3話 魔法の講義を受けました
朝、カーテン越しの日光で目を覚ます。
「…………」
……一瞬見知らぬ風景だと混乱したが、そういえば自分は異世界に来ているのだった。
「改めて考えるとほんと馬鹿げてるよねぇ……」
呟きながら起き上がる。部屋を出て食堂に行くと、ナターシャがノートのようなものに何かを書き込んでいた。足音で気づいたのかナターシャが振り返る。
「あ、ライカさんおはよ!」
「おはよナターシャ。なにしてんの?」
「これ? 魔法教室の宿題だよ。ちなみにお父さんはお買い物に行ってます」
魔法教室。なるほど、確かにあの神様は剣と魔法の世界、と言っていた。
「魔法教室ってことは、ナターシャは魔法が使えるのか?」
「んー、使えるっていってもごく簡単なのだけだよ。小さな灯りを出せるくらい」
ナターシャはちょっと恥ずかしげにそう言ったが、魔法なんて一切存在しない世界で育った俺としてはすごいもののように思った。
「見せてもらったりできる?」
「いいよ! ちょっと待ってね」
目を閉じて深呼吸するナターシャ。集中が必要なのだろう。
少しすると、ナターシャの手の上に小さな魔法陣が現れた。
「いくよ。──光明」
一言。その一言で、先ほど生まれた魔法陣の中心に小さいが確かな光が発生した。
「これだけなんだ。がっかりしたかなぁ、しょぼいでしょ?」
「そんなことないって! 俺からしたら魔法使えるだけですげえってなるしな」
「あはは、そう言われるとちょっと照れるかも」
ところでそんな様子を見て思いついたのだが、俺は魔法使えるのだろうか。
「ライカさんが魔法を使えるかどうか? うーん、どうだろ。魔法を使うには資質が必要で、素質のない人は十年練習してもできないんだって」
「その資質ってのはどうしたらわかるんだ?」
「練習して魔法を使えたら資質あり。使えなければ無し」
……なるほど。魔法というのは中々大変そうだ。
「んーとね、ライカさん、目を閉じて深呼吸してみて」
「お、おう」
急に講義が始まったようだった。ナターシャの言う通り、目を閉じて深呼吸。心を落ち着かせる。
「それでね、なんというか、自分の体の中の、力の流れ?みたいなものを意識してみて」
「深呼吸からいきなり難易度上がったな……」
「こればっかりは本当に感覚なの。私も先生に言われてしばらく悩んだもん」
力の流れを意識する。正直言って理解しがたいが、とにかく集中してみる。
すると、なんとなく体の中に煌めくものが流れている気がした。
「……なんかきらきらしてんな?」
「うそぉ!? ライカさんもう感覚掴んだの!?」
「これ正解なの?」
ナターシャがこくこくと頷いた。
「このきらきらしたのってなんなんだ?」
「それは魔力って呼ばれる力なの。魔法はこの魔力をいろんな形に変化させることで発動するんだ」
「なるほど。次はどうしたらいい?」
「そしたらそれを掌に集めるイメージをして、集めたもので糸を作るの」
集めて、糸を作る。掌に感覚を集中。流れをより合わせ、編み合わせ、糸を作り上げるイメージ。……なんとなく、出来た気がした。
「作った糸はライカさんが思った通りに動くよ。それを使って、魔法陣を作る」
ナターシャは一冊の本を取り出し、あるページを開いた。そのページには魔法陣が載っている。これを作れということか。
「魔力の糸を魔法陣の形に変化させるの。それで、どんなことを起こすか明確にイメージしながら詠唱をしてあげれば魔法は発動するよ。さっきのやつだったら、光をイメージしながら光明っていうことで発動ってわけ」
糸で魔法陣を形成。頭に先ほどのような光を思い浮かべる。
そして、
「──光明」
すると、ナターシャがやってみせたのと同じように、中心に小さな、だが確かな光が生まれた。
「なんか、出来ちゃった」
「……すごいなーライカさんすごいなー。私これ三週間かかったのになー」
先ほどまで真剣に教えてくれたナターシャは、一転して口を尖らせ始めた。
「ずるいなー」
「いやそう言われてもね……」
実際、神様に力を貰うなんてずるしてるんだからなんの反論も出来なかった。
「なんて冗談冗談! わたしポジティブですので、教える才能があるんじゃない!?なーんて思ったりしちゃうよ」
明るく笑い飛ばすナターシャ。本当に笑顔がよく似合う、魅力的な女の子だと思う。
「いやはや、ナターシャ先生のおかげですな」
「ふふふ、もっと褒め称えるが良ーい!」
おどけて言うとナターシャもおどけて返す。ひとしきり笑ってからいくつかの説明を受けたあと、突発魔法講座はお開きになった。
「魔法、魔法ね〜」
街を散歩しながらさっき習ったことを頭の中でまとめる。
強力な魔法を使うにはより多くの魔力を消費する必要があること。消費した魔力は時間が経てば回復すること。さっきの魔法は簡易魔法と言われる魔法で、ちゃんとした魔法にはもう少し詠唱が必要なこと。
様々なことを教えてもらったため、少し疲れた。疲れたが、
「楽しかったな」
楽しかったのだ。転生する前は味わうことのなかった感覚。
こういうことがあるなら、あの神様に感謝してもいいかもしれないと思った。……それはなんか嫌だな。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか町の西側のはずれにある広場まで来ていた。
「結構歩いたな……ん?」
町に向かって何かが来ている。形と大きさから言って人ではない。そして一体でもない。距離が開いているため数は確認できないが、軽く見積もって三十以上はいるだろう。
町の西には森が広がっていて、そこは魔物の生息地だから近づくなと出掛ける前にナターシャから言われていたが……。
「……あれ魔物だろ絶対。しかも群れ的な? やばくない?」
どうすんだこれ。もし昨日戦ったクモ型の魔物なら一体は楽勝だろう。しかし相手が群れだとどうなるかわからない。
「いや一人じゃ怖ぇよ。引き返して町の人に報告だな」
そう判断し踵を返そうとした瞬間、見てしまった。広場の隅に、遊んでいたであろうボールを持った子供達がいる。四人。魔物の群れを不安そうに見ていた。ここで俺が引き返せばあの子達は魔物の餌食になりかねない。そして群れの移動速度を見るに、子供四人を連れて逃げ切るのはおそらく厳しい。
「………………マジ?」
溜息を一つ。子供達に近寄り、大人に状況を伝えてくるように言う。
「お兄ちゃんはどうするの?」
「俺は、まあ、頑張ってあいつら止めとこっかなって。兄ちゃん死んじゃうかもしれないから、なるべく早く大人呼んできてくれよ」
頷いた子供達が町の中心に走っていくのを見届け、魔物の群れに向き直る。
「まーたクモじゃねえか」
接近してきたことで確認ができた。大きさは昨日のクモと同じくらいか。
一匹他より一回り大きい個体がいる。あれが群れのボスだろうか。
「散歩だからって剣置いてくるんじゃなかったな。勉強になったわ」
多分この世界は危険だらけだ。武器はなるべく携帯すべきなのだろう。
最も、勉強したことが次に活かせるか怪しいのが現状だが。自分を生かさないことには話にならない。
「腹括れよ俺……」
距離は目測で百m。頬をぴしゃりと叩き気合を入れる。
「いくぞっ!」
疾走。距離を詰める。格闘の間合い。先頭のクモの噛みつき。ギリギリまで引きつけ、寸前でかわす。我ながら度胸があると思った。
「っらぁ!」
クモの顔面を殴りつけた。ぐにっとした感覚が手に伝わる。
「ああああああああああああ、めっっっっっちゃくちゃ気持ち悪りぃなクソ! しかも効いてないしな! 素手じゃ無理かこれ!」
殴りつけてから即座に距離を取る。群れの方も、こちらの様子を伺っているようだ。何が困ったって、殴る程度じゃこいつは倒せない。早くも諦めて逃げたくなった。度胸はどこかへ行った。
「でも、止めとくって言っちまった手前逃げんのはなぁ……」
ふと足元を見てみれば手頃な枝が一本。拾い上げると、手に馴染む長さだった。
心許ないが、ないよりはマシか。先日と同じように突きで目を狙い絶命させるしかない。
「なんて間に囲まれてら……」
「────────!」
唸り声のようなものをあげ、魔物が飛びかかってくる──躱す。
二匹目を蹴りで弾き、次は避ける。向かってくる魔物を足場にし跳躍。別の個体の後ろに回り、そいつが振り返った瞬間、渾身の力で枝を突き出した。
「──────⁉」
「まず一匹……いってぇ⁉」
気づけば背後から爪で切り裂かれていた。背中に温かい液体が伝うのを感じる。
「こっの……!」
振り向き、その個体の頭部に枝を叩きつける。体勢が崩れていたが、どうにか潰すことに成功した。が。
「折れやがった……」
枝はあっさりと折れた。ぱきりと。
「これ、ほんとにまず……」
「おいあんたァ! これ使いな!」
身構えつつどうしたものかと考えていると、急に威勢の良い声が聞こえてきた。その方向を見れば、鞘に収まった剣が飛んできている。
「お⁉」
受け止め、これを投げてきた人物を探すと、斧槍を担いだ大男が魔物をなぎ払っていた。
「どう見たって多勢に無勢。助太刀させて貰うぜ!」
「すっげぇ助かります!」
剣を抜けば、それは何の変哲もないブロードソードだった。
左から近づいてきた魔物を首を落とし、奥にいた魔物の足を切る。勢いを殺さず、駒のように体を回転させ、周囲を薙ぎ払う。
男の方はといえば、斧槍のリーチを活かし片っ端から魔物を叩き潰していた。
武器が手に入ったこと、男が乱入してきたことで形成は完全に逆転した。
男と合流する。
「残り半分くらいか?これ以上やってもそっちが全滅するだけだし引き返しては……くれねえみてえだな」
「そうですね……」
群れがたじろいだようには感じた。しかし、相手が退くことはなかった。
「しゃーねえ。俺が取り巻きを散らすから、あんたがボスをやってくれ」
こちらが返事を返す前に、男は突撃してしまった。拒否権はないようだ。
斧槍の振り回しにより道が開かれる。その道を真っ直ぐ駆けた。あんな風に言うからには雑魚はしっかり担当してくれるのだろう。
ボスと相対。近くで見てみれば、大きさもそうだが、発達した牙が見て取れる。なかなかの威圧感だ。
ボスが仰け反り、勢いをつけてこちらに何か吐き出した。──糸だった。
「ちょっ、そういうことも出来んのかよ!」
転がって回避。即座に起き上がり肉薄する。遠距離攻撃ができる相手に距離を開けておくのはまずい。爪による迎撃を剣で受け止め、左手を魔物の目の前へ。
「──光明!」
作り上げた魔法陣から光が発生。魔物の目を眩ませた。
「食らえっ!」
身を捩り、勢いをつけ剣を振り下ろす。果たして剣は、魔物の頭部を見事に両断してみせた。
「……魔法講座が早速役に立ったな」
男の方に目を向けてみれば、どうやらそっちも片付いたようだ。男が笑顔で手を振ってきた。
「あんたやるなぁ! 剣だけじゃなくて魔法も使えるたぁ驚いたぜ」
「初心者なもんで、これしか使えないですけどね」
「いやいや大したもんだ。俺ぁ体を動かすのは得意なんだが、魔法とかさっぱりだからな」
「なるほど」
実際筋骨隆々の大男だ。年の頃は恐らく俺より一つか二つ上。身長は俺より二十㎝くらい高いので二mほどだろうか。刈り上げられた赤銅の髪に、よく日焼けした肌。鎧姿がよく似合っていて、まさに戦士といった風体だ。
「なんにせよ助かりました。結構ギリギリだったもんで」
男は俺から剣を受け取りつつ豪快に笑った。
「いやいいってことよ、助けになったなら何よりだ! ……そうそう、俺はアルバート・ストースってんだ。よろしくな」
「ライカです」
握手を交わすと、男──アルバートは何やら思案げな顔になった。
「…………あー、そうだ。そうだな。うん。お前ならいい感じだな。実力も申し分ない」
「何の話?」
何やらぶつぶつと言っているアルバートに聞くと、彼はこちらに向き直り、真面目な顔をした。
「急な話だけどよ──ライカ、俺のパーティに入らねえか?」