピクと震えだす。
「田舎国民め! 包装紙の裏に嘆願書を書きやがって!」
「エ、これは包装紙なのか? 私はてっきり救世主(Christ)が契約(Bargain)した意味かと思った」
ともかくオタンコーナス法王は事態を重く見た。
伯爵を説き伏せなければ、せめて両の手のひらを頭上に上げて「おー星さーま、キーラキラ」という振舞だけでもやめさせようと思った。
法王は伯爵に宛てて「勅令」を書くことにした。
「勅令」は肉筆で書いてこそ説得力がある。法王はハラキッた、もとい、ハリきってペンを取り、書き始める。
「余の信愛なるカキーラ・ツッカレータ・ド・コイショ・ジ~・・・・」と書き始めた法王だったが、宛名を3分の1ほど書いた時点でナント、ケンショウ炎を起こしてしまった。
これを「第二ナントの勅令」、またの名を「ナントケンショウエン」と言う。
法王のケンショウ炎の症状は重く食事を摂るのも困難な有様。
激怒した枢機卿は伯爵を法王庁に召集した。召集書を受け取った伯爵は召集される理由が分からない。
何故なら招集ではなく召集である。違いの分からない人は辞書を引こう。
「引こう」と言えば、伯爵がいるユーラシア大陸の南方から法王庁のある西方までは「飛行機」で13時間かかる。
伯爵は憂鬱だった。別に飛行機がキライなわけではない。
飛行機に乗れば最新の大作映画が観れる。しかもワインは飲み放題だ。
何故?、法王庁は自分を召集したのか? しかも召集書の文面、なんか怒ってる感じ。
一部の国民が法王に手紙を出したらしいことは把握していた。
でも我が国の生活水準は問題ないと思う。3度の食事に加えておやつも毎日食べられるし、毎晩、晩酌だって楽しめると思う。
健康保険制度も整えており国民は病気に罹ってもリーズナブルな費用で診察してもらえる。
君主として何も疾しいことはしていない。それなのに・・・何故?
確かに伯爵は「君主」としては立派だが、人から見ると「いつも斜め上を行っている」ことに気が付いていない。このことがその後の伯爵に様々な苦難をもたらすことになる(今回もそうなのだが・・・)。
法王庁に到着した伯爵は大広間に通された。そこには苦虫をガムってるような人物いた。
カタッイーナ・アタァマ枢機卿だ。
枢機卿は伯爵を頭の天辺から爪先の先っちょまでジックリと見定めた後、
「貴殿は法王台下を何と心得ているのか?」と問うた。
伯爵は即座に答えた。
「法王台下は偉大なお方です。数いる枢機卿の中でイチバンです。・・・例えばイチバン長く息を止めるとか、全速力でイチバン長く走れるとか・・・」
「息を止めるとか全速力ってね、法王を決めるコンクゥラーベは根競べではないのだぞ」
「そうだったんですか・・・知らなかったな~。猊下は博識なんですねぇ」
伯爵のお世辞に対して枢機卿はニコリともせず、いやお世辞と感じていないとしたら枢機卿がヤバイのだが・・・更に難しい顔をして言った。
「法王台下は貴殿の名前を書かれていた最中に手が痺れ始め、やがて動かなくなってしまった。これを貴殿はどう考える」
「どう考えるかって言われましても・・・私はあくまで地方の領主でして・・・」
「何、悪魔で痴呆の領袖とな! だから名前に悪魔が憑り付いていたのか!」
「?・・・?・・・?」
伯爵は悪魔祓い、つまりエクソシストにかけられることになった。
カタッイーナ・アタァマ枢機卿は直ちにシスター・ネコラに彼のエクソシストを命じる書簡を送った。
シスター・ネコラ、今年で28歳。聖職位は「司祭 Priest」。
修道を開始したのが22歳。たった6年間でこの位まで昇れたのだからかなり優秀な人材であることが分る。
そのネコラが任命書を読んで深い溜め息を吐く。
ナントカという酔狂な小国元首のエクソシストをするのは良い。
だけど、どうして明日なのよ。明日は魚河岸で初物のアジが水揚げされるというのに・・・
アジは彼女の好物なのだが、明日エクソシストの儀式を行うとなると魚河岸には行けなくなる。
しかしネコラに命じた「枢機卿 Cardinal」は聖職位としては、「法王(Pope)」の下、大司教 Archbishop」の上であり、教団聖職者数十万人の中で100人程しかいない高い地位だ。教団内では上位聖職者からの命令は絶対だ。
シスター・ネコラの本名は、ネコラ・スカーレット・ブリテン。
西方の大国のひとつ、ブリテン連合王国の第三王女だった。
この国で水揚げされるブリの天ぷらは世界的なグルメのひとつに数えられている。
ネコラは、大国の王室に生まれた運命のまま、隣国の王子と政略結婚させられることになっていた。
ネコラ自身もそれは当たり前のことと認識しており特に不満はなかったのだが、運命の歯車は狂い始める。
隣国の王子との初めて顔合わせの席上で、ネコラはついブリッという音を発してしまったのだ。
あまりの恥ずかしさから逃げるように会場から離れ、そのまま走って国境を越えてしまった。彼女は体力には自信があった。若いことは素晴らしい。
どれくらいの時間を走り続けたのだろうか? 気が付いたら彼女は法王庁の前に立っていた。
彼女は懺悔室に入り懺悔した。その時の教誨師が当時大司教であったヴァカァーヴァ・チンドゥーヤ、後の法王オタンコーナス三世となる人だった。
ヴァカァーヴァは彼女の懺悔を聞き終えると爽やかな笑顔でこう言った。
「ブリテンのお姫様がブリッとなんて、なかなかアジなことをするね」
ネコラはヴァカァーヴァ大司教の後方に神の輝きを感じた。
この抑えようのない感動から彼女はその場で修道院に入ってしまった。
実家のブリテン家からは当然、勘当された。
(ネコラの頭の中)⇒「なかなかアジなことをするね」⇒エコー⇒エコー⇒エコー
こうしてアジは彼女のソウルフードとなった。
そして彼女はこの件にも神の意志を感じていた。
何故ならブリの天ぷらとアジのフライは大陸の東西を問わず人気のある揚げ物グルメであるから。
ネコラはエクソシストの装束を身にまとい、酔狂な元首のいる部屋に入った。
酔狂な元首は手の平をヒラヒラさせながら何かの歌を口ずさんでいる。
ネコラは確信した。この人、やっぱりヘン! 何かに憑り付かれている。
ネコラに気付いた酔狂な元首、つまり伯爵は動作を止めてネコラに一礼した。
ネコラの予想より伯爵は若かった。年は30歳前後だろうか? 自分と大差ないようだ。
だがその一礼は優雅にして育ちの良さを感じさせる。
クリ色の頭髪に黒い澄んだ瞳。背はネコラより頭ひとつ分高いから、175センチくらいだろう。
両肩に金色モールが付いた軍服でも聖職衣でもない白い上下の服。
伯爵は微笑みながら右手を左胸に当て片膝をついて礼をとる。
「I am very grad to meet you, Sister Necola, however, I am very wonder why you make me stay here.(シスター・ネコラ、お目にかかれて光栄です。でもあなたは何故私をここに呼んだのでしょうか)」
なかなか流暢な話し振りだった。気品すら感じる。
ネコラはにこやかに応じた。
「You no need to speak foreigh language. Why don't you speak your mother tongue. Maybe I can understand it.(外国語を話される必要はなくてよ。母国語でお話し下さい。多分、私、分ります)」
シスター・ネコラは6ヶ国に精通している。
ネコラの言葉に伯爵は安堵したように母国語を話した。
「そらぁーほんにいがったなべなぁ~。おめもづがいだべぇ、ま、ねがまなぁ~」
と伯爵はネコラを椅子の方にエスコートした。
「?・?・?・?・?」
(ちなみに伯爵が話した内容は「それは助かります。あなたもお疲れでしょう。さぁお座りください。)
伯爵の母上は青森県出身の津軽美人である。母の国の言葉で話すと上記のようになる。
「Do you mind if I ask you to speak another language? (別の言葉をお使い頂ければ助かりますが?)」
ネコラは思わずこう言った。ならば英語を使い続ければよいのだが、両者話し合いのうえ、両者とも理解できるユーラシア大陸東の果てにある島国の言語を使用することになった。
「・・・という訳で、私が祈祷の言葉を発しているときには多少の苦しさを感じるかもしれないけど、暴れたりしないでね」
「・・・と言うより、何で僕がエクソシストされなければならないのですか?」
「ヘンな動作をしていたでしょう、しかもヘンな歌、唄いながら」
「あれは各国の伝統舞踊の研究していただけですよ。それに舞踊に歌は付き物です。良いですか? 大陸南側から東側までの沿岸州、つまり海に近い国々の伝統舞踊は両手両腕の表現が重視される。だけど大陸内陸部では東西を通じて足を高く上げる動作や跳躍する動作が含まれるのです」
「確かに・・・座禅を組む宗教の国々は両腕をクネクネさせたり、手のひらをヒラヒラさせますねぇ」
「よくご存知で! それに対して内陸部の舞踊は白鳥や鳳凰を表現する時に足を高く上げるでしょ」
「あっ本当だ・・・」
「という訳で・・・グッ!」
さり気なくエクソシストの部屋から出て行こうとする伯爵の首根っこをネコラが掴む。
「誰が帰って良いと言った? コルァ~!」
「シスター、キャラ変わってません?」
「アタシにだってメンツっつうものがあるのよ!」
「こわーい」伯爵は両手を両頬に当てて口を開ける。ムンク伯爵の「叫び」である。ハッキリ言って不気味だった。
「正体見たり、アナタは亡霊に憑依されています」
ネコラは伯爵に有無を言わさず魔法陣の真ん中に立たせると聖水をチャッチャッと振りかけ呪文を唱える。
「天と地と人の心にいる精霊に告げる。
ここにいるカキーラ・ツッカレータ・ド・コイショ・ジ~・・ヒマンジィー」
「あの~、すいません。僕は肥満児ではないし、それから途中が抜けてます。正式には、カキーラ・ツッカレータ・ド・コイショ・ジ・アルツマイハル・ザ・ヒマージ・ン・デナン・ノコッチャ・ワッカラン・ネ・コーニシッカ・レール・トシックシーク・ダガヒット・リーデモ・センニン・エセナァパジ」と訂正された。
この伯爵は自分の名前を覚えていた。
ネコラはまた始めから祈祷をやり直す。祈祷は最初から最後までよどみなく唱えなければならないのだ。
ネコラは伯爵のフルネームをよどみなく読み上げようとするが・・・不可能だった!
ネコラは腹を括った。
「カキーナントカ、アナタ今からヤソリックに改宗しなさい」
「だれ、それ?」
「アンタのことでしょう~!」
「僕の名前は、カキーラ・ツッカレータ・ド・コイショ・ジ・・・」
「アンタの名前を毎回唱えていたらアサッテになってしまうわよ!」
「ヒドくない? 人の名前を・・・」
「アァン!?」
「いや、何でもありません」
「ではカキーナニヤラ、改宗の手続きを・・・」
「・・・僕、一応、伯爵なので、せめて閣下とでも・・・」
バチーン!!!
ネコラの右手が左側上方に上がっており、
ブッ飛ばされた伯爵はクルクルと3回転した後、ヒラヒラと枯葉のように床に崩れ落ちた。
伯爵は片頬を抑えて「何するカナ~・・・」と涙目で抗議すると、
ネコラこそ悪魔に憑かれたような表情で
「アンタね、イタリア語の『Cacca』は英語の『Shit』、つまり日本語で『ク(ピー)』という意味なのよ。アンタまで私のことを『ブリット姫』と呼ぶの!! あんまりじゃない・・・」
「あの、その、ナントカ姫って何ですか?、、、ちょっと、落ち着きましょう、ハイ、深呼吸・・・」
だが間に合わなかった。ネコラの涙腺は決壊した。
「アーン!アンアン!、ヒーン!ヒンヒン!」
号泣するネコラの周りを伯爵がどうしたものかとオロオロしている。
ひとしきりした後、ネコラは伯爵を睨み付けて
「いい、改宗するのよ!」
「あの、世の中には、信仰の自由というものが・・・」
「アァン!?」鬼気迫る表情だ。しかも顔を斜めにして・・・
それを見た伯爵は震えながら小さな声で言った。
「はい」
ヤソリックの教えでは、ヤソリックに改宗すると悪魔は自然に離れて行くとされる。
またヤソリックの信者を増やすことは迷える子羊を救うこと、すなわち神の国に近づくとされている。
つまりシスター・ネコラはエクソシストに成功したのみならず神の国に貢献したと評価されたのだった。
数時間後、法王庁の礼拝堂で伯爵はオタンコーナス三世直々に聖水を受けビスケットを口に入れてもらい、葡萄酒を口にした。
これで晴れて伯爵はヤソリック教徒となった。
ネコラは国家元首を信者にしたことにより法王庁から表彰された。
聖職位もワンランクあがり複数の教会を管轄できる「準司教 Vice bishop」に昇格した。
・・・そしてエセナァパジ国への赴任を命じられた・・・
「しまった、アイツ、国家元首だった・・・」ネコラは茫然としたがもう遅い。
国家元首がヤソリックに改宗してくれたのだから、法王庁としてもそれ相応の誠意を示さねばならない。
優秀なスタッフを派遣するのは法王として当然の責務である。
エセナァパジは国家専用機を持っていない。よって民間の航空会社を使用するが、もちろんファーストクラスだ。
伯爵の好意でネコラもファーストクラスに乗せてもらっている。エセナァパジでは国賓待遇で迎えられることも伝えられた。
「これから私はあなたのことを『伯爵』と呼ばせてもらいます」
おもむろにネコラが言った。
すると伯爵は安堵の表情で「それは助かる」と言った。
「やはり国民の前でカキーサマザマはちょっと具合が悪いからね」
じゃあ「おー星さーま、キーラキラ」はどうなのかと思ったが、ネコラは敢えて口にしなかった。
代わりに自分が気になっていたことを質問した。
その質問に伯爵は優しく微笑みながら答えた。
「伯爵の国ではアジは捕れますか?」
「僕の好物のひとつさ」