7話 加入しました
気付くと闇の中に居た。ここはなんて寒いのだろう。
何の熱もなく、光もなく。ただ闇と無だけが存在している。
これは俺の人生そのものだ。情熱もなく、使命もなく。
ただ毎日を惰性で過ごしている。
なぜ生きている? ──わからない。
こんなものは俺ではないと。俺にはもっと何かがあるはずだと。
そう叫びたい衝動に襲われる。
しかし──────俺に一体、何がある?
冷たい闇に首まで浸かる。このまま消えるなら楽かもしれない。
そう考えたところで、
不意に、掌に熱を感じた。暖かく、優しい熱。
これは、何だろう。とても心地が良い。
……あぁ、もしこれが手に入るのなら。ずっとこの熱を感じていられるのなら。
頑張って生きてみるのもいいかもしれない。
目が覚めると、俺はベッドに寝かされていた。キャスパーさんに借りた部屋だ。カーテンの隙間から一切の光が差し込んでいないのを見るに、今は夜だろう。
ふと、右手が暖かいことに気付く。見てみれば、サイドチェアに座ったナターシャが小さな両手で俺の右手を握りしめていた。そして眠り込んでいた。
「……どういう状況?」
ナターシャはどうやら俺より体温が高いようで、手が暖かい。おかげで心地よいのだが、気恥ずかしさが今は勝った。どうしたものかと頭を悩ませていると、どうやら目を覚ましたらしい彼女と視線がかち合う。
「……ぁ、おはよ、ライカさん」
「お、おう。おはよう──って時間でもなさそうだけど」
彼女は俺の軽口をぼんやりと聞き流す。眠いのだろう。活発な雰囲気ではなく、とろんとした気だるげな雰囲気を纏っている。
「ライカさんの手、ひんやりして気持ちいいね」
そう言ってナターシャは俺の手をすりすりと頬擦る。なんとなく子猫を連想させる仕草で、正直すごくどきっとしたし自分には女性免疫がないので辛い状況だった。振り払うとかできないし。
「あ、えと、うん。それはどうも……じゃなくて! あの後どうなったとか聞きたいんだけど」
「うーん……」
完全に目を覚まして貰うためしっかりとした話題を振るも、彼女は一度難しい顔をして。
「また後で……」
「えぇぇ……」
そう言ってまた眠り始めてしまった。手を握ったまま。それに困っていると、くすくすと忍び笑いが聴こえてきた。いつの間にか、部屋の入口にシスティアが立っていた。
「懐かれてるのね」
「出来れば助けて欲しいんだけど。その、なんだ。恥ずかしい話ドキドキして仕方ない」
「童貞っぽいものね」
「おい」
さらっと問題発言をする金髪の少女。服装はあのフリルがついたものとは違い、Tシャツにショートパンツとラフなものだった。
「まあ、ナターシャに関しては許してあげて。あなたの治療めちゃくちゃ頑張ってたんだから」
「治療……? あっ、そういや右手」
握られている右手を見下ろす。システィアが作り出した炎槍を掴んだせいで大火傷──どころかぐずぐずに炭化していた記憶があったのだが、今では一切の痛みも傷もない。
「あれを治したのか? すっげえな……」
「本当にすごいわよ。ちょっと教えただけで、回復魔法に関しては私の十倍は上手くなったもの。天才かも」
ちょっとだけ悔しそうにシスティアはそう言った。この少女、見た目は深窓のお嬢様だが中身は負けず嫌いな部分があるようだ。
「といっても消費は大きかったみたいね。治療が終わったら寝ちゃったの」
「なるほどね……。そりゃ後で礼を言わなきゃならんな」
「えぇ、そうね。ついでにベッドでちゃんと寝かせてあげたら? そのベッド二人ぐらいなら寝られるでしょ」
「馬鹿か?」
こいつは何を言っているのか。恥を忍んで、手を握られているだけでドキドキするって言ったはずなんだが。俺を殺す気なのか。
「冗談だからそんなに睨まないで。彼女を寝室に運ぶのも考えたんだけど……なんか大事そうにライカの手握ってたし、別にいっかぁって」
「……」
「あぁ、はいはい。それは、あの後どうなったんだって目ね。……どうにか吸血鬼を倒した後、あなたがぶっ倒れたからアルバートがここまで背負ってきたのよ」
「マジか。アルバートも疲れてたはずなのに申し訳ねえな」
「あれは体力馬鹿だから平気」
システィアからの彼の扱いに同情を禁じ得ないが、自分よりも彼女の方が当然付き合いは長い。そうなるだけの理由があったのだろう……多分。
「なんにせよ、ライカには感謝してるわ。私障壁に魔力のほとんど持ってかれてたし、槍を外したら本気できつかったのよ。あの瞬間は、こいつ頭おかしいんじゃないかって思ったけど」
「なんか、アルバートにも正気疑われたなぁ。俺としちゃやるしかないからやったんだけど……いやそれより、最後に使った光の魔法あったろ。あれ最初に使えば良かったんじゃ?」
「それで仕留められるならそうするけど、無理よ。あれはトドメ専用。元気な奴に使っても逃げられるだけ」
……まあ、そうだろうなとは思う。この少女はそんなミスはしないだろう。
「でも、不思議なのはあなたの知識ね。こういう簡単なことは知らないのに、変なことは知っている」
システィアの視線が鋭くなる。恐らく、敵が召喚魔法を使った時の事を言っているのだろう。どう言い訳したものかと考えていると、システィアの方が視線を外した。
「ま、そのおかげで助かったわけだし、今はいい。それよりも────────歓迎するわ。ライカ・フジサキ。私たちのパーティへようこそ」
「……確定?」
「当たり前でしょう? 実力は確かだし、面白いことを知っている。何より、窮地での決断力がある。こんな人材逃がすわけない。私の想定より遥かに優秀だったんだから」
システィアが笑みを浮かべる。これまで見た不敵な笑みではなく、柔和な、穏やかな笑み。
「だから歓迎するわ」
「そりゃ光栄なことで。よろしく頼むよ」
自分にやることはない。だが、今回のように必死で頑張るのは悪くないと思う。
それはこの少女たちといればたくさん経験できるはずだ。
「握手といきたいところだけど、右手は出せそうにないわね。また後で来るわ」
「いやおい待て助けてくれって。せめて二人きりにはするなよマジで心臓が口から出る」
システィアの表情が変わる。穏やかな笑みから、にやにやとしたものに。あぁ、これは助ける気がないなと。そう察した。
「ごゆっくり~……」
「……」
あの女神といいこの少女といい、もしかしたら金髪の女はこういうのが多いのかもしれない。今後気を付けるべきか。
「……寝よ……」
ちらりとナターシャの方を見て、すぐにそう決める。あまり意識をするのは良くない。寝るのが一番だ。だから目を瞑ろう。寝よう。
「……………………寝れるわけねえだろ…………」
……結局眠れず、朝を迎えた。