9話 黄金と純黒
どこまでも真っ白い空間。見渡す限りの白。その果てはまるで見えない。そんな場所にその女はいた。この世のものとは思えないほどの美貌を誇る女。
──その美しい金髪から、黄金の女神と呼ばれる高位の神である。
「さて、始まりは概ね予定通り。この先は──どうなるかな。私にすらわかりませんが……。ライカ少年、君は運命に飲まれるのか、抗うのか。願わくば、君の未来に幸多からんことを」
「──何のつもりだ? 黄金の女神よ」
それは女神の背後に突如現れた。白とは真逆の漆黒を纏う男。しかしそれは邪悪な黒ではなく、一種の神聖ささえ感じる気高き黒だった。黄金は振り返りもしない。
「あぁ、冥府の。早いですね。もうバレましたか」
「『アカシアの記録』に触れておいて、オレが気付かないとでも思うか? 尤も、他の神々は気付いておらんがな」
「なるほど。……今ここにあなたしかいないということは、報告はしないでくれたのですね。それは良かった。危うく追放沙汰ですから」
「……何故だ?」
「うん?」
黒の問いに、黄金は理解できないといった素振り。黒の目が鋭くなる。
「お前ほど戒律を守り、人々を良く導く神はいない。そのお前が何故、このようなことを。『アカシアの記録』に触れることがどれほどの禁忌かわかっているだろう」
「やぁん。あなたほどの神にそんな高評価だなんて、私照れちゃいます」
「ふざけるな」
顔に手を当て、身を捩らせる黄金。黒はそういった冗談は好まないのだろう。纏う雰囲気が殺気を帯びる。
「ふふ。相変わらず生真面目ですね、あなたは。まあ、他の神々に知らせなかったお礼として教えてもいいんですが」
それでようやく、黄金が黒に振り返った。黒は絶句する。彼女の右目に刻まれたものを見たからだ。
「────それは」
「なかなかお洒落でしょ? まあ私程度の力では片方用意するのが精一杯で、左目までは至りませんでしたが」
「本当に、何を考えている」
「簡単な話ですよ。私が考えることなんて、単純なんですから。──────────────世界を守る、ただそれだけです」
「……魔神か。『召使の魔法書』を落とした理由もそれというわけだな」
正解だと示すように、黄金はにっこりと美しい笑顔。
「長いこと使い手が現れませんでしたが、この時代にようやく一人。事を起こすのはもう少し引き延ばしてからにする予定だったんですけどね、今が適していると思いまして。『剣聖』、そして『勇王』の二人がいますから。それに……そろそろ限界なんですよ。だから手を打つ必要があった」
「──そうか。だが、神々も無能ではない。いずれ感付かれるぞ。そうすればお前は──」
「ぷ!」
黒の言葉を遮り、黄金が吹き出した。それは先ほどの作り笑顔ではなく、本心からの笑いであると、黒は感じた。
「……何が面白い」
「くっ、ふふ、ふ……あははは……い、いえ、すみません。ただ、あなたが私を心配してくれてると思うと、みょ、妙に面白いんですもん。ふふ……」
「心配など……」
黒はそこで言葉を止めた。言い訳は黄金を楽しませるだけと判断したのだろうか。一通り笑い終えた女神は一転、真面目な顔をする。
「……いいんですよ。この身がどうなろうともね。だって──私は神様ですから。神様は、人と世界を守るものでしょう?」
決意の瞳がそう謳う。
その瞳は。黄金の鷹の紋様が宿る右目は、一体何を見据えているのか────。