5話 色んな事を聞きました
「えーっ⁉ ライカさん冒険者になるの⁉」
武器を取りに宿に戻るついで、ナターシャに今日あったことを報告した。結果、とても驚かれた。
「なんかスカウトされちゃって」
「やー、まあ、そんな状況ならスカウトもされるよね。えー、でも、いいなあ冒険者」
「ナターシャ、冒険者になりたいの?」
俺がそう聞くと、彼女は困った表情をした。
「……お父さんに言ったら危険だーって反対されるだろうし、誰にも言ってないんだけど……実際、ちょっと憧れてる。せっかく魔法を習ってるし、それを活かせる何かをしたくて。それに、冒険者って色んな人の依頼を受けて、解決してくわけじゃない? 人の役に立つってすごいことだなぁって思って」
「なるほど。まあ、俺は他にやることがないからって理由だしさ。ナターシャはじっくり考えてからの方が良いんじゃないかな」
「ううう、ライカさんもそう思うよねぇ……」
一度言葉を切ってから、何かを思いついたのかぱっと表情が明るくなった。
「参考までに、わたしもついて行っていい⁉」
「危なそうだからダメ」
その後、ぶーたれるナターシャを宥めるのに少しばかり時間を使った。
「ごめん、ちょっと遅れた」
集合場所の町の西外れに急いで行くと、既に三人はそこで待機していた。
アルバート・ストース。レニー・マルティエ。そしてシスティア・リッツフォード。俺がパーティを組むことになった三人だ。
「いや、俺らも地図を貰ってきたとこでな。丁度いいぞ」
アルバートの言葉に答え、レニーが手に持った地図を示した。
「ちなみにアルバートは地図が読めない」
「うるせえよ」
軽口を叩くレニーにアルバートがローキックを入れた。崩れ落ちるレニーと、それを見て笑うアルバート。
「ほらそこ遊ばない。目的地までそんなに距離ないしさくっと終わらせるわよ。レニーは地図見て案内よろしく」
システィアが森に歩き出す。
「そういや目的地ってどこなの?」
俺がそう聞くと、よろよろと立ち上がったレニーが答えてくれた。
「森の中心辺りにある洞窟だよ。そこが件の魔物の巣だったらしい」
「とりあえずはそこを見て、何もなければ周囲を探索。それで何も見つからなければ範囲を広げて……夜になる前には帰還して一旦報告って感じかしら」
「何もなければ、ねぇ」
「まあ十中八九何かあると思うけど」
そう言い切るだけの自信がこの少女にはあるようだった。
「似たようなことを何度か見たことがあるの。どれも理由は、さっき町長に言ったものだった」
「強い魔物ってやつ?」
「そう、強い魔物。まあいくらここが『最前線の国』だからってこんな辺境にやばいのはいないと思うけど」
さっきまでの話は理解できていたのだが、急にわからない単語が出てきた。最前線の国、とはどういうことなのだろうか。その疑問を口にすると、彼女は目を丸くした。
「あなた……このレイラントがどういう国だか知らないの?」
「……お恥ずかしながら」
「俺もこの国の王様は知ってたんだけど、国の事はよく知らなかったから安心しろって!」
レニーとシスティアが同時に嘆息。そして歩きながらも説明してくれる。
「……今私たちがいるレイラント王国は、ロクリッシュ大陸の最南端の国なの。そしてレイラントは、そのさらに南にある別の大陸──レーベンロット大陸と橋で繋がっているんだけど……このレーベンロット大陸は魔族に支配されている土地でね。レイラント王国は魔族との争いが最も激しい国なの。だから『最前線の国』」
「なんか急にいろいろ出てきたな……。よくわからんけど橋落とせばそっちから来れなくなるんじゃない?」
「そうはいかないの。その橋──通称『虹の橋』は古代の強力な魔法で作られた橋でね。破壊やら封印やら試したらしいけど、全部失敗したとか」
「ビフレストって北欧──」
〝ビフレストって北欧神話の?〟
そう聞きかけてやめる。ここは異世界のはずで、北欧とかではないはずだ。先ほど聞いた地名もアースガルズや何やらといった北欧神話のものではなかったし、特に関係がないのだろう。多分。
「あー、なんだろ。じゃあここ結構やばい国なの?」
聞くことを変更した。これも気になったのだ。少なくとも、リングルの様子を見る限りそうは見えなかったが。
「二十年前まではかなり危ない状況だったみたいね。国土の三割を連中に占領されてたとか。それを、今の王様が軍を率いて押し返したらしいけど」
「三割って相当じゃないか? それを押し返すってのもすごいけど」
「凄いなんてもんじゃねえぞ?」
話に入ってきたのは、やたら目をキラキラさせたアルバートだった。彼は早口でまくしたてる。
「レイラントの現国王クラウス・エストマーク・レイラントといえば生きる伝説とも言われてる人でさ! 国土の三割を奪われている危機的状況の中で即位して、ボロボロになった軍を再編! 数と質の両方で勝る魔族たちと互角に渡り合った上、敵の指揮官を一騎打ちの末撃破! クラウス王がいなければこのロクリッシュ大陸は崩壊してるとまで言われてんだぜ!」
「出たな戦士オタク。こいつ凄い戦士の話とかになると早口になるんだよ」
どうやら彼は武人のことになるとこうなるらしい。レニーが若干冷ややかな視線を浴びせていた。
「男が強い奴に憧れるのは当然だろ!」
「ま、わかんなくもないけどさ」
きっとそれは少年がヒーローに憧れるようなものなのだろう。自分はあまりそういうのはなかったが、レニーの言う通りわからないでもなかった。
「でも聞く限りほんとに凄い人なんだね、その、クラウス?王って」
「ついでに言うと魔法においても超一流よ。今世界中で用いられている魔法技術は元を辿るとクラウス王の理論が基礎になっているものが多いの。それと召喚魔法の論文。あれはまさしく神の視点で物事を捉えているとしか思えないわ。魔力回帰法を用いて階梯を上げるなんて誰も考えなかったし、そもそも連鎖魔法を応用するのが異次元の発想なのよね。まず連鎖魔法って現代で再現するのは不可能って言われていたのにそれをあっさり復活させた上で召喚魔法に組み込むのは本当に──」
「こっちは魔法オタクだ。その話アルバートとライカはついていけてないよ」
「あら、ごめんなさい。つい熱くなっちゃった」
「いや……うん」
わずかに頬を染めて恥ずかしそうにするシスティア。ずっと冷静だった彼女が急に饒舌になったので少し圧倒されてしまった。とりあえず彼女の前で魔法の話はあまりしない方がいいかもしれない。
「レニーはなんかのオタクなの?」
「僕? 僕は……そうだな。基本的に広く浅くって感じだからそういうのは特にないかな。そういうライカは?」
「俺も……今は特には。というか世間知らずだからね。何に興味があるのかよくわからないし、今は見聞を広めないと」
「ライカはいいわよねー。世間知らずだとしても、直そうとしてるもの。そこの脳筋とは大違い」
その発言の直後、アルバートが足を止めた。
「あら、怒った?」
「そうじゃねえよ。ただ……この森おかしいなって思ってよ」
彼は森の奥を睨みながら言葉を続ける。まるで、何かがいることを確信したように。
「生き物の気配がしねえ……。動物はおろか、鳥も虫すらも」
「言われてみれば確かにそうだね。僕の耳がおかしいわけでなければ、そういったものの鳴き声とかが一切聞こえない」
「それと……そこ。木の陰で見辛いが何かを引きずった跡がある」
アルバートが指差した方をよく見ると、確かにそれらしいものがあった。しかし目を凝らさねば気づかないようなものであり、素直に感心してしまう。
「これが続いてる方角、何がある?」
「目的の洞窟」
地図を確認したレニーの発言に、さっきまで和やかだった雰囲気がピリッとしたものに変わった。
「ここから先は気を引き締めて取り掛かるわよ。各自周囲への警戒を怠らないこと」
「了解」
システィアの指示に三つの声が重なった。しかし、俺たちは気づいていなかった。つけてきている影があることに。
影がわずかに顔をあげた。
「うーん、ついてきちゃったけど……まあ、大丈夫だよね……」