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2話 宿泊先が決まりました

 俺の名は藤崎頼嘉。普通の、ちょっと無気力なだけの高校生だ。……正しくは、高校生“だった“。その俺は今。


「異世界に来ています……」






 目が覚めれば草原に転がされていた。立ち上がって自分の出で立ちを見える範囲で見る。深い緑色を基調とした動きやすい軽装。腰には剣をぶら下げていた。他に荷物は無いようだが。


「剣て、マジ……?」


 剣を抜いてみれば黒の美しい刃が出てくる。素人である俺にすら名剣だ、とわかるぐらい見事な剣だった。


「いやしかしこんな適当にほっぽり出されてもねぇ……。どうすりゃいいんだよ」


 ひとまず周辺を歩いてみよう、と踏み出したその時、


「た、助けてくださ──いっ!」


 悲鳴が聞こえた。


「えっ、なに、なにごと⁉」


 なにやら向こうの方から女の子が一人、こちらに走って来ていた。そして、その後ろから大きなクモのような怪物が追いかけて来ている。


「ま、魔物におそわれてるんです──っ」


「魔物て……」


 思ってたよりもずっと物騒な世界なのかもしれない。呑気してる場合じゃないんだろうが正直思考が追いついていなかった。


「はぁ、はぁ……すみませんすみません申し訳ないんですけど助けてくださいクモのエサになりたくないんです……」


 早口でまくしたてる女の子が俺の後ろに回る。そうすると必然的に俺がクモと相対するわけで、ぼんやりしていた思考を引き戻さざるを得なくなる。


「って、俺かよ⁉」


「剣持ってますよね⁉」


「持ってるけどさぁ!」


 どうすんだよ剣なんて使ったことないし⁉

 そんな風に慌てている間に魔物はすぐそこまで来ていた。


「……でかくね?」


 どう見ても体高が一メートル近くあるんだが。別にクモが苦手とかそういうわけじゃないがこのサイズは怖いし気持ち悪い。


「そ、そりゃあこの周辺のクモ型の魔物は大きいことで有名ですから……」


「知るかそんなもん──!」


 背後の女の子がおずおずと答えるがそんなこと知ったことではない。知ったことではないのは魔物も同じだろう、おかまいなしに突っ込んでくる。


「ああ、クソ……!」


 剣を構える。


 構えた瞬間、あらゆる感覚がクリアになった。


「はっ──!」


 慣れ親しんだ得物を操るように体が勝手に動く。神懸かり的に翻る剣先。否、実際神懸かっているであろうそれは、寸分の違いなく魔物の眼球を貫き、脳を貫通した。


「──⁉」


 声なき断末魔。魔物はぐったりと動かなくなる。


「……ああ、そう。いい感じに転生って、こういうことかよ」


 剣を引き抜き、付着した体液をぬぐいつつ神様の言っていたことを思い出す。



『あはは、安心してください。こう、いい感じに転生させてあげますので!』



「なんつーかなぁ、平和に暮らさせる気ないだろこれ……」


 そうぼやいていると、背後にいたはずの少女がいつの間にか正面に来ていた。よく見るととても可愛らしい少女だった。くりくりと丸くて大きな瞳、愛らしい顔立ち、綺麗な黒髪をツインテールのようにしている。


「す、すごいですね……! わたしまったく剣が見えませんでした!」


「あ、うん、そりゃどうも……。いやそんなことよりもケガはないか?」


 元の世界では褒められるということがなかったので、あまりに直球な褒め言葉とキラキラした視線に面を食らってしまった。


「おかげさまで、と言いたいところなんですけど……」


 先ほどまでと一転、少女が表情を暗くした。


「え、まさかどっかやられてるのか⁉」


「いやあ、逃げる時にちょっと足痛めちゃいまして」


 次の瞬間には、舌を出しながらそう言った。どうやらその程度で済んだらしい。


「大丈夫かよそれ……。歩けるか?」


「どうにか大丈夫かと!」


 それを示すように歩こうとする彼女だったが、数歩歩いてよろけてしまった。


「おっと!」


 転ぶ前にどうにか支えることに成功する。思ってた以上に少女はやわらかくて、いい香りがして、少しどきっとしてしまう。


「あはは……すみません。ちょっと歩けなさそうです……」


 照れ臭そうに笑う少女。しかし、これは少し困った。魔物なんかが出るような場所に、怪我した人を置いて行くわけにもいかないし。


「……その、なに? 君の家って近い?」


「わたしの家ですか? ここから歩いて一時間くらいの町にあるんです」


 歩いて一時間ならどうにかなるだろう。そう思って俺は少女を背負った。ふにゅんと、何かが当たる感覚があるが頑張って気にしないことにした。


「わわわっ⁉」


「送ってくよ。ほら、また魔物に襲われたら大変だしな」


「え、でも……旅の途中か何かなのでは?」


「実は行くアテが無くてなぁ……町があるなら行ってみたいってのもあるんだ。案内頼める?」


 彼女は申し訳なさそうにしながらも、ありがとうございますと言い、案内をしてくれた。



「そういえば言い忘れてましたけど、わたしナターシャっていいます。ナターシャ・エリス」


 背負った少女──ナターシャが自己紹介をしてきた。


「藤崎頼嘉です」


「フジサキさんですか? 変わったお名前ですね」


 ……なるほど、頼嘉藤崎と名乗るべきだったらしい。そもそもナターシャという名前の時点で気づくべきだったか。


「や、ごめん。頼嘉が名前ね。藤崎はファミリーネーム」


「なるほど! ではライカさんですね!」


 やはり藤崎で良かったかもしれない。悪い気はしなかったので二度目の訂正はしないが、女の子と話した経験がなさすぎて名前で呼ばれる耐性がない。しかも美少女だし。そもそもめちゃくちゃ密着してるし意識すると急に顔が熱くなってきた。ナターシャに顔を見られる心配がないのは幸いか。

 なんにせよ黙ると余計意識して良くないと思ったので、会話を続けなければと頭を回転させる。


「ところでナターシャは──」


 そんな感じで話しながら彼女を町までおぶっていくのだった。






「このバカ、あれほど町から出るなって言っただろうッ!」


 ナターシャの家に着き、彼女の父親が開口一番に放った言葉がこれだった。


「ごめんなさい……でも……」


「でもじゃない! お前にもしものことがあったらなぁ……!」


 どうやら相当ヒートアップしているようだった。しかし、道中で聞いた話を思い出してしまうと、割り込まないわけにはいかなかった。


「ちょ、ちょっと待って下さい。その、理由があるみたいでして」


「理由? というかあなたは……?」


 ナターシャをおぶって歩いている時彼女本人から、魔物が出る場所になぜ1人でいたのか聞いた。その答えは、隣の家のおばあちゃんが必要としている薬草を取り行くためだった。

 自己紹介をしつつそのことを話すと、ナターシャの父親は少し落ち着いたようだ。


「そうなのか? ナターシャ」


「……うん。おばあちゃん、苦しそうだったから……。薬屋さんも、いつ入荷できるかわからないって言ってたし、だったら私がって」


「それでも、誰にも言わずに行くのはおかしいだろう。俺がどれだけ心配したと思ってるんだ」


「ま、まあまあ。結果論ではありますけど、ナターシャさんはこうして無事に……足にちょっとケガしてますけど、帰ってこれたわけですし……」


 再び割り込んできた俺を見て、彼は目つきを鋭くさせた。


「さっきからなんなんだあんた! あまり口出ししないで貰いたい!」


「ちょっとお父さん! ライカさんは私のこと守ってくれたんだよ!?」


 彼は、どういうことかと視線で聞いてくる。ナターシャが魔物に襲われていたこと。それを俺が撃退したこと。足をケガしたナターシャを町までおぶってきたこと。これらを説明した。


「そ、そんなことが……すみません、そうとは知らずとんだ失礼を」


 一転、とても申し訳なさそうな表情に変わる。表情がころころ変わるところが似ていて、親子なんだなあ、などと思う。


「えーっと、まあ、事情が事情ですし、あんまり怒らないであげても良いのでは……?」


「……娘の命の恩人にそう言われてしまうと、あまり強くは言えませんね」


 ナターシャの父親は一つため息をつき、娘に向き直った。


「今度から、ちゃんと俺に相談するんだぞ。1人で勝手に行くのは無しだ。いいな?」


「……うん。心配かけてごめんなさい」


「わかればよろしい。さあ、薬草取ってきたんだろ? 渡してきなさい」


「うんっ」


 ナターシャは嬉しそうに駆けて行った。それを見届けた後、彼は俺の方に向き直った。


「さて……ナターシャの父親のキャスパーと申します。娘が危ないところを助けてもらったようで、なんとお礼を言ったら良いか……」


 あまりに申し訳なさそうに言われて、俺は慌てて手をぶんぶんと振った。


「いえ偶然通りかかっただけですから! 成り行きなんですよ」


「だとしても恩人であることは確かです。何かお礼をしたいのですが……えーと、ライカさん、でしたか?」


 俺は頷いた。


「見た所ライカさんは旅をしているようですが……急ぎの旅ですか?」


「あぁ、いえ、行くあてがないというか、そもそも実は今迷子でここがどこかわからないというか」


 それを聞いてキャスパーさんは少し考え込んだ。そして。


「迷子とは予想外ですが、どうやら色々と大変なようですね。もし良ければしばらくうちで滞在しませんか?」


 ありがたい提案をしてくれた。この世界にきたばっかりで右も左も分からない俺にとって、これは僥倖ともいえる。


「俺としては嬉しいですけど、いいんですか? 迷惑では?」


「うちは宿屋なので部屋がたくさんありましてね。大丈夫ですよ」


 なるほど、大きな家だとは思っていたが宿屋だったのか。


「もちろんお代を頂くつもりはありません」


「……では、お言葉に甘えさせてもらいます」


 その後キャスパーさんに部屋へ案内してもらった。正直どうやって生活するか不安で仕方なかったが、どうにかなって幸運だ。



 部屋に落ち着いてしばらく考え事をしていると扉がノックされ、ナターシャの声が聞こえた。


「ライカさんいますか? ご飯の時間ですけど」


 窓から外を見るとすっかり暗くなっていた。どうやらそれなりに長いこと考えていたらしい。おかげで色々決めることができたが。

 今いくよと返事をしつつ部屋を出る。


 ナターシャと共に食堂に向かうと、机の上には豪勢な西洋料理らしきものが並べられていた。この世界はそういう食べ物が中心なのだろうか。


「なんつーか、すごい豪華だな」


「お父さん張り切ってましたから」


「泊めてくれる上に……なんか申し訳ないなぁ」


「いえいえ、ライカさんは恩人ですから! 遠慮しないでくださいね」


 そんな会話をしているとキャスパーさんがやってきた。


「あ、キャスパーさん。わざわざありがとうございます」


 俺が頭を下げるとキャスパーさんはにっこりと笑った。


「いえいえ。それにお礼を言うのは私たちの方ですからね。さ、そんなことより食べましょう。実は腹ペコでして」


 ナターシャが、わたしもーと言って笑う。席につき、みんなで揃っていただきますをした。


「誰かと食事するのって久しぶりかも」


 思わずそう呟いてしまった。元の世界にいるころはいつも一人で食べていたからだ。


「ええと……ライカさんは旅に出る前、何をしてたんですか?」


 スープに手をつけつつ、ナターシャが迷ったように聞いてきた。


「ナターシャ、そんな畏まった喋り方しなくても大丈夫だよ。キャスパーさんもです。あんまり敬語好きじゃなくて」


 そうかい?と聞いてくるキャスパーさんに頷いてみせる。


「で、旅に出る前だっけ。剣の修行をしてたんだ。山に篭って、独りでずっと。おかげで世間知らずになっちゃったけど」


 という嘘だった。この世界のことを知らない俺が情報を手に入れるためには、世間知らずを装うのが一番だとさっき考えた。まあこの世界において世間知らずなのは事実なのだが。


「だからライカさんあんなに強いんだね」


 尊敬の眼差しを向けてくるナターシャ。少し心が痛んだ。


「ライカくんは迷子と言っていたけど、どういうことなんだい?」


「実は地図を持たずに旅に出まして、ここがどこなのかもわかってないんです。そもそも地図読めるかも怪しいんですけどね……」


「ここはレイラント王国のリングルって町だよ」


 レイラント王国のリングル。よし覚えた。


「しかし地図も持たずに旅とは……ライカくんはなんというか、挑戦者だね」


「計画性のないバカですよ……実際旅に出て思い知りました」


 言いつつパンを千切って口に放り込む。とても美味しかった。口にあう、というべきか。

 

 そんな感じで会話を続け、食事を楽しんだ。その後は部屋に戻り、少し考え事をしたあと就寝。こうして、俺の異世界生活一日目は幕を閉じたのだ。



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